朧夜の四十というはさびしかり 黒田杏子
年齢を詠みこんだ春の句で有名なのは、なんといっても石田波郷の「初蝶やわが三十の袖袂」だろう。三十歳、颯爽の気合いが込められている名句だ。ひるがえってこの句では、もはや若くはないし、さりとて老年でもない四十歳という年齢をひとり噛みしめている。朧夜(朧月夜の略)はまま人を感傷的にさせるので、作者は「さびし」と呟いているが、その寂しさはおぼろにかすんだ春の月のように甘く切ないのである。きりきりと揉み込むような寂しさではなく、むしろ男から見れば色っぽいそれに写る。昔の文部省唱歌の文句ではないけれど、女性の四十歳は「さながらかすめる」年齢なのであり、私の観察によれば、やがてこの寂しい霞が晴れたとき、再び女性は颯爽と歩きはじめるのである。『一木一草』(1995)所収。(清水哲男)
俳句 作者名
おぼろ夜のかたまりとしてものおもふ 加藤楸邨
おぼろ夜の潮騒つくるものぞこれ 水原秋櫻子
おぼろ夜の霊のごとくに薄着して 能村登四郎
おぼろ夜の鬼ともなれずやぶれ壺 加藤楸邨
おぼろ夜や旅先ではく男下駄 あざ蓉子
朧夜のどの椅子からも子が消える 松下けん
朧夜のむんずと高む翌檜 飯田龍太
朧夜の船団北を指して消ゆ 飯田龍太
朧夜や久女を読みて目を病みぬ 久保田慶子