僕が勤務していた予備校で「大阪外大 神戸市外大リスニング」という講座を当時開講していた。
大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)や神戸市外国語大学の二次試験英語で出題される英語のリスニング対策の講座だった。
ある日、その予備校のカウンターに賢そうな子がやってきた。
カウンターで応対したUさんに対してその子は
「ここの予備校の大阪外大 神戸市外大リスニングは東大の二次試験のリスニングにも対応していますか」と質問してきた。
東大のリスニングに対応していますか?って東大を目指しているような子はS台予備校とか K塾とかそういう予備校に行って、僕が勤務していたような中小規模の予備校には来たことがない。
返答に困ってしまったUさんは予備校の教務課に電話して、当時、英語のテキストの編集責任者だったYさんに「大阪外大 神戸市外大リスニングは東大にも対応しますか。いまカウンターにそういう生徒さんが来ているんです」と言った。
すると教務課のYさんは
「その生徒は、そもそも東大のリスニング対策をする以前の問題として、英語の読解力や文法力はちゃんとついているんですか。リスニングとか言う前に、まず基礎力を養うようなアドバイスをせな」という返答をしてこられた。
どうもUさんの質問とYさんの答えが噛み合っていない。
しばらくUさんとYさんは電話で問答していた。もちろん電話なので会話の全てがわかるわけではないけれど、話が噛み合っていないことはそばで聞いていて十分にわかった。
Uさんはイラついた顔で「わかりました」と言って、電話を切って、カウンターに来ていたその賢そうな子に向かって「ごめんなさい。どうも、大阪外大 神戸市外大リスニングは東大には対応していないようやわ。ほんま、ごめんやけど、他の予備校とかあたってみてください」と回答した。
その賢そうな子はちょっと残念そうな顔をして帰っていった。
Uさんは客を一人逃してしまったわけだけれど、Uさんの対応が正解だったと思う。へたにごまかした対応をして大阪外大のリスニングの講座に東大を目指すような子を入れてクレームになったら大変やし。
それに、受験生はみんな必死やし高校生の情報網ってすごいから、SNSなどない時代でも悪い評判はすぐに友達同士の口コミで広がる。
SNSの口コミよりも現実の口コミのほうがはるかに恐ろしいということもあるし。
しかし、Uさんは電話を切って、その生徒への対応が終わってから、思いっきりぼやいていた。
「ホンマにYはアホや。俺は大阪外大 神戸市外大のリスニング講座が東大にも対応しているかという事実関係を聞いたんや。それなのにあいつは、東大を受ける子の英語の勉強のやり方を俺に説明してきとる。質問に対する答えになってない。ああいうのを言語明瞭 意味不明って言ううや」とぼやいた。
するとその言語明瞭 意味不明というUさんの言葉に反応して周りの職員みんなが笑った。
きっとみんなが確かにそうやと感じたからだと思う。
人の悪口には聞いていて胸が苦しくなってくるような悪口と、なんだかちょっと可笑しくて笑えてしまう悪口がある。
Uさんは、いつも笑える悪口を言うタイプの人で、結構みんなに人気があった。
特にこの言語明瞭 意味不明ネタの悪口はみんなに受けたので、それからしばらく会社で飲み会があったりすると、Uさんは言語明瞭 意味不明ネタをみんなの前で披露していた。
たしかにそのネタのターゲットになった、Yさんと言う人は、ちょっと聞いたこととずれた答えをするということは職場の他の人も経験していたから、、、。
でも、面白いネタでも、何度もやりすぎるとそのうちすたれていったけれど。
ふとしたことがきっかけでそのUさんの言語明瞭 意味不明ネタを思い出して、今でも言語明瞭 意味不明という言葉はあるのだろうかと、グーグルに「言語明瞭 意味不明」と入れて検索してみた。
すると、ネットの世界にはいろいろオタクな人がいるもので、竹下登元首相の消費税導入当時のこんな国会答弁を言語明瞭 意味不明の例としてあるサイトに掲載していた。
それはこんな答弁だ
「元来、私の答弁はよく、ぐるぐる回りをすると言われるのでございますが、いろいろぐるぐるまわりをして到達したところは、非常に端的に皆様方が大型間接税という言葉からくる懸念というものは、結局ぐるぐるまわりしてみますとああいうものではないか。
それは、今言ったように、一つ一つの政策上の配慮とか税制全体の構築の仕方などによって中和できるんじゃないかといことは問答を重ねていくうちに、これも普通の人でないからかも知れぬでございますけれども、普通の人がなるほどなと、こう思っていただけるようになるんじゃないかな」と。
ネットの情報だからどこまで正確か僕にもわからないけれど、竹下登元総理ならこんな答弁やりそうだなとは思う。
本当に、ぐるぐる回って、話がどこへも行っていない。ここまでくると芸のうちかもしれない。
今のようにネットの発達した時代なら、国会の場で何をふざけているんだとすぐに叩かれてしまう可能性も高いと思う。
しかし、竹下登さんが、たぶん実質的には田中角栄元首相と距離を置くために「創世会」という勉強グループを作ったときに放った「ああせい こうせいと 言われて 創世会(そうせいかい)になりました」という親父ギャグのような言葉を僕は忘れられない。
当時は、今よりも政治家が、みんな、俺が頂点に立つんだと、闘争心をむき出しにしていた時代だから、こんな親父ギャグで竹下さんも心を紛らわそうとしたのかも知れない。