みつお君は、ミツバチです。
みつお君は、少し弱虫なミツバチです。
みつお君のお母さんは、そんな、少し弱虫のみつお君に、ある日こう言いました。
「となりの街の菜の花畑まで、お花の蜜を取りに行って来てちょうだい。」
「ぼく、1人でそんな遠い所まで行けないよ。」
「みつおは男の子でしょ。1人でとなりの街まで、きっと行けるわ。大丈夫よ。」
「大丈夫かなぁ。ちゃんとうちに帰れるかなぁ。」
みつお君は、となりの町の菜の花畑まで、なんとか迷わずに飛んで行き、いつもお母さんが持って帰る半分の量のお花の蜜を取って、リュックに詰め、うちに帰ろうとしました。
「お母さんの言うとおりだ。ぼくもちゃんと、遠いところで1人でお花の蜜を取れるんだ。
ちょうどその時です。
いじめっこのクマンバチのくまぞう君が飛んで来ました。
「おい!そこのミツバチ!その背中に積んだおいしそうな花の蜜をおれによこせ!」
くまぞう君はそう言うと、ポカッと、みつお君の頭を殴り、みつお君の蜜の入ったリュックを無理やり取り上げて、飛んで行ってしまいました。
「返せよー!それはお母さんに頼まれた、大事な蜜なんだぞー!」
みつお君は精一杯叫びましたが、もうくまぞう君の姿は見えません。
「どうしよう。もうすぐ暗くなっちゃうし、お母さんになんて言えばいいんだろう・・・。」
みつお君は、蜜を取られたことが悔しくて、何もできなかった弱虫の自分が情けなくて、とうとう、泣き出してしまいました。
泣きながら、お母さんの待っているおうちに向かって飛んでいると、モンシロチョウさんが飛んで来ました。
「まぁ、どうしたの?」
みつお君は、くまぞう君に大事なお花の蜜を取られてしまったことを話しました。
「みつお君、あきらめなさい。私たちがクマンバチとけんかしても、勝てるわけがないんだから。今度そういうことがあったら、早く謝って、お花の蜜をあげてしまいなさい。へたなことを言って、ケガなんかしたくないでしょ?」
そこへ、スズメバチ君が来て、言いました。
「泣き寝入りなんかすることないよ。そんなに悔しかったら、今度、仲間をいっぱい引き連れて、仕返ししてやればいいんだよ。ぼくもその時には、一緒に行ってくまぞう君をやっつけてやるからさ。」
みつお君は、おうちに帰って、モンシロチョウさんとスズメバチ君に言われたことをお母さんに言いました。
「お母さん、ぼく、どうしたらいいんだろう。今度また1人で蜜を取りに行って、くまぞう君に会ったら。ぼく、体も大きくないし、力も強くないけど、大勢で向かって行けば、くまぞう君をやっつけられるかなぁ。仕返しすれば、くまぞう君だって、きっと、弱い者いじめなんかしないようになるよね?」
「みつお、仕返ししてはだめよ。」
「じゃあお母さん、ぼく、くまぞう君に会うたびに、殴られて、蜜も取られて、それでがまんしろって言うの?」
「そうじゃないわ、みつお。仕返しをしない、っていうことと、何もしないで泣き寝入りする、ってことは違うのよ。」
「どういうこと?」
みつお君のお母さんは、優しくみつお君を見つめて、言いました。
「暴力で、お花の蜜を奪って行ったくまぞう君は、とっても悪いことをしたと思うわ。でも、その仕返しで、もしみつおがくまぞう君に暴力を振るったら、お母さんはとっても悲しい。“相手が悪いんだから”と、どんなに言い訳をしたって、結局は、最初に殴ったくまぞう君と同じで、暴力で相手を負かしたことに変わりはないんだから。それにね、みつおがお友達と一緒に仕返しに行って、くまぞう君をやっつけたら、くまぞう君は、どう思うかしら?“悔しいから仕返しをしてやろう”って、また、仲間を連れてみつおたちをやっつけに来たら、どうする?あなた、その時、仕返しをしようとするくまぞう君たちを、間違ってる、って言える?
仕返しをしようとする考えが大きくなってしまうと、戦争になってしまうのよ。愚かな人間たちを見てみなさい。あの国の政治が悪いとか、この国が自分の国の悪口を言ったとか、何かにつけて戦争をしているでしょ?時には、ある国とある国がしている戦争を止めさせるため、という理由をつけて、爆弾を落としたり、人を撃ち殺したりすることだってあるわ。でも、どんなに“正義”を掲げたって、そこにあるのは、戦争という事実と、死んでいく弱い者たちだけ。戦争に、良いも悪いもないし、落とされた爆弾に、敵も味方もない。暴力は暴力しか生まないのよ。
戦争に巻き込まれている人たちが、もし、自分の家族だったら、と思ったら、戦争なんてできるわけないのにね。」
「うーん。難しいね。・・・じゃあ、どうすればいいの?」
「でも、みつお、泣き寝入りするのは、もっと悪いことなのよ。暴力を振るうのは悪いわ。でも、それに抵抗もしないで泣き寝入りするっていうことは、暴力を振るうことを良いことだと、相手に思わせてしまうことなのよ。暴力を認めたことになるの。」
「暴力を認めるなんて、やだよ。ぼく、絶対そんなのやだよ!」
「じゃあ、どうすればいい?」
「わかんない。お母さん、わかんないよ。・・・どうしたらいいの?」
「お話しをするのよ。」
「お話し?」
「そう。今度くまぞう君に会ったら、お話しをいっぱいしてあげなさい。みつおがくまぞう君に殴られて悔しかったこと、悲しかったこと、そして、友達を殴るのはいけないことだと、くまぞう君になんとかわかってほしいってこと、何でも、みつおが思っていることを、いっぱい、いっぱい、お話ししてあげなさい。そして、みつおも、くまぞう君のお話を、いっぱい聞いてあげるの。そうすれば、いつか必ず、くまぞう君は乱暴しなくなるわ。
くまぞう君だけでなく、みつおが、他のお友達とも、いっぱい、いっぱいお話ししていけば、乱暴したり、乱暴されて泣き寝入りしたり、仕返ししたりしようとするお友達はいなくなるのよ。」
「ふぅ~ん。お話しする、って、すごいんだね!すごい力があるんだね!」
「そうよ。そうやって、お友達と一緒に、いっぱいお話しをすることや、暴力を振るわない、泣き寝入りしない、と強く思うことを、“勇気”っていうのよ。勇気があれば、どんなことにも負けないし、お友達だって、たくさん、たくさん増えていくわ。お母さんはね、みつおに、そんな勇気のある本当に強いミツバチになってほしいの。」
お母さんの話を聞き終えて、それだけでなんだか、ほんの少し強くなったような気がして、みつお君は、今度くまぞう君に会ったら、勇気を出してお話しをしてみよう、と思いました。
ある日、みつお君は、1人で菜の花畑に行った帰りに、またくまぞう君に出会いました。
「おい!そこのミツバチ!その背中に積んだおいしそうな花の蜜をおれによこせ!」
くまぞう君はそう言って、また、みつお君を殴ろうとしました。みつお君はリュックをぎゅっと抱きしめて、勇気を振り絞って言いました。
「くまぞう君!乱暴はやめて!」
くまぞう君は、弱虫ミツバチのみつお君が逃げ出さないのを見て、みつお君が胸に抱いたリュックを、無理やり取り上げようとしました。が、みつお君が、ぎゅーっと抱きしめているので取れません。
「くまぞう君!ぼ、ぼくは、君と、お話しがしたいんだ!」
今までみんなに恐がられてばかりいたくまぞう君は、そう言われて、びっくりしてしまいました。
「・・・一緒に、いっぱい、いっぱい、お話しをして、お友達になりたいんだ!」
「えっ!お、お友達?!」
くまぞう君は、またまたびっくりしてしまいました。
「あのね、あのね、ぼくのお母さんが言ったんだ。暴力を振るうのは本当の強さじゃないんだって!本当に強いのは、みんなといっぱいいっぱいお話しをして、たくさんたくさんお友達を作ることなんだって!そういうのを勇気って言うんだって!だからぼく、くまぞう君といっぱいいっぱいお話しして、お友達になって、一緒にお花の蜜を取りたいんだ!」
くまぞう君は、みつお君を殴ろうとしていた右手を下ろして、じっとみつお君の話を聞いているうちに、みつお君より体も大きく力も強い自分が、逃げ出さずにお話をした、少し弱虫のみつお君に、やっつけられたような気がしてきました。そして、こうやってみつお君を殴ってお花の蜜を取ろうとした自分が急に恥ずかしく感じて、涙が出そうになり、みつお君に何も言い返せないまま、くまぞう君は、ものすごいスピードで、飛んで行ってしまいました。
「くまぞうくーん!くまぞうくーん!明日一緒にお花の蜜を取ろうよーっ!くまぞう君もリュック持って来てねーっ!!」
その言葉がくまぞう君に届いているかどうかはわかりませんでしたが、みつお君は、くまぞう君の姿が見えなくなるまで、何度も、何度も、
「くまぞうくーん!くまぞうくーん!」
と、叫び続けていました。
次の日、みつお君が、となりの街の菜の花畑に、お花の蜜を取りに来てみると、くまぞう君が、向こうの方から飛んで来るのが、小さく見えました。
くまぞう君の背中には、くまぞう君の大きな体と同じくらいの、大きなリュックが、ゆっさゆっさと揺れていました。
(おわり)
みつお君は、少し弱虫なミツバチです。
みつお君のお母さんは、そんな、少し弱虫のみつお君に、ある日こう言いました。
「となりの街の菜の花畑まで、お花の蜜を取りに行って来てちょうだい。」
「ぼく、1人でそんな遠い所まで行けないよ。」
「みつおは男の子でしょ。1人でとなりの街まで、きっと行けるわ。大丈夫よ。」
「大丈夫かなぁ。ちゃんとうちに帰れるかなぁ。」
みつお君は、となりの町の菜の花畑まで、なんとか迷わずに飛んで行き、いつもお母さんが持って帰る半分の量のお花の蜜を取って、リュックに詰め、うちに帰ろうとしました。
「お母さんの言うとおりだ。ぼくもちゃんと、遠いところで1人でお花の蜜を取れるんだ。
ちょうどその時です。
いじめっこのクマンバチのくまぞう君が飛んで来ました。
「おい!そこのミツバチ!その背中に積んだおいしそうな花の蜜をおれによこせ!」
くまぞう君はそう言うと、ポカッと、みつお君の頭を殴り、みつお君の蜜の入ったリュックを無理やり取り上げて、飛んで行ってしまいました。
「返せよー!それはお母さんに頼まれた、大事な蜜なんだぞー!」
みつお君は精一杯叫びましたが、もうくまぞう君の姿は見えません。
「どうしよう。もうすぐ暗くなっちゃうし、お母さんになんて言えばいいんだろう・・・。」
みつお君は、蜜を取られたことが悔しくて、何もできなかった弱虫の自分が情けなくて、とうとう、泣き出してしまいました。
泣きながら、お母さんの待っているおうちに向かって飛んでいると、モンシロチョウさんが飛んで来ました。
「まぁ、どうしたの?」
みつお君は、くまぞう君に大事なお花の蜜を取られてしまったことを話しました。
「みつお君、あきらめなさい。私たちがクマンバチとけんかしても、勝てるわけがないんだから。今度そういうことがあったら、早く謝って、お花の蜜をあげてしまいなさい。へたなことを言って、ケガなんかしたくないでしょ?」
そこへ、スズメバチ君が来て、言いました。
「泣き寝入りなんかすることないよ。そんなに悔しかったら、今度、仲間をいっぱい引き連れて、仕返ししてやればいいんだよ。ぼくもその時には、一緒に行ってくまぞう君をやっつけてやるからさ。」
みつお君は、おうちに帰って、モンシロチョウさんとスズメバチ君に言われたことをお母さんに言いました。
「お母さん、ぼく、どうしたらいいんだろう。今度また1人で蜜を取りに行って、くまぞう君に会ったら。ぼく、体も大きくないし、力も強くないけど、大勢で向かって行けば、くまぞう君をやっつけられるかなぁ。仕返しすれば、くまぞう君だって、きっと、弱い者いじめなんかしないようになるよね?」
「みつお、仕返ししてはだめよ。」
「じゃあお母さん、ぼく、くまぞう君に会うたびに、殴られて、蜜も取られて、それでがまんしろって言うの?」
「そうじゃないわ、みつお。仕返しをしない、っていうことと、何もしないで泣き寝入りする、ってことは違うのよ。」
「どういうこと?」
みつお君のお母さんは、優しくみつお君を見つめて、言いました。
「暴力で、お花の蜜を奪って行ったくまぞう君は、とっても悪いことをしたと思うわ。でも、その仕返しで、もしみつおがくまぞう君に暴力を振るったら、お母さんはとっても悲しい。“相手が悪いんだから”と、どんなに言い訳をしたって、結局は、最初に殴ったくまぞう君と同じで、暴力で相手を負かしたことに変わりはないんだから。それにね、みつおがお友達と一緒に仕返しに行って、くまぞう君をやっつけたら、くまぞう君は、どう思うかしら?“悔しいから仕返しをしてやろう”って、また、仲間を連れてみつおたちをやっつけに来たら、どうする?あなた、その時、仕返しをしようとするくまぞう君たちを、間違ってる、って言える?
仕返しをしようとする考えが大きくなってしまうと、戦争になってしまうのよ。愚かな人間たちを見てみなさい。あの国の政治が悪いとか、この国が自分の国の悪口を言ったとか、何かにつけて戦争をしているでしょ?時には、ある国とある国がしている戦争を止めさせるため、という理由をつけて、爆弾を落としたり、人を撃ち殺したりすることだってあるわ。でも、どんなに“正義”を掲げたって、そこにあるのは、戦争という事実と、死んでいく弱い者たちだけ。戦争に、良いも悪いもないし、落とされた爆弾に、敵も味方もない。暴力は暴力しか生まないのよ。
戦争に巻き込まれている人たちが、もし、自分の家族だったら、と思ったら、戦争なんてできるわけないのにね。」
「うーん。難しいね。・・・じゃあ、どうすればいいの?」
「でも、みつお、泣き寝入りするのは、もっと悪いことなのよ。暴力を振るうのは悪いわ。でも、それに抵抗もしないで泣き寝入りするっていうことは、暴力を振るうことを良いことだと、相手に思わせてしまうことなのよ。暴力を認めたことになるの。」
「暴力を認めるなんて、やだよ。ぼく、絶対そんなのやだよ!」
「じゃあ、どうすればいい?」
「わかんない。お母さん、わかんないよ。・・・どうしたらいいの?」
「お話しをするのよ。」
「お話し?」
「そう。今度くまぞう君に会ったら、お話しをいっぱいしてあげなさい。みつおがくまぞう君に殴られて悔しかったこと、悲しかったこと、そして、友達を殴るのはいけないことだと、くまぞう君になんとかわかってほしいってこと、何でも、みつおが思っていることを、いっぱい、いっぱい、お話ししてあげなさい。そして、みつおも、くまぞう君のお話を、いっぱい聞いてあげるの。そうすれば、いつか必ず、くまぞう君は乱暴しなくなるわ。
くまぞう君だけでなく、みつおが、他のお友達とも、いっぱい、いっぱいお話ししていけば、乱暴したり、乱暴されて泣き寝入りしたり、仕返ししたりしようとするお友達はいなくなるのよ。」
「ふぅ~ん。お話しする、って、すごいんだね!すごい力があるんだね!」
「そうよ。そうやって、お友達と一緒に、いっぱいお話しをすることや、暴力を振るわない、泣き寝入りしない、と強く思うことを、“勇気”っていうのよ。勇気があれば、どんなことにも負けないし、お友達だって、たくさん、たくさん増えていくわ。お母さんはね、みつおに、そんな勇気のある本当に強いミツバチになってほしいの。」
お母さんの話を聞き終えて、それだけでなんだか、ほんの少し強くなったような気がして、みつお君は、今度くまぞう君に会ったら、勇気を出してお話しをしてみよう、と思いました。
ある日、みつお君は、1人で菜の花畑に行った帰りに、またくまぞう君に出会いました。
「おい!そこのミツバチ!その背中に積んだおいしそうな花の蜜をおれによこせ!」
くまぞう君はそう言って、また、みつお君を殴ろうとしました。みつお君はリュックをぎゅっと抱きしめて、勇気を振り絞って言いました。
「くまぞう君!乱暴はやめて!」
くまぞう君は、弱虫ミツバチのみつお君が逃げ出さないのを見て、みつお君が胸に抱いたリュックを、無理やり取り上げようとしました。が、みつお君が、ぎゅーっと抱きしめているので取れません。
「くまぞう君!ぼ、ぼくは、君と、お話しがしたいんだ!」
今までみんなに恐がられてばかりいたくまぞう君は、そう言われて、びっくりしてしまいました。
「・・・一緒に、いっぱい、いっぱい、お話しをして、お友達になりたいんだ!」
「えっ!お、お友達?!」
くまぞう君は、またまたびっくりしてしまいました。
「あのね、あのね、ぼくのお母さんが言ったんだ。暴力を振るうのは本当の強さじゃないんだって!本当に強いのは、みんなといっぱいいっぱいお話しをして、たくさんたくさんお友達を作ることなんだって!そういうのを勇気って言うんだって!だからぼく、くまぞう君といっぱいいっぱいお話しして、お友達になって、一緒にお花の蜜を取りたいんだ!」
くまぞう君は、みつお君を殴ろうとしていた右手を下ろして、じっとみつお君の話を聞いているうちに、みつお君より体も大きく力も強い自分が、逃げ出さずにお話をした、少し弱虫のみつお君に、やっつけられたような気がしてきました。そして、こうやってみつお君を殴ってお花の蜜を取ろうとした自分が急に恥ずかしく感じて、涙が出そうになり、みつお君に何も言い返せないまま、くまぞう君は、ものすごいスピードで、飛んで行ってしまいました。
「くまぞうくーん!くまぞうくーん!明日一緒にお花の蜜を取ろうよーっ!くまぞう君もリュック持って来てねーっ!!」
その言葉がくまぞう君に届いているかどうかはわかりませんでしたが、みつお君は、くまぞう君の姿が見えなくなるまで、何度も、何度も、
「くまぞうくーん!くまぞうくーん!」
と、叫び続けていました。
次の日、みつお君が、となりの街の菜の花畑に、お花の蜜を取りに来てみると、くまぞう君が、向こうの方から飛んで来るのが、小さく見えました。
くまぞう君の背中には、くまぞう君の大きな体と同じくらいの、大きなリュックが、ゆっさゆっさと揺れていました。
(おわり)