短編ストーリー 雪ん子 雪子(2018.1.29日作)
"五人兄妹の末っ子でね 雪の降る夜に生まれたんで
雪子って名前を付けたんだけど
わたし等は 雪ん子 雪ん子って 呼んでいたんだよ
それこそ 雪のように色が白くて 可愛い子でね
だけど 六歳の時に 死んでしまったんだ
その時も ちょうど雪が降っててね わたしと父ちゃん と
四人の兄姉とで 暗い行燈(あんどん)の灯の下(もと)で
見守っていたんだよ 今日か明日の命だって 言われたもんでね
それで 夜も八時を過ぎた頃になって 急にに雪ん子が
今までつぶっていた眼を開けてね
かあちゃん 今夜は大雪だね って 言ったんだ だから わたしは
ああ 外は大雪だ って 答えたんだ
すると 雪ん子は
ほら かあちゃん あの大雪ん中 白い馬車がこっちさ来るよ 見て 見て
って 言ったんだ
白い馬車 ?
わたしは訳が分からなくて 聞き返したんだ
すると 雪ん子は
うん 真っ白 白の馬車が走って来るよ って
はっきりした眼で わたしを見て また言ったんだ
だけど 囲炉裏に火が燃えてる家(え)の中に 白い馬車など
やって来るはずもねえし そんなものは 何処にも見えねえんだけど
わたしは ああ 雪ん子は 熱に浮かされて うわ言を言ってるんだなと思って
そうだなあ 立派な馬車だなあ って 相槌を打ったんだ
そうすっと 雪ん子はね
ああ 馬車が止まったね ほら御者のおじさんが 来い 来い って
手を振ってるよ わたし あの 真っ白 白の馬車に乗ってみたいなあ
わたし 走っていって あの馬車に乗せてもらっていい ? って
言うんだ だから わたしは雪ん子は゛喜ばせてやりてえと思ってね
ああ いいよ 行って乗せて貰いな って 言ったんだ したら雪ん子はね
じゃあ わたし 走っていってあの 真っ白 白の馬車に乗せてもらって来るね
って もう一度 はっきりした眼でわたしを見て言ったんだ それから
バイバイって言うもんだから わたしも バイバイ って言ったんだ
それで雪ん子は すっかり安心したように眼をつぶってね
結局 それが最期だったんだよ
最期の別れの言葉だったんだよ 雪ん子は そのまま 息を引き取ったんだ
まるで雪にとけるように白い顔をしてね,,
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九十歳を超えた患者さんだった
わたし達はその患者さんの病状が眼を離せない状態だったので
息を詰め見守っていた 八月 夏の蒸し暑い夜で 午前零時を過ぎていた
おばあちゃんは そんな話をしたあと 一息入れるようにしばらく
眼をつぶっていたが 急に何かを思い出したように
今夜もまた 大雪だなあ あんた達 それで寒くねえのかい ? と
わたし達を見て言った
わたし達は おばあちゃんの思わぬ言葉に戸惑ったが たぶん おばあちゃんは
朦朧とした意識の中で 今 自分が話していた 遠い昔の記憶の中に
帰っているのだと思い おばあちゃんの言葉に合わせて
ええ 大丈夫よ ストーブの火が暖かいから
と言った おばあちゃんはその言葉に安心したように
そうかい と言うと続けて
あんた達にも えらい世話になったねえ と言って
わたし達の一人一人に眼を向けた
ううん いいのよ わたし達は おばあちゃんが
一日も早く元気になってくれれば
それが一番 嬉しいんだから と言った
そうかい 有り難うよ と おばあちゃんは嬉しそうに言ってから ふと
何処か遠いところを見るようにして
ほら 雪ん子が今 白い馬車に乗って 向こうからやって来るよ ほら
あんなに元気な顔をして ほら 一生懸命に馬車を走らせて来るよ
あんた達も見てやってや 色の白い きれいな子だろう
と言った
わたし達はおばあちゃんの思わぬ言葉にびっくりした
それでもわたし達はおばあちゃん
の言葉に合わせて
そうね 色の白い きれいなお子さんね と相槌を打った
おばあちゃんはその言葉を聞いて 安心したらしく
さらに嬉しそうな微笑を見せて
ほら あんなに手を振って わたしを呼んでいるよ 来い 来い って
わたし達は息を呑んだ さっき おばあちゃんが言っていた言葉が
瞬時に甦った
わたし達は慌てて
でも おばあちゃん 行っちゃ駄目 行っちゃ駄目よ
と言った
おばあちゃんは その言葉を聞いて不満そうだった
あんでだね あんなに雪ん子が わたしを呼んでるんだよ 来い 来いって
と 言った
でも 駄目なの 行っちゃ駄目
わたし達は必死になっておばあちゃんをなだめようとした
おばあちゃんは だが なお 不満そうだった
ほら 早く行って 雪ん子ば 安心させてやんねえと
あんなに 来い 来い って言ってるのに
と言って 急に体を起こそうとした
わたし達はおばあちゃんの思わぬ行動に狼狽した
おばあちゃんを押さえるようにして
でも おばあちゃん 行っちゃ駄目 行っちゃ駄目よ !
と強い口調で言った
おばあちゃんは それでもなお 聞く耳を持たず
力のない体で起き上がろうとしながら
あんでだね あんなに雪ん子が 来い 来い って 手を振って呼んでるんだよ
と 不満そうに言った
でも 駄目なの 行っちゃ駄目なの
わたし達はなお おばあちゃんの体を押さえたまま
言い含めるように言った が おばあちゃんは
おお ずいぶん 雪が降ってるよ ほら あの大雪ん中
雪ん子は寒くて大変だろうによう
さあさあ 早く行ってやんねえと
そう言ってまた 体を起こそうとしたが その時にはもう
おばあちゃんにはそれだけの体力はなかった ただ 空間に手を延ばしたまま
何かを掴もうとするかのように 動かすだけだった
わたし達は そのおばあちゃんの手を握り締めた おばあちゃんは
わたし達が握り締めた手の中でなお 何かを掴もうとするかのように
動かし続けながら わたし達が握った手の感触を
雪ん子ちゃんの手の感触と錯覚したのかも知れなかった ふと
嬉しそうな顔をするとおばあちゃんは
おお 雪ん子かい 迎えに来てくれたのかい おお この雪ん中
寒くて 寒くてえらかっただろうによう さあさ
この真っ白 白の馬車さ乗って 早く家さけえって
囲炉裏の火でぬくもろうな
そう言って また体を起こそうとしたが その瞬間だった
おばあちゃんの体から急に力が抜けて おばあちゃんは そのまま亡くなった
すぐに主治医が駆け付け おばあちゃんの瞳に光を当てて瞳孔を調べた
ご臨終です と主治医は言った
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わたし達はすぐにおばあちゃんの清拭にかかった
わたし達がおばあちゃんの頭を動かした時 枕の下から
一枚の黄色くなった古い紙切れが出て来た
そこには鉛筆で小さな文字が書かれていた
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雪子よ おまえ 雪ん子よ
チラチラ 雪の降る夜に
おまえは 雪にとけるよに
白い顔して 死んでった
あれから四年 過ぎたけど
今でも 雪の降るたびに
おまえの事を 思い出す
今夜一夜も 積もるだろ
雪子よ おまえ 雪ん子よ
チラチラ 雪の降る夜に
おまえは 雪の天国へ
そっと一人で 旅立った
真っ白しろの 馬車が来て
わたしはそれに 乗りますと
おまえは言って 安らかに
まぶた合わせて 息たえた
雪子よ おまえ 雪ん子よ
チラチラ 雪の降る夜に
おまえは 雪にとけるよに
白い顔して 死んでった