遺す言葉

つぶやき日記

遺す言葉(521) 小説 <青い館>の女(10) 他 金木犀

2024-10-27 11:31:28 | 小説
             金木犀(2024.10.13日作)



 金木犀
 今年は未(いま)だ 咲かない
 蕾一つ着けない
 四十年以上過ぎた木
 金木犀 

 亡き父の 面影浮かぶ 金木犀
 散り敷いて 金木犀の 金の庭
 金木犀 今宵も静か 独り居て
 彼(か)の女(ひと)は 今は何処(いずこ)に 金木犀

 遠い日の幼い頃過ごした故郷の家
 庭に香った金木犀 
 豊潤な香りに魅せられ 以来
 親しみ 馴染んだ長の年月
 今年は未だ 花芽一つ着けない 初めて 
 かつて無かった事
 幾年月 長の年月(としつき)過ごした金木犀
 年老いた ?
 否否 あり得ない
 生育盛ん 年毎大きく枝葉を延ばした
 元気な樹
 剪定 ?
 枝葉を切り落とした所為(せい)か ?
 否否 そうではない かつて 
 幾度 そうして来た事か !
 今年に限って・・・
 あり得ない
 今年に限って・・・ 
 猛暑の夏
 金木犀もまた 音を上げた ?
 気温上昇 世界の各地 各国
 地球の総てに及んだ異常な気象
 猛暑 酷暑の一夏
 災難 災厄 災害
 人の命の多くも奪われた
 金木犀もまた同じ事 ?
 未だ 花芽一つ着けない 
 異常な気象 
 頭を過ぎる ふとした不安
 金木犀はこのまま 今年は花芽を着けない ?
 異常な気象 地球温暖化 その先に
 見えて来るものは ?
 不吉な影のみ




             ーーーーーーーーーーーーーーーーー




              
             <青い館>の女(10)




 
 昨夜は気付かなかった左手すぐ傍にこれもまた、一見、壁と見紛うドアがあった。
 加奈子はすぐにそのドアの鍵をわたしには理解出来ない方法で開けて、身体全体で押す様にして扉を開いた。
 眼の前にはなんの変哲も無い古い木造アパートの、両側に部屋の並んだ廊下があった。
 その廊下に出ると加奈子は扉を閉め、また、わたしには理解出来ない方法で鍵を掛け、わたしの前に立って廊下を歩き出した。
 両側それぞれに五つの部屋があった。
 廊下が終わると古びた木製ドアがあった。
 鍵は掛けられていなかった。
 加奈子は軽く右手でドアを開けた。
 直接外気に触れる街の通りが眼の前に開けた。
 足元にはその通りへ出る為の小さな三段の石段があった。
 石段を上ると早朝のアスファルト通りにはまだ人影が無かった。
 依然として街を包み込んだままの薄い霧の流れが、街全体をおぼろな影に見せていた。
 昨夜、わたしがパーティー会場から歩いて来た通りとは趣を異にしていた。  
 何処か、うらぶれた感じのする侘しい気配が漂っていた。
 葉を落とした貧弱な並木の傍に三台のタクシーが霧に包まれて並んでいた。
 わたしと加奈子の姿を認めると一台のタクシーが近付いて来た。
「何処まで帰るんですかぁ」
 加奈子が聞いた。
「海岸ホテルなんだ」
 別段、隠す必要もないと思って言った。
「じゃあ、タクシーで行った方がいいですよぉ。ここは裏通りなんでぇ、ずっと遠回りになるのでぇ」
 加奈子は言った。
「うん、そうしよう。道も分からないし」
 わたしの乗ったタクシーは、薄い霧に包まれてまだ街灯の明かりの消え残る街の中を、裏通りから表通りへと出て暫く走りホテルの前で停まった。

 わたしが開店セールで混雑する店に顔を出したのは午後一時過ぎだった。
 赤と白の垂れ幕を張り巡らした店内は賑やかな雰囲気の中で、溢れる人の熱気にむせ返っていた。
 この小さな街の何処から、こんなに人が出て来るのだろう、という驚きと共に、その盛況に思わず込み上げて来る喜びを抑える事が出来なかった。
 五百坪程の広さの一階食品売り場を一廻りしてから、二階の家庭用雑貨売り場へ足を運んだ。
 更に、三階の衣料品や家具、室内装飾品の並んだ三階まで足を延ばした。
 元々が<スーパーマキモト>は缶詰や乾物を主体にした個人経営の食品店だった。
 現在の形体になってからもなお、売り上げの六十数パーセントが食品関係で占められている。
 関東、東北地区にある五十七店舗の大半が一階の食品売り場と二階の家庭用雑貨売り場で構成されていた。
 所により、周囲の状況次第で三階に室内装飾品や家具などを並べたりしていたが、この北の小さな漁港街への進出に当たっても当初は三階までの計画で事が進んでいた。
 それが思わぬ形で変更されたのは息子の一言だった。
 息子は突然、四階まで延ばして電気製品売り場を作りたいと言い出した。
 無論、余りに唐突なその提案は役員会議にも掛けられ、<マキモト>に取っては初めての計画に反対意見も多かったが、息子は敢えてそれを断行した。
 息子にしてみれば、何度も足を運んで現地の状況を確かめた上での結論だったのだろうが、わたしにもまた、一抹の不安があった。
 結果はだが、息子の決断が正しかった事が証明された。危惧しながら足を運んだ四階にも、思い掛けない人の混雑があってわたしの驚きを誘った。
 息子は祖父に習っての様々な商品の買い叩き物や中古品の安値販売をしていた。
 その狙いは見事に当たっていた。
「安いよ、これ。あっちの店では同(おんな)じ物に二千円の値札が付いていたよ」
 そんな会話が彼方此方から耳に届いて来た。
 わたしはそんな中でどの売り場にも見られる、何時もの開店風景に劣らない活気に満足していたが、開店セールの終わった後の商売の難しさもまたよく知 っていた。
 取り分け、此処が小さな漁港街であるだけに、その心配も一入(ひとしお)で、息子ももう何軒もの開店を手掛けている以上、後はくれぐれも失敗の無い様にと願うのみであった。
 幸い、昨日初めて顔を合わせた店長も仕事が出来そうで、わたしは満足していた。
 多分、この店も上手くやってくれるだろう。
 その店長はわたしが一階に戻ると、肉の半値売り場で声を嗄らして陣頭指揮を執っていた。
 その合間には絶えず野菜売り場や魚売り場に視線を向けて、状況確認を怠らなかった。
 わたしは暫く、観察した後で店長の傍へ行った。
 店長はわたしに気付くと、
「ああ、来てらっしゃったんですか」
 と、素っ気なく言ってすぐにまたお客の対応に戻った。
 わたしは店長をそのままにして、売り場の隅にあるエレベーター乗り場へ行くと四階にある事務所へ向かった。
 事務所には本社から派遣されて来ている経理責任者の川本部長がいた。
「なかなか良さそうじゃないか」
 わたしは部長に言った。
「ええ、思った以上に盛況ですね。店長もこんなに人が来るとは思っていなかった様です」
 川本部長は言った。
「セールの終わった後が、この小さな街ではどうなるか、ちょっと心配だが」
 わたしは言った。
「でも、それは心配ないと思いますよ。 結構、安売りでお客を呼べると思いますし、今日程の活況は無理だとしても、どうにか行けるんじゃないでしょうか」
 今年、四十八歳になって、東京本社でも古参の一人になる川本部長は言った。




             ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




               takeziisan様


                自然の風景は何時見ても良いですね
               テレビは余り見ないのですが自然を映した番組はよく見ます
               NHKでの日本百低山とか小さな旅はよく見ています
               下手に創られていない所がいいです
                野菜畑 羨ましい限りです 我が家の屋上菜園も終わりました
               落花生も殻ごと茹でで食べました 
                奥様 御退院 おめでとう御座います
               一安心というところでしょうか 風の吹く場所が埋められた
               それが実感ではないのでしょうか
               食事の腕前 是非 奥様に判定して貰って下さい
               共に生きるという事の喜び これは何事にも代え難いものです
               それでも結局 人間 最後は独り 寂しいものです
               禁じられた遊び 名作ですね          
               あの幼い子供二人の演技
               名優も子供と動物の演技には敵わないと言いますが
               あの最後の場面など何度観ても涙になってしまいます
               それにしてもよくあの演技が出来るものだと 見る度に感嘆してしまいます
               本人にしてみれば演技をしているなどという意識は全く無いのでしょうが 
               あの迫真の演技は何処からくるのでしょう
               驚きを禁じ得ません
                有難う御座いました












































遺す言葉(520) 小説 <青い館>の女(9) 他 移り逝く時の中で

2024-10-20 11:31:18 | 小説
             移り逝く時の中で(2024.1011日作)



 十月半ば
 昨日の猛暑とは打って変わって 
 今朝は寒い 肌寒い
 季節は今年もまた 移ってゆく
 移り変わってゆく 時の流れ
 歳月は一瞬の停滞もなく
 過ぎて逝く
 人の世も同じ事
 耳や眼に馴染んだ
 あの人が もう この世に居ない
 この人も 居なくなった
 それぞれが 遠く彼方へ旅立った 
 絶え間なく流れ逝く歳月 時の流れ
 流れ逝く時の中で日毎に深まり 数を増す
 親しき人々 あの人 この人 の 訃報
 同じ時代 同じ時の流れを生きた
 人の数は 日毎 月毎 年毎 細ってゆく
 残されるものは ただ 記憶 記憶のみ
 日々 細りゆく時の中 やがて
 最後に辿り着く記憶 その場所は
 遠く幼き日々 共に過ごした
 小学校 中学校 同級生達
 今 彼等 彼女等は 何処に居て
 何をしているのだろう  
 元気で居るのだろうか 
   長い歳月 空白期間 消息すらも知れない
 数多くの級友 同級生達 彼等 彼女等
 思い出は数知れず
 あの記憶 この記憶
 淡い恋心
 無邪気な戯れ
 同級生 級友達への思い 懐かしさの感情は
 日毎に深まり 
 深くなってゆく




             ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




             <青い館>の女(9)



 
 
 女はわたしの傍で裸体を毛布で包(くる)み、丸くなって眠っていた。
 暗い部屋の枕元には深紅の小さな明りが点っていた。
 一瞬、わたしは自分が過去の何時かに戻っているかの様な奇妙な錯覚に陥った。
 それも束の間で、すぐに現実の自分に立ち戻ると体の心底から沸き上がる極度の虚しさと共に、見知らぬ部屋の奇妙なベッドで過ごした事への深い後悔に捉われた。
 遠い何処かで船のエンジンの始動する音がしていた。
 それが否が応にも朝の気配を運んで来た。
 わたしは身体を起してベッドの縁に腰掛けると、今日一日の行動に思いを馳せた。
 改めて、奇妙な部屋のベッドで過ごした愚行を思って、ちゃんとホテルへ帰って今日一日のしっかりした予定を組んで置けばよかったと後悔した。
 その時、女が寝返りを打ってわたしの身体に触れ、眼を覚ました。
  わたしに気付くと女は、
「ああ、起きてたんですかぁ。それならぁ、起こして呉れればよかったんですよぉ」
 と、甘える様な声で言ってわたしを非難した。
「まだ、五時半にならないよ」
 わたしは女の言葉に応えて穏やかに言った。        
 女は毛布に包んだ裸体を起こして目覚まし時計を手に取った。
「でも、もうじき五時半ですよぉ」
 と言った。
「いいよ。君はまだ寝ていればいい。わたしは帰るから」
 わたしはベッドから立ち上がった。
「帰るんですかぁ、それならちょっとぉ、待ってて貰えますかぁ。すぐに着替えて来ますからぁ」
 女はベッドを降り、裸のまま奥の青いカーテンの向こうへ消えて行った。
 程なくして女は戻って来た。
 黒い細身の長いパンツに、身体の線がくっきりと浮き出て見える白いニットのセーターを身に着けていた。
「帰るのには何処から行けばいいのかな」
 既にわたし自身も身支度を整えていて聞いた。
「ああ、それなら出口までぇ御案内しますからぁ」
 女は言って、わたしの服装に落ち度は無いか、点検する様に見詰めた。
「大丈夫かい」
 わたしは女の視線に任せたまま聞いた。
「ええ、大丈夫ですよぉ」
 女は言った。
「いろいろ、親切にしてくれて有難う」
 女の何一つ不快感を与えなかった心遣いにわたしは、素直な気持ちからそう言っていた。
「でもぉ、お客さんにはぁ、高いお金を払って貰ってるのでぇ、当たり前の事ですよぉ」
 女は当然の事の様に言った。
「それでも、なかなか君の様には出来ないものだよ。金だけ取って後は勝手にという女達が多いからね」
 わたしは本音を言った。
 改めてわたしは、女の親切に報いる気持ちで上着の内ポケットから財布を取り出して二枚の一万円札を抜き取ると、一枚ずつを女に手渡しながら、
「これは君が親切にしてくれた事へのお礼だ。この一枚は君の優しさと一晩、楽しませてくれた事へのお返し。有難う」
 と言った。
 女はわたしの思わぬ行為に驚き、一瞬、戸惑った風だったが、渡された一枚ずつを手にしながら、
「でもぉ、昨夜(ゆうべ)いっぱい使って貰ってるからぁ」
 と躊躇(ためら)いがちに言った。
「いいから、取って置きなさい」
 わたしは押し付ける口調で言った。
「有難う御座いますぅ」
 女はそれで素直に嬉しそうな表情を見せ頭を下げて言った。
「名前はなんて言うの ?」
 わたしは言っていた。
 いったい、何故、そんな事を聞いていたのだろう ?
 自分でも不思議な気がした。
 また此処へ来る心算なのか ?
 そんな事はあり得ない。
 確信的な思いがあった。
 それでいながら、自然にその言葉が口を突いて出ていた。
 女はだが、躊躇う様子も見せなかった。
「加奈子って言うんですぅ。名刺を上げてもいいですかぁ」
 と言った。
「うん」
 わたしは言った。
 これも過去に於いて何度となく経験して来た事だった。
 それらの名刺は悉くが破り捨てられていた。
 加奈子と名乗った女は、無論、そんな事までは知り得ない。
「今、持って来ますからぁ」
 と言って再び、青いカーテンの向こうへ消えると一枚の名刺を手に戻って来た。
「これなんですけどぉ」
 と言ってわたしの前へ差し出した。
 わたしは受け取った。
 赤いハートの形が書き込まれた角の無い名刺だった。
「裏にぃ、このお店の電話番号なんかが書いてあるのでぇ、また、来る時には電話をして貰えますかぁ。それでぇ、わたしの名前を言って貰えればぁ、すぐに指名が出来ますからぁ」
 わたしが手にした名刺に視線を向けながら女は言った。
「うん、有難う」
 わたしは言って上着の内ポケットへ名刺を収めた。
「この街へはよく来るんですかぁ」
 女は言った。
 女自身、最初に、旅行で来たんですかぁ、と言って、わたしがそうだと答えた言葉も忘れてしまっていた様だった。
「いや、滅多に来ない。偶々(たまたま)、用事があったものだから旅行がてら来ただけなんだ」
 わたしは言った。
 女はわたしの言葉を聞いて頷いた。
 わたしはその女を見ながら、
「もし、また、この街へ来たらその時には電話をするよ」
 と言った。
 再び、その機会があろうとは思っていなかった。
 女はそれでも素直に頭を下げて、
「お願いしますぅ」
 と言った。
 わたしと加奈子と名乗った女はそのまま部屋を出た。




             ーーーーーーーーーーーーーーーー




              takeziisan様


               奥様 入院されてもう十日 早いものですね
              普段 身近に在るものの無い空虚な感覚 寂しいものです
              それでもメールの指示 お元気な証拠で何よりです
              これもまた慰めに成り得るもので便利な世の中になったものです
              食事の支度 自分の好きな物を好きな様に食べられる
              前向きに考えればそれ程 苦にはならないのでは ?
              馴れない食事作りもあれこれ自分なりの工夫 楽しんだ方がいいですよね
               また ドングリ カラスウリの季節が来ました
              ついこの間 同じ様な報告記事を拝見したばかりの様な感じですが
              一年が過ぎているのですね
              早いものです それにしても猛暑の夏 いろいろな物に思わぬ変化が起きています
              あらゆる事柄でこれまでの常識が通用しない世の中になっている様です
               野菜の青 拝見していても気持ちが良いです
              土の匂いがして来ます
               プールの終わり ? これもまた時の流れ 世の中どんどん
              お構いなしに変わってゆきます 改めて過ぎ行く歳月を感じさせられます
               アフリカの星 観て無いですね
              初めて知りました その他は観ていますが
               今回もいろいろ楽しませて戴きました
               有難う御座いました
               






















 





遺す言葉(519) 小説 <青い館>の女(8) 他 それだけの事

2024-10-13 11:56:57 | 小説
            それだけの事(2024.9.30日作)



 九十歳を過ぎても
 矍鑠(かくしゃく)として生きてる人が居る
 百歳を越えてもなお
 平然としている人が居る
 その姿 姿勢のまぶしさ 輝かしさ
 人間 人の命の限界 百二十五歳だとか
 かつて唱えられた 人生僅か五十年
 今は昔 過去の事
 人の健康 丈夫で生きる
 その基 礎(いしずえ)となるものは ?
 心の持ち方 ?
 堅固な肉体 ?
 八十六年余を生きて来て今 日々
 不都合も無く 時が過ぎて行く
 そして 今日もまた生きている
 生きている 生きている限り
 生きるのだ 元気溌溂
 矍鑠たる九十歳 百歳
 光り輝くその姿を目差して
 今日もまた 生きてゆく
 生きてゆく 生きてる限り生きてゆく 
 明日を見詰め 今日一日を生きる
 元気溌溂 矍鑠として生きる
 それだけの事
 ただ それだけ




            ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




             <青い館>の女(8)




 
 しかし、わたしの心に熱い思いは生まれて来なかった。
 依然として醒めた心の冷え冷えとした意識がわたしの心を捉えていた。
 同時にわたしは、わたしの肉体を抜け出した醒めた心のわたしが総てを投げ出し女に任せて、死体の様にベッドに横たわっているわたし自身を見詰めているのを意識する。
 女はなおも、そんな死体を小さな手の指で撫ぜている。
 女は辛抱強かった。
 まるで諦める事を知らないかの様に、そして、蔑み、嘲笑するのを知らないかの様に様々な行為を繰り返す。
 死体のわたしは死体のままに、それでも女の一途な行為に応える様にその肉体を愛撫する。
 すると間もなく女の肉体が反り返り、波打ち、口から漏れる微かな声が女に自分の行為を忘れさせる。
 やがて女の肉体は激しく波打ち、硬直し、暫(しばし)の後で発する声と共にその緊張が一度に解(ほど)けてゆく。
 わたしは激しく女の裸体を抱き締める。
「いっちゃった」
 女は無邪気な笑顔を見せてわたしを見詰め、少しの恥じらいを込めた口調で言った。
 わたしは黙ったまま頷いて女の笑顔に答える。
 女はまたしてもわたしの肉体に手を延ばして触れて来る。
 しかし、わたしの意識の中では徒労感のみが深かった。
 わたしは女に言った。
「もう、いいよ。初めから分かっていた事なんだ。疲れたろう」
 女に労いの言葉を掛ける。
 女はだが、嫌な顔一つ見せずに、
「ううん、大丈夫ですよぉ」
 と言って、なおも行為を繰り返す。
 わたしはそんな女の手を取って自分の肉体から引き離す。
「御免なさい」
 女は自分の責任でもあるかの様に言った。
 わたしは女に言った。
「ただ、ちょっと頼みがあるんだ」
 女は不思議そうにわたしを見詰めて、
「なんですかぁ」
 と聞いた。
「少し、眠らせて貰いたいんだ」
 わたしには徒労感のみが深かった。
 ただ眠りたいだけだと考える。
 今こうしてわたしの肉体に触れている、この年若い女の存在にもわたしは現実の感覚を抱く事が出来なかった。
 総てが空虚で遠い感覚の中にある。
 今に始まった事ではなかった。
 既に何年にも及ぶ事で、あらゆる事柄に及んでいた。
 自分が抱えた心臓疾患に依る影響なのか、という思いもあったが、そればかりではない、という思いが依然としてわたしの意識の中からは抜け切れなかった。
 そして、此処でもまた、妻の存在が義父の影と共に大きく立ちはだかって来る。
 女はわたしの思いも掛けない突拍子な言葉にも、
「眠るんですかぁ」
 と言って嫌な顔一つ見せなかった。
「うん」
 わたしは力なく言った。
 そんなわたしの気力の抜けた表情を読み取ったかの様に、女はすぐに言葉を続けて、
「構わないですよぉ。此処では全部がお客さんの時間なんでぇ、お客さんの自由にして貰っていいんですよぉ」
 と言った。
「君は随分、優しいんだね」
 何処までも厭味を感じさせない年若い女の心遣いにわたしは、思わずそんな言葉を口にする。
 これは女の若さの所為(せい)なのか ?
 過去に於いて出合った数多くの年増女達の計算高く醒めた感情の垣間見える、取り繕われた表情の数々をわたしは思い浮かべていた。
「でもぉ、お客さんにはぁ高いお金を出して貰ってるのでぇ、此処では他の女の子達のみんながそうですよぉ。それにぃ、こんな小さな街なんでぇ、お客さんの数も限られているからぁ、一度、悪い評判がたってしまうとすぐに誰も来て呉れなくなっちゃうんですよぉ」
 女は飾る事も無く言った。
「此処ではみんなが、それぞれにお客を持ってるの ?」
 興味がある訳では無かったが、話しの接ぎ穂としてのみ聞いてみる。
「そうですよぉ。みんながそれぞれに何人かのお客さんを持ってますよぉ」
 当然の事の様に女は言った。
 わたしには不思議だった。
 こんな店の、こんな営業方法がこの街では許されているのだろうか ?
「警察はうるさくないの ?」
 聞いてみた。
「だからぁ、お店の方でも厳しいんですよぉ。お客さんに厭な思いをさせてぇ、もし、警察に訴えられたりしたら大変だからぁ、厭な思いをさせない様にって毎日、厳しく言われてるんですよぉ」
 女は言った。
 わたしはそれでこの年若い女の、年齢には似合わぬ注意深さと思い遣りに納得したが、それ以上に興味は持てなかった。
 わたしは言った。
「明日の朝は何時まで ?」
「一応、八時半までなんですけどぉ、追加料金を戴ければぁ昼の十二時まではいいんですよぉ」
「そうか。で、朝は起こしてくれるの ?」
「はい。目覚まし時計をお客さんの好きな時間に合わせて掛けて置きます」
 女は言った。
「それなら安心だ」
 わたしは言った。
 明日の朝、この如何わしい店を出る時、人に見られる事をわたしは怖れた。
 少なくとも、人々が動き出す前にこの店を出てしまえばいい。
 今日、祝賀会で顔を合わせた誰彼に見られる事も無くて済むだろう。
 わたしは安堵感と共に言う。
「疲れた。少し眠ろう」
 今日一日がひどく長かった様に思われた。
 心身共の疲労感を覚えていた。
 幸い、大きな脈の乱れが無かった事が何よりの救いだった。
 女に触れている間にもその脈の乱れはなかった。
 わたしには奇跡に思われたが、その満足感に包まれながら静かな気持ちで女に聞いてみる。
「君は、このまま朝まで傍に居てくれるの ?」
「はい、ずっと居ますよぉ」
 女は言った。
「それなら君も寝た方がいい」
「はい、寝ますけどぉ、もしぃ、お客さんが眼を覚ました時にぃわたしが眠っていたらぁすぐに起こしてくれますかぁ。何時でもいいですからぁ」
 女は言った。
「うん。そうするよ」
 わたしは言った。

 翌朝、わたしが眼を覚ました時、時計の針は五時を過ぎたばかりの位置を指していた。




             ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




               takeziisan様


                奥様の退院 予定より早まりそう
               何よりです
               お喜び申し上げます
               普段 身近にある物の無い寂しさ
               それが人という存在であればなおさらの事
               安心感 安堵の思いが想像出来ます
               年齢と共の衰え 誰にも避ける事の出来ない現象で
               受け入れる事しかありませんが まずはおめでとう御座います
               これからもお大事になさって下さい
                ドリス ディ アームストロング スティーブ マックイーン等々
               懐かしさばかりが蘇ります 今でもそれぞれ耳や眼に残っています
                山の景色は何時見ても良いですね 今朝もNHKで放送していましたが
               自然の山々 田園風景 その中で暮らす人々の何気ない日常
                 なんの飾りも無い美しい風景です 
                 郷愁と共に憧れを感じます 
                  夏目漱石 芥川と共にわたくしの中では既に古典の位置を占めています
                   古びませんね やはり人間の真実に迫っているからでしょうか
                   何事に付けても物事の真実を突き詰めた物は永遠の命を獲得するという事でしょうか
                奥様の御退院と共にまた以前の生活への復帰の一日も早い事を願って居ります
                 お忙しい中 お眼をお通し戴き 感謝申し上げます
                有難う御座いました



























































 


遺す言葉(518) 小説 <青い館>の女(7) 他 秋彼岸

2024-10-06 12:08:18 | 小説
               秋彼岸(2024.9.27日作)



 
 猛り狂った猛暑
 狂熱の夏も過ぎ
 今朝は爽やか
 秋彼岸の一日
 向かうは冬の季節
 穏やかな日和も終わり
 迫り来る寒さ厳しい日々
 冬へと季節は移り
 変わってゆく
 幾度迎えたこの季節
 時の移ろい 春夏秋冬
 日々生きて来たその中で
 今また迎える
 夏から秋 秋から冬へ
 その季節
 幼き日々の 春
 青春の季節 夏
 斜光 影さす 中年の秋
 そして老年 冬の季節
 春夏秋冬
 自然の季節は移ろい 巡れども 
 人生の春夏秋冬 
 再び 巡り来る事は無い
 枯れた草木
 吹き荒ぶ木枯らし
 厳しい冬 
 人生に於ける永遠の冬 老年
 その果てに待つものは
 永久凍土
 死の世界
     



             ーーーーーーーーーーーーーーーーー




              <青い館>の女(7)




 
 わたしは豊かなその感触に更なる記憶の底から蘇る様々な肉体を回顧する。
 すると初めてわたしの身体の奥に微かな兆しを見せて欲望が芽生えて来る。
 わたしはグラスを片手に持ったまま、その欲望に形を与えるかの様に豊かな感触の女の肉体を抱き締める。
 わたしの心に昔日を偲ばせて、この肉体を自分の中に取り込みたいという熱気が初めて生まれる。
 しかし、わたしは知っている。
 それが不可能な事で、願望に終わるだけのものでしかない事を。
 事実、わたしの肉体に充実感は生まれて来なかった。
 そして、早くも何時、訪れるかも知れないわたしの身体の奥に潜んだ悪魔が顔を覗かせてわたしを恐怖の淵へと突き落とす。
 わたしの心はたちまち、空気の抜けたゴム人形の様に萎(しぼ)んでゆく。
 女はだが、わたしから唇を離すと首筋に腕を絡めたままわたしを見詰めて、
「今夜は泊まって貰えますかぁ」
 と聞く。
 わたしを誘う姿勢が身体全体に露わになっている。 
 わたしの心はそれで揺らぐ事はない。
 過去に幾度も経験している事だ。
 女達の使う常套手段・・・・しな垂れかかる媚態と甘え。
 総ては営業の上に成り立つ偽装行為なのだ。
 そして楽屋へ帰った女達は言うだろう。
「助平な奴ったらありやしない !」 
 わたしに取っては総てがお見通しの上の戯れ事にしか過ぎなかった。
 根底に於いてわたしは女達を信用していない。
 一夜のうちに気分を変える女達をわたしは数多く見て来ている。
 女達への不信はわたしの意識の中では拭い難いものになっていた。ーー女達は別の世界に住んでいる。
 或いはこれもまた、わたしの妻がわたしの心に植え付けたものなのかも知れなかった。
 妻とわたしとの間には、生涯にわたって踏み越え難い溝がある。
 妻の驕慢がわたしという人間を妻の伴侶にさせて、わたしの心の卑しさが妻の驕慢を形作った彼女の父親の財力にわたしを諂(へつら)わせ、妻に追従させたのだった。。
   この国がまだ貧しかった頃、長野県の雪深い片田舎の小さな農家で五人兄妹の四番目に生まれたわたしには、豊かさと便利さへの抜き難い憧れがあった。
 ーー今、北のこの小さな漁港街の怪しげな店の奇妙な部屋で、父親以上に歳 の離れたわたしを誘う年若い女には一体、どの様な事情があるのだろう ?
 遊ぶ金が欲しいだけなのか ?
 或いは、何かの事情で金が必要なのか ?
 それとも、こういう仕事が好きなだけなのか ?
 何れにしても、わたしにはどうでもいい事であったが、若い女の素直さには好感が持てた。
 それに元々、わたしには今更望むものなど何も無い。少しの酒に心の鍵を解かれた気紛れ半分による遊びでしか無い。
 それでわたしは女の素直さに応える様に、
「君はどっちが良いの ?」
 と聞く。
 女は悪びれる様子も無かった。
「それはぁ、泊まって貰った方がいいですよぉ。営業の成績が上がりますからあぁ」
 と言う。
「じゃあ、泊まっていく事にしよう」
 わたしは言って、すぐに一つの思いに捉われる。
 明日の仕事に支障は無いのか ?
 ホテルのフロントでは、わたしの朝帰りをなんと思うだろう ?
 だが、それらの事は別段、気にする必要も無い様だった。
 開店初日のセールは混雑するだろうから、午後になっても構わない。
 フロントでは、わたしの朝帰りを何んと思おうと勝手に思えばいい。
 迷いはすぐに払拭された。
「有難う御座いますぅ」
 女は今度もまた、素直な喜びを身体全体で表して殊勝に頭を下げた。
 女は続けて言った。
「お金はぁ前金で戴く事になってるんですけどぉ、構わないですかぁ」
 わたしに取っては不都合のある筈もない金額だった。
「うん、構わないよ」
 上着の内ポケットを探り、財布を取り出して一万円札を抜き取り、五万円を女に渡す。
「有難う御座いますぅ」
 女は丁寧に頭を下げて両手で受け取った。
「じゃあ、ちょっと待ってて貰えますかぁ。会計の方へ連絡しますからぁ」
 女は立ち上がるとまた、カーテンの向こうへ消えて行った。
「深紅の部屋ぁ、通しでお願いますぅ」
 女の室内電話をする声が聞こえた。
 女はすぐに戻って来た。
 その夜、わたしと女は一つのベッドで過ごした。
 女はすぐにわたしの衣服を脱がせに掛かり、裸の身体に触れて来た。
 わたしは女の裸体を抱き締める。
 その柔らかい感触がわたしを過去の記憶へと誘う乳房や腹部を自分の身体に押し当てる。
 女は自ら求めて裸の身体をわたしに押し着け、その唇でわたしの唇を塞いで來る。
 それをこじ開け二つの口腔を一つにする。
 わたしは女の行為に任せて為すがままでいる。




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               takeziisan様


                コメント 有難う御座いました
               今回 記事を拝見していまして 奥様 入院との事
               御心労 お察し申し上げます
               人間 生きている限りは何時かはこういう時が来る
               それは承知の上の事でも寂しいものです 
               御無事の退院 心よりお祈り致します 
               また ブログのお仲間の死 という事で つくづく老齢を生きる境遇を
               意識せずにはいられません 死の季節を生きる
               そんな年代になってしまいました
               どうぞブログの方も一位をお続けになる実力に敬服しながらも
               その順位に拘る事無く これからも楽しい記事をお書き下さる事を願っております          
                何時かは訪れる人の死 生きるも死ぬも人間 最後は独り
               そう自覚して生きてゆくより仕方がないようです
                拙文をコピーして戴いたの事 一位のブログへのコピー 感謝申し上げます
                映画「黄昏」以前にも書いたと思いますがやはり
               もう一度観たい映画です 記事にもあります様に
               フォンダ父娘の共演 それに名女優 キャサリン ヘップバーン
               懐かしいですね
                謄写版 これもまた懐かしい !
               よく原稿を書きました 刷りもしました
               あの黒い文字が眼に浮かびます それにしても   
               当時 ドイツ語 ? 片田舎と御謙遜ですがいろいろこれまでも記事を拝見して来まして
               わたくしなどの居た地方より はるか進んだ環境にあったように思われます
               東京から汽車で僅か二時間足らずの地方の海辺の村に居たのですが
               いろいろ拝見していますと遅れを感じます 
               それでも あの地方で過ごした少年時代は良い思い出に溢れています
               いろいろ 有難う御座いました
               どうぞ 奥様の御看護と共に御自身の体調にもお気を付け下さい
               一日も早い 奥様の御快癒とお二方の共に過ごす日常の戻りを
               陰ながら願っております
                何事に付けても 自身の残り少ない日々を思うと哀しみの感情は
               他人事であっても沢山だという気がします
                有難う御座いました