すずりんの日記

動物好き&読書好き集まれ~!

小説「幼稚な殺人」あとがき

2005年02月14日 | 小説「幼稚な殺人」
これが、私の最新作です。
私は初めて、推理ものを書きました。時間の流れとか、難しい難しい。何回書き直したか。ちなみに、ブログに書き込む時にも、あちこち手直ししました。でもきっと、違う人が読んだら、まだまだチグハグでおかしいところがあるんだと思いますが、それは勘弁してくださいね。
ちなみに、私は、題名を決めないまま書き進んでいくので、題名は、流れを最後まで書き終えてから付けたんですが、この題名も、なんか内容といまいち合ってないなぁ、と思ってます。
私がこの小説で言いたかったこと、それは、最後の、宝田さんと本宮さんの言葉に尽きます。
こういう、自分の思いや、作品となったものに対して、自分がこう言いたかっただけ、こういうものを作りたかっただけ、という気持ちでいる反面、他人が読んでどう思うか、っていう気持ちも無いわけじゃあないんですよね~。

これを書いたノートの最後には、「2001、2、25」と日付が書いてありました。
今から4年前。ということは、私は4年前から自分の文章を書いてない、ってことです。
またなにか書いてみようかな。

今までのも、また不定期に載せていきます
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小説「幼稚な殺人」⑩終

2005年02月13日 | 小説「幼稚な殺人」
 先輩は、最初から、石田が自殺したと思わせるために、石田を殺した後、石田のふりをしてローソンに行くことを計画していた。石田が、自殺に使うビニール紐をローソンで買い、遺書を書き、何度も躊躇ったあげくに、首を吊って死んだ(と思われる)時間には、自分は札幌に居て、アリバイは証明されている、という計画で、そもそも、今回のようなアクシデントが無ければ、先輩は僕らと合流したことで確実にアリバイが証明されていたのだ。
 先輩は、自分でビニール紐を用意した後、不審車として目撃情報が出てこないように、自分の車ではなく、地下鉄で真駒内まで行った。そして、石田のアパートで待ち伏せし、石田が帰って来たところを、後ろから首を絞めて殺した後、鍵を開けて部屋の中に入り、そのまま、紐を梁に掛けた。
 その後、石田になり代わって、コンビニでの買い物を済ませて、バイクをアパートの前に止め、駅に向かう途中で、僕からの電話を受けたらしい。急いで帰ろうと、予定を変えて、タクシーを拾おうとしたが、、なかなかつかまらず、逆に時間をくってしまった。

 「おれは社会のクズを殺したことは後悔していない。が、自分の勝手な感情のために、あいつの母親に、おれと同じ思いをさせてしまったことが、情け無いよ。」

 本宮さんに連れて行かれる直前に、先輩はそう言っていた。がっくりと肩を落としてはいたが、少なくとも、自分の足で署の廊下を歩いて行くだけの力は取り戻したようだった。

 先輩と本宮さんが角を曲がって姿を消したと思ったら、入れ違いに、園田さんと宝田さんが、若い女性を真ん中に挟んで姿を見せ、ゆっくりとこちらに歩いて来た。木下を最後に見たと証言した、あの女の子だ。一歩先を歩いて来た園田さんは、僕と課長が立っている課のドアの所まで来て、すぐ後ろの女性を振り返って、言った。
「彼女が、・・・木下伸男を殺したことを認め、・・・自首してきてくれました・・・。」



 「ソノさん、彼女のこと、ずっと引っかかってたみたいだった。2度目に彼女に話を聞きに行ったら、あの事件以来、あの現場周辺に姿を見せてないって仲間の連中が言うから、変ですね、って言ってたんだ。で、署に戻ったら、おまえが、若林は木下を殺してない、って言ったろ?それで、ソノさんは、ピーンときたらしい。もう、必死で家捜して、彼女に、バシッと当たってみたんだ。そしたら、私が殺しました、って、ワンワン泣いちゃって。木下にしつこく言い寄られて、拒否したら、やらせろ、って、ナイフで脅されて、暴行されそうになって、もみ合ってるうちに、木下を刺しちゃったらしいんだ。血だらけで木下が向かって来るのが怖くて、何回も何回も奴を刺して、死なせてしまった。・・・彼女、あの日していた合皮の手袋を、処分できずに持ってたよ。」
 調書を取るために、課長と園田さんに連れられて女性が入って行った部屋の方をちらっと見て、宝田さんは、はーっとため息をついた。
 ついさっきまで、先輩が取り調べられていたあの椅子に、今は、彼女が座って涙しているのだろうか。

 「なぁ、長井、主婦を殺した17歳のガキが、逮捕された後、“どうして人を殺しちゃあいけないんですか?”って質問した、って話、覚えてるか?」
もちろん、覚えている。そのことを、課のみんなで激論したのだ。予想通り、一番怒りまくってたのは、若林先輩で、その少年の代わりに、僕のデスクの横をささやかに定位置にしていた小さなゴミ箱が、半殺しの目に遭った。
「おれなぁ、あの言葉は、虚勢を張ったのでもなく、捜査を混乱させようとしたのでもなく、本心だと思うんだ。あのガキは、本当に今まで、“人を殺しちゃいけない”って、自分の親から教わってこなかったんだ。“そんなこと、常識以前の問題だろう”なんて言うのは大人の理論さ。たぶんそうやって、当たり前のことを、自分の子供に教え込んでこなかった親が、あとどれくらいいると思う?
 本当は、そういうガキの親だって、それと気づかないうちに、自分の親にそういう躾をされてきたはずだ。だって、そうだろう?赤ん坊は、何が良いか何が悪いかわからずに、この世に産まれ出てくるんだから。それを、自分たちは自分たちの力だけでここまで大きくなりました、って顔していやがる。他人の命を奪うことは悪いことだとわからない人間が、人を殺すことを躊躇したりするか?何が良いことか、何が悪いことかも教えてくれなかったくせに、大人は、動機が理解できないだの、刑を重くしろだの言うだけだ。
 法的にだけじゃなく、根本的に、意味もわからずに、はっきりとしたそれらしい動機も無く、人を殺す17歳のガキも、40歳にも50歳にもなった大人が、“しょうがなく”人を殺すのも、その罪の重さは変わらない。しかし、あえて言うなら、“人を殺しちゃいけない”っていう、常識以前のことを知ってて当然の、いい年した大人(いわゆる“大人”だ)が人を殺す罪の方が、罪深いと、おれは思う。」
 この時の僕には、その、宝田さんの主張が、正しいのかどうか、わからなかったし、そんなことはどうでもよかった。たった1つのことで頭がいっぱいだったからだ。
「宝田さん、僕は、先輩が殺人犯になるのを止めることができませんでした。」
「そうだな。・・・でも、そのことで、お互いがすごく大事な存在だってことがわかったんじゃないか。・・・これからは、おまえが、若林の支えになってやれ。なっ。・・・これでお終いじゃあない。ここからが、あいつの人生の、本当の始まりなんだ。」
「・・・はい。」
 まだ乾き切ってない僕の瞳が、再び涙で濡れた。でも、今度の涙は、何だか少し、気持ちを癒してくれた。そう、本当に、ほんの少しではあったが、・・・とても、ありがたかった。

 「あいつは、これから本当に、刑事の仕事をしていけるやろうな。」
引き渡される先輩を見届けた後、本宮さんが、帰るんやったらおれも乗せてけ!と、追いかけて来たのだ。
「このことで周りがごちゃごちゃ勝手なこと言うやろうけど。・・・あいつは、不幸なんかやない。あいつは、生まれ変われたんや。これ以上の幸せがあるか!」
 夕日で照らされた粉雪が、細かくフロントガラスを叩いていた。前方を気にしながら、僕は、普段の本宮さんからは聞かれない優しい言葉に瞳が潤んできているのを、悟られないように必死だった。
「何とか言うたらどや!」
ペシッと頭を叩かれるのを予想していたのに、思いがけなく、本宮さんのゴツい手のひらが、僕の髪の毛をクシャクシャッとしたことで、僕はますます言葉に詰まってしまった。
「泣くな!あほーっ!・・・なんでおれが助手席に座って、おまえの涙拭いてやらなあかんねん!ちゃんと前向いて運転せえよ。おい!頼むで!」
「・・・もう!本宮さん!ちょっと黙っててくださいよ!危ないじゃないですか!」
本宮さんの差し出したシワシワのハンカチを振り払うふりをして、僕はグィッと涙をぬぐった。
 
 落ちかけた夕日に焼かれたこの街が、今までもずっと美しい姿でここにあったのを、僕は今、初めて知ったような気がしていた。
 僕たちはずっとこれからも、この町で生きて行く。いや、生きて行かなきゃならないんだ。
 時には、先の見えない吹雪の道を。
 そして、―――時には、全てのものに降り注ぐ、日の光の中を。


(おわり)
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小説「幼稚な殺人」⑨

2005年02月12日 | 小説「幼稚な殺人」
 石田はその日、いつものようにバイクに乗って、土方のバイトから帰宅し、8時40分頃、1kmほど先のローソンに寄っている。僕が話を聞いた店員は、大学生で、石田と同じアパートの住人だった。部屋は離れていて、話はしたことが無いが、自分と同じアパートの住人である石田が、ちょくちょくこのコンビニに買い物に来ているのは知っていたらしい。
 石田はいつも、フルヘルメットを被ったまま、一言もしゃべらず、面倒くさそうに、缶コーヒーや弁当を買っていた(この日は、首を吊った洗濯用のビニール製の紐も、ここで買っていた)。
「その日が、彼を見る最後だったんだ、と、彼が死んで思ってたら、だんだんあの日の彼のことが余計に思い出されるようになって・・・。彼、いつものように、弁当と缶ジュースと、インスタントラーメンとか雑誌とか、カゴに入れずに、こうやって、腕に抱えて、どさっ!とレジの前に置いて、“セブンスター1つ”と呟いたんだ。その時は、タバコを買ってくなんて、珍しいこともあるもんだなぁ、と思ったけど、今思うと、死ぬ前にタバコの1本でも吸いたいと思ったんだなぁ・・・と思って。勝手な推測ですけどね。おれならそう思うかもなぁ、ってね。」

あの大学生の言葉が、少しずつ、僕の混乱した頭の中の霧を晴らしていった。と、同時に、僕は少しずつ、車のスピードを上げていった。

 課長より先に、園田さんに見つけてもらえることを祈りながら、僕は、ドアを開け、課内を覗いた。
「おう、どやった、長井。石田に会えたか?」
「本宮さん、先輩は、木下を殺してません。」
「なんやて?どういうことや!」
「他の人たちは?」
「今、課長が若林の取調べしとるけど・・・。なんや、説明せい!」
 「どうした、騒がしいな。」
園田さんと宝田さんが、頭にうっすらと粉雪を積らせて入ってきた。僕は本宮さんから目を逸らし、2人にも同じセリフを言った。
「園田さん、若林先輩は、木下を殺してません。」
宝田さんは驚いた顔をしたが、園田さんは、無表情のまま、少し考えてから口を開いた。
「長井、詳しいことは後で聞く。宝田、もう1回現場だ。」
園田さんは、本宮さんに何か耳打ちし、宝田さんのコートの袖を引っ張って、慌しく出て行った。


「先輩、先輩は、木下を殺してませんよね?」
先輩は、一層疲れた様子で、目の前の僕を見上げる力も無くなったようだった。
「・・・あぁ。」
「課長、先輩は、嘘はついてません。」
課長と本宮さんは、取調室の壁にもたれて立っていた。
「アリバイが証明されたんか。」
「えぇ。先輩はあの日、あの現場には行かなかった。・・・行けなかったんです。他の場所に居たから。そうですよね、先輩?」
誰も何も言わない。僕は話を続けた。
「先輩は、石田に会いに行ってたんです。」
「石田だと?」
「あの日先輩は、女子高生の事件の聞き込みから一足先に戻り、帰宅した。だけど、本当は、自宅には戻らず、真駒内の石田のアパートに向かい、石田を、自殺に見せかけて殺害した。」
「木下もちょうどその頃に誰かに殺されたってことなんか?」
「石田はあの日、近くのコンビニで買い物をしている姿を店員に見られているんですが、先輩は、それ以前に石田を殺し、石田になり代わって、石田のバイクに乗って、コンビニに行ったんです。
 先輩は、妹さんが亡くなってから、石田をずっと見続けてきた。この日が来るのを待って、石田の行動パターンや癖を知り尽くしていた。でも、近づき過ぎて自分がいつも彼をマークしていることを知られてしまうのを警戒していたために、先輩が見落としていたことが1つだけあったんです。」
僕は、顔を上げない先輩の、乱れた前髪に向かって話し続けた。
「あの日石田と思われていた男は、コンビニでタバコを買った。でも、石田は、出所して、タバコを止めたんです。真駒内の石田の部屋には、吸殻1本、灰皿1つありませんでした。僕もタバコを吸わないからわかるんです。部屋にタバコの臭いはしませんでした。あの時の石田は、少なくとも別の人間です。」
「おい、若林、今の長井の話が本当なら、“その男が自分だという証拠は無い”なんて往生際の悪いことは言うなよ。石田はどう見ても自殺だったから、詳しい捜査はしてないんだ。おまえがそこに居た証拠は、これからおれたちが、草の根分けてでも捜し出すぞ。・・・そうしなきゃおまえ、木下を殺してないことを証明できないんだぞ!」
「あの日僕が先輩を車に乗せた時、先輩はタバコを吸って、空になった箱を車のゴミ箱に捨てました。その箱が、あのコンビニで売っていたものかどうかは、製造番号でわかります。もしかしたら、あの店から指紋が出るかもしれません。」
「おい!どうなんや、若林!なんとか言うたらどうや!!」
バンッ!と本宮さんは、机に両手を着いた。
 「今さら家に居たっちゅう言い訳も聞かんぞ。さっきなぁ、ソノさんたちが、おまえの家の周りを聞き込みしてなぁ、あの日の夜、近くで車が事故起こしてたことがわかったんや。」
「ほんとですか。」
「ガードレールを擦っただけやったらしいけど、けっこうすごい音やったらしいぞ。あのアパートの管理人、その音で飛び起きた、て言うてたらしいわ。おまえは、そのこと今まで知らんかったやろ!」
まだ、先輩は、何も言いそうになかった。
「・・・これが、天罰なんですか。」
僕がそう呟いた時、初めて、先輩の指先が、ピクッと動いたような気がした。
「先輩、・・・先輩が石田に天罰を下したって言うんですか!一体それで、何が変わったっていうんです?・・・僕の大事な先輩が殺人犯になっただけじゃないですか!」
先輩の鼻が、グズッと音を立てた。
「あいつを・・・、あいつを・・・殺せば、もっと、気が晴れると思ったんだ・・・。あやに、胸張って報告できる。あやが、やっと成仏してくれる。・・・あやが生きてた頃の、おれに戻れる、って・・・。でも・・・、違ってた。・・・おれは、あいつに、生かされてたんだ。あいつは、おれに憎まれることで、おれを生かしてくれてたんだ。それがわかったのは、あいつを殺した後だった・・・。」
 先輩は、静かに泣いていた。自分の右手で髪をくしゃくしゃに掻き揚げ、涙で濡れた顔を、初めて僕に見せた。
「・・・すまなかったな、長井。」
 僕も、一緒に、泣いた。


(つづく)
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小説「幼稚な殺人」⑧

2005年02月11日 | 小説「幼稚な殺人」
この日は、午前中、2時間ほどで、取調べは終わっていた。1人、室内に残っていた課長に、若林先輩のアパートでの聞き込みの報告を終わらせて、園田さんと課長と僕の分のコーヒーを入れていると、本宮さんが、薄手のコートにすっぽりと包まれて、急ぎ足で帰って来た。
「大阪やったらもう桜咲いてんのに、こっちの3月はまだ冬やな。何年いても慣れへんわ。おう、長井、おれにもあっついコーヒー、入れてくれ。」
「あれ?本宮さんたち、今日はどこで聞き込みだったんですか?」
「宝田が1人で現場の周りを聞き込んどるわ。おれは、殺された女子高生の親に会いに行っとったんや。」
本宮さんは、椅子の背もたれにコートを、バサッと掛けて、顔だけ課長に向けて、コーヒーを受け取った。
「あれはあかんわ。誰が木下を殺してくれたか知らんけど、感謝してる、警察より私らの気持ちをわかってくれてる、言うて、なに質問しても、もうほっといてくれ、の一点張りですわ。」
「あの父親も、ずいぶん木下を恨んでるだろうな。」
「ソノさん、若林がおらんかったら、一番怪しいのは、あの父親やで。」
「本宮さん、その父親も、やっぱり、生きる術を失ったような、無気力な様子でしたか?」
「あぁ、・・・なんでや?」
 僕は、タバコを吹かしながらコーヒーをすすっていた本宮さんに近づき、課長に聞こえないように耳打ちした。
「本宮さん、・・・石田のことなんですけど、」
「石田?・・・あぁ、・・・あの、石田か?」
「そうです。石田は今、どうしているんですか?」
「えーっと・・・、何年か前に出所したっちゅうことしか知らんなぁ。宝田やったら、住所くらいはまだ覚えとるんと違うかなぁ。」
僕は、宝田さんが帰って来るのを待ち、石田の住所を聞き出した。
「もうここには住んでないかもしれないけどな。」
宝田さんは、最後に、
「余計なことしてると、また、課長に怒鳴られるぞ。」
と、付け加えた。

 宝田さんが教えてくれた住所は、千歳市だった。身分を明かすと大ごとになりそうなので、僕は、玄関に出て来た母親らしき人物に、彼の高校時代の同級生だと告げた。年配の女性は、今ここに住んでいない、と言ったっきり、しばらく黙ってしまったが、僕の印象が良かったからか(それとも僕が、クラス会があるのでぜひ連絡を取りたい、と言ったからか)、とうとう口を開いた。

「あの子は、死にました。」

 僕は帰る車の中で、あの女性の言葉を思い返していた。
 石田広海は、自殺した。
 出所後、真駒内のアパートに住んでいた。
 そして、石田広海は、自殺した。
 遺書を残し、自室で首を吊って。
「私の罪は、正当に裁かれていない。私の罪は、自らの命をもって償うしかない。」
とだけ、書き残して。
 石田広海は、自殺した。
 ――――あの日に。


(つづく)
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小説「幼稚な殺人」⑦

2005年02月10日 | 小説「幼稚な殺人」
先輩は、2階建ての小さなアパートに住んでいる。1階、2階とも4戸ずつ入居できるようになっていて、先輩の部屋は、2階手前の角部屋だ。他のどの窓も、明るい日の光を中に取り込んでいたが、先輩の部屋の窓は、2ヶ所とも、まだカーテンが閉じられたままだった。
 先に階段を登って行く園田さんのゆっくりとした足音を聞きながら、僕は階下に1人残り、先輩の部屋の真下に当たる管理人室のドアを叩いた。僕は、自分の身分を名乗り、先輩の部屋の鍵を受け取って、上へ向かった。

 「管理人さん、何か言ってたか?」
玄関で無造作に靴を脱いだ園田さんの背中越しに、僕は返事をした。
「帰って来た姿は見ていないそうです。物音も、特にしなかった。だけど、普段家に居る時もそんな様子で、あの日だけ特別なことは無かった、って。」
「カーテンも閉まったままだし、電気も点いてる。あの日もこんな感じだったら、あいつはここに居たように思えるんだがなぁ。」
園田さんは、がらんとした8畳間の真ん中に立ち、蛍光灯の電気を消した。
「あいつ、あやちゃんのものを全部処分したんだなぁ。」
隣の、何も置いていない4畳半の和室を覘いて、園田さんは、寂しそうに呟いた。
「車はあったか?」
「裏の駐車場に止めてありました。」
「そうか・・・、車はあるのに、タクシーを使ったか。」
洋服箪笥と木目調の机と椅子に、僕の背よりもはるかに高い本棚(車の月刊誌、青少年の犯罪関係の本、釣りの本などがびっしり詰まっている!)だけの、何の生活臭の無い部屋を出て、帰る前に先輩の車を点検したが、エンジンもちゃんとかかるし、何かにぶつかったようなへこみや傷も無い。少し駐車場の中を走らせてみたが、車体はいたってスムーズに動き出し、そして、今まで居た場所にすんなりと止まった。念のため、近くの修理工場をいくつか回ってみたが、先輩の車が持ち込まれた形跡は無かった。


 「園田さん、僕ちょっと気になることがあるんです。」
僕は署に戻る車の中で、心の中に引っかかっていた事をゆっくりと吐き出した。若林先輩の、取調べから来る疲労感とは別ものの、あの無気力な顔、生き甲斐を失ったような、何かが燃え尽きてしまったような・・・。
「・・・あんな先輩の顔、初めて見ました。」
「おれは、・・・ずーっと昔、一度、見たことがある。・・・もう、20年も前になるかなぁ。昇進したばっかりの孝志が、ちょうどあんなんだった頃があったっけなぁ。」
「・・・孝志?誰です、それ?」
「古岸だよ。」
「古岸?古岸・・・、えっ!?課長ですか!?」
課長が新人として署に配属された時、教育係としてコンビを組んでいたのが、園田さんだったらしい。それから、20数年来の付き合いだそうだ。
「あいつが最初の昇進試験で一発合格したのを祝って、2人で飲みに行った時、あいつ、“ソノさん、おれだってもう1人前の刑事なんだから、もうみんなの前で、孝志!孝志!って呼ぶの、止めてくださいよ”なんて、生意気なこと言いやがってなぁ。」
独り言のように、穏やかに、目を閉じながら呟いていた園田さんは、まるで眠りに就くかのようだった。
「あいつ、前の年に、奈津美ちゃんっていう、かわいい娘と結婚したばっかりで、・・・人懐っこい娘でなぁ。孝志と同期の婦人警官で、人前でかっこつけたがる孝志を、いつも、ニコニコ笑って見てた・・・。」
園田さんは、長い溜め息をついた。
「初めての結婚記念日に、あいつの家の近くの銀行に、強盗が入ってな。犯人が、裏口に止めてた現金輸送車に就いていた警備の2人を撃ち殺して現金を運んでいる最中に、奈津美ちゃん、そこに居合わせちまって。犯人の顔見ちゃって、殺されてしまった。
 2人の犯人は、そのまま逃走して、見つかったのは、5年も過ぎてからだった。孝志は、その5年間、死に物狂いで捜査をした。強盗犯人を捕まえるため、でなく、最愛の妻を殺したクズに、復讐するためだ。
 奈津美ちゃんが死んでからのあいつは、人が変わったみたいで、おれはもう、気軽に、孝志、なんて呼べなかった。・・・必死、なんてもんじゃない。悲愴な感じがしたよ。5年間、1日も気の休まることは無かったろうな。・・・でもな、おい、長井、聞いてるか。本当に孝志が変わっちまったのは、そっからだったんだ。」
 僕はずっと、話の腰を折るまいとして、相づちを打たないように気をつけていたが、いつの間にか、相づちを打つのを忘れてしまっていた。
 「あいつの、5年にも及ぶ執念が実って、犯人は2人とも見つかった。しかし、あいつは、復讐を遂げることができなかった。3人の人間を殺した罪悪感に押し潰された1人が自首しようとするのを、もう1人が撃ち殺した後、自殺したんだ。
 あいつは、・・・5年間、確かにかわいそうだった。でも、その5年間は、あいつにとっては、すごく充実してたと思う。奈津美ちゃんを殺した犯人を捜し出すことが生き甲斐だったからな。あいつの生きてる証は、もう、それしか無かった。でも、それさえも無くしてしまった。あいつは、生きる屍になっちまった。・・・ちょうど、今の若林みたいだったよ。」
右折して、署が遠くに見え始めると、園田さんは、目を開けて大きく伸びをした。
「あいつは、奈津美ちゃんが死んだ時、自殺しかねなかったのを、復讐のおかげで、5年間、命を延ばした。そして、その5年間の活力となったものを見失ってから、ようやくこの仕事が次の生き甲斐になるまでには、その倍以上かかったよ。」
「園田さん、課長がもし、犯人を逮捕して、課長の復讐心が少しでも癒されていたとしたら、課長はもっと早く普通の生活に戻れていたでしょうか?」
「例えあいつが、その2人の犯人を自分の手で殺してたとしても、その後は同じように、“自分がこれから何をするために生きればいいのか”、わからなくなってたろうな。
 でも、人間は、その復讐心が燃え尽きる時が来なきゃ、復讐を忘れて、それからの人生を生きていくことはできないんだ。」


(つづく)
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小説「幼稚な殺人」⑥

2005年02月09日 | 小説「幼稚な殺人」
僕は、唖然とした。取調べをしていた課長や本宮さんや宝田さんの疲れ切った姿を見て、調べあげられている若林先輩の方は、どれほど憔悴し切っているだろうと覚悟はしていた。そして、確かに先輩は、デスクに前屈みになって、僕が入って行っても、顔を上げる力すら残っていないようだった。
 しかし、それ以上にショックだったのは、先輩が無気力だったことだ。確かに、取調べが4、5日続くと、人間は、“もう、どうでもよくなる”時が来る。最初どんなに否認している人でも、そういう時が、やって来るのだ。…が、1日目の、それも2時間そこそこの取調べで、どうしてここまで投げやりになっているのか。それも、あれほどまでに木下に対して正義感を振りかざしていた先輩が…。

 僕は、単刀直入に、言った。
「先輩、…先輩は、木下を、殺してませんよね。」
「…あぁ。」
先輩は、顔を上げずに、うなづいた。
「わかりました!じゃあ僕は、先輩を、信じます!」
先輩は、初めて顔を上げ、僕の目をじっと見つめて、力無く笑った。
「おまえが、おれを信じたからって、どうなるっていうんだ。」
「僕が必ず、先輩のアリバイを証明してみせますよ!」
「…元気だなぁ、おまえは。でもな、無駄だよ。誰も、おれがそこに居た証明なんてできはしない。…おれは、妹が死んでから、今までそうやって、誰にも携わらずに生きてきたんだ。」
「そんな…、先輩らしくない…」
「おまえがおれの何を知ってるんだよ。」
僕は、一緒にコンビを組んで1年以上経つのに、先輩が、妹さんのことを一言も言ってくれなかったことを思い出した。
「先輩、2つだけ、言わせてください。…まず、1つ目です。」
僕は、先輩の目を見つめたまま、続けた。
「先輩は、あの日、自分の家には居ませんでしたよね?」
「なっ、…おまえ、何を…」
「先輩、僕は、先輩の意見を聞くつもりはありません。ただ、事実を言っているだけです。…そして、2つ目は、」
一瞬、動揺して、先輩が目を逸らしたがっているのを、僕は許さなかった。
「先輩、僕は、先輩のことを、本当の家族だと思ってます。…僕の、亡くなった両親も、きっと。」
言い終わる前に、僕は立ち上がり、ドアの前に立った。
「おれは…」
「言ったでしょ。先輩がどう思っているかを聞いてるんじゃないって。先輩が、どう思おうが、僕は、先輩を信じてるし、僕にとって先輩は、何ものにも替えられない存在なんです!」
先輩は、初めて、いつもの優しい笑顔を見せた。
「そういうセリフはなぁ、惚れた女に言うもんだ、バカ。」
僕は、涙が出るくらい嬉しくて、泣き出す前に、急いで部屋を出た。

 次の日の午前中、僕は、園田さんと2人で、車で若林先輩の部屋に向かった。
「そりゃあ、宝田の言う通りだ。おまえの読み通り、若林があの時間、家に居なかったのが本当なら、木下を殺した可能性がますます高くなるな。」
「違うんですよ、園田さん。だから、家でも、現場でもない、別の場所に居たんですって。…何か、理由があって言えないんですよ。」
「なんで、言えないんだ?え?」
「それは…、わかりませんけど…。」
「女、じゃないのか?」
「女?」
「なんだ、おまえ。1年もコンビ組んでて、そういう話、聞いたこと無いのか?」
運転中に、頭をペシッと叩かれて、僕は、少しムッとした。 


(つづく)
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小説「幼稚な殺人」⑤

2005年02月08日 | 小説「幼稚な殺人」
 先輩は、木下に、ごく個人的に、数回会ったことを認め、そのうちの何度目かに、しつこく迫る先輩に向かって木下が脅しに使ったナイフを振り払い、そのナイフを逆に木下の喉元に当て、「おれが、絶対におまえの息の根を止めてやる。」と脅した、と言った(そこまで聞いていないのに、だ)。そして、
「あいつ、“おれの指紋が付いたのはその時ですよ”なんて言ってるんだ。」
と、宝田さんは、意外そうにつぶやいた。宝田さんは、1時間ほどして、取調室から出て来て、課長と交代した。そして、宝田さんの次の言葉を聞き逃すまいと決意しながら、僕は、宝田さんに、熱いコーヒーを渡し、
「それで?」
と、聞いた。
 「あいつは、木下と会ってたことは認めた。ナイフに自分の指紋が付いていたことも、だ。木下が殺された時間、アリバイは、無い。…そして、木下を殺したことを、否認している。」
「アリバイが無い、って、…どういうことですか。」
「ずっと、家に居たんだってよ。」
「誰とも会ってないんですか?」
「あぁ、よって、アリバイは、証明できない。」
宝田さんは、ズズッとコーヒーをすすった。
「あの日…、」
「ん?」
「あの日は、確か、僕、9時頃に先輩の携帯に電話したんです。」
「…それで?」
「先輩、車じゃなかったんです。」
「…は?」
「先輩は、“ずっと、家に居た”って言ったんですよね?じゃあ、なんで、自分の車で来なかったんでしょうか。」
「何で来たっけ?」
「タクシーです。」
「故障でもしてたんだろ。」
「でも、あの日は、土曜日ですよ。先輩の家から現場までの方向で、タクシーが捕まらないなんてことは、まずありませんよ。車で、せいぜい15分程度の距離だし、30分以上もかかる訳無いですよ。」
「…どういうことだ。」
「…僕、先輩が、家以外の、別の場所に居たんじゃないかと思うんですが。」
「おまえなぁ。若林は、殺人事件の取調べを受けてるんだぞ。本当にやってないなら、なんであいつがそんな嘘つかなきゃならないんだ。」
「そりゃそうですけど…。」
宝田さんは、冷えてしまったコーヒーに、ようやく2口目をつけ、椅子に傾れ込んだ。
「そりゃあそうですよ。…でも、宝田さん…。」
「なんだよ。」
「宝田さんは、先輩がやったと思ってるんですか?」
「あのなぁ、思いたくはないよ。思いたくはないけど、あいつほど、木下のような奴を深く恨んでる奴はいないだろ?家に居たことが嘘なら、木下を殺してないことは証明できないし、ナイフの指紋だって、本当は、木下を刺した時に付いたものかもしれないだろうが。」
「…でも、そうじゃないかもしれないじゃないですか!」
「うるせー!静かにしろ!長井!」
課長は、ドアを後ろ手に閉めながら、結び目に指を突っ込み、ネクタイを緩めた。
 僕は、疲れ切っている課長に歩み寄り、先輩と話がしたいと頼んでみた。
「おまえはソノさんとコンビを組んだんだろ!」
「園田さんは帰りました!」
「帰った、だと!」
「はい!園田さんとは明日からのコンビです。園田さんがそう言ってくれました!」
疲れていた上に、唯一自分より年上の園田さんの名前を出されて、課長は、あっけなく降参した。取調室のドアを開け、課長は、中にいた本宮さんにも、休憩にするから、と声をかけ、本宮さんと入れ違いに僕を中に入れてくれた。


(つづく)
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小説「幼稚な殺人」④

2005年02月07日 | 小説「幼稚な殺人」
 僕たちは、その後も、木下を殺した犯人を捜して聞き込みを続けた。
 あの日、木下はいつものように、夕方からどこからともなく集まってくる仲間と合流するために、すすきのをブラブラしていたらしい。午後5時で終わる、セイコーマートのバイトの後、仲間の数人に見られていた。胃の中に残っていたハンバーガーとポテトに関しては、半分家出状態で友人の家を渡り歩きながら、毎日のように大通り・すすきの界隈に出没する18歳の無職の女性が、木下と一緒に、マクドナルドで買ったハンバーガーを、大通り公園のベンチで食べて別れた、と証言した。その後100mほど歩いて行って振り返ると、木下に近づいて話しかけている、背の高い20~30代くらいの男が見えた、とも言った。それがだいたい午後8時前後、というから、木下は、その男に殺されたのだろうか。
 木下が身に着けていた衣類や帽子からは、本人のものを含め、無数の指紋が出た。が、あまりに多すぎて、どれが怪しいとは言い切れなかった。木下と一緒にハンバーガーを食べた女性が、凶器のナイフが本人のものだと証言をした。出た指紋は、木下のものと、もう一つ。たぶん犯人のものだろう。しかし、署内の前科者のリストや、僕らが聞き込みした関係者の中には、同一のものは無かった。…公園わきの草むらの中で、犯人は、午後8時頃、木下をこのナイフで刺し、そして、週末の人ごみに紛れて逃げたのだ。
 なんとなく、漠然とではあるけれど、うっすらと形は見えてきた。が、動機は何なのか。女子高生殺しの恨みか、それとも、他の怨恨か、ただの喧嘩から発展したものなのか、というところで、捜査が暗礁に乗り上げるかに見えた時、目指すべきでないところから、光が、強烈な光が、射してきたのだ。

この捜査が急展開をしている予感が(しかも、嫌な)したのは、事件から10日ほどした時に、先輩と一緒に聞き込みから戻った僕を、課長が呼びつけたことから始まった。
「おい!長井!ちょっと来い!」
怪訝そうに、僕の先にいる古岸課長の姿を見ている先輩から離れ、僕は課長と園田さんのいるデスクに近づいた。
「長井、おまえ、明日から、ソノさんとコンビ組め。」
反射的に口を開いた僕を制するように、園田さんが顔を僕に近づけてきた。
「今は何も聞くな。後で教えてやるから。」
その一言で、課長を質問攻めにするのを諦めた僕は、取調室のドアが閉まった音を聞いた。僕らが帰ってきた時に部屋にいた宝田さんと本宮さんがいない。…そして、若林先輩も。
 「何があったんですか。」
僕は、2人の顔を見比べ、迷った挙句、園田さんにそう聞くのがやっとだった。何か、出てほしくない答えが、僕の口をついて出ようとしていたからだ。でも、その答えを口にしたのは、僕ではなく、園田さんでもなく、課長だった。
「木下のナイフから出た指紋が、若林のものだったんだよ。」
課長は、ふて腐れたように、ちょっと背中を丸めて、両手をズボンのポケットに突っ込んだ。
「あの女子高生殺しの後、若林は、捜査とは別に、木下に数回会っていたらしい。」
「…何のために。」
「あいつは、木下が犯人だと決めてかかってたからな。“おまえが殺ったんだろう。わかってるんだよ。他の人間は騙せても、おれは知ってるんだ!おまえが犯人だ!”」
「先輩がそんなこと、言いに行くわけないじゃないですか!」
「でもな、長井、実際、木下に向かってそう怒鳴りちらしている若林を、何人もの人間が見てるんだよ。」
園田さんに、肩をポンと叩かれて、僕は、まるで、僕自身が、犯人はおまえだ、と言われてしまったように、デスクに両手を着いたまま、がっくりと頭を垂れた。


(つづく)
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小説「幼稚な殺人」③

2005年02月06日 | 小説「幼稚な殺人」
 「そりゃあそうやろ。」
以外にも、先輩が鬼のような顔をしたことを聞いた本宮さんと宝田さんの反応は、こうだった。
「若林はなぁ、5年前に妹を殺されてるんや。」
「妹さんを?」
「あぁ、当時16歳、高校に入ったばっかりやったな。両親はもう亡くなっとったから、あいつは親代わりでなぁ。妹のあやちゃんが中学を出て、働く、て言うてたのを、お金のことは心配するな、兄ちゃんが面倒みたるから、ってな。堂々と高校行け、その方が兄ちゃんも嬉しいんや、って。そうやって、あやちゃんが高校行き出して、まだ半年しか経ってへんかったのに・・・。」
「誰に殺されたんですか?」
「石田っちゅう、当時高校2年生やった男や。」
「高校生・・・。」
「そうや、奴は、学校帰り、人通りのない道で待ち伏せて、あやちゃんを襲って、首ィ絞めたんや。奴はな、同じ場所で、何度か痴漢をしてた。学校や家庭でムシャクシャすると、その場所に来て、女の子を襲ってたらしいんや。」
宝田さんが、本宮さんの言葉を繋いだ。
「石田は、若林の妹にイタズラしようとして、激しくなじられたらしい。そして、口を封じるために、首を絞めた。」
宝田さんが、僕たちの課に転勤してきたのは、3年前だ。でも、前の職場で、先輩の妹さんの事件を担当していたらしい。その時若林先輩とも、何度か会っていたのだそうだ。
 今まで吹かしていたタバコの灰を灰皿に落としながら宝田さんが吐いた煙が、僕の顔に微かにかかった。
「石田は、あやちゃんの制服や遺留品に残っていた指紋で、あっけなく逮捕された。そして、あまりにもあっけなく、不起訴になって、たかだか数年、まずいメシを食っただけで、また、シャバに出されたってわけだ。」
「それって、石田が未成年だったからですか?」
「それだけじゃないがな。精神的にも、罪を問えない、という理由もあった。」
「担当してたおまえらも、悔しかったやろうな。」
「えぇ、まぁ。・・・あの時の、若林の、鬼のような顔を、今でも思い出しますよ。」
「・・・鬼のような顔・・・。」
「多分、若林がおまえに見せたのは、その時の顔だろうな。」
「長井、おまえ、どう思う?」
本宮さんは、座っていた椅子の背もたれに、グッともたれ掛け、眠そうに伸びをした。
「どう思う、って?」
「この、石田って男を、や。」
「そりゃあ本宮さん、僕だって、こんな男は許せないですよ。」
「憎むか?」
「そりゃあ・・・。」
「殺したいくらい、か?」
「もちろんですよ!」
「ほんなら、殺すか?」
「えっ?」
「人殺しのクズを殺したいくらい憎む気持ちは、おれもわかるよ。充分過ぎるほどな。でもな、そやからって、ホンマに殺してもいいんか?人殺しを殺した人間は英雄か?・・・いいや、それはちゃう。人殺しを殺した人間は・・・やっぱり、人殺しや。同じ穴のムジナなんや。例えどんな理由があっても、な。」
「おれたちはな、長井、人殺しのクズも、人殺しを殺してくれた人間も、同じように逮捕しなきゃいけないんだよ。」
「宝田さん・・・。」
「おいっ、長井!おまえ、若林に引っ張られるんやないぞ!」
「えっ?」
「間違っても、若林を人殺しにはさせるなよ、ってことだよ。」
そうつぶやいた宝田さんと、頭の中がいっぱいいっぱいになっている僕を残し、
「ほなな!頼んだで、夜勤!」
と叫んで、本宮さんは、帰って行った。

(つづく)
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小説「幼稚な殺人」②

2005年02月05日 | 小説「幼稚な殺人」
 先週、一人の女子高生が何者かに殺害された。
 彼女は、「徒歩暴走族」の一員だった。「徒歩暴走族」とは、四輪や二輪で騒音をまき散らしながら徒党を組むのではなく、夜中にどこからともなく集まり、グループでたむろして歩くのだ。
 僕たちは、事件の3日前に、木下がその女子高生に振られたことをつきとめた。“振られた”というよりは、木下が一方的に惚れ込んでしまい、彼女にしつこく付きまとっていたらしい。そのことは、仲間のほとんどが証言をした。よって、木下は重要参考人になったのだが、彼女の殺害の件になると、全員が全員、「その日はみんなで一緒にいた」と、木下のアリバイを証言したのだ。その上、何時何分から何時何分まで、誰が木下と一緒にいたのか、という具体的な質問になると、(これもまた、全員が全員)「とにかく、みんな、夜通し、一緒にいた」の一点張りで、限りなくアヤフヤだった。
 その後も、木下ほど怪しい人物は、ガイシャの周りには出てこなかった。が、木下が犯人であるという確証もなく(もちろん、木下本人が自白するわけもなく)、今日まで来たのだ。

 「死んでから、まだ1時間くらいしか経っていないらしいですよ。」
木下の部屋は乱雑としていたが、その中で何か重要なものがあるとは思えなかった。言ってみれば、ゴミの山、だ。
「しばらく帰ってないな、これは。」
鼻をつまみながら、先輩は足元のゴミの山を蹴飛ばした。
「やっぱり、仲間内の喧嘩ですかね。」
僕は、背の低い本棚の中にびっしりと詰め込まれたアダルトビデオのどぎつすぎる題名を、1つ1つ確かめるように、ブツブツとつぶやいていた。
「天罰だよ。」
「天罰?」
「そう、天罰さ。木下は、人を殺した。にも関わらず、のうのうと生きてきた。」
「ちょっと待ってください。まだ、そう決まったわけじゃないですよ。」
「人を殺してもなお、刑も受けずに逃げ延びていた木下を、誰かが殺してくれたんだ。おれは、心の底から、その、誰かに感謝するよ。」
木下は未成年だ。例え殺人罪で逮捕できても、数年で、また、この街を、大手を振って歩くことになる。そうすればまた、第2、第3の被害者を出すことにもなりかねない。が、しかし・・・それは、木下が、女子高生殺しの犯人だったら、の話だ。それを、今となっては、確信することはできない。女子高生の遺族やマスコミが、どれほど世論を煽っても、僕たち警察は、それに乗せられて、「木下が殺されて良かった」なんて考えを持つわけにはいかないのだ。
「誰かが木下を殺してくれていなかったら、おれが殺してただろうな。」
「先輩が?一体何のためにですか?」
「なんのために、だって?決まってるだろう!法が罰しない悪を罰するためだろうが!」
僕は、鼻と鼻が触れるほど顔を近づけてそう言った先輩の鬼のような形相を、初めて見たような気がした。


(つづく)
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小説「幼稚な殺人」①

2005年02月03日 | 小説「幼稚な殺人」
 あの日僕が、若林先輩の携帯を鳴らしたのは、午後9時を少し過ぎた頃だった。
「おい!長井!タラタラしてないでさっさと若林を呼び出せ!」
現場に着いて早々、古岸課長の、少しかすれ気味の大声が響き渡った。署内で一番携帯を使いこなしている僕(課長に言わせるとそうらしい)が現場に着いて最初にする仕事は、まだ到着していない同僚に携帯をかけることだった。僕から言わせてもらえば、今日はラッキーだった。時間が遅かったにも関わらず、みんな、先週起こった、中央区の女子高生殺しの聞き込みから帰ってきて、課長に報告していたおかげで、一番早く聞き込みから戻って帰宅してしまった若林先輩の携帯を鳴らすだけでよかったのだ。
 うちの課には、岩のような固い意志のもと、携帯をいまだ持たずにいる人間が、4人いる。その4人が、4人ともそろって居るなんて、本当にラッキーだった。その1人でも欠けていようものなら、僕は、現場の仕事(本来の仕事)を、少なくても30分は手がつけられなかったはずだ。だって、携帯を持たないその4人は、同時に、課で、車を持たない4人なのだから(しかもその1人は古岸課長だ)。そしてその4人が1人でも欠けていた場合、僕の、現場に着いてから二番目にする仕事は、“その人を迎えにいくこと”になるはずだったのだ。
 重ねて言うけれど、確かにこの日は、僕にとってはラッキーな日だった。しかしそれは、これから起こるであろう、大きな出来事(しかもアンラッキーな)の始まりにすぎなかったのだ。

 30分を少し過ぎた頃、野次馬でごった返しているロープの外側で、若林先輩が、タクシーを降りるのが見えた。
「よう、遅かったな。デートか?」
という園田さんの横をすり抜け、課長の怒号をかわして、先輩は、コンビを組んでいる僕に、よっ、と声を掛けた。
「悪ぃな、遅くなって。」
「先輩、今日は車じゃないんですか、珍しいですね。」
「あぁ、その上、タクシーが捕まんなくてな。」
「えっ、家に帰ってたんじゃないんですか?」
「…なんで?」
「だって、先輩の家からここまでは、せいぜい15分くらいだし、10分もタクシーが捕まらないなんてこと、ないじゃないですか。」
先輩のすんでいるアパートから5分ほど歩くと、大通りに出る。道路の反対側に行けば、今日みたいな週末は、すすきの方面に行くタクシーが何台も通っていたはずだ。
「やっぱり、デートだ!」
先輩はそれに答えるよりも先に、人差し指を口元に当て、シーッと“声が大きいぞ”という合図をしたが、遅かった。
「おまえら!無駄口たたいてないでさっさと行って来い!!」
課長のカミナリが轟いた。

 「ガイシャの身元はわかってんのか?」
さっきまで園田さんを乗せていた僕の助手席のシートベルトを着けながら、若林先輩が言った。
「あいつですよ、あいつ。」
「あいつ?」
「木下伸男ですよ。」
「木下って、先週の事件のか?」
「ええ、うちの課の人間全員で顔を確かめたんだから、間違いないですよ。」
「死因は?」
「誰かに腹をナイフで数回刺されて。失血死です。凶器のナイフは、死体のすぐそばに落ちてました。」
「喧嘩か?」
「まだそこまでは断言できませんけど、先輩が到着したら、一緒に木下のアパートの部屋、見て来い、って。」
ふうん、と言ったっきり、先輩は黙ってポケットからタバコを取り出して、ライターで火を点けた。   


(つづく)
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