遺す言葉

つぶやき日記

遺す言葉(529) 小説 <青い館>の女(18) 他 忘れてならないもの

2024-12-22 12:06:28 | 小説
           忘れてならないもの(2024.12.6日作)
     
                    (今年は今回を持って終わりにします
                    スタッフの皆様には大変お世話になりました
                    有難う御座いました
                    また 駄文にお眼をお通しした抱いた方々には改めて御礼申し上げます
                    有難う御座いました
                     なお 来年は一月十二日より掲載の予定です
                    宜しくお願い致します)


 
 命の終わり 死は
 常に身近 傍にある
 其処にも 此処にも
 一寸 一歩先は誰にも分からない
 今この時は 永遠ではない
 常に変わりゆく今この時
 人に出来る事は 只今現在
 今を生きる 生きる事
 それでも人の命は日々 時々刻々
 失われて逝く
 失われ逝く人の命
 朝に生まれて 夕には沈む太陽
 沈む太陽 夕陽が今日も
 遠く彼方 山の端 海の向こう ビルの谷間へ
 消えて逝く
 沈む太陽 夕陽を見詰める
 日々の幸せ
 人が人としての命を全うする
 この貴重さ 尊さ 人が決して
 忘れてはならないもの




             ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




              <青い館>の女(18)




 
 わたしは近付いて来たタクシーのドアが開くと座席に身体を埋めて眼を閉じた。
 タクシーがゆっくりと動き出した。
 瞬間、まるで奈落の底へでも突き落とされて行く様な奇妙な感覚に捉われた。
 底知れず沈んでゆく重い気分の中でわたしはホテルへ帰ったらゆっくりと眠りたいとだけ考えていた。


               3


 東京へ帰った翌日、わたしは早速、本社の会長室で息子に会い、北の街に於ける新店舗の営業状況を報告した。
 日々、忙しい中でも各地の支店から送られて来る営業報告書に眼を通している息子は、当然の事ながら北の街での営業状態も把握していて、予想以上の数字が送られて来る事に満足していた。
「あの店長は、あの辺では遣り手で通ってるらしいけど、それにしても良く遣ってると思うよ」
 息子は言った。
「お前、聞いてなかったか ? 中古の車で好い商売が出来るんじゃないかって、店長は言ってた」
 わたしの気持ちの中ではまだ、手を染めた事のない分野への進出に決断出来ない気持ちもあって息子に聞いてみた。
「うん、聞いてる。ロシアの船員相手に好い商売が出来るんじゃないかって。だけど、この方面は全くの素人だし、すぐにどうこうっていう訳にはゆかないと思うんだ」
 息子も流石に今の時点でおいそれとは決断出来ない様子だった。
「まあ、遣るとなれば何処か、これまでの実績のある所と組んだ方が無難じゃないのかなあ」
 わたしは言った。
「店長も、今すぐにって言ってる訳ではないんでしょう」
「うん、考えて置いてくれとは言ってたが」
「俺もこの前会った時言われて、考えてみるとは言って置いたんだ」
「部品から入ってみるっていう手もあるんじゃないのか ? 電気製品は良く売れる様だし、車でも商売になればこれに越した事はないからなあ」
「一応、関係者には当たってみようとは考えてるんだ」
「それはそうと松田農産販売は切ったんだって ?」
 妻の口から聞いた事を息子に聞いてみた。
「うん、どうしてもひと月決済にしろって言うんで、代わりにその分の値引きが出来るかって聞いたら、それも無理だって言うんで、じゃあ、止めようって言ったんだ」
「それで品揃えは大丈夫か ?」
「うん、大田市場でなんとか揃えられるよ」
「産地直送の看板は外さなければならないだろう」
「それは大丈夫だよ。他にも産直の仕入れ先が無い訳ではないし、地方は地方でそれなりに遣っているので心配ないよ」
「仕入れ部長はなんて言ってる ?」
「中園は大丈夫だって言ってる」
 結局、わたしは中古車販売の事も松田農産販売の事も息子の決断に委ねた。
 息子は何れ、適切な判断を下すだろう。
 商才に掛けては息子は祖父に似て、わたしより上だというのが専らの評判だった。
 祖父似という点に不快感を抱いてもわたしは、その評判に悪い気はしなかった。
 彼の能力が築く世界が明るいものであろうと想像出来る事は、父親としてのわたしに取って悪かろうはずがない。
 幸い、彼の家庭も旨くいっている。
 結婚と同時にわたしと妻の居る谷中の家を出て、築地にマンションを購入した息子夫婦は現在、七歳の男の子と三歳の女の子の四人で暮らしている。
 息子の細君は聡明で性格も明るく、素直な女性だった。
 何かと矜持の高いわたしの妻とも旨く折り合っていて、わたしが今、心を煩わせなければならない事は何も無かった。
 わたしの肉体がもたらす死の不安と恐怖、それに絡んで来る心の中の空虚な感覚。
 わたしの心を覆う暗鬱は総てわたしの心自体が生み出す問題だった。
 今のわたしはただ、そんな世界を生きてゆくより他に出来ない。
 わたしが三度目に北の街を訪れたのは、ほぼ二カ月が過ぎてからだった。
 北の街の新店舗では総てが順調で、何も変わりはなかった。
 中古車販売の件での目立った進展はなかったが、それはそれで仕方が無かった。
 新規に事業を始めるとなるとおいそれという訳にはゆかない。
 店長もそれは承知の上の事で、殊更、何か言って来る事も無かった。
 無論、わたしの訪問は通常の日程に沿っての行動だった。
 それでも今回は特別な行事も無くて、東北地区から足を延ばしてその日のうちに東京へ帰る事も可能だったが、無論、そんな日程は組まなかった。
 東北地区の視察を済ませた後、午後遅くに北の街に入って海岸ホテルに部屋を取り、店には翌日顔を出す。
 当然の事ながら、わたしの頭の中には加奈子への思いがあった。
 ホテルに入ると午前一時過ぎに加奈子の携帯へ電話を入れた。
 或いは、この時間でも加奈子に「通し」の仕事があった場合は電話に出られないであろう事は分かっていた。
 それでもこんな時間以外には電話の出来る時間が無かったのだ。
 加奈子は、店での仕事中は出られないので、午後二時頃から五時頃の間に電話して貰えますかぁ、と言った。
 夜遅く仕事から帰った後、「午前中はほとんど寝ているので電話があっても分からないからぁ」
 わたしはその時には「うん、分かった」と言ったが、実はこの時間帯はわたしに取っては最も忙しい時間帯だった。
 店内視察を済ませた後、店長や川本部長との話し合いを持たなければならならなかった。 
 その話し合いにどれだけの時間を取られるのかも、その場になってみないと分からない事だった。
 それに気付いてわたしは危惧しながらも真夜中の電話をしたのだったが、加奈子は長い呼び出しの後、電話に出た。
「はい、佐々木です」
 加奈子は言った。
 こんな深夜の電話に対する明らかな不機嫌さの感じ取れる口調だった。
「御免、三城だよ」
 わたしは加奈子の不機嫌さをなだめる様に穏やかな声で素直に謝った。
 無論、三城は加奈子に伝えた偽名だった。
「ああ、三城さん・・・」
 加奈子は途端に声を和ませて言った。
「なんですかぁ、こんな時間にぃ」
 加奈子は言った。
「今、何処 ? 家に帰ってるの ?」
 わたしは言った。
「ええ、帰ってますよぉ」
 加奈子は言った。
「通しの仕事じゃないかと思って心配した」
 安堵感を滲ませた声でわたしは言った。
「今夜は暇だったんですはよぉ、それでぇ早く帰って来てぇ」
 加奈子は言った。
「さっきはなんだか、機嫌が悪そうな声だったので心配した」
 言わずもがなの冗談をわたしは口にしていた。
「こんな真夜中に誰かと思ってぇ」
 加奈子は言った。
 何故かくぐもった様な声の、何処かに歯切れの悪さを感じさせる言い方だった。
 そんな加奈子の普段とは異なる一面に思い掛けなく触れた気がしてわたしは戸惑った。
 それでもすぐに気分を立て直して、
「明日、約束出来るかなあ」
 と聞いた。
「明日ですかぁ、いいですよぉ。お店を休みますからぁ」
 加奈子は躊躇う様子も見せずに何時もの明るさを見せて言った。

   


             ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




               takeziisan様



                今年一年 有難う御座いました
               楽しい記事 何時も駄文にお眼をお通し戴く事
               改めて御礼申し上げます
                今年は今回で一応終了になります
               有難う御座いました
                「雪の降る町」の季節ですね
               速いものです
               年々 月日は加速度を増し足早に過ぎて行きます
               あっという間の一年でした
               「小さな日記」 
               実はこの曲 知りませんでした
               それを何時も聞いている唯一の歌番組「BS ニッポン 心のうた」
                 で聞いて初めて知りました 
               良い歌だなと思い パソコンで調べてもみました
               あの時代の歌は余り知らないのですが フォレスタが歌ういろいろな曲の中で
               時々 良さに気付かされる事があります
               何よりも 混声合唱団のフォレスタの皆さんがしっかりと基礎を身に付けていて
               正確に曲を表現してくれますので 歌の良さが直に伝わって来ます 
               記事で「小さな日記」の文字を拝見して何故か嬉しくなりました           
                今年 納めの川柳の数々 読む方々の心意気が伝わって来て
               何時 拝見しても楽しいものです
                ジャム 総て手造り この贅沢さ 羨ましい限りです
               でも 食べ過ぎて糖分過剰になりません様に
                いろいろ 有難う御座いました
               来年は二週目から始める心算で居ます
               どうぞ 良いお年をお迎え下さいませ
               



 




































  
 
 






遺す言葉(528) 小説 <青い館>の女(17) 他 神 及び 運命

2024-12-15 11:39:39 | 小説
             神 及び 運命(2024.12.10日作)



 
 神とは 人の心の中にあるもの
 人の哀しみ 苦悩を癒し 救う存在
 人 それぞれの心の中こそが
 神の住む場所
 宗教 宗派に基ずく神など
 宣伝の為の神でしかない
 人がこの世に存在する数だけ
 神は存在し得る 眼には見えない存在
 豪華絢爛 飾り立てたりなどしない
 草生(む)す道端 そこに置かれた
 何気ない一つの石にさえ
 その石が人の手で置かれたものである限り
 神は其処にも存在する

 
 人にはそれぞれ
 持って生まれた運命がある
 人はその
 持って生まれた運命に翻弄されながら
 この世を生きている
 どの様な恵まれない運命を生きる人であれ
 その運命を誠実に生きている限り 他者は誰も
 その人を笑う事は出来ない また
 許される事ではない




             ーーーーーーーーーーーーーーーーー




              <青い館>の女(17)





「此処ではなんとなく落ち着かないんだ。まるで、こそこそ悪い事をしている様な気分になって来る。だから、今度からは別の場所で会う様にしてくれないか。わたしの方で電話をするから」
 わたしは加奈子の不安を解く様に穏やかな口調で言った。
 加奈子はそれでもまだ不安気な様子で、戸惑いと困惑の入り混じった顔で、
「でもぉ、お仕事でしているだけの事だしぃ」
 と呟く様に言った。
 わたしへの優しさも所詮は仕事の上での事で、心底から気を許している訳では無いのだ、と言っている様にも受け取れた。
 わたしはそんな加奈子の気持ちへの理解をしながらも、そこに批難の色合いの含まれていない事を読み取ると更に言葉を重ねていた。
「それは勿論、外でも仕事の心算で会ってくれればいいんだ。当然、それだけのものは払うし、そうすれば店へ払う分も含めて全部、君のものになるだろう。君に迷惑を掛ける様な事はしないから心配しなくていいよ」
 加奈子はそれで漸く、僅かながらも心を開いた様子だった。
「お店に払う分もくれるんですかぁ」
 と聞いて来た。
「そう」
 と言ってからわたしは、
「君たちはこの部屋へ来る五万円の中から幾らぐらい貰えるの ?」
 と聞いた。
 加奈子は躊躇う気配を見せたが、すぐに何時もの素直な加奈子に戻って、
「ひと月の成績でお給料が決まるからぁ、幾らっていう事は無いんですけどぉ」
 と言った。
「でも、衣装代や何かは引かれるんじゃないの ?」
 日頃の経験からわたしは、踏み込んだ質問をしていた。
「ええ、それは有るけどぉ」
 加奈子は言った。
「もし、外で会ってくれるんなら、店に払う分と一緒にもう少し上げてもいいよ。月に一度ぐらいになるかも知れないけど、来る時には電話をするから」
 加奈子の揺れている様に見える気持ちに重ねてわたしは言った。
 加奈子はそれで興味を持ったらしかった。
「幾らぐらい呉れるんですかぁ」
 と聞いて来た。
「十万円ではどうだろう ?」
 わたしは直截に言った。
「一回、十万円ですかぁ」
 予想外の金額だったらしく、加奈子は微かな驚きの表情を見せた。
「そう、十万円」
 わたしは言った。
 加奈子の驚く表情を見てもわたしの気持ちに迷いの生まれる事はなかった。
 その金額が安いのか高いのかは、わたしには分からなかった。
<サロン・青い館>で会ってもこの部屋へ来るだけで既に六万円を使っている。
 その事を考えればさして違いはない様に思えた。
 何れにしても、それが無駄金である事に違いは無くて、その金額を提示する事でかえってわたしの気持ちの中では鬱屈した思いが払拭される様な気がした。
「それでぇ、今までと同じ様にしていていいんですかぁ」
 加奈子は初めて興味を持った様に聞いて来た。
「勿論、同じでいい。だけど、前にも言った様にわたしは体調が思わしくないんで、なかなか思い通りにはゆかない。その事だけは承知をして置いて貰いたいんだ」
「そんな事、構わないけどぉ、それでぇ、こっちへ来た時には電話をしてくれるんですかぁ」
「もし、君が承知をしてくれさえすれば、電話をするよ。電話番号を教えて置いてくれれば」
「じゃあ、わたしの携帯の番号を書いて置くのでぇ、そこへ電話をして貰えますかぁ」
 加奈子は初めて乗り気な姿勢を見せて言った。
「うん、君の都合の好い様にすればいい。何時頃に掛ければいいのかも書いて」 
 わたしは言った。
「はい」
 何故わたしはその時、一人の若い女性の気持ちを引き付け得た喜びよりも、底が抜けてしまった様な深い空虚な思いを胸の奥に感じて居たのだろう。
 もう、わたしは、不思議な優しさでわたしの心を満たす一人の若い女に会う為に、いちいち夜の街にたむろする呼び込みの男達の冷笑的な視線を浴びる必要も無い。
 電話一本で何時でも好きな時に会えるのだ。
 それでいて、わたしの心の中に喜びの感情は湧いて来なかった。
 奇妙にも、人生にはぐれてしまった様な寂寥感だけがわたしの心を覆っていた。
 いったい、俺は何処へ行こうと言うのか ?
 こんな気持ちに陥るのは、加奈子の若さの所為(せい)だろうか ?
 これまでの数多くの女性関係の中でも初めて経験する感情だった。
 今のわたしに取ってはだが、何がどうであれ、そうする事でしか自分の気持ちを納得させる事が出来ないのもまた、事実だった。
 何も、深く考える必要は無い。
 気持ちの赴くままに生きればいいのだ。
 もう、残された時間は少ない。
 殊更、わたしが係わらなければならない仕事も無い。
 その夜、わたしは加奈子が小さな紙片に書いた携帯電話の番号と引き換えに五万円を渡した。
「これは、君が何時も親切にしてくれるお礼だ」
 加奈子はわたしの思い掛けない行動にも、今度は躊躇いを見せなかった。
「有難う御座いますぅ」
 と、丁寧に頭を下げて言った。

 再び、加奈子に送られて出た街並みは、夜明けの時刻にも係わらずまだ暗かった。




             ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




               iakeziisan様


                寒くなって来ました
               冬の散歩 大変だと思います
               でも 二人揃っての歩き こんな幸せは無いと思います
               どうぞ 今の時を大切にして下さい
               奥様 それ程の影響は無いとの事 何よりです
               くれぐれも御大事にして下さい
                自然の景色は何時見てもいいものです 心が洗われます
               ですからテレビ等も他の番組はニュースを除いて
               余り見ないのですが自然を映した番組 地方の何気ない日常を描いた番組などは
               選んで見ています
                人々や自然の中の何気ない風景の中に宿る美しさ 尊さ  
               決して華やかなものでは無いのですが
               此処に人が生きるという事の本当の美しさが含まれていると思います
               造ったものでは無い美しさ 自然にしても人間生活にしても
               貴重なものだと思います
                ブログを拝見していて いろいろ考えさせられました 
               有難う御座いました
                川柳 入選作だけに そうだ そうだ 頷き 笑わせられます
               世界中の愚かな指導者達への皮肉も拝見してみたいものです      
                有難う御座いました







































 
 

遺す言葉(527) 小説 <青い館>の女(16) 他 尊敬

2024-12-08 11:55:27 | 小説
             
            尊敬(2024.11.2日作)



  
 人間を地位 名称 経歴で評価しない方がいい
 高い地位 著名な人 その者達が隠れた場所
 他者の眼の触れ得ぬ場所で悪事を重ね
 人を傷める(殺傷)事など よくある事だ
 人間に於ける正当 真の評価は
 各人 それぞれが その持ち場に於いて
 人が人として 如何に正しく 真摯に その道
 その本道を全うし得たかによって 
 評価されるべきもの
 職業 職種 経歴 名声 一切関係ない
 その道 その場に於ける本道 その道を誠実
 真摯に生きた人 その人こそが真に賞賛
 尊敬に値し得る人 と言える
 空虚なもの 地位 名声 経歴 それらに
 惑わされるな 他者の眼に触れ得ない
 人に隠れた場所で 
 人が人として果たすべき役割り
 その務めをしっかりと担い 果たし得た人
 その人こそが真に優れた人であり 賞賛され
 尊敬されて然るべき人と言い得る
 その人こそが真に立派な人




              ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




               <青い館>の女(16)




 
 彼女に近付こうとする男達はなお絶えなかった。
 彼女に取っては、例え、それが社会人であったにしても、そんな男達の存在は学生時代から知り尽くしていた。今更、心を動かされる事もなくて、依然として強烈な個性の下、男達を近付け様ともしなかった。
 この頃の彼女は、既に男達を弄(もてあそ)ぶ事にも飽きたかの様に極めて親しい四、五人の女友達としか出歩く事が無くなっていた。
 わたしは今、思う。彼女がわたしを夫に選んだのは、わたしが何時も彼女の手の届く距離に居て、彼女の誇りを微塵も傷付ける事なく意のままに従っていたせいではないか、と。 
 確かにわたしのスキーの技術は彼女を魅了したかも知れなかった。
 しかし、それはわたし達の出会いの場では意味を持ったかも知れなかったが、それだけで彼女がわたしを生涯の伴侶として選んだとは思えなかった。
 何事にも厳しい態度で臨む彼女が、一時的な甘い感情に動かされるなどとは考えられなかった。
 恐らく彼女は、数多くいる彼女に近付こうとする男達の中から誰を選ぶにしても、自ら進んで心の裡を明かす事など屈辱以外の何ものでもない、と考えていたに違いない。
 その点、わたしなら、手軽な御用達的存在として重宝に思ったに違いない。
 彼女のブライドも傷付けられずに済む。
 わたし達はそうして、わたしの入社から六年目に結婚した。
 無論、彼女の口から出た事だった。
 現在、長男の孝臣は三十二歳になっている。
 わたしは初め、" その事"への妻の冷淡さに気付かなかった。
 女はみんなそんなものかと思っていた。
 怪しげな店へは何度も足を運んでいても、妻との経験がわたしに取っては初めての女性経験だった。
 結局、彼女は夫婦間に於いてもその強烈な矜持を解放する事が出来なかった。
 妻に取っては敗北とも言える姿態をわたしの前に晒す事が出来なかったのだ。
 何時でも妻は醒めた眼差しだけをわたしに向けていて、わたしだけが独り芝居を演じていた。
 息子が生まれるとその一人芝居にも幕が下ろされた。
 わたしはもう、お払い箱になっていた。
  初孫が男の子であった事への義父の信じられない様な喜びと共に、妻は極端にわたしを遠ざける様になっていた。
 わたしが求めるその度に不機嫌な妻の顔がわたしの眼の前にあった。
 わたしの外での行動がそうして頻度を増していった。
 わたしは妻に抱く不満の中で、その復讐でもあるかの様に殊更、わたしの行動を妻の前で匂わせた。
 馴染の芸者や、銀座の高級クラブ、バーのホステスなどの名刺や名前の入った贈り物などをわざと妻の眼に付く場所に置いたりした。
 妻はだが、そんなわたしの行動にも嫉妬という感情を知らないかの様に、決して心を乱す事が無かった。
 かつて彼女に近付こうとした男達に向けるのと同じ視線をわたしに向けるだけで、
「お客様が見えたらみっともないから、こんな物は自分の部屋へ仕舞ってた置いて頂戴」
 と、剣呑な口調で言うだけだった。
 恐らく妻はその時、明確に理解していたのだ。
 わたしがどれだけ外で遊んでいても、結局、妻に離婚を突き付ける事はないであろうと。
 事実、わたしの思いのうちには妻との離婚という考えは全く浮かんで来なかった。
 むしろ、彼女の前に自分の遊びを誇示しながらも、心の何処かでは離婚を怖れていたと言えるかも知れなかった。
 妻と別れてしまえば、会社に残る事も出来なくなるのではないか。
 会社では社長の娘婿という立場で、かなり優遇されていた。
 義父が持つワンマン的性格から、その経営に口を挟む事は出来なかったが、経歴の割には早くして営業本部長に引き上げられ、将来的には社長に、と誰もが見ていた。
 事実、わたしの意識の中にもそんな思いはあって、それだからこそ、不満の多いこんな生活にも耐えられるのだ、という気がしていた。
 無論、営業部長という地位から得られる高い報酬もその生活に執着させていた。
 当時、既に役員に就任していた妻の報酬と合わせると、わたしの多少の遊びも苦にならない程のものが約束されていた。
 決して豊かとは言えなかった生活の体験を持つわたしには、妻との多少の亀裂には眼をつぶっても、その生活を維持したいという思いが強かった。
 妻はそんなわたしの心の中などは疾うに見透かしていた。
 彼女から離婚を言い出さなかったのも、結局はわたしが、彼女の手の内で踊っている存在にしか過ぎないと見抜いていたからに他ならなかった
 わたしは妻に取っては、何時まで経ってもかつての彼女の取り巻き達の一人にしか過ぎなかった。
 わたし達が結婚する時、彼女の父はわたしの家の貧しさと家柄の違いを盾に反対した。
 妻はそれでも敢えてわたしの真面目さを強調して、彼女に言い寄る数多くの男達の中からわたしを選んでいた。
 わたしが何時まで経っても彼女のしもべであり続ける事を彼女はその時、早くも見抜いていたのだ。
 事実、わたしは現在までそんなしもべと言い得る立場に甘んじて来た。
 しかし、そんなしもべの役も牧元家の跡継ぎが出来てしまえばもう、終わりだった。
 牧本家の跡継ぎの息子は、仕事に掛けてはわたし以上の遣りてで通っている。
 その上、わたしは既に、快癒の見込みの無い病と共に人生の境界線をも眼の前にしている。
 心に浮かんで来るのは深い虚無の思いだけだった。
 彼方に見えて来るものは何も無い。
 絶望の深い淵が黒々と口を開けているのが見えて来る。 
 希望の光りは何処にも無い。
 そして今、北の小さな漁港街の如何わしい店の年若い女の何気ない言葉に心動かされている。
 その女に愛しさを覚える。
 この女との時間が何時までも続けばいいと考える。
 わたしは女に言う。
「今度からは、此処ではなくて別の場所で会える様にしてくれないかね」
 ベッドの上で毛布に包まり、わたしの手で小さな乳房を愛撫されていた加奈子の顔に一瞬、恐怖にも似た色が走った。
「別の場所って ?」
 加奈子は息を呑んだ様な気配と共に恐る恐る聞いて来た。
 わたしを見詰める眼に明らかに警戒の色が浮かんでいた。




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                takeziisan様    

      
                 お忙しい中 お眼をお通し戴き有難う御座います
                この地方もようやく冬らしい寒さになって来ました
                それでもやはり紅葉の美しさは見られません
                我が家の木々も紅葉は無く黄葉のまま散ってしまいました             
                何れにしても身体的には楽な冬です
                 シャコバサボテン見事です
                でも 何故 マンボ ?
                心の裡のなんとはない踊りだしたい気持ち ?
                理解出来る気もします
                 ピラカンサ サザンカ そんな季節ですね
                赤が眼に染みます 
                 ハクサイ 自家製梅酒 この贅沢 羨ましいです
                わたくしなどはもっぱら安物ウイスキーです              
                 それにしても鳥の胃袋 どうなっているのでしょう
                大きな獲物をまる飲み 人間ならひとたまりもありません
                野生に生きるものの強さでしょうか
                 スイミング終わり 歩く事に頼るのみ ?
                でも 身体は動かさないとーー
                 川柳のちょっと斜に構えた視点 何時読んでも楽しいです
                三ケ日ミカン 我が家にも今は物が入って空箱があります
                  有難う御座いました


















































遺す言葉(526) 小説 <青い館>の女(15) 他 人生の時

2024-12-01 11:22:57 | 小説
             人生の時(2024.9.12日作)



 
 人生の時は短い
 時間は夢の如くに過ぎて逝く
 八十六年余の歳月を生きて来て
 残された時間は今 僅か
 心に映る人の世の景色は総てが
 暗い色彩 死の影の下に 
 浮かび上がる
 輝く太陽 青春の時は
 遥か彼方 遠く過ぎ去り 
 思い出 郷愁のみが色濃く
 日常の時を彩る 


 
 老齢の人達が歳と共に信心深くなるのは
 死という逃れ得ない現実が日毎 年毎
 より身近に 自身の身に迫って来る事の為だ
 人は不安な心の下 眼には見えない何かに縋り
 頼りたくなる それが
 神 仏

 
 自身の心に誠実に生きる
 人の世の波は 自ずと
 自身の身に還って来る




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              <青い館>の女(15)




 
 
 そんな思いと共に、わたしが意を決して電話をする気になったのは、ある夜のダンボール工場でのアルバイト作業が終わってからの事だった。
 ふと、沸き上がる空虚な思いの中で抑え難いまでの彼女への思慕に捉われ、深夜近くの遅い時間帯にも係わらず追い立てられる様に公衆電話に向っていた。
「もし、うちの仕事でも良かったら、父に聞いてみて上げるわよ」
 そう言った彼女の言葉だけが頼りだった。
 夜の遅さを懸念した心配を余所に彼女はすぐに電話に出た。
「はい、牧本です」
 彼女は言った。
 その声を聞いただけで緊張した。
「あのう、スキー場でお世話になった柿田ですけど」
 速くなる胸の鼓動と共に半分、怯えた様な声で言っていた。
「なあんだ、柿田さん、どうしたのこんな遅い時間に」
 彼女は笑いを含んだ声で快活に言った。
 わたしがスキー場で与えた好印象はまだ有効な様だった。
 それでもわたしは、電話をした本当の理由を見透かされてしまいそうな気がしてしどろもどろのうちに、
「すいません。あのう、就職の事で相談に乗って貰えないかと思って」
 と言っていた。
「就職の事 ? まだ決まってないの ?」
 彼女は言った。
「はい」
「それにしても、なんでこんな時間に電話をして来たの ? 明日、掛けてくればよかったのに」
 彼女はわたしの唐突な行動を笑うかのように笑みの感じられる声で言った。 
「今まだアルバイトの仕事中なんですけど、明日、就職面接の予定があるんで、その前に電話をして聞こうと思って」
 わたしは息苦しくなる程の緊張感の中で言っていた。
「明日 ? 何時から」
 彼女はなんの疑いもない様に言った。
「午後の三時からなんです」
「午後三時 ? じゃあ、明日、午後十二時半までに銀座四丁目の和光の前に行ってなさいよ。わたし達は車で行くから」
 彼女は言った。
 ーーわたし達と彼女は言った。
 わたしは不審に思った。
 それでも聞き返す事は出来なかった。
 翌日、彼女は二人の取り巻きの女性仲間を伴ってベンツで現れた。
 わたしが和光の入口横にポツンと立っているのを見ると車の窓ガラスを開けて、
「今、車を置いて来るから」
 とわたしに声を掛け、また走り去って行った。
 程なくして取り巻きの二人と共に彼女が姿を見せた。
 わたし達はそのまま、近くにある高級果物店の二階にあるフルーツパーラーへ向かった。
 わたしに取っては初めて入る高級な雰囲気に満ちた店だった。
 それでなくても緊張していわたしの緊張度は一層高まった。
 彼女はそんなわたしを尻目に、如何にも馴れた様子の気軽さで二階への階段を先に立って上っ行った。
 わたしはその席で彼女が問い掛けるのに対して改めて、<スーパーマキモト>への就職が可能かどうか聞いてみた。
「いいわよ、父に聞いてみて上げるわよ」
 彼女は気抜けのする程簡単に請け合ったが、彼女に取っては総てが気軽な世間話しにしか過ぎない様に思われた。
「そうすればまた、あのスキー場へ行けるものね」
 二人の秘密でもあるかの様に彼女は悪戯っぽく言った。
 わたしはそんな彼女の言葉に就職への手掛かりを得た喜びよりも、再び、彼女の傍に居られるという思いの安堵に心充たされていた。
 そうして<スーパーマキモト>で働く様になった。
 わたしが大学を卒業するまでの間もアルバイトで、そこで働ける様に彼女は骨を折ってくれた。
 わたしと妻との年齢差は二歳だった。
 彼女と出会って二年目の冬、大学生活最後の年もわたし達は同じスキー場で彼女の取り巻き達と滑った。
 彼女の計画したままに<マキモト>のアルバイトも何日か休んで行った。
 妻が<マキモト>の本社で働く様になったのは、わたしより二年遅れの大学を卒業してからだった。
 わたしはその時、上野公園の近くの店舗で働いていた。
 当時の<マキモト>は都内に六店舗を持つだけの規模だったが、安売りを主体にしたチェーン店形式の販売方法はまだ目新しくて、商売仲間からは「安かろう悪かろうのマキモト」と酷評されながらも、順調に売上を伸ばしていた。
 それはだが、決して安かろう悪かろうの商売方法ではなかったのだ。
<札束で頬を張る> 義父の強引なまでの取引方法で得られる成果だった。
<マキモト>の本社は昔から現在の場所の御徒町にあった。
 上野とはすぐ近くの距離だったが、わたしと彼女はスキーの季節を除いては他にほとんど顔を合わせる事が無かった。
 わたしは一介の社員でしかなかったし、彼女は社員と言っても社長の娘だった。その存在感には雲泥の差があった。気楽に彼女を誘う雰囲気はわたしの気持ちの中には生まれて来なかった。
 わたしはそれでも、実に良く働いた。意識の中には常に彼女の存在があった。
 それがわたしの尻を叩いて仕事に専念させた。
 働きぶりが社内で噂になれば、自ずと彼女の耳にも届くだろう。
 その為にのみ働いた。
 その上、普段は滅多に会う機会は無くても、スキーの季節になれば必ず彼女から声が掛かって、その時には改めて彼女が身近に感じられてわたしの気持ちを一層昂ぶらせた。
 大学を卒業してからの彼女は以前程に取り巻き達を連れ歩く事もなくなっていた。
 殊に男子学生達は就職と共に、学生時代の遊び半分の気持ちは許されなくなっていて、次第に彼女とも疎遠になっていった。
 中には社会生活の厳しさを知るに連れ、彼女の理不尽とも言える行動の強引さに嫌気が差して自ら離れていく者達もいた。
 無論、彼女の美貌はなお衰える事は無くて何処でも男達の注目を集めていた。