竹とんぼ

家族のエールに励まされて投句や句会での結果に一喜一憂
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冬帽子かむりて勝負つきにけり 大串 章

2019-11-17 | 今日の季語


冬帽子かむりて勝負つきにけり 大串 章

何の「勝負」かは、わからない。将棋や囲碁の類かもしれないが、いわゆる勝負事とは別の次元で読んでみる。精神的な勝負。口角泡を飛ばしての言い争いというのでもなく、もっと静かで深い心理的な勝負だ。ひょっとすると、相手は勝負とも感じていないかもしれぬ微妙な神経戦……。とにかく、作者は表に出るべく帽子をかむった。独りになりたかった。負けたのだ。それも、勝負がついたから帽子をかむったのではない。帽子をかむったことで、おのずから勝負がついたことになった。「もう帰るのか」「うん、ちょっと……」。そんな案配である。そしてこのとき「冬帽子」の「冬」には、必然性がある。作者の心情の冷えを表現しているわけで、かむると暖かい帽子ゆえに、かえって冷えが身にしみるのだ。この後で、寒い表に出た作者はどうしたろうか。揚句には、そんなことまでを思わせる力がある。見かけは何の変哲もないような句だが、なかなかどうして鋭いものだ。ところで、俗に「シャッポを脱ぐ」と言う。完敗を認める比喩として使われるが、こちらは素直で明るい敗北だ。相手の能力に対する驚愕と敬意とが込められている。どう取り組んでみても、とてもかなわない相手なのである。逆に、揚句の敗北は暗く淋しくみじめだ。帽子を脱ぐとかむるの違いで、このようにくっきりと明暗のわかれるところも面白いと思ったと、これはもちろん蛇足なり。『天風』(1999)所収。(清水哲男)

【冬帽子】 ふゆぼうし
◇「冬帽」 ◇「綿帽子」 ◇「防寒帽」
冬用の帽子全般をいう。西欧文化の影響で明治期に男性の帽子着用が流行した。

例句 作者

同門のよしみも古りぬ冬帽子 細見綾子
冬帽を脱ぐや蒼茫たる夜空 加藤楸邨
北山の雪や相似て綿帽子 松瀬青々
トルストイを訪ねし蘆花の冬帽子 千田百里
火酒の頬の赤くやけたり冬帽子 高浜虚子
生涯を学びて老の冬帽子 石田玄祥
冬帽に手をやる影も手をやりぬ 千葉栄子
毛糸帽わが行く影ぞおもしろき 水原秋櫻子
脱ぎし後も日溜に置く冬帽子 岡本 眸
労咳の頬美しや冬帽子 芥川龍之介