TABI天使日記

天使になったカナダのアジリティ犬と、ママ・パパの日常

No remedy but patience

2006-07-29 19:12:44 | インポート
犬というものは、つくづく我慢強いものだと思う。

昨日から右耳が痛く、どうやら外耳炎になってしまったらしい。犬ではなく、
私本人だ。これは子供のころからおなじみの痛み。体の抵抗力が落ちている
ときに、罹りやすくなる。病院へ行けば、抗生物質の飲み薬と点耳薬を出され
すぐ治る。だが、この程度のものでやたらに薬の世話にはなりたくない。
炎症さえ一段落すれば、一週間ほどで治まるはず。

とはいえ、外耳道が腫れて痛み、今日は右側が聞こえにくく、うっとおしい。
微熱もあるようだ。体温計を壊してしまったので計れないが、歯が浮いたかんじ
で歯茎が痛むのは、熱がある証拠だ。どこか一箇所でも常に痛みがあるというのは
なんとも憂鬱なものだ。今日は、朝から気分が晴れない。料理をする気にも
なれず、夕食は夫と、たまたまクーポンをもらったレストランで。

思えばTABIは、よくもまあ耳の痛みを我慢していたものだ。
両耳に10匹ものティックが、粘膜に咬みつき吸血していたのである。そして、
咬み傷にバイキンが感染して真っ赤に炎症を起こしていた。耳は脳に近いから
痛みも強い。私の外耳炎の痛みの比ではないかもしれない。

その痛みの中、しかも猛暑の中、NADAC競技会、さらにUSDAA選手権大会で
走ったのだから、全く知らなかったとはいえかわいそうだった。
本当にすまないことをしたと思っている。今はすっかり治って、良かった。
人間の子供なら「ママ、お耳が痛いよ」とか言うだろうが、犬はしゃべらない
から、余計に不憫だ。

夜中に寝苦しくて起きて、バスルームで耳を消毒してたら、TABIが入ってきて
すぐそばに横になる。「ママ、ぼくが一緒にいてあげるよ。早く治そうね」
とでも言うように。お前はやさしい子だね。

治ったら、パパとみんなで湖に行こうね。


悩める勝手気ままな人々

2006-07-28 16:09:47 | インポート
当たるカウンセラーとか占い師の条件とは何か?

それは、「相談者が言って欲しいと思っていることを言ってあげる」ことだ。
なにもプロの占いとかカウンセラーでなくても、素人が誰かから相談を受けた
場合も、これは当てはまる。間違いない。

「悩んでいることがあって」と相談してくる連中は、実はあらかた「こうしたい」
というめどがついている。だけど実行する前に第三者から「それでよし」と
背中を押されたいだけなのだ。だから、相談された方は何も真面目に考えこまず
適当に流して聞いて、「それでいいんじゃない?」と言えば本人は喜んで
帰っていく。

逆に、本人のためを思っていろいろ考えてやると、逆恨みされることさえある。
例えば、だ。「酒癖が悪く給料を家に入れないし、子供の面倒も見ない亭主」
にうんざりしている女が、「どうしたらいいでしょう?」と相談してきたとする。
どうしたもこうしたも、そんな男には三行半をつきつければいいではないか。
しかし、考えてみれば気の利いた女なら人に相談する前に男のもとを去って
いるはずだ。わざわざ人に相談するのは、女が男に未練があり、他人から
「大丈夫よ、きっとそのうち彼も変るわ。応援するからがんばって」と言って
もらいたいからだ。

それなのに、「そんな男とは別れれば」と言ってしまったら、まず確実にその
女とあなたの友情にはヒビが入る。「彼女のためを思って言ったのに」と
言っても無駄だ。その女は、客観的に自分の状況を判断できなくなっている。
そして、「相談」という形をとって他人の同情をひくことしか考えていない。

人気のあるカウンセラーとか占い師とかは、こうしたことをよく理解している
方々である。

ちなみに私はカウンセラーでも占い師でもないので、こういう心遣いはしない
ことにしている。相談者には「自分で考えたら?オトナなんだし」とキッパリ
言う。それで壊れる友情なら、もとからなかったも同じだ。そうやって友人を
取捨選択していくと、おのずからオトナの考えを持った友人だけが残っていく。
さっぱりしていいではないか。


心の救いということ

2006-07-27 07:29:02 | インポート
仏教関連でもう一つ。

今の人はどうか知らないが、私の祖母あたりの世代はよく「因縁」という言葉
を使った。何か悪いことが起きたとき、「これも前世の因縁かもしれない」
というように。

たいていの人は、みな幸せになろうと願い一生懸命に生きている。なのに、
人知の及ばない出来事が起こり、一転して不幸のどん底へ突き落とされること
がある。「なぜ、こんなことが。なぜ、私だけが」と、恨めしく思うのは自然
なことだ。人は、納得のいかないことに直面したとき、その理由を、確かな
説明を求めるものである。

そんなとき、昔の年寄りはよく「それは前世の因縁なのだよ」と諭したものだ。
前世でしでかした過ちを、この世でつぐなうために、今、お前の苦しみがある。
これは、避けては通れない。従容として運命に従うのだ。そうすれば、きっと
次の世では極楽が待っている。

生まれ変わっても過去のペナルティーがついてくるなんて、とクサるのは勝手
だが、本当に精神的にまいっているときにこうした考えは心の救いとなる。
前世の因縁を受容したときに、我々の運命というものは何か我々の手の届かない
どこかで定まり、展開しているものであることを悟る。

心理カウンセリングも精神安定剤もなかった昔は、このような年寄りの知恵が
悩める人々を救ったのだ。


不自由なクリスチャン

2006-07-26 14:50:46 | インポート
仏教徒でよかった、と思うこのごろ。

別に私は熱心な信者でもなんでもなく、家が仏教徒だったので成り行き、という
日本人にありがちなパターン。幼稚園はカトリックだし、大学はプロテスタントだ。
神社にもお参りするし、クリスマスにはツリーを飾ったりする。
だけど、年をとるとやはり子供のころから慣れた仏教のものの考え方がいかに
自分に合っているのかがわかってくる。

今、アメリカでも非常に熱心なクリスチャンが多いところに住んでみると、
なんとクリスチャンとは不自由であるか、と感じる。
例えば、知人と犬の話になったときのこと。彼女の老犬は今年の初めに病気で
死に、最近彼女は同じ犬種の子犬を購入した。犬種が同じだから当たり前と
いえば当たり前だが、前に飼っていた犬とよく似ている。
「あの子の生まれ変わりじゃないかって、よく思うのよ。でも、そんなこと
大きな声じゃ言えないわね。宗教を変えなくちゃ」と、彼女。

そう、彼女は熱心なクリスチャン。彼らは、輪廻転生を信じない。仏教徒の
私の前だから「生まれ変わり」なんて言えたわけで、彼女がもし教会グループ
の仲間の前でそんなことを口にしたら、大変なことだ。彼らはまた、天国は
人間だけが行くところで、動物は入れないと信じている。だから、今では
日本でも定着している「虹の橋」なんていう苦し紛れの説明を創作し、子供に
話して聞かせているのである。彼らの学校の生物学ではダーウィンの進化論を
教えないし、私から見れば誠に不自由極まりない思想の呪縛だ。

「私は仏教徒ですからね、うちの犬は死んだらちゃんと極楽へ行きます。
あなたたちの神様と違って、ホトケさまは動物を差別しませんから。それに、
きっとまた生まれ変わってうちの子になると思うわ」と、私はイジワルくも
しゃーしゃーとして熱血クリスチャンに対しきっぱり宣言する(爆)
普段はあれだけ饒舌なアメリカ人が、何も言い返せずに黙ってしまうのを見る
のは楽しい。

くやしかったら、改宗なさったら?
仏教徒は融通がきいて楽ですわよ。


めんこい子犬

2006-07-25 14:33:23 | インポート
芸達者な犬。
http://www.idodogtricks.com/index_flash.html

空欄にコマンドを入力すると、そのとおりの芸をしてみせる。
Kissって入れてみたら、かわいかった。んで、いろんなコマンドを入れて
楽しんでみた。こんなかわいい小型犬、飼ってる人はかわいくてしょうがない
だろうね。

ところで、先週のTABIの血液検査の結果が出る。
フィラリア陰性。ま、これはわかってたこと。
ライム病やロッキーマウンテン熱病も陰性。とりあえず今のところ、ティック
による感染症の心配はないといってよい。めでたし、めでたし。

抗生物質もあと三回で終わりだし、耳の赤味もなくなったし、もうすぐ
泳ぎに行けるだろう。あ?、全く心配したよ。