
水に置く落花一片づつ白し 藤松遊子
今年も桜の季節が終わってゆく東京である。思わぬ寒波がやってきたり、開花予想が訂正されたり、あたふたしているのは人間。一年かけて育まれたその花は、日に風に存分に咲き、雨に散りながら、土に帰ってゆく。蕾をほどいた桜の花弁は、わずかな紅をにじませながら白く透き通っている。その花びらが水面に浮かび、流れるともなくたゆたっている様子を詠んだ一句である。珍しくない景なのだが、水に置く、という叙し方に、一歩踏み込んだ心のありようを感じる。「浮く」であれば、状態を述べることになるが、「置く」。置く、を辞書で調べると、あるがままその位置にとどめるの意。さらに、手をふれずにいる、葬るなどの意も。咲いていることが生きていることだとすれば、枝を離れた瞬間に、花はその生命を失う。水面に降り込む落花、そのひとひらひとひらの持つ命の余韻が、作者の澄んだ心にはっきりと見えたのだろう。今は水面に浮き、やがて流され朽ちて水底に沈む花片。自然の流れに逆らうことなくくり返される営みは続いてゆく。白し、という言い切りが景を際だたせると共に、無常観を与えている。遺句集『富嶽』(2004)所収。(今井肖子)
落花】 らっか(ラククワ)
◇「花散る」 ◇「散る花」 ◇「散る桜」 ◇「花吹雪」 ◇「桜吹雪」 ◇「飛花」(ひか) ◇「花屑」 ◇「花の塵」 ◇「花筏」
桜花が散り落ちること。桜は散り際が美しい。桜の咲く頃はとかく強い季節風の吹くことが多く、咲き誇った花も一陣の風に潔く散る。昔から桜は散り際を賞美されることが多かった。
例句 作者
四方より花咲き入れて鳰の海 芭蕉
母が呼ぶ声かも知れず散るさくら 野見山朱鳥
厨子の前千年の落下くりかへす 水原秋桜子
花散りし梅は暫く寡黙の木 大岳水一路
ちるさくら海あをければ海へちる 高屋窓秋
花散るや人問はばわれ弱法師 牧野寥々
ひとひちのあと全山の花吹雪 野中亮介
桜吹雪ぽつんと置かれ魔法瓶 いさ桜子
花吹雪旧予科練の鉄扉 岩田一止
はなちるや伽藍の柩おとし行 凡兆