すずりんの日記

動物好き&読書好き集まれ~!

番外編~童話「菜の花畑がくれたもの」

2005年12月27日 | 小説・短編、他
 みつお君は、ミツバチです。

 みつお君は、少し弱虫なミツバチです。

 みつお君のお母さんは、そんな、少し弱虫のみつお君に、ある日こう言いました。
「となりの街の菜の花畑まで、お花の蜜を取りに行って来てちょうだい。」
「ぼく、1人でそんな遠い所まで行けないよ。」
「みつおは男の子でしょ。1人でとなりの街まで、きっと行けるわ。大丈夫よ。」

「大丈夫かなぁ。ちゃんとうちに帰れるかなぁ。」
みつお君は、となりの町の菜の花畑まで、なんとか迷わずに飛んで行き、いつもお母さんが持って帰る半分の量のお花の蜜を取って、リュックに詰め、うちに帰ろうとしました。
「お母さんの言うとおりだ。ぼくもちゃんと、遠いところで1人でお花の蜜を取れるんだ。
 ちょうどその時です。
いじめっこのクマンバチのくまぞう君が飛んで来ました。
「おい!そこのミツバチ!その背中に積んだおいしそうな花の蜜をおれによこせ!」
くまぞう君はそう言うと、ポカッと、みつお君の頭を殴り、みつお君の蜜の入ったリュックを無理やり取り上げて、飛んで行ってしまいました。
「返せよー!それはお母さんに頼まれた、大事な蜜なんだぞー!」
みつお君は精一杯叫びましたが、もうくまぞう君の姿は見えません。
「どうしよう。もうすぐ暗くなっちゃうし、お母さんになんて言えばいいんだろう・・・。」
みつお君は、蜜を取られたことが悔しくて、何もできなかった弱虫の自分が情けなくて、とうとう、泣き出してしまいました。

 泣きながら、お母さんの待っているおうちに向かって飛んでいると、モンシロチョウさんが飛んで来ました。
「まぁ、どうしたの?」
みつお君は、くまぞう君に大事なお花の蜜を取られてしまったことを話しました。
「みつお君、あきらめなさい。私たちがクマンバチとけんかしても、勝てるわけがないんだから。今度そういうことがあったら、早く謝って、お花の蜜をあげてしまいなさい。へたなことを言って、ケガなんかしたくないでしょ?」
 そこへ、スズメバチ君が来て、言いました。
「泣き寝入りなんかすることないよ。そんなに悔しかったら、今度、仲間をいっぱい引き連れて、仕返ししてやればいいんだよ。ぼくもその時には、一緒に行ってくまぞう君をやっつけてやるからさ。」

 みつお君は、おうちに帰って、モンシロチョウさんとスズメバチ君に言われたことをお母さんに言いました。
「お母さん、ぼく、どうしたらいいんだろう。今度また1人で蜜を取りに行って、くまぞう君に会ったら。ぼく、体も大きくないし、力も強くないけど、大勢で向かって行けば、くまぞう君をやっつけられるかなぁ。仕返しすれば、くまぞう君だって、きっと、弱い者いじめなんかしないようになるよね?」
「みつお、仕返ししてはだめよ。」
「じゃあお母さん、ぼく、くまぞう君に会うたびに、殴られて、蜜も取られて、それでがまんしろって言うの?」
「そうじゃないわ、みつお。仕返しをしない、っていうことと、何もしないで泣き寝入りする、ってことは違うのよ。」
「どういうこと?」
みつお君のお母さんは、優しくみつお君を見つめて、言いました。

「暴力で、お花の蜜を奪って行ったくまぞう君は、とっても悪いことをしたと思うわ。でも、その仕返しで、もしみつおがくまぞう君に暴力を振るったら、お母さんはとっても悲しい。“相手が悪いんだから”と、どんなに言い訳をしたって、結局は、最初に殴ったくまぞう君と同じで、暴力で相手を負かしたことに変わりはないんだから。それにね、みつおがお友達と一緒に仕返しに行って、くまぞう君をやっつけたら、くまぞう君は、どう思うかしら?“悔しいから仕返しをしてやろう”って、また、仲間を連れてみつおたちをやっつけに来たら、どうする?あなた、その時、仕返しをしようとするくまぞう君たちを、間違ってる、って言える?
 仕返しをしようとする考えが大きくなってしまうと、戦争になってしまうのよ。愚かな人間たちを見てみなさい。あの国の政治が悪いとか、この国が自分の国の悪口を言ったとか、何かにつけて戦争をしているでしょ?時には、ある国とある国がしている戦争を止めさせるため、という理由をつけて、爆弾を落としたり、人を撃ち殺したりすることだってあるわ。でも、どんなに“正義”を掲げたって、そこにあるのは、戦争という事実と、死んでいく弱い者たちだけ。戦争に、良いも悪いもないし、落とされた爆弾に、敵も味方もない。暴力は暴力しか生まないのよ。
 戦争に巻き込まれている人たちが、もし、自分の家族だったら、と思ったら、戦争なんてできるわけないのにね。」
「うーん。難しいね。・・・じゃあ、どうすればいいの?」
「でも、みつお、泣き寝入りするのは、もっと悪いことなのよ。暴力を振るうのは悪いわ。でも、それに抵抗もしないで泣き寝入りするっていうことは、暴力を振るうことを良いことだと、相手に思わせてしまうことなのよ。暴力を認めたことになるの。」
「暴力を認めるなんて、やだよ。ぼく、絶対そんなのやだよ!」
「じゃあ、どうすればいい?」
「わかんない。お母さん、わかんないよ。・・・どうしたらいいの?」

「お話しをするのよ。」

「お話し?」

「そう。今度くまぞう君に会ったら、お話しをいっぱいしてあげなさい。みつおがくまぞう君に殴られて悔しかったこと、悲しかったこと、そして、友達を殴るのはいけないことだと、くまぞう君になんとかわかってほしいってこと、何でも、みつおが思っていることを、いっぱい、いっぱい、お話ししてあげなさい。そして、みつおも、くまぞう君のお話を、いっぱい聞いてあげるの。そうすれば、いつか必ず、くまぞう君は乱暴しなくなるわ。
くまぞう君だけでなく、みつおが、他のお友達とも、いっぱい、いっぱいお話ししていけば、乱暴したり、乱暴されて泣き寝入りしたり、仕返ししたりしようとするお友達はいなくなるのよ。」
「ふぅ~ん。お話しする、って、すごいんだね!すごい力があるんだね!」
「そうよ。そうやって、お友達と一緒に、いっぱいお話しをすることや、暴力を振るわない、泣き寝入りしない、と強く思うことを、“勇気”っていうのよ。勇気があれば、どんなことにも負けないし、お友達だって、たくさん、たくさん増えていくわ。お母さんはね、みつおに、そんな勇気のある本当に強いミツバチになってほしいの。」
 お母さんの話を聞き終えて、それだけでなんだか、ほんの少し強くなったような気がして、みつお君は、今度くまぞう君に会ったら、勇気を出してお話しをしてみよう、と思いました。


 ある日、みつお君は、1人で菜の花畑に行った帰りに、またくまぞう君に出会いました。
「おい!そこのミツバチ!その背中に積んだおいしそうな花の蜜をおれによこせ!」
くまぞう君はそう言って、また、みつお君を殴ろうとしました。みつお君はリュックをぎゅっと抱きしめて、勇気を振り絞って言いました。
「くまぞう君!乱暴はやめて!」
くまぞう君は、弱虫ミツバチのみつお君が逃げ出さないのを見て、みつお君が胸に抱いたリュックを、無理やり取り上げようとしました。が、みつお君が、ぎゅーっと抱きしめているので取れません。
「くまぞう君!ぼ、ぼくは、君と、お話しがしたいんだ!」
今までみんなに恐がられてばかりいたくまぞう君は、そう言われて、びっくりしてしまいました。
「・・・一緒に、いっぱい、いっぱい、お話しをして、お友達になりたいんだ!」
「えっ!お、お友達?!」
くまぞう君は、またまたびっくりしてしまいました。
「あのね、あのね、ぼくのお母さんが言ったんだ。暴力を振るうのは本当の強さじゃないんだって!本当に強いのは、みんなといっぱいいっぱいお話しをして、たくさんたくさんお友達を作ることなんだって!そういうのを勇気って言うんだって!だからぼく、くまぞう君といっぱいいっぱいお話しして、お友達になって、一緒にお花の蜜を取りたいんだ!」

 くまぞう君は、みつお君を殴ろうとしていた右手を下ろして、じっとみつお君の話を聞いているうちに、みつお君より体も大きく力も強い自分が、逃げ出さずにお話をした、少し弱虫のみつお君に、やっつけられたような気がしてきました。そして、こうやってみつお君を殴ってお花の蜜を取ろうとした自分が急に恥ずかしく感じて、涙が出そうになり、みつお君に何も言い返せないまま、くまぞう君は、ものすごいスピードで、飛んで行ってしまいました。
「くまぞうくーん!くまぞうくーん!明日一緒にお花の蜜を取ろうよーっ!くまぞう君もリュック持って来てねーっ!!」
その言葉がくまぞう君に届いているかどうかはわかりませんでしたが、みつお君は、くまぞう君の姿が見えなくなるまで、何度も、何度も、
「くまぞうくーん!くまぞうくーん!」
と、叫び続けていました。


 次の日、みつお君が、となりの街の菜の花畑に、お花の蜜を取りに来てみると、くまぞう君が、向こうの方から飛んで来るのが、小さく見えました。
 くまぞう君の背中には、くまぞう君の大きな体と同じくらいの、大きなリュックが、ゆっさゆっさと揺れていました。


(おわり)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小説の原点②

2005年12月22日 | 小説・短編、他
彼女は、「仙人」になりたいと思っていました。

人の近づかないような山に住み、霞を食べて生きている。
彼女にとって「仙人」は、
「選ばれた人間」ではなく、「神」でした。

彼女は、人の力になるのがもともと好きで、
悩みを聞いたり、学を助けたり、心をのぞいたり、
彼女の周りの、一部の人々に力を貸していました。

ところが、噂が噂を呼び、
彼女の名が広い範囲にまで知れ渡るようになると、
今までの何十倍という人が、
1人で何十個もの助けを求めて、
彼女の元へ、やって来るようになりました。

でも彼女は、
人の力になるのが好きでした。

彼女は、
人の力になるのがもともと好きだったので、
昨日も、今日も、明日も、
人々に力を貸していました。

ある日、
彼女の元に来た人々の列が少しだけ途切れたので、
彼女は、一休みしました。
その時彼女は、
自分の足元に霞のようなものがたち込め、
体が宙に浮いてくるのがわかりました。

彼女は喜びました。
これで、もっと人助けができる、と。
彼女は仙人になれましたが、
まだ半人前なので、宙を浮くことしかできませんでした。

人々は、彼女の姿を見て、喜びました。
人々は、言いました。
「あの人は、宙を浮けるだけじゃなくって、なんでもできるんだ。
姿を消したり、雨を降らせたり、物を出したり。
あの人は、神様なんだよ。」

しかし、彼女は、まだ半人前なので、
ほんの少し宙を浮くことと、
人の悩みを聞いてあげることしかできませんでした。

私は神じゃない。
彼女は、何度も、人々に訴えようとしました。
しかし、神としての彼女を求めてやってくる人々の群れは、
そんな彼女を許しませんでした。

彼女は、人間社会に絶望しました。

そして、それと同時に、
自分が、「神」ではなく、
人々と同じ、「人間」であるということに、
腹が立ちました。

彼女は、
人間社会を見下ろせるような高い山に棲みつき、
霞を食べて生きるようになりました。

彼女は、
自分にとっての「人間」として、ではなく、
人々にとっての「神」として、

今も、あの山に棲んでいることでしょう。


                

こんなことを書いていたころもありました


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小説の原点

2005年10月11日 | 小説・短編、他
なぜ、悲しんであげられないんだ、と私は問う。

 悲しんでやる必要が無いからだ。

なぜ、自然の使い達を守ってやらないんだ、と私は問う。

 守ってやる必要が無いからだ。

なぜ、この自然の使い達を傷つけるんだ、と私は問う。

 この、私に対して、害を与えるからだ。

なぜ、自然の使い達を売買するんだ、と私は問う。

 私の利益になるからだ。

なぜ、利用するんだ、私達の利益のために、と私は問う。

 人間は、自然界の勝者だからだ。

あんたは、この、人間を、勝者だと言うのか。
このちっぽけな、自然界の一点でしかない欲の塊を、と私は問う。

 あぁ。

なぜだ、と私は問う。

 なぜ?そんなこと、決まってるじゃないか。
 人間には、知恵というものがある。
 そのおかげで、ほら、周りを見てみろ。
 みんな、人間が造ったものばかりだ。

いいや、それは違う。
土を見ろ。
あれは自然の使い達の第一の産物じゃないのか。
それに、この、人間を見ろ。
いや、人間だけじゃない。
ここに生きている生命を見ろ。
この、ただ1つの生命は、人間が造ったものか、と私は問う。

 しかし、事実、今この世界を支配しているのは私だ。

この世界を支配している、だって?
人間は、単に、人間界と一部の使いを支配しているだけだ。
自然は、この地球を支配している。
そして、地球の住人の中に、自然界のバランスを崩す者がいれば、
ただちにその住人は、裁きにかけられるだろう。

 そう。考えてみれば、人間も自然の産物に過ぎないかもしれないな。
 しかし、
 
 私がいる限り、人間は、
 止まるところを知らずに、朽ち果てていくだろう。


おまえは、誰だ、と私は問う。

 私は、知恵のある者にのみ、味方する。

 私の名は・・・

誰なんだ!

 私は、欲だ。

 

恥ずかしい~~ですね~

これ、小学校5年生くらいの時に書いた、初めての詩です。

今から思えば、ものを書くようになった原点です
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小説「龍の目(まなざし)」あとがき

2005年05月17日 | 小説・短編、他
これは、短編の中では一番新しいものです。

何年か前、古本屋さんで、
エドガー・アラン・ポーの短編集を買ってきて読んだ中に、
「告げ口心臓(「おしゃべり心臓」と訳されていることもあります)」
という作品がありました。

殺人を犯し、完璧にそれを隠し通せると自信満々の主人公の家に
全く偶然に警官が訪ねてきて、
なんとか自然に振舞って、警官を帰そうと思うのですが、
自分の心臓が、その殺人を告げ口してしまう、という作品で、
それを読んで、影響を受けたんです

この後は、もう、自分の書いたものは、2編しかありません。
あ~、また新しいのを書かないと
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小説「龍の目(まなざし)」④終

2005年05月14日 | 小説・短編、他
 彼は、彼は、私のものです。
 
 彼の「目(まなざし)」は、私のものです。
 
 彼の「目(まなざし)」は、私のためだけに向けられるべきです。

 だって、そうでしょう?私が、私が、彼を形成(つく)ったんですから・・・。それなのに彼は、私を魅惑したまま完成しようとしている。まるで、自分1人の力で自分が誕生したのだと言いたげに。まるで、邪魔な私の元から去るのだと言いたげに・・・。
 
 私は、彼が私だけを見てくれるなら、私から目を逸らさないでいてくれるなら、彼に抱いていた憎しみを、相殺するつもりでした。・・・少なくとも、そうするだけの理性は持ち合わせていると思っていました。私は、彼が私を、受け入れてくれるなら・・・、一度だけでいい・・・、この、私自身がどうしようもできない疼きを、「目(かれ)」が犯してくれるなら、・・・私は、それだけで良かった。刑事さん、私は、本当に、それだけで満足だったのです。それなのに、・・・彼は、・・・彼は、あの「目(まなざし)」で、気も狂わんばかりになっている私を見下ろして、言いました。

「下衆野郎(げすやろう)。」

 彼は、そう言いました。彼?彼じゃあない。龍です。あの龍が、「下衆野郎」って。「下衆野郎」って、「下衆野郎」って、言ったんです!あの龍が「下衆野郎」って!!
 あいつは、あいつは知っていたんですよ。龍ですよ。あの龍は、あの目は、ずっと、ずうっと前から知っていたんですよ。あいつは、知ってて、何もかも知ってて、知らないふりをしていたんです。あいつは、笑ったんですよ、「下衆野郎」って。人間の私を、「下衆野郎」って。龍のくせに!龍のくせに!龍のくせに!!龍のくせにあの背中から私を嘲笑って!!「下衆野郎」って!!!

 ・・・・・すいません、刑事さん。つい、興奮してしまって。・・・あの時、何時間、何十時間、そうしていたのか。・・・ただ、気がついたら、彼が、私の目の前で、うつ伏せに倒れていました。
 あの龍は、あの2つの「目(まなざし)」から、止めどなく血を流していました。そして私は、たぶん私が「目(かれ)」を刺したのだろうと、ぼんやりと考えながら、あの視線が、私を狂わせていたあの視線が、もう既に、私に絡み付いていないことに気がつきました。・・・それを、私が喜んだと思いますか?私には、彼の執拗な「目(まなざし)」に狂っていた時以上の激情が、私を支配するのがわかりました。
 
 私には、あの欲情をぶつける相手が、もう、いないのです。あの「目(まなざし)」以外の何ものも、私を狂気へと導くほどの力を、持ち合わせてはいないのです。それがわかった時の空虚感。・・・・・・それが、一瞬のうちに私の中を駆け抜けました。そして、あの「目(まなざし)」と同様、私の「目(まなざし)」も、何かを見つめる役割を終えてしまったのだ、と思いました。

 刑事さん、私はあの日、龍(かれ)を刺し、自分の両目を刺したあの時、本当に安らかな気持ちになれたのです。 

 誰にも邪魔されず〔もちろん龍(かれ)自身にも、です〕、後ろめたい気持ちを抱くことさえなく、もう何も映らなくなった、この目(ひとみ)の暗闇の中に、あの「目(まなざし)」が、あの「目(まなざし)」だけが、私をじっと見つめていてくれるのです。
 もう、あの「目(まなざし)」の他には、何の憎しみも、恐怖も、焦りも、嫉妬も無い。

 ・・・こんな幸福なことが、他にあるでしょうか?


 彼?・・・あぁ、彼ですか。彼には悪いことをしました。でも、あの「目(まなざし)」が私の中で永遠になることの素晴らしさに比べたら、彼の死など、ちっぽけなものじゃないですか。


 そう、・・・思いませんか?・・・・・・刑事さん。


(おわり)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小説「龍の目(まなざし)」③

2005年05月11日 | 小説・短編、他
 ある日私は、彼の背の龍を前にして、下半身の疼きを抑えられなくなり、彼に悟られないように、そおっと自らの股間に手を伸ばそうとしたことがありました。今考えると、あの時、彼に気づかれないまま、私の右手が自分の股間を触れたとしても、私自身が、はたして、その後の行為を続ける勇気があったのだろうか、と疑問に思っているのです。
 
 しかし、その時は、それを自らの意思で躊躇する必要はありませんでした。・・・なぜって、それを(私が後ろめたい冷ややかな興奮に耐えられず、自慰しようとしているのを)、あの「目(まなざし)」が、見ていたのです。・・・いいえ刑事さん、彼じゃなく、あの龍ですよ。あの龍が、上目使いに私を見ていたのです。
 
 以前までの感情に、初めて憎しみが加わったのは、この時からでした。私は、この龍が、他の人間に私のことを言い触らすことを、何よりも恐れていました。あいつは、きっと、必ず、他人にしゃべってしまうでしょう。あいつは、そういう奴でした。他人に秘密をばらされて、ズタズタに傷ついても、私はあの「目(まなざし)」から逃れられない。それをあいつは、知っていたのです。私は、それが腹立たしくて。なぜなら、私があいつから離れられないこと、それは、まぎれも無い事実でしたから。
 
 最後に彼が私の元を訪れた日、その日に向けて私は、何かを決意していたように思います。今それを言ってみろと言われても、思い出せませんが・・・。
 
 その日、私はいつものように彼を迎え入れ、いつものように彼がシャツを脱いで私に背を向けて座るのを、いつものように見つめていました。そして、私は、いつものように、あの龍が私を見つめる「目(まなざし)」を感じたのです。
 
 そして、その時、私は思いました。
 

 「彼は、私のものだ。」と。

(つづく)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小説「龍の目(まなざし)」②

2005年05月09日 | 小説・短編、他
 半年を過ぎた頃だったでしょうか。その「目」を彫ったのは。・・・なぜ、そうしたか、って?それは、刑事さん、無性にそうしたいという衝動に駆られてしまったから、と言うより、言いようがありません。私はその時から、その龍を、いえ、その「目(まなざし)」を直視することができなくなったのです。・・・いいえ、あるいは、彼自体に、何か親愛を超えた感情と、それを後ろめたいと思う気持ちを抱くようになっていたのかもしれません。
 しかし、彼のうなじ、彼の肩、彼の腕、彼の背筋、・・・よりももっと魅力的で、しかも私を捉えて放さないものが、あの龍、そして、あの、龍の目だったのです。

 こう言うと、自画自賛をしているだけだろうと思われるでしょう。あるいは、私のことを傲慢な男だと・・・。しかし、それは全くの誤解です。私はあの「目(まなざし)」に、確かに惹かれてはいました。と同時に、恐怖心を抱いてもいたのです。

最初は、あの「目(まなざし)」が私を見ているような気がする、という程度でした。その後、何度か、その「目(まなざし)」を見返すようになり、私は、その度に、そこから目を逸らせなくなっている自分に気づくのでした。そのくせ、やっとのことで、我に返って目を逸らすともう絶対その「目(まなざし)」を見るまいと思うのに、次の日彼が私の元に来ると、彼の背中を、彼の背中のあの龍を、あの龍の「目(まなざし)」を、見たくて見たくて全身が興奮しているんです。

 恥ずかしい話ですが、恍惚となって、仕事が手につかなくなり、具合が悪くなったと言って、彼を早く帰した後、自慰に耽ったことも、何度かありました。


(つづく)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小説「龍の目(まなざし)」①

2005年05月06日 | 小説・短編、他
 いいえ、違います、刑事さん。私は、彼を憎かったんじゃないんです。

 いえ、違うんです。彼を殺したのは、確かに私です。しかし、私は、彼を憎いと思ったことは一度もありません。それは、“私という男が彼を殺した”ことと同様、うそ偽りのない事実なのです。
 まぁ、急かさないでください。彼を殺した理由を話す前に、まず、私と彼が出会った頃のことから始めさせてください。時間は、たっぷりあるんですから。

 彼は、1年ほど前、初めて私の前に姿を現しました。いわゆる、客の1人としてです。
 私は知っての通り、看板を出して商売をしているわけではありません。が、私の所に来た客は皆、私のことを、良い彫り師だ、と言ってくれ、人づてに客は増えていきました。彼も、そんな客の1人でした。以前ここに来て刺青を彫ってもらった奴から聞いて来たんだが・・・、と、彼は言いました。毎日は来られないが、急いでいるわけではないので、じっくり手の込んだものを、・・・少し大掛かりだが、と、彼は上着を脱ぎ始め、座っている私に背を向け、あぐらをかくと、龍を頼む、と言いました。
 私は、ろくに顔も見ずに、彼の左右の上腕と背中に1匹の龍を思い描き、それに沿って彫り始めました。

そして、最後に彼が私の元に来るまで、私の客は、彼、只1人でした。


(つづく)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小説「ケンちゃんとの思い出」あとがき

2005年03月26日 | 小説・短編、他
この話、私が読んでもらった何人かの友人の反応は、ほとんどが、
「笑えた」
というものでした。
でも、私は、ちょっと怖い話にしたつもりだったので、けっこうショックでした

この話を書く前に、あるテレビ番組を見たんです。

そこで、ある幼稚園が紹介されていました。
なぜ、その幼稚園が紹介されていたか、というと、
その幼稚園で、ペリカン(たしか・・・。昔のことで、忘れました)を
飼ってるんです。

それも、ただ、飼ってるだけじゃなく、そのペリカンを放し飼いにしてて、
園児が一緒に、遊んだり勉強したりしてるんです。
そんなペリカンに、園児たちも、○○ちゃん、○○ちゃんって(名前も忘れました)撫でてあげたり話しかけたりしてて。
そのペリカンを通して、友達も動物も、いじめたりしちゃあいけません、みんな仲良く、ね!
っていうことを先生たちも教えてるんです。
へぇ~、いいことしてるなぁ
って思ったんですが、ふと、こんな疑問が浮かんだんです。

「この子たちは、どの時点で、このペリカンを、“ペリカン”だと認識するんだろう。」

この子たちは、画面を通して見るかぎりは、このペリカンを「羽毛が生えてて嘴がある友達」と思って接しているようでした。
が、大きくなるにつれて、大半は、「私が行ってた幼稚園ではペリカンを“飼ってた”んだよ。」って、言うようになるでしょう(それが良いか悪いかはともかく)。

でも、その中の、1人ぐらいは、「(ペリカンの)○○ちゃんと同じ小学校に行きたい!」と言うような、ある意味、子供の部分が成長しない子が、出てくるんじゃあないかな、と思ったんです。
でもそれは、そのこと自体は別に悪いことじゃなく、そういう子は、すごく純粋で、繊細なところがあって、他の子には無い感受性を持ってるんだと思います。
ただ、そんな純粋な子が、突然に、この話のように、「大人の理論」を浴びせられたら、理解できるどころか、この話の「僕」のように、心のどこかが壊れちゃうような気がします。

でも、これも、「壊れる」といっても、そのことが深い傷にならずに、いつの間にか遠い子供の頃の思い出になったり、いろんなことを学ぶことによって、その傷が修復されることがほとんどでしょう。

ただ、子供の頃に受けた傷が、本人や、心無い周囲の大人の手によって、どんどん大きくなり、捻じ曲げられていく、ということもあるのではないでしょうか。

そんなことを考えてたら、こんな話を書いちゃってました

この話、ケンちゃんの正体を、最初は、猿にしよう、と思ったんですが、
猿が就ける職業が思い浮かばなかったので、「猿」案はボツにしました

もし、おヒマがあったら、こんな背景を読んだ後で、もう1回読んでみてください。
すこ~しは怖いと思ってもらえるかも
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小説「ケンちゃんとの思い出」④終

2005年03月24日 | 小説・短編、他
 次の日僕は、ケンちゃんが一足先に出て行くっていうお母さんの声で、玄関に出て行った。
 
 悲しいくらいに晴れ渡った空だった。
 
 ケンちゃんは、ケンちゃんのお父さんに車で送ってもらうようだった。僕は、車に乗り込んだケンちゃんを見て、思わず叫んだんだ。

「ケンちゃん!どうして行っちゃうの!僕はケンちゃんのことをずっと好きだったのに!ねぇ!!ケンちゃん!!なんとか言ってよ!!」
ケンちゃんは、こっちを向かなかった。涙がぽろぽろと、僕の頬を流れて落ちた。
「ねぇ!ねぇってばぁ!!」

車は、なんのためらいも無く、僕のケンちゃんを、どこかに連れて行った。

 誰かが、僕の頭を撫でていた。ケンちゃんのお母さんだった。
「ごめんね。・・・でも、しょうがないのよ。引越し先のマンションでは、ペットは飼っちゃいけないのよ。」

僕のお母さんが、僕の涙を拭きながら言った。
「捨てるのもかわいそうだし、やっぱり保健所でちゃんと処分してもらうしかありませんものね。」
「どんなにかわいくっても、所詮は、犬だったんですよ。」


 僕は、――― その時聞いた悪魔の囁きを、今も忘れることはできない。
 そして、ケンちゃん、君は、今も僕の誇りだよ・・・。


(おわり)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小説「ケンちゃんとの思い出」③

2005年03月23日 | 小説・短編、他
 そんなある日、僕は、ケンちゃん家が引越しするって話を聞いたんだ。僕、すごくショックだった。だって、僕は今までケンちゃんを目標にしてきたんだ。ケンちゃんを、自分が産まれた時から見てきたし、これからも、当然そうしようと思ってたんだ。それなのに・・・。
 僕はケンちゃんに会って直接事情を聞こうと思ったんだ。でも、お母さんは、こう言った。
「あんまりケンちゃんを困らせちゃあいけませんよ。」
ってね。お母さんはわかってたんだ。僕がケンちゃんを慕っていることを。そして、僕がケンちゃんに、引越ししないで!なんて無茶なことを言えば、ケンちゃんは必ず僕を子供扱いするだろうってことをね。僕は、お母さんのその言葉で、しっかりと先手を取られたって訳なんだ。
 でも、僕は、どうしても納得がいかなかった。だからなのか、ケンちゃんを避けるようになった。
 引っ越しの前の日、ケンちゃんたちは、お別れの挨拶に、うちに来たんだ。でも、その時も僕は、ケンちゃんに会わずに、部屋にずっと閉じこもってた。ケンちゃんなんか、大っ嫌いだ!僕は、ベッドの上でずっと泣いていた。
 しばらくしてお母さんが来て、
「ケンちゃんが、帰ったわよ。」
って、言った。
「ケンちゃんたちね、今までありがとうございました、って言ってたわよ。・・・あのね、あなたには言ってなかったけど、ケンちゃんね、別居するんですって。」

え?なに?ケンちゃんは、・・・じゃあ、1人でどこに行くっていうの?

「ケンちゃんのお父さん、お母さんの住所は聞いておいたわ。あとで下に降りてらっしゃい。おやつも用意しておくから。」

「ケンちゃんは?!」
僕は、顔を上げて、思わず叫んだんだ。

「ケンちゃんの住所はね、あなたには知らせないでください、って・・・。」

ケンちゃんは・・・、また、僕を裏切ったんだ・・・。


(つづく)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小説「ケンちゃんとの思い出」②

2005年03月22日 | 小説・短編、他
 ケンちゃんは、警察犬の訓練所で働いているんだ。家から10分くらいのとこなんだけど、ケンちゃんは、朝早くから夜遅くまでそこで働いてるんだ。たまに、1週間くらい泊り掛けになる時もあるらしい。
 前に、僕、そこに見学に行ったんだ。そしたらケンちゃんは、あっちこっち忙しそうに走り回っていて、僕の相手をしてる暇が無かった。仕方なく僕は、他の従業員の人に、訓練所の中を案内してもらった。ケンちゃんは、僕がもう帰ろうとしたところに、やっと、僕の所にやって来て、はあはあと息を切らせながら、途中まで送ってくれたんだ。そして僕が、
「ケンちゃん、まだ仕事中でしょ?いいよ、ここまでで。僕、ちゃんと家に帰れるから。」
って言うと、安心した顔で、走って訓練所に戻って行ったんだ。僕はその、ケンちゃんの後ろ姿を見て、僕もケンちゃんのように男らしくなりたい、って、そう思ったんだ。

 ケンちゃんは、お父さんとお母さんとの3人家族なんだ。僕の家は、お父さんとお母さんと僕と、そしてもう1人、今お母さんのお腹の中に、僕の弟か妹かがいる。
 最近、うちのお父さんやお母さんが、お腹の子が男の子だったらいいね、って、よく言うんだ。女の子だと、いずれはお嫁さんに行っちゃうからなんだって。
「僕は?」
って、お母さんに聞いたら、お母さんは、あなたはお嫁さんをもらう方よ、って言ってた。
「ケンちゃんは、お嫁さん、もらわないの?」
って、僕は聞いたんだ。そしたら、
「ケンちゃんはね、今お仕事が忙しいのよ。だから、今のところは考えていないんじゃあないのかしら。」
って。
「じゃあ、僕も結婚しない。ケンちゃんみたいに、仕事に燃える男になるんだ。」
って、僕は、お母さんに宣言したんだ。お母さんは笑ってたけど、笑われたってかまうもんか。僕は、絶対にケンちゃんみたいになるんだ!

(つづく)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小説「ケンちゃんとの思い出」①

2005年03月20日 | 小説・短編、他
 ケンちゃんは、僕より20も年が上だ。
 ケンちゃんは、正しい名前は「ケンジ」だけど、みんなから、ケンちゃん、ケンちゃんと呼ばれている。
 ケンちゃんは、僕の憧れなんだ。大きくて、優しくて、でもちょっぴり厳しくて。それに、無口で男らしい。ケンちゃんは、僕ん家の隣に住んでいて、僕が産まれる時も、ケンちゃんとケンちゃんの家族と僕の家族で、名前を考えてくれたんだって。ケンちゃんは僕の名づけ親であり、幼馴染みであり、家族の一員なんだ。

 ケンちゃんは、2年前、僕が小学校に入学する時も、朝からずっと傍についていてくれたんだ。その日は、たまたま、ケンちゃん、仕事が休みだったんだ。ケンちゃんは、僕が緊張して着替えをしているのを見て、ちゃんと無事に学校まで行けるのか、心配そうだったけど、僕は、気をつけて行って来いよ、っていうケンちゃんの声を聞いて、さっきまでの緊張が、どこかへぶっ飛んでしまったような気がした。
 ケンちゃんのその一言で、その時僕が、どんなに勇気づけられたか、今でも僕は、はっきりと覚えているよ。


(つづく)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする