ケンのブログ

日々の雑感や日記

思い出すこと 春の夢

2021年03月16日 | 日記
僕が勤めていた会社(予備校)に、コンピュータとかIT関連の責任者としてT男さんという人がいた。

T男さんは、校舎のスタッフからパソコンの操作がわからなくて電話がかかってきたとき「メニューバーをクリックしてください」というようなことを教えて、校舎のスタッフが「メニューバーってなんですか?」と聞いてくると「仕事でパソコンを使うならメニューバーという言葉の意味くらい覚えておいてください」というタイプの人だった。

まあ、そのくらいの言葉の意味は知っていないと、と考える人がいる一方で「メニューバーと言って通じなければ、画面の上から2番目の棒とか、言い方を変えてわかるように説明するのがコンピューターの責任者として会社に雇われている人の役目だろう」と言っている人もいた。

僕が勤めていた会社はパソコンの講習があるわけでなく、そのあたりは各自の努力に任せる。そして、残業代もろくにでないというレベルの会社だったから、僕自身はメニューバーと言って通じなければ、言い方を変えて説明するのがコンピューターの責任者として雇われている人の役目という考え方だった。

だから、僕はT男さんにパソコンの質問をしたことはあまりない。特にパソコンの部署に所属していなくてもパソコンの操作程度なら親切に説明してくれる人もいたのでケースバイケースで聞きやすそうなひとに聞いていた。

あるとき、会社にT男さんのアシスタントとしてM子さんという女性がパート職員として採用された。

僕は、当時、会社の休み時間の食事は、外で食べたり、お弁当を買ってきて会社の休憩室で食べたりしていた。

M子さんは毎日、お弁当を作ってきていたので、毎日、会社の休憩室で食事をとっていた。

M子さんは入社して一ヶ月もするとお昼休みにお弁当を食べながら「本当に、T男さん、一日一緒にいると、もう息が詰まるわ」とT男さんの悪口を言い始めた。

僕はそれを聞いて、まあM子さんはパートで採用された人だから嫌になったらいつやめてもいいという強みはあるものの、T男さんの悪口を弁当食べながら堂々と言うなんて、なかなか度胸のある人だなあと思っていた。

僕もT男さんはちょっと生真面目すぎるんじゃないかと常々思っていたから、心の中ではM子さん、もっとT男さんのことボロカスに言ったれ、せめて昼休みの時間だけでも、と密かに思っていた。

僕は社員としての立場上、口に出しては決して言わなかったけれど、M子さんが「ホンマにあの人とおると息がつまるわ」と言うたびに、いやあ痛快だなあと思ってその言葉を聞いていた。もっと言ったれと密かに思いながら、、、。

彼女の言葉を聞くのが痛快で、外で食べるよりも、会社の休憩室でお弁当を食べる頻度がその当時の僕は高くなっていた。

決して彼女の言葉に相槌を打つことはなかったけれど、、、。

そうこうしているうちにM子さんのお腹がちょっと大きくなってきた。
口に出しては言わなかったけれど、ああ、M子さん妊娠したんだなと僕は思っていた。

ある日、M子さんが「今日は、私、鼻水が出てしんどいんです」と言った。
今どき鼻水なんて、薬で止められる。

僕は「会社の出口を出て3分も歩くと〇〇薬局がありますよ」とM子さんに言った。
すると「私、駄目なんです」とM子さんは言った。
僕は、何が駄目なんだろうとしばらく考えて、それで彼女のちょっと大きいお腹をちらっと見て
「ああ、ごめんなさい」と言った。
妊娠しているから薬は駄目と何となくわかったから、、、。
彼女は何も答えないでちょっとプッとした顔をしていた。

ある日、M子さんは、橿原神宮に家族で参拝に行った話をしてくれた。
彼女は奈良県から会社に通っていたから、、、。
「ああ、橿原神宮は僕も2,3度行ったことがあります。そんなめちゃ賑わっているお宮じゃないけど、あそこは霊験あらたかですね」と僕は言った。
「何ですか?そのレイゲンあらたかって?」と彼女は言った。
僕はうーんと思いっきり考えてしまった。
すると、彼女は「あのお宮はなんかスッとした感じですよ」と言った。
「そう、そう、それ、霊験あらたかってスッとしているという意味です」と僕は言った。
彼女はそれには答えずにプッとした顔をしていた。

ある日、お弁当を食べているときM子さんは僕に言った。
「ナカシマさん、ちょっと私、よかったらもっとそばに寄りましょか」と。
僕は照れてしまったけれど
「ええ、まあ、そうしていただけるなら」と言った。
すると彼女は本当にもう少し寄ったら、お互いの身体が触れてしまうというところまで
僕の方に身をよせてお弁当を食べ始めた。
僕は緊張して、お弁当が喉を通らないかと思ったけれど、まあ、なんとか自分が買ってきた弁当は完食できた。

それからも僕は歯並びが悪いので、「ああ、キャベツが歯につまったわ」と言うと彼女は持ってきた爪楊枝を出してくれたり、お茶をこぼすと、持ってきたティッシュで拭いてくれたりした。

「いやあ、M子さんにそんなことしてもらっても、ええんかなと僕、思ってしまいます」と僕が言うとM子さんは僕のことをからかうような顔をしていた。

ある日、僕のパソコンに社内メールが入っていたので開くとM子さんからのメールだった。
「私、今日で会社辞めます」と書いてあった。

社内メールをそういうやりとりに使うことは禁止になっていた。特に生真面目なT男さんはそういうこと、とても嫌うはずなのに。

まあ、いいかと僕は思った。

僕はちょっと上司の目を盗んで、近所のコンビニに行って、グリコのポッキーを買ってきてM 子さんのところに行った。
そして「今日で最後の勤務って聞いたので、これ、お別れのプレゼントです」と言って彼女に渡した。

その時、T男さんも彼女のそばでパソコンの画面を見ていたけれど、特にT男さんからとがめられることはなかった。

僕は女性の社員の機嫌をとるために時々ポッキーやコーヒー牛乳を持っていっていたことT男さんも知っていたからかも知れない。

あのとき、彼女のお腹の中にいた子、もう大学生くらいになっているだろうかと思う。

母子ともに元気でいることを願っている。まあ、きっと元気だろうと思うけれど、、、。