もし、あなたが友人のバースデーパーティに招かれたとします。会場に入ると卓上
に飾られた巨大で華麗なデコレーション・ケーキが、きっとあなたの目を奪うでしょう。
でも、よく見るとケーキのまわりに、いっぱい蛆虫が巣食っています。
さあ!それを見てあなたならどうしますか?
舞台『黒蜥蜴』とは、そんなお芝居なんです。
江戸川乱歩の探偵小説(死語ですよね)から三島由紀夫が自由奔放に翻案。三島好
みの歌舞伎の手法をふんだんにとりいれて、退廃味を、デカダンスを強調 して耽美
世界、美的恐怖恋愛劇に仕立てた舞台です。
今回で何度目の再演になるのでしょうか。
初演こそ見逃 しましたが、今までに8~9回 は観ています。
断っておきますが、美輪明宏のファンでも、おっかけでもありません。
『黒蜥蜴』の舞台を観ると、色もシェリーより薄く、香りの高い、きりっとした辛
口の白ワインを飲んでいるような、気持ちがスカッとするというか、ある種の懐か
しさと、心の落ち着きをもたらしてくれます。
パッケージされた商品だけに囲まれている現代。常に「快楽」と「快適」という
"ぬるま湯”に浸っている現代。それを失うまいとすればするほど、日常は平板で、
浅くなっていきます。
だからこそ、美への偏執的なまでの憧れと、思い入れがあるのではないでしょうか。
主人公黒蜥蜴は、美への執着がおそろしいほど強い。
だからといって、ブランドモノを次々と漁る現代女性とはちがう。
黒蜥蜴は単に美しいものを手に入れることではなく、美そのものと交わることなん
です。つまり彼女が求めるのは、自分の眼にかなった、自分にふさわしい美術品だ
けでした。
皮肉なものです。彼女の前にあらわれたのは、美術品ではなく、切れ味の鋭い、気
品と感性の持ち主である、一人の青年でした。明智小五郎です。
悲劇のはじまりです。
明智:あなたの御一家はますます栄え、次から次へと、贋物の宝石を売り買いして、この世の春を謳歌なさるでしょう。
岩瀬:え?贋物の宝石だと?
明智:ええ、本物の宝石は、もう死んでしまったからです。
一枚の絵のような幕切れです。
世界でもっとも美しいのは、宝石類や美術品などの物質ではなく、人の心、つまり
愛であることを、暗示してくれています。
美輪明宏の噴出する悲劇的感性で、観客のこころをわしずかみにするという壮麗な
テクニックは圧巻です。
だから、美輪ワールドに魅かれて、懲りもせず劇場へと歩が向くのです。
2008・6・20
梅田芸術劇場・メインホール所見