可能性を試してみたい(2009.3.6日作)
可能性を試してみたい
まだ駆け出しにしか過ぎない
若手のタレントや芸能人 或いは アナウンサーなどが
高額の契約金などで引き抜かれ 移籍する時などに
こんな言葉を口にする この言葉は
自分の才能 能力の限界を極め
世間の誰もが それと認めた人たちが
新たな出発に際して言う言葉だ
満足な仕事も出来ない 中途半端な人間達が
やたらに口にすべき言葉ではない
そんな人間には
冗談もいい加減にしてくれ と
言いたい
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引き金(7)
長靴(ちょうか)も狩猟服も車に積み込んだ。
猟銃と弾薬を付けたベルトだけは、不慮の出来事を用心して自分の部屋に残して置いた。
明日の朝は、それを持って車に乗り込めばいい。
朝食用のサンドイッチとお茶も、光枝が用意してくれるはずだった。
ハンドルを握りながら、口にする心算でいた。
三杉は布団に入る前に、明日への心弾む期待感から改めて、ケースに納められた銃を取り出し、点検せずにはいられなかった。
光枝がドアをノックして、多美代の帰りが遅くなると告げたのはそんな時だった。
三杉は「ああ、そう」とだけ返事をして、再びケースに収めた銃を横の壁に立てかけると両手を頭の下に組んで体をベッドの上に投げ出した。
華やいだ気分が思いがけない邪魔者に侵入されたような思いになって、三杉は苛立った。
妻からの電話の話しなど聞きたくはなかった。
帰りが遅くなろうがなるまいが、俺の知った事ではない、と三杉は思った。
わざわざ、電話など掛けて来る必要はないのだ。
夜の十時過ぎに帰るものが一時間程遅れて十一時過ぎになろうが、その事にどれ程の違いがあると言うのだ !
若い男と仲睦まじく衣服のない体を寄せ合い、幸福感に満ちた笑顔を浮かべている多美代の姿が自ずと脳裡に浮かんで来て、三杉は不機嫌になった。
今の三杉に取っては決定的に失われた世界の出来事だった。そこに辿り着く事は今の三杉にはもう出来ない。
深い絶望感だけが三杉の心を満たした。ほんの数分前の期待感と昂揚に満ちた気分は煙りのように消えていた。
四
泣き疲れて眠りに就く幼い子供のように三杉は、苦悩の中で疲れ果て、何時の間にか眠りに落ちていた。
その眠りの中で夢を見ていた。
目覚めた時、三杉は掛け布団を掛けたままのべっどの上に横たわっていた自分に気付いた。
部屋の中には蛍光灯の白い灯りが点ったままになっていた。
雨戸を閉める習慣のない三杉の部屋のカーテン一枚を隔てた窓ガラスの向こうは、深い夜の闇だった。
三杉はベッドに横たわったままの姿勢で、いったい、なんだって俺はあんな夢を見たんだろう、と考えた。
天井板を見つめたままの視線の奥には、夢の余韻がまだ、生々しく残っていた。
不思議な夢だった。
明日の狩猟に関係している事は明らかだった。
その夢の中で三杉は、猟銃を片手に無限に広がる芒の原を歩いていた。
あれはいったい、何処の場所だったのだろう ?
記憶にはない風景だった。
十一月も終わりに近い芒の原を吹き渡ってゆく風は既に冷たかった。
時刻は午後三時を過ぎていた。
三杉の他には広い芒の原の何処にも人の影はなかった。
その時、突然、三杉の前方、七、八メートルの距離を走っていた猟犬のジミーに追い立てられるようにして、一羽の雉が飛び立った。
全長、一・五メートルはあるかと思われるような、見事な大きさの雄の雉だった。
三杉はあまりに不意の出来事に思わず息を呑んで呆然としていた。
その間に雉は、追い掛ける猟犬から必死に逃れようとするかのように激しく大きな羽を羽搏かせ、芒の茂みから上空へと飛び去ろうとしていた。
三杉は雉の、その必死の姿に気付くとふと我にかえって、手にしていた銃を肩に当て狙いを定め、素早く引き金を引いていた。
狙いは違(たが)わなかった。
雉は一瞬、大きく跳ね上げられるかのように体を上昇させたが、次の瞬間には飛翔の均衡を失い、左の羽を引きずるようにして落下し始めた。
三杉の先を行くジミーがその後を追っていた。
雉はやがて、ジミーの前方、二、三メートルの距離で片翼を引きずる飛翔に耐えられなくなったかのように、再び芒の茂みへと姿を没していった。
ジミーが瞬く間に、その没した辺りへと走り寄っていた。雉の命もそれまでと思われた。
三杉はジミーがすぐにも血を流し、傷付いた雉を咥えて戻って来るだろうと思い描いた。
三杉は自らも雉の没した辺りへと近寄って行った。
今にも傷付いた雉を咥えて来るジミーの姿を想像していた三杉の期待は、だが、なかなか果たされなかった。変だな、と思いながら三杉が雉の没した辺りへと到達した時にも、そこには雉の姿もジミーの姿もなかった。ただ、雉のものと思われる血の跡だけが点々と残されていた。
それにしても、雉もジミーも何処へ行ってしまったんだろう・・・・
三杉は血の跡を辿りながら、ジミーを呼んでみた。
「ジミー、ジミー」
何時もなら二声も呼べば直ちに戻って来るジミーがその時に限って戻って来なかった。
三杉はそれでも、なお続く雉のものと思われる血の跡を辿って歩いて行った。一体、何処へ行ってしまったんだ。
気が付いた時には、既に夕闇が迫っていた。
三杉は慌てて、今来た道を戻り始めた。
ジミーは依然として、雉と共に姿を見せなかった。
三杉は再び、ジミーを呼んだ。
その声はだが、釣る瓶落としと言われる秋の夕暮れの中で、虚しく迫り来る闇に吸い込まれてゆくだけだった。
夢の中の三杉にも、なぜ、自分がそこに居たのか、何も分からなかった。ただ、気が付いた時には、既にとっぷりと暮れてしまった夜の中で、大きな木々の林立する杉林の中を歩いていた。一寸先も見えない闇の中では総てが手探りだった。
それでも三杉はその闇の中を歩き続けていた。
この得体の知れない、巨木と身の丈もあるような丈高い芒に被われた、蔓草や木々の絡み合う林の中にはどんな生き物が棲息しているのか分からない。
そんな不安が闇に怯える三杉を突き動かしていた。
この林を出てしまえば、再び、芒の原に出られるに違いない。
微かな期待だけが先行していた。
だが、三杉はその行動の中で思わぬ怪我を負っていた。
闇の中、何かの蔓草に足を取られたと思った瞬間には、激しく体が投げ出されていた。
アッと思う間もなかった。体が宙に浮いたと思った時には、左の腕の盛り上がる筋肉の辺りに鋭い痛みを感じていた。
闇の中で放り出された体を草むらの中で立て直し、早くも生暖かいものの流れ出て来るのを感じる辺りに右手を添えた時には、破れた衣服の下で傷付いた肉体の感触がはっきりと確認出来た。
まずい事になってしまった。
取り返しの付かない事態に陥った事と共に、自分の不注意を後悔しながら、暫くは、激しい痛みに疼く傷跡をじっと押さえて、その痛みに耐えていた。
体を動かす事も出来なかった。
肩に掛けていた銃がなくなっている事にも気付いたが、暫くは動けなかった。
ようやく、どうにか痛みに耐えられるようになると、草の上に膝を付いたまま手探りで辺りを探って銃を探した。
幸い銃はすぐに見付かった。
その銃を肩に掛けて、傷付いて重たくなった体を起こし、立ち上がった。
傷付いた腕をかばっての闇の中の歩行は以前にも増して危険であったが、それでも闇の中にじっとしたまま、得体の知れない何かの生き物に体を這い廻られたり、襲われたりするよりは増しだと思って再び歩き始めた。
流れ出る血はじっと押さえていた事でどうにか止まっているように思えた。
初め三杉はそれを何かの生き物の眼の光りかと思った。
闇一色の中にポツンと一つ、その灯りは浮かんでいた。
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桂蓮様
有難う御座います
冒頭の御写真 何時も清々しい気分で拝見させて戴い
ています
今回の新作 何時にも増して 楽しく拝見させて抱きました
先生の言葉 傑作揃いです 良いですね 楽しそうな
練習風景が自ずと浮かんで来ます
こんな時間が持てる事は幸せですよね
なんだかだと御自分を卑下しながらチャイコフスキーをソロで踊る
大変な事ではないですか チャイコフスキーと言えば
白鳥の湖 くるみ割り人形 名作揃いの作曲家 最も好きな作曲家の一人です
御成功お祈りしています 六月四日すぐですね
不安な気持ちもお有りなのではないですか
何事も本番は緊張しますものね
そうです 歳を取ると背骨の軟骨が減少し それで
骨と骨がぶつかり合うようになり 背丈も縮み 痛みが出るという事です
でも こればかりはどうする事も出来ません 体を動かし筋を伸ばす事で痛みは
抑える事が出来ると言っていた専門医の言葉を頼りに
毎日 体を動かす事を心掛けています 幸い 持病もないので
今のところは元気です この間 こちらのニュースで
アメリカのある所の会社では百歳の方が現役の社員として
働いているという事を言っていました
背の高い やせ型の人で 動きは遅く見えましたが
それでも杖も使わず お元気そうでした
桂連様もどうぞ 百歳までバレーを続ける心算で
頑張って下さい
takeziisan様
有難う御座います
美しい花々の写真 堪能です
ブログ 初登場 初々しさ いいですね
思わず笑みが漏れました
パタン・キュー 御同様 年々 無理が利かなくなります
6000歩散歩 美しい風景に心洗われながら・・・
羨ましいです それにしても御健脚
桑の実 ドドメと呼んでいました 口を真っ黒にして頬張った 懐かしい記憶です
桑の実 もう一度 口にしてみたいです
ジャムを作る 手間ひまを考えると理屈に合いませんが
その過程の楽しさは 代え難いものがあります
わが家でも少しばかりのフキで毎年 同じような事をしています
少しばかりなので わが家では葉も無駄にしないで
煮付けます 葉は苦みがあってみんなは嫌いますが
わたくしに取ってはその苦みが 何とも言えない味で
毎年 楽しみにしています
ユスラウメ 初めて知りました 勿論 初めて眼にしました
梅は一年おきだと言いますが 不作 気候に左右されているのでしょうか
今回も心和む時間 有難う御座いました
十一年のブログ生活 一つの励みになっているのではないでしょうか
どうぞ これからも楽しい記事をお寄せ下さいませ
プレッシャーをお掛けして きまぐれブログ の長く続く事を願っております