ピンピンコロリ(2020.7.23日作)
ピンピンコロリ
なんという
厭な 言葉だ
なんという
品性を欠いた
下劣 下等な 言葉だ
この言葉の 意味するもの
この言葉の 響きからは
人の命の 尊厳
人の命への 畏敬の念
人の命への 配慮が 全く
見えて来ない
犬猫の 死 でも取り扱うように
人の命 人の心をもてあそぶ
そんな感覚の 人間精神 の
粗雑 粗悪 醜悪さ だけが
浮き上がり 透けて
見えて来る
ピンピンコロリ
なんという
厭な響きを持った言葉だ
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脱走兵(1)
一
少年も祖母も始めは風が板戸を鳴らす音かと思った。だが、二度目には、はっきりと誰かがその板戸を叩いているのだ、と分かった。
少年は不安な面持ちで祖母を見た。
祖母の顔にも緊張の色が浮かんでいた。
二人は共に、もしや、という思いに捉われていた。
辺りをはばかるような、それでいて性急さを帯びたその板戸を叩く音は、なおも続いていた。
少年は恐怖のため、今にも泣き出しそうになった。
祖母はその少年の顔を見て一瞬、強い決意を秘めた表情を見せたが、それでもなお、ためらうように座ったままでいて動かなかった。
少年には、どうしたらいいのか分からなかった。このまま、何もしないでいたら、夜の事で、板戸を叩く者は、その板戸を蹴破って押し入って来るのではないか、という気がした。
だが、もし、戸を開けてしまえば、家の中に "殺人犯 "を招き入れる事になるのだ。
板戸を叩く音はその間もなお、小刻みに、忙しなく続いていた。
とうとう祖母が、藁草履を作っていた膝の上のゴミを払うと、立ち上がって土間の方へ歩いて行った。
七十歳を超えた祖母は少し曲がった腰で、土間に降りると草履を履きながら、
「こんな夜中に、どなたです」
と、声を掛けた。
「すいません、この戸を開けて下さい。お願いします」
男の弱弱しい、哀訴するような声が板戸の向かうから還って来た。
「昼間、監視所で隊長さんを撃ったっていう兵隊さんですかい ?」
祖母は厳しい口調で言った。
外の男は一瞬、息を呑んだ、と思われるように言葉がなかった。自身の正体が見破られた事を戸惑っているようにも思えた。
「行っておくんなさい。戸は開けられませんですだ」
祖母は強い口調で言った。
「お願いします。怪我をしてるんです。助けて下さい」
男の声はいかにも弱弱しく、哀願するような響きが込められていた。
祖母は、それでも信じなかった。上手く取り入ろうとする男の芝居と受け取ったのだ。
「あっちへ行っておくんなさい。あんたなんかに係わると、わし等がえらえ迷惑ばしますだ」
祖母を突き放すように、なおも厳しい口調で言った。
祖母にしてみれば実際に、係わりたくはなかったのだ。
今日、午後いっぱい、何人もの兵隊が自転車に乗ったり、馬に乗ったりして、村中の道という道を歩き廻っていた。
" 本日、午後零時三十分に、監視所に於いて上官を射殺した犯人が逃走した。二十歳ぐらいの不審な兵隊を見たら、すぐ隊に連絡する事。もし、かくまったりした時には、共犯者として厳重な罰が科せられるので充分、心得ておくよう、以上、警告する "
自転車に乗った兵隊達がメガホンで叫びながら何度も往き来した。
村中が瞬く間に恐怖のどん底に突き落された。拳銃で上官を射殺した犯人、という事で、誰もが凶悪犯を想像し、野良仕事に出ていた人達でさえが早々に、わが家へ引き返してしまっていた。
少年と祖母は家にいてメガホンの声を聞いていた。
少年は言っている事の意味がよく分からなくて祖母に聞いた。
「隊長さんを殺した悪い兵隊が逃げでっがら、めっけだら、教えろって言ってるだよ」
祖母は不安に満ちた顔で言った。
自転車に乗った兵隊たちの往来する姿は日の暮れるまで続いていた。
祖母と少年はいつもより早く家中の雨戸を締め切った。
「お願いです。助けて下さい。怪我をしていて、よく歩けないんです」
板戸を叩く男は執拗に言っていた。
祖母はなおも、それには答えないで土間に立ったままでいた。
「どうかお願いします。お願いします」
板戸の外から聞こえて来る声は今にも泣き出し兼ねないように、弱弱しく、細くなっていた。
座敷にいる少年でさえが心を揺すられるような哀しさに満ちた声だった。
祖母もさすがにその声には心を動かされたようだった。土間に立つ祖母の姿勢に僅かな変化が見られた。
祖母は外の気配を探るようにしながら、ゆっくりと板戸に近付くと聞き耳を立てた。
「お願いします。お願いします」
哀願の調子が一層、深くなっていた。
祖母は板戸の閂に手を掛けた。
「いいですかい。この戸ば開げでも構わねえですが、この家には七十歳を超えた婆さんと、六歳の男の子しかいねえですよ。あんたには充分、それば承知しておいで貰えてえですだ。いいですかい」
祖母はそう言うと閂に手を掛けて外した。続いて錠を開け、板戸を引いて開けた。
途端に、男が転がり込むようにして土間になだれ込んで来た。
男は木の枝を杖のようにして体を支えていた。左の足を引き摺り、その左足の草色のズボンが、太腿の辺りからびっしょりと血に染められ、濡れていた。
男は祖母の顔を見た。
陽に焼けた泥まみれの男の顔には汗が流れ、怯えの色が浮かんだ異様に光る眼が、微かに感謝の色を漂わせていた。
祖母はただ、驚きの表情で男を見ていた。
男が、傷の為か、疲労困憊している様子が座敷に居た少年の眼にもはっきりと見て取れた。
「御迷惑をかけてすいません。
男は苦痛にゆがむ表情の中から苦し気に言った。
祖母はふと気付いて、慌てたように開け放しになっていた板戸を閉めた。
「とにかく、そごさ行って、上がり框さ腰ば下ろしなせえ」
まだ、すかっかり警戒心を解いたわけでもない祖母は、それでも、男を気遣うように言った。
若い、傷付いた兵士は、取りあえず身を落ち着ける場所を得たせいか、糸の切れた操り人形のように力を失くしていた。上がり框に辿り着くと崩れるようにしてへたり込んだ。
「あじょうしたです、その傷は ?」
祖母は心配して聞いた。
「すいません、水を少し貰えませんか ?」
男は弱弱しい声で言った。
祖母は黙ったまま台所に上がると、手桶に汲んであった水をひしゃくで掬って男の元へ運んだ。
「熱が有りなさるのがい」
祖母がそう言いながら差し出したひしゃくを受け取ると、男は飢えた犬のように喉を鳴らしながら、ゴクゴクとひしゃく一杯の水を飲みほしてしまった。
男は小さく頭を下げると祖母に空になったひしゃくを返した。いかにも疲れ切った様子でがっくりと頭を垂れた。
「とにかく、そのズボンば脱いで傷の手当ばしなせえ。それがら休むどいいだ。でえぶ、熱がおありのようだ」
祖母は言った。
兵士の陽に焼けた泥まみれの顔からも、その高熱が汲みとれる程に頬の紅潮が際立っていた。
二
若い兵士は一晩中、熱に浮かされていた。満足に口も利けない程に衰弱していながら、眠りに入るとすぐに大きな声で叫びながら飛び起き、怯えにギラギラした眼で辺りを見廻し、今にも逃げ出そうとした。
「大丈夫ですだ。安心なせえ。安心なせえ」
祖母はその都度なだめた。
兵士はようやく我に返ると、体中で息をつきながら安堵の表情を見せた。
兵士は左脚の太腿に銃弾を受けていた。弾は背後から貫通していて、その弾の抜け出たあとの肉が捲り上がり、血に汚れていた。
恐らく、その傷の手当ても出来ないままに兵士は、逃走していたに違いなかった。無理強いの結果か、脚は丸太のように膨れ上がり、焼け付くかと思われる程の熱を帯びていた。少年と祖母が見た時にも傷はまだ血の色を滲ませていて、白くめくれ上がった脂肪肉を汚していた。
事情を聞けるような状態ではなかった。しっかりと何かの布で縛り押さえられていた傷は、直接的に生命を脅かす危険はなかったにしても、出血と痛みを堪えての逃亡は、兵士の体力を極度に消耗させていて、肉体は抜け殻のようになっていた。祖母が血を水で洗い、ヨードチンキを流し込む簡単な手当の間にも兵士は、眼を閉じたまま動かなかった。
「ばあちゃん、この人、大丈夫 ?」
死んでしまわないか、という程の意味だった。
「うん、大丈夫だっぺえよ。きっと、熱と傷の痛みで疲れでいっだよ」
祖母は心配気に若い兵士を見守りながら言った。
少年と祖母はその夜、とうとう布団へ入る事もせずに、若い兵士の看病で夜を明かした。少年はさすがに襲い来る睡魔に勝てずにうとうとする事が何度かあったが、兵士の突然の叫び声てまた眼を覚まされた。
「宗坊は、布団さいって寝ろや。ばあちゃんが見でっがら、でえじょうぶだよ」
少年は眼をこすりながら「うん」と返事をしても、好奇心から布団へゆく気にはなれなかった。
祖母は何度も、若い兵士の額の手拭を取り換えてやった。十分もしないうちに手拭は湯気が立つ程に温まってしまった。高熱の為、兵士の意識は朦朧としていた。
傷はなお、痛むのに違いなかった。兵士が眠りの中で無意識に動かす脚の具合でそれと知れた。
「きっと、脚が痛いんだね」
少年は苦痛にゆがむ兵士の顔を見ながら言った。
一晩中、悪夢にうなされていた兵士は、それでも明け方になってようやく、深い眠りに入っていった。
「やっと、落ち着いたようだよ」
祖母はそう言うと自分も安心した様子で、軽いまどろみの中に入っていった。
三
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takeziisan様
コメント有難う御座います
何時も愚にも付かない文章に
御目をお通し戴きまして こちらこそ
感謝申し上げます
今回のブログもとても楽しく拝見させて
戴きました
尾瀬の写真 見ているうちに懐かしさと共に
なんとなく、目元が熱くなって来ました
いい写真ですねえ 全部 拝見させて戴きました
実はわたくしは尾瀬は行った事がありません
ですが「夏の思い出」 この曲は戦後間もなく
NHK番組 ラジオ歌謡 で発表されたもので
夏休みの夏の日の朝 裸足になって庭に出て
聞いていた事を鮮明に覚えています
ですから江間章子 中田喜直 という名前は
当時から親しく頭に入っていました 良い思い出です
野菜の収穫 今年は専業農家の人達でさえ
苦戦との事 それでもお写真を拝見して
羨ましく 思いました
わたくしの所では今年 屋上のプランタートマトは
比較的 良好でした やっぱり獲れたての味は
一味違います
桂蓮様
たびたびコメントして戴き感謝申し上げます
有難う御座います
先ずはお屋敷の広い敷地にびっくりです
わたくしは洋画が好きで アメリカ映画なども
良く観ますが その度に出て来る家の屋敷の
広々とした眺めを羨ましく思っていました
桂蓮様が その当事者だとは 羨望これ
一字です
でもやはり 豪華であればあるなりに
御苦労も多いのですねえ
みどりはわたくしも好きな色です 特に五月の新緑
この季節には生きている事の幸せ感に包まれる
思いです
華やかな道を歩まれた人生 素晴らしい人生
ではないのでしょうか
一生の宝物ですよ そのような人生を望んでも
多くの人達はなかなかそこに到達出来ないで
挫折してゆくのではないのでしょうか
言ってみれば桂蓮様は"逆無いものねだり"ですよ
贅沢というものですよ
「報復」の結末の御感想
なる程と思いました もう少し鋭い切込み
という事ですね
そうです じわじわと痛めつける
お言葉通りです
心理的 内面的に かって痛手を負わされた相手への
仕返しをする その為には相手のプライド 自尊心に
踏み込んで痛手を負わせる
そんな手法を採りました 内面的報復ですね
そのため どうしても外観的には力不足に
なるのかも知れません
貴重なご意見 有難う御座いました
これからもこのように貴重なご意見を戴けましたら
嬉しく存じます 宜しくお願い申し上げます
わたくしがこの欄に
お二方への御礼を書き綴るのは
特別なメッセージなどではありません
何時も暖かく見守って下さるお二方への
せめてもの御礼と思い書いている事でして
どうぞ お気になさらないで 御気軽に
お読み流し下さればと存じます
御返信などにもお気遣いの無きよう
お願い申し上げます