繁栄の外で(49)
31才から32才になろうとしている。時代は21世紀に突入しようとしていたが、幼少のころに考えていた時代の変化はなかった。ロボットとは町ですれ違うこともなく、医療費もあいかわらず政府の負担のひとつになっている。解決することは山積みで、次の世紀というものもバラ色の未来であるということは考えづらかった。
新世紀の変化というものはなく、まったくの昨日のつづきであった。今日の問題は、明日にそっと先送りされなければいけない。
ぼくは同じ職場で3年半近く働いていた。世の中を良くするであろうものを信頼していたが日々の生活には実際のお金が支出され続けていた。未来というありのままの存在を自分の手元に返す努力もふたたび考え始めた。数年間かけてためた貯金も、いくらか目減りしてきた。家のなかの米に悪い虫がついてしまったように、これまでの生活を振り分けて捨てるものを判別して捨てないことには、被害もひろがりそうに感じ始めていた。
自分の父親もリタイアする年齢に近付いていた。そのことと照らし合わせ、人間の人生がいかにつかの間であることを考えないわけにはいかない。何人かの息子を世の中に放り込み、学校に行かせ、一人前になりそうになったら自分の人生が終わりに近付いている。仕事との関係が切れてからゆっくり過ごすことも念頭にあるのだろうが、そのときには身体の一部はむしばまれている。自分にも同じことが待っているのだ。
いくらかは将来の理想像も残っていたかもしれないが、振り返ればもう決定的にそれは失われていたのだろう。ただ、見つめないということだけを必死に頑張っていた。
父は、退職金でおそらく家のローンを払い終え、いくらかのまとまった金をぼくにもくれた。その後、旅行などの費用に役立ったのだと思うが、日々の雑事のために消えてしまう金額もすくなくなかったと思う。
とりあえずは違う環境に入らなければいけないということで、新たな仕事を見つけようとする。手っ取り早い方法として派遣会社に登録するということが流れとしては簡単だった。世間は、22才ごろの運で決まっていくのだろう。自分は、そのスタート地点にも立たずフライングをしていた。フライングを誰かが止めてくれるわけでもないので、自分は勝手な方法で走り出してしまっていたから、いまさら引き返すことも、やり直すことも不可能だった。誰が悪いわけでもなく、これがリアルな自分の人生だった。
だが、自分の気持ちがある。たぶんだが、さまざまな会社にいったん所属して多くの人間を見て、それを標本のようにジャンル分けすることを、自分は無意識的に行っていたのだと思う。さまざまな事物をそのように区別して理解したように、人間をもそのように同じ方法で、仕切りのなかにしまいこんだ。
比較だが、40年ほど、5、6人の小さな会社で一生を終えるよりも、人間のサンプルを見ることは、こちらのほうにうまみがあった。金銭の問題というのを、根本的には自分は後回しにするしか方法を知らないのだろう。これも性分かもしれない。
誰に頼まれたわけでもないが、なぜかそれらの考えが自分をとらえはじめていた。悪いウイルスに犯されたように身体全体にしみこみ、また、それを直す努力を意図的に避けた。
派遣会社というものが、そのようにいつの間にか目の前に展開されていた。気になった職を探し電話をかけ、アポイントをとり、パソコンの操作のテストがあり、文章としてなんの魅力もない言葉の羅列を、間違わないようにキーボードに打ち込んだ。そこには創造性などまったく必要ではなく、ぼくらが未来の世紀にぼんやり憧れをもって考えていたロボットとまったく違いはないものだった。それより酷いものかもしれない。未来のロボットはいくらかは自分の意思をもっていた。逆に創造性もなしに、そのようにひとから評価されるしか、生き残る方法がないのかと考えると、そこから出た帰り道は憂鬱にならない方がおかしかった。
あとは順番待ちである。薬局で薬を待つ患者のように、自分の身体に必要なものが出されるのを待った。目の前の電光表示の数字と自分の手のひらの数字が合うことを望むだけだった。しかし、すべてを嫌がっていたわけではもちろんない。小さな希望をもたないことには、明日の朝に目を覚ますことができなくなってしまうだろう。小さな出会いもあるし、また小さな自分の可能性の問題もあった。破壊されるであろう年金もきちんと払わなければならないし、ロボットに甘んじなければならないとしてもそれはそれである。
野茂投手は、メジャーリーグでいくつかの球団を渡り歩いていた。評価も金銭もまったく自分とは違うものであるが、こころの中で感情移入をして応援をすることが癖になってしまった。そのいくつか目かの球団でノーヒットのピッチングを見せた。ぼくが32才になる前の話だ。その映像を思い出すと、そのときの自分を探すこともできる。苛酷でも、自分が生かされるところに行くのだ、と。
31才から32才になろうとしている。時代は21世紀に突入しようとしていたが、幼少のころに考えていた時代の変化はなかった。ロボットとは町ですれ違うこともなく、医療費もあいかわらず政府の負担のひとつになっている。解決することは山積みで、次の世紀というものもバラ色の未来であるということは考えづらかった。
新世紀の変化というものはなく、まったくの昨日のつづきであった。今日の問題は、明日にそっと先送りされなければいけない。
ぼくは同じ職場で3年半近く働いていた。世の中を良くするであろうものを信頼していたが日々の生活には実際のお金が支出され続けていた。未来というありのままの存在を自分の手元に返す努力もふたたび考え始めた。数年間かけてためた貯金も、いくらか目減りしてきた。家のなかの米に悪い虫がついてしまったように、これまでの生活を振り分けて捨てるものを判別して捨てないことには、被害もひろがりそうに感じ始めていた。
自分の父親もリタイアする年齢に近付いていた。そのことと照らし合わせ、人間の人生がいかにつかの間であることを考えないわけにはいかない。何人かの息子を世の中に放り込み、学校に行かせ、一人前になりそうになったら自分の人生が終わりに近付いている。仕事との関係が切れてからゆっくり過ごすことも念頭にあるのだろうが、そのときには身体の一部はむしばまれている。自分にも同じことが待っているのだ。
いくらかは将来の理想像も残っていたかもしれないが、振り返ればもう決定的にそれは失われていたのだろう。ただ、見つめないということだけを必死に頑張っていた。
父は、退職金でおそらく家のローンを払い終え、いくらかのまとまった金をぼくにもくれた。その後、旅行などの費用に役立ったのだと思うが、日々の雑事のために消えてしまう金額もすくなくなかったと思う。
とりあえずは違う環境に入らなければいけないということで、新たな仕事を見つけようとする。手っ取り早い方法として派遣会社に登録するということが流れとしては簡単だった。世間は、22才ごろの運で決まっていくのだろう。自分は、そのスタート地点にも立たずフライングをしていた。フライングを誰かが止めてくれるわけでもないので、自分は勝手な方法で走り出してしまっていたから、いまさら引き返すことも、やり直すことも不可能だった。誰が悪いわけでもなく、これがリアルな自分の人生だった。
だが、自分の気持ちがある。たぶんだが、さまざまな会社にいったん所属して多くの人間を見て、それを標本のようにジャンル分けすることを、自分は無意識的に行っていたのだと思う。さまざまな事物をそのように区別して理解したように、人間をもそのように同じ方法で、仕切りのなかにしまいこんだ。
比較だが、40年ほど、5、6人の小さな会社で一生を終えるよりも、人間のサンプルを見ることは、こちらのほうにうまみがあった。金銭の問題というのを、根本的には自分は後回しにするしか方法を知らないのだろう。これも性分かもしれない。
誰に頼まれたわけでもないが、なぜかそれらの考えが自分をとらえはじめていた。悪いウイルスに犯されたように身体全体にしみこみ、また、それを直す努力を意図的に避けた。
派遣会社というものが、そのようにいつの間にか目の前に展開されていた。気になった職を探し電話をかけ、アポイントをとり、パソコンの操作のテストがあり、文章としてなんの魅力もない言葉の羅列を、間違わないようにキーボードに打ち込んだ。そこには創造性などまったく必要ではなく、ぼくらが未来の世紀にぼんやり憧れをもって考えていたロボットとまったく違いはないものだった。それより酷いものかもしれない。未来のロボットはいくらかは自分の意思をもっていた。逆に創造性もなしに、そのようにひとから評価されるしか、生き残る方法がないのかと考えると、そこから出た帰り道は憂鬱にならない方がおかしかった。
あとは順番待ちである。薬局で薬を待つ患者のように、自分の身体に必要なものが出されるのを待った。目の前の電光表示の数字と自分の手のひらの数字が合うことを望むだけだった。しかし、すべてを嫌がっていたわけではもちろんない。小さな希望をもたないことには、明日の朝に目を覚ますことができなくなってしまうだろう。小さな出会いもあるし、また小さな自分の可能性の問題もあった。破壊されるであろう年金もきちんと払わなければならないし、ロボットに甘んじなければならないとしてもそれはそれである。
野茂投手は、メジャーリーグでいくつかの球団を渡り歩いていた。評価も金銭もまったく自分とは違うものであるが、こころの中で感情移入をして応援をすることが癖になってしまった。そのいくつか目かの球団でノーヒットのピッチングを見せた。ぼくが32才になる前の話だ。その映像を思い出すと、そのときの自分を探すこともできる。苛酷でも、自分が生かされるところに行くのだ、と。
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