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警官A:おい、そこの男、止まりなさい。
男 :ん?ワシのことですかな。
警官A:ああ、そうだ。夜明け前のこんな暗い中で、一体何をしてるんだ。はは~ん、
最近、このあたりを荒らしている空き巣はお前だな。
男 :ちょっと、冗談はやめてくださいよ。
警官A:変な柄の風呂敷包みを背中に背負って、手ぬぐいを頭からかぶっている姿は
どう見ても怪しいぞ。歩くたびに背中でカチャカチャと音がしてるし、貴金
属でも盗んだんじゃないのか?とにかく、近くの交番まで来てもらうよ。
男 :いいですよ。ちょうどそっちの方向に行くところなんですから。
警官A:空き巣にしてはえらく素直だな。ま、いいか。さあ、行くぞ。
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警官A:挙動不審の男を連れて来ました。空き巣じゃないかと思うんですが。
警官B:お~、その格好はまさしくコントに出てくるコソ泥そのものだな~。
男 :ははは、そう言われればその通りだ。昔、この格好を売り物にしたコメディ
アンがおりましたぞ。東京ぼん太っていう名前だったな・・・
警官A:東京ぼん太?なんだそりゃ、変な名前。
男 :若い人はご存知ないだろうが、結構人気があったんだよ。懐かしいな。
警官B:そんなことはどうでもいいから、風呂敷包みの中身を見せてもらうよ。
こっちに寄越しなさい。
男 :これこれ、たかが風呂敷だと思って、粗末に扱ってもらっちゃあ困りますな。
わざわざ京都の老舗まで行って買ってきた、お気に入りの品だし、なんたって
この唐草模様は長寿とか家の繁栄を表す、めでたい柄なんだからね。
昔は嫁入り道具のタンスの中には必ず大判のこの風呂敷を入れて嫁いだもの
だ。そういえば、布団袋もこの模様だったな。
そうそう、唐草模様と言えば、地色が緑で白いツタの模様ってのが定番なんだ
が、京都の老舗に行った時にゃあ驚いたね。ピンクやブルーの地色の唐草模様
の風呂敷があったし、カラフルでモダンな模様の風呂敷が所狭しと陳列されて
いたんだよ。生地がしっかりしているし、結び方を工夫すればハンドバッグの
ようにも使えるから、おしゃれだっていうんで、若い女性の愛用者が増えてる
みたいだ。風呂敷の結び方教室がなかなかの盛況だそうだよ。
警官B:わかった、わかった。講釈はいいから、早く自分で中身を出しなさい。
男 :断っておきますが、大したものは入ってませんからね。はい、どうぞ。
警官B:何だ、こりゃ。弁当箱にクッキーに飴玉。それとキャンプ用のコーヒー沸かし
セットにペットボトルの水とビニールの敷物じゃないか。盗品らしいものは
無いぞ。
男 :そりゃそうだよ。今日は、この交番の横にある登り口から裏山に登るんだから
ね。風邪をひいて初日の出を見逃したんだが、体調が戻ったし、天気も良さそ
うなので頂上まで行って、日の出を見る予定だよ。
警官A::なんだ、そうでしたか。それは大変失礼致しました。
警官B:だけど、お願いですから、紛らわしい格好をしないでくれませんか。どう見て
もコソ泥にしか見えませんよ。
男 :確かにそうかもしれないが、風呂敷は軽いし、どんな形のものでも包めるから
私にとってはリュックやバッグより具合がいいんだよ。
警官A:それに、頭にかぶった手ぬぐいは何なんですか。
男 :ああ、これね。帽子の上からこの手ぬぐいで頬被りをすると風で帽子が飛ばさ
れないし、耳とほっぺたがあったかいんだ。
鼻水が出たら拭けるしな、ハッハッハ。日本手ぬぐいもいろんな用途に使える
スグレモノだぞ。だから唐草模様の風呂敷と手ぬぐいは私にとって必需品。
かさばらないから、出かけるときはいつでも持っていくんだよ。
日本人は賢いね~。おっと、早く行かないと日の出を見逃してしまうぞ。
警官B:おお、そうでしたね。お引き止めして申し訳ありませんでした。
警官A:空き巣と勘違いして、本当に申し訳ありませんでした。
男 :いやいや、これからは暗い夜道で、今日のような格好をして歩くのはやめと
くよ。
警官B:ぜひともそうしてくださいよ。では、足元に気をつけて、いってらっしゃい。
男 :じゃあな。