いつしか牧師が、誓いの言葉を述べ始めた。要するに、本人同士が、この結婚に同意しているかどうかだ。ただ一言、「はい」と言ってしまえばそれで済むのだ。
私は、ただ、この式が早く終わってくれることだけを願っていた。終わったら、杏子の肩を叩いて、おめでとう、と一言、自分に任された役目はもう用をなさなくなったことを知らせて、さっさと帰ってしまおう、そう思っていたのだ。
「・・・・・・はい。」
彼の声が、教会の中を飛び回った。牧師は、それを聞いて軽くうなずくと、彼女の方に視線を向けて、同じ言葉を繰り返した。
彼女は、返事をしなかった。
返事の代わりに、バターン!という音が教会の中に響き渡った。
床に倒れた彼女の上体を、彼と私は、彼女の肩に腕を回して起こそうとしていた。杏子の、落ち窪んだ目が空を泳ぎ、怯えた唇がわなわなと震えていた。彼女は、私の腕にしがみつこうと、指先を私の方に向けた。指の先まで隠していたドレスの袖が、この時、一気に滑り落ちた。
それは、杏子の手ではなかった。真っ白で硬い、そう、まるで石膏のような・・・。まさか!その時、
「杏子!」
と叫ぶ彼の声がして、私は視線をそちらに移した。彼は、彼女の足元がびっしょり濡れているのに気づいたのだ。彼はドレスのすそをまくった。
彼女は早産してしまっていた。くすんだピンク色の膜が、破れずにそのまま産み落とされていたのだ。私はとっさにその膜を破り、中の胎児の姿を手探りで捜した。しかし、そんなものはどこにも無かった。それどころか、ゴツゴツした大小の石の塊のようなものが、次々と出てきた。
石?石膏の腕?・・・私は、その石の塊を両手につかんだまま、ゆっくりとマリア像の方を見上げた。
私は、―――私は、一瞬、息を止めた。
マリアは、胎児の形をした血だらけの肉の塊と、そして、我が子を抱くための両腕を、手に入れていた。私は、この手の中の石が、幼いキリストの残骸であることを知り、改めて、そのおぞましさに身を震わせた。
後ろの方で、しきりに彼女の名を呼ぶ2人の男の声が聞こえていた。彼は、彼女の名を叫びながら、硬く冷たい手を握り締めていた。
あぁ、全てが終わってしまった。私は、そう思って呆然と突っ立っていた。
マリアは、・・・優しかった。微笑んでいた。母親に戻った喜びに、浸りきっていた。
産声を上げない肉の塊を見つめて―――。
(おわり)