新聞のスポーツ欄の、高校野球、今日の試合という欄に 第一試合 市立和歌山VS県立岐阜商業と出ている。
最近は、高校野球も、実況放送やネットで見るほど興味がないけれど、故郷岐阜県の代表校、それも県立岐阜商業が出たということを新聞で知ると、すぐにネットで結果を見たくなってしまう。
1−0で県立岐阜商業がサヨナラ負けしている。
残念と思う。
他の府県の試合だと結果を見て、そうやったかで終わるけれど、県立岐阜商業が負けたと思うと、一点も入れられずにサヨナラ負けして岐阜に帰るってどんな気持ちだろうと想像してしまう。
さだまさしさんの「甲子園」という歌がある。
それほどヒットした歌ではないけれど、僕はこの歌が好き。
歌詞を見るとこんなフレーズがある。
“”
ホームランと突然テレビが叫ぶ
また、誰かの夢が壊れる音がする。
3000いくつの参加チームの中で
たったの一度も負けないチームは一つだけ
でもたぶん君は知ってる
敗れて消えたチームも負けた回数は
たったの一度だけってことをね“”
ホームランとテレビが叫べば、普通は、やったぜ、逆転だとかそちらのほうに意識が行くけれど
ホームランというテレビの叫びを、誰かの夢が壊れる音と捉えるのは さだまさしさんらしいと思う。
徹底的に、敗者の立場に立って展開される歌詞が心の慰めになることは、少なくとも僕にとっては事実だ。
旧約聖書の中の「伝道の書」という書物にも
第7章のところに
「悲しみの家に入るのは、宴会の家に入るのにまさる。 中略
悲しみは笑いにまさる。顔に憂いを持つことによって、心は良くなるからである」という下りがある。
これって単なる慰めでこういう記述があるのではなく、ある意味これが真実なのだと僕はしばしば思う。
宴会でギャーっと騒いでいたときのことよりも、悲しいときに、何も言わずに黙ってじっとしていたときのことのほうが、後々になってしみじみとした思い出になるということ誰にでもあることと思う。
僕も、たとえば、家族ですき焼きをしたときに、祖父に向かって、「お鍋に砂糖の入れ過ぎや」と言ってギャーっと怒っていたときの祖母よりも、祖父が亡くなって少なくとも半年くらいの間は、仏壇の前でうずくまるような姿勢で涙を流していた祖母をじっと見ていたときのことの方が妙に記憶に残っていたりする。
もっとも 当時は僕もまだ子供だったから、仏壇の前に置いてあった木魚を無茶苦茶叩いて遊んで祖母に注意されたこともあったけれど、、、。
孤独なときには、明るい音楽よりも、ちょっと悲しいような 影がさすような音楽、
あるいは広大な音楽のほうがこころにしみるということもあるし、、、。
とは言うものの、敗者に同情するだけでは進歩がないということも、また真なりと思う。
県立岐阜商業の鍛冶舎監督は「変化球に対する見極めや粘りが無く淡泊な試合になってしまったというのが今回の試合で出た課題なので、そこをしっかり突き詰めてやっていきたい」と夏に向けた修正点をあげていた。とNHK岐阜のローカルニュースに出ている。
負けたら、すぐに次を考える姿勢でいないと甲子園の常連校にはなれないというのもまた事実と思う。