果てに 待つものは?(2019.7.24日作)
大地があり 山があり 海がある
土を耕し 野菜を作り
米を採る
山に行き 木の実に山菜
野生動物 鳥たち
獲物を仕留め 糧とする
海では 数知れない魚を捕り
手にして帰る
生きるという事 人の基本
その因(もと)
すべてを自身の望み 努力で
自身のものとする その事 その行為
その事 その行為を可能にする
その世界 その現実 それが
この世の楽園 紛れもない 楽園
そのものでなくて なんであろう ?
何が豊かで 何が貧しいか ?
人の生 人の命の基本を見つめ
人の命の基本に還る
人がこの世を生きる時 見えて来る
そのものは ?
何が豊かで 何が貧しいか ?
人は人として 余りに遠く 歩いて来た
再び戻る 再び帰る その出来ない
人の道 一枚 一枚 また 一枚
衣を重ね 身に纏い 着飾り 装い
歩いて来た 人の道 遠い道 何が基本で
何が大切 大事なのか ? 根本命題
その命題 それを忘れた 虚栄に虚飾
欲望渦巻く この世界 虚栄に虚飾
欲望漲る 石の街 大都会 コンクリート ジャングル
野菜もない 米もない 魚もいない
獣の生きる 土もない 一枚 また 一枚
虚栄を重ね 重ね 着飾る その中で
募る欲望 虚栄に虚飾 それが真実 幸せ
人の往く道なのか ? 漲り 溢れるもの
巷に渦巻く あれやこれや あれもこれも
数知れず 溢れ 漲る ものたち それらのものが
真実 人が人として 生きる その道 本道に
必要 不可欠 必需のものたちなのか ?
虚栄に虚飾 欲望漲り 渦巻く 巷の道
その道一筋 ひたすら人は 歩いて往く
歩いて往く道 その道 巷の道 彼方
遠い彼方の その果て遥か そこに
待つものたちは いったい
何 ? 何が待って
何がある
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(3)
新宿、渋谷、原宿などの繁華街を人込みに紛れてやみくもに歩き廻た。
疲れるとビルの巨大な壁に体を持たせかけて、眼の前を行き過ぎる人の群れを見つめていた。
無為と空白の時間が流ていった。
そんな時間の中で俊一はしかし、奇妙に優しい感情に包まれていた。街を行く人々の一つ一つの動きが、新鮮に生き生きとしたものとして眼に映って来て、自分という人間の魂が息を吹き返して来るかのような感覚に囚われていた。今まで見た事もないような世界がそこには広がっていた。
俊一は軽い興奮状態のままに立ち上がるとビルの壁から離れ、再び、人込みの中に紛れ込んでいった。
夜の更けるのも忘れて街の中を歩き廻った。
午前十時頃に家を出て、深夜十二時過ぎに帰宅する生活が一週間程続いた。
母はそんな俊一の生活に不信を抱き始めていた。
「あなた、お友達の所へ行くって、毎日毎日、こんな時間まで何してるの ?」
ある夜、帰宅した俊一を玄関へ迎えに出て母は言った。
「何もしてないよ。話しをしていただけさ」
「何処のお友達なの ?」
「何処だっていいだろう。関係ないよ」
「予備校のお友達なの ?」
「うるせえな。関係ないって言っただろう」
俊一は靴を脱いで上がると、邪険に母を押しのけて横を通り抜けようとした。
母はそんな俊一の腕を掴もうとして振り払われながらも、言葉を続けた。
「関係ないっていう事はないでしょう。言ってみなさい。誰と何処で話していたのか。俊一 ! 舜一!」
叫ぶように言う母の声を背後に、俊一は階段を上がって自分の部屋へ向かった。
「どうしたんだ」
母に尋ねている父の声が聞こえた。
その声はすぐに、俊一が閉めた部屋のドアに遮られて聞こえなくなった。
翌朝、俊一は母と顔を合わせるのが厭で、朝食にも起きてゆかなかった。
九時過ぎになって母が、俊一の部屋のドアをノックした。
「俊ちゃんねまだ寝ているの ? ご飯はどうするの。片付けちゃうわよ」
母が鍵の掛かったドアを開けようとしている音が聞こえた。
俊一はベッドから離れようとはしなかった。
午後二時すぎになって起きた。
誰にも気付かれないように足音を忍ばせて階段を下りた。
母にも咲さんにも気付かれずに家を出る事が出来た。
いつも通りに西荻窪駅から中央線に乗り、新宿駅へ向かった。
だが、その日はいつものように晴れやかな気分にはなれなかった。解放感も湧いて来なかった。昨夜の母との諍いが、気持ちの中にわだかまりとして残っていた。
俊一はその日の自分の行動を、全く覚えていなかった。闇雲に街の中を歩き廻っていた事だけが思い出された。
父は俊一にはっきりした態度の決定を迫った。
「毎日、毎日、遊び歩いていて、もう勉強する気はないのか。大学へ行かないのなら行かないで、働く事を考えなければならない」
父の厳しい口調の前でも俊一は口を閉ざしていた。
「二浪三浪する人間はざらにいるよ。おまえだけが試験に落ちたわけじゃない。やれば出来るんだっていう気持ちで、もう一度、やり直してみたらどうなんだ」
俊一の気持ちの中で失われてしまったものは、それで戻って来る事はなかった。
結局、俊一は家を出た。自分が幼い頃に貰ったお年玉や、入学祝金などを積み立てていた預金通帳には、それなりの金額が記載されていた。
母に宛てて置き手紙を書いた。
" 大学へ行く事は止めました。一人で生活して自分の人生を考えてみたいと思い
ます。悪い道へ進む事はないので、心配しないでそっとして置いて下さい。気持ちが落ち着いて自分に自信が持てるようになったら、必ず連絡します "
俊一が始めた初めての一人暮らしの拠点は、中野の古ぼけたアパートの四畳半だった。四日目には新宿西口駅近くのコンビニ店で、深夜営業の仕事に就く事が出来た。午後十時半から翌日朝、八時までの勤務時間だった。僅かばかりの残業代まで付いた。
由美子との出会いはハンバーガーショップの店頭だった。決まった時刻に顔を出す俊一との間で、自ずと親しい会話が交わされるようになっていた。
由美子は新大久保のアパートで独り暮らしをしていた。一日八時間以上を働き、時給千円が由美子の生活を支える全てだった。
「お父さんが女をつくったので、お母さんは家を出て行っちゃったの。わたしも女の所に入りびたりのお父さんが厭で、高校二年の時に家を出ちゃったっていうわけ」
親しくなった時、由美子は別段、隠す事でもないかのように、そんな話しをした。
実家は博多にあると言っていた。
「家を出てから一度も帰っていないわ。帰りたくもないし、連絡もしてない。妹が一人いるんだけど、おばあちゃんの所にいるみたい」
由美子の勤務時間は、午前十一時から午後七時までだった。それでも一時間や二時間の超過勤務はざらにあった。一時間百円の超過手当てが支給された。
俊一と由美子が顔を合わせる事が出来るのは、お互いの店先か、すれ違いの生活が生み出す、僅かに交叉する時間の内だけだった。二人はそれぞれの生活を引きずりながらも、そんな不自由な生活を不足に思う事もなく、すれ違いの生活がかえって、二人の関係を新鮮なままに保ってくれているような気さえしていた。
「あんた生まれは何処 。東京 ?」
歌舞伎町裏の公園のベンチで、由美子はハンバーガを頬張りながら聞いた。
「うん」
「なんで一人暮らしをしているの ? お父さんとお母さんはいるんでしょう」
「まあね」
「家が面白くなかったから ?」
「そういう事かな」
「親なんかいい加減だもんね。自分勝手に人を産んで置いてさ。親孝行をしろとかなんとかさ。うるさい事ばかり言うんだもんね。子供には子供の権利もあるし、人生もあるよね」
最初のキスは由美子が食べたハンバーガーの匂いがした。