玉葱の皮むき女ざかりかな 清水基吉
女が玉葱をむいている。いまが旬の玉葱は、つややかにして豊満である。その充実ぶりは台所に立つ女にも共通していて、作者は一瞬、まぶしいような気圧されるような気分になった。女と玉葱。言われてみると、なるほどと思う。色っぽい。まさに取り合わせの妙というべきだろう。ただし一方では、悲しいことに、人はおのれの「さかり」を自覚できないということがある。玉葱をむいているこの女性も、そんなことは露ほども感じていないだろう。さすれば句のように、いつも「さかり」は他人が感じて、その上で規定し定義する現象である。そういう目で見ると、この句は色っぽさなどを越えて、人が人として存在する切なさまでをも指さしているようだ。以下は蛇足。規定し定義するといえば、辞書や歳時記はそのためにあるようなものだけれど、こうした本で調べて、何かがわかるということは意外にも少ない。手元の歳時記で「玉葱」とは何かを調べてみよう。「直径九センチ、厚さ六センチぐらいの偏平な球形。多く夏に採取する。たべるのは鱗形で、内部は多肉で、特異の刺激性の臭気がある。初秋のころ、白色もしくは淡緑色の小花を球形につづる。わが国へは明治初年の渡来」(角川版『俳句歳時記新版』・1974)。玉葱を知らない人が読んだら、かえって何がなんだかわからない。で、知っている人が読んでも、玉葱の実物とはかなり違う感じを受けるだろう。もちろん、事は玉葱だけに関わる問題じゃない。どうして、こんなことになっちまうのか。(清水哲男)
葱】 ねぎ
◇「ひともじ」 ◇「深葱」(ふかねぎ) ◇「根深」(ねぶか) ◇「葉葱」 ◇「葱畑」 ◇「根深引く」 ◇「葱洗ふ」 ◇「冬葱」 ◇「青葱」
ネギの原産地は不明だが、中央アジア北部の野生種が中国西部で栽培化されたとされる。日本では古くから栽培されるが、香りに癖があるところからその好悪が分かれる。しかし、朝の味噌汁や葱ぬた、薬味などに欠かすことの出来ない冬の野菜の定番である。
例句 作者
くにぶりの曲り具合の曲り葱 高井武子
葱買うて枯木の中を帰りけり 蕪村
葱買ふや枯木のうらの風からび 小林康治
子を負ひて日の沈むまで葱洗ふ ながさく清江
夢の世に葱を作りて寂しさよ 永田耕衣
下仁田の土をこぼして葱届く 鈴木真砂女
葱白く洗ひたてたるさむさかな 芭蕉
伐折羅見て葱あをあをと茂るかな 大野林火
根深掘る風に隠れ処なかりけり 鳴瀬芳子
白葱のひかりの棒をいま刻む 黒田杏子
女が玉葱をむいている。いまが旬の玉葱は、つややかにして豊満である。その充実ぶりは台所に立つ女にも共通していて、作者は一瞬、まぶしいような気圧されるような気分になった。女と玉葱。言われてみると、なるほどと思う。色っぽい。まさに取り合わせの妙というべきだろう。ただし一方では、悲しいことに、人はおのれの「さかり」を自覚できないということがある。玉葱をむいているこの女性も、そんなことは露ほども感じていないだろう。さすれば句のように、いつも「さかり」は他人が感じて、その上で規定し定義する現象である。そういう目で見ると、この句は色っぽさなどを越えて、人が人として存在する切なさまでをも指さしているようだ。以下は蛇足。規定し定義するといえば、辞書や歳時記はそのためにあるようなものだけれど、こうした本で調べて、何かがわかるということは意外にも少ない。手元の歳時記で「玉葱」とは何かを調べてみよう。「直径九センチ、厚さ六センチぐらいの偏平な球形。多く夏に採取する。たべるのは鱗形で、内部は多肉で、特異の刺激性の臭気がある。初秋のころ、白色もしくは淡緑色の小花を球形につづる。わが国へは明治初年の渡来」(角川版『俳句歳時記新版』・1974)。玉葱を知らない人が読んだら、かえって何がなんだかわからない。で、知っている人が読んでも、玉葱の実物とはかなり違う感じを受けるだろう。もちろん、事は玉葱だけに関わる問題じゃない。どうして、こんなことになっちまうのか。(清水哲男)
葱】 ねぎ
◇「ひともじ」 ◇「深葱」(ふかねぎ) ◇「根深」(ねぶか) ◇「葉葱」 ◇「葱畑」 ◇「根深引く」 ◇「葱洗ふ」 ◇「冬葱」 ◇「青葱」
ネギの原産地は不明だが、中央アジア北部の野生種が中国西部で栽培化されたとされる。日本では古くから栽培されるが、香りに癖があるところからその好悪が分かれる。しかし、朝の味噌汁や葱ぬた、薬味などに欠かすことの出来ない冬の野菜の定番である。
例句 作者
くにぶりの曲り具合の曲り葱 高井武子
葱買うて枯木の中を帰りけり 蕪村
葱買ふや枯木のうらの風からび 小林康治
子を負ひて日の沈むまで葱洗ふ ながさく清江
夢の世に葱を作りて寂しさよ 永田耕衣
下仁田の土をこぼして葱届く 鈴木真砂女
葱白く洗ひたてたるさむさかな 芭蕉
伐折羅見て葱あをあをと茂るかな 大野林火
根深掘る風に隠れ処なかりけり 鳴瀬芳子
白葱のひかりの棒をいま刻む 黒田杏子