禅家の言葉 他(2020.6.23日作)
風に柳
水面に月
の
やわらかさ
形があって
形が無い
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人の命に
貴賤はない
どんな命も
家族 肉親に取っては
最上 最良 の
命
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生きながら
死人となりて
なり果てて
思いのままに
する業ぞ
良き (禅家 無難)
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人は生きる上に於いて
余計な事は考えるな
物事の本質に従え
その事 今 直面している
その事の本質は何か ?
食事をする
運動をする
仕事をする
それぞれが持つ
その本質は何か ?
そのものが要求している
根本のものは ?
その本質を見極め
その本質に沿って
自分を動かす それが
人の生の基本の基本
基本的 行動原理
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踊(ストリッパー)子 (完)
電車は徐行と共に池袋のホームに入って来た。車窓の流れがゆるやかになるのを確認した女性はゆっくりと席を立った。
池袋駅は彼の降りる駅でもあった。彼はそれでも女性の動きにそれとない視線を向けたまま、座席に座っていた。
女性が彼の方に注意を向ける事はなかった。彼は女性の背中を見ながら席を立った。
女性はドアが開くとそのまますぐに電車を降りた。彼は他の二人の乗客に続いて電車を降りた。
彼がホームに立った時、女性は駅の東西に分かれた出口に繋がる地下道への階段に向かって歩いて行った。それは彼が帰宅の時に何時も辿る道筋でもあった。彼は少しの間、女性との距離を保ちながら歩いていたが、女性がその階段に足を掛けた途端、急にこのまま何事もなく、今、せっかく、華やかな、あのF座の舞台上に見る水町かおるが眼の前にいるのにと思うと、みすみす話し掛ける機会を逃がしてしまう事が惜しい気がして来て、焦りにも似た思いが生じた。その焦る気持ちと共にだんだん少なくなる階段が切羽詰まった思いで彼を大胆にしていた。彼は思い切って心を決めると小走りに女性の背後に近付き、横に並ぶとそのまま声を掛けていた。
「あのう、F座の水町さんじゃないですか ?」
女性は突然、背後から近付いて来た男に声を掛けられ、一瞬、ひるんだような気配と共に身構えるような素振りを見せたが、彼を見るとためらう様子も、恥じらう様子もなく落ち着いた声で、
「ええ」
と答えた。
それと共に彼が、さっき眼の合った自分の前の座席にいた男だと理解したようだった。
彼はその女性の落ち着いた様子になんとはない安堵にも似た思いを抱いて、更に大胆になって気安く話し掛けていた。
「おれ、水町さんのファンなんです」
女性はそれを聞いて、
「有難う御座います」
と言ったが、それ以上の特別な感情は見せなかった。
「これから劇場へ行くんですか ?」
彼は更に話し掛けていた。
「はい」
女性は短く答えた。
「あのう、ちょっとお茶でも飲みませんか ?」
普段、工場にいてほとんど誰とも言葉を交わす事のない彼に取っては、信じられない大胆さだった。
水町かおるはだが、
「でも、時間がないので」
と穏やかに言った。
その時二人はもう階段を降り切っていた。
水町かおるが向かうのは東口だった。
彼の出口は西口だった。
二人はそのまま別れたが、水町かおるはその時、軽く会釈した。
その夜は土曜日だったが、彼は改めてF座へ行く事はしなかった。彼の気持ちの中には水町かおると言葉を交わしたという事への高揚感と共に、なんとはない満ち足りた思いの幸福感があってそれで充分だった。
次の土曜日、彼は前の週の土曜日と同じ帰りの電車に乗った。水町かおるとまた会えるのでは、という期待の上での事だった。
だが、水町かおるに会う事はなかった。
更に次の土曜日、また次の土曜日と、同じ時刻の電車に乗った。それでもやはり水町かおるとの出会いはなかった。
彼がF座へ足を運んだのは月が変わって初めての土曜日、出し物の変わった最初の土曜日だった。
水町かおると出会ってから何週間目かの事で、あれ以来、初めて舞台の上に見る水町かおるへの期待感に心が昂った。
彼が扉を開けた時、既に舞台は始まっていた。少しずつ衣装を脱いでゆくヌードの舞台が展開されていた。彼は座席の後方、座席の中に突き出た円形舞台の近くに席を取った。
水町かおるの舞台までにはまだ、しばらくの間があった。
彼はその間、既に見馴れた他の踊子たちの舞台にはそれほどの興味も持てなくなっていた。ただ、多彩で華やかな照明の中に浮かび上がる踊子たちの様々な肉体を美しいとだけ思って見つめていた。その舞台を初めて眼にした夜のあの興奮も血の騒ぎも覚える事がなかった。
そんな踊子たちのステージが幾つか続いた後、ボードビルの舞台があり、水町かおるはやはりフィナーレ前の舞台に登場した。
その夜の水町かおるは黒の幾重にも重ねられた薄物の衣装に身を包み、耳には大きな銀色の耳輪が光り、揺れていた。貴婦人を思わせる、胸元の大きく開いた優雅なドレスの下に透けて見える彼女の肉体が、時折り、照明の具合で鮮明に映し出されてその白さを強調した。手には深紅の羽の扇が握られていて、例の淋し気な頬と細い鼻筋の美しさを巧みに演出した。
彼はそんな水町かおるをその夜、殊更、美しいと思った。そしてその美しさを持つた人と自分が現実に言葉を交わしたのだと思うと、何かしら信じられない夢の世界に引き込まれてゆくような感覚を覚えて、その陶酔感に浸っていた。
全く思いも掛けない事だった。
水町かおるはその時、不意を衝かれたような驚きと戸惑い、困惑の表情を一瞬浮かべた。それからふと、気を取り直したように自分に立ち返ると、一瞬浮かべた戸惑いと困惑の表情を振り払うような強い表情と共に激しい勢いで顔をそむけた。ーー中央ステージで十数分間の舞台を終えたあとの事だった。
その時、水町かおるは客席の中の通路舞台を進んで来た。両側から観客席の男達の視線を浴びながら踊り進んで来た水町かおるは最後に、座席中央の円形舞台に辿り着くき、そこでまた、新たな舞台が展開された。
その時だった。彼女が踊りながらかざした大きな赤い羽根扇の陰から覗いた彼女の視線が、偶然、客席の後部、円形舞台の近くにいた彼の姿を捉えていた。
総ては一瞬の間の出来事だった。彼はその時、水町かおるがそむけた顔の中に彼の顔を確認した事に依る彼女の不快感と嫌悪感、更には、軽蔑、蔑みにも似た冷笑が微かに浮かぶのをはっきりと眼にしていたーーー。
水町かおるが再び、彼の方に視線を向ける事はなかった。彼女はただ、彼を無視したように何食わぬ顔で舞台を務めるとやがて正面舞台中央へと戻って行った。
その夜彼は、ただ激しい屈辱感と寂しさだけを抱いてF座を出た。
水町かおるの一瞬、彼から視線をそむけた時の、あの、淋し気な頬に浮かんだ微かな、軽蔑を含んだとも言えるような冷ややかな冷笑的笑みが、脳裡に絡み付いていて消えなかった。しかもそのあと、まるで彼など歯牙にも掛けないといった風にも見えたあの舞台姿が更に彼を打ちのめしていた。
彼のF座通いはその夜を限りに終わっていた。
彼が勤めていた神田の工場を辞めて池袋の住まいを出たのはそれから半年程が過ぎてからだった。
水町かおるとの間の出来事が直接的原因ではなかったが、水町かおるへの興味もなくしていた。あの冷笑的、皮肉的な笑みが彼の脳裡から消える事はなかった。屈辱的出来事として彼の心を強く支配していた。
それでも遠い故郷で幼い頃から貧しい生活に耐えて来た彼は、生きる事に於いては真剣だった。キャバレーのボーイ、運送会社の店員、食品会社の配達員、化粧会社の販売員、そして、ようやく落ち着いたのが、現在の電気器具製造、販売の会社だった。その間には同棲から入って式も挙げない結婚もした。
池袋F座がレジャーだバカンスだ、と騒々しい世相の中で経営不振からキャバレーに転向したという噂を聞くか、あるいは新聞、ラジオかで知ったのは、それから何年後の事であったのか、今では思い出せなくもなっている。ただ、その時彼は、その噂を、色あせた花びらを見るような思いで聞いていた事だけを鮮明に覚えている。
水町かおるが何処へ行ったのか、むろん知る由もなかった。
完
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hasunohana1966様
フォロー有難う御座います
拙いブログに御目をお通し戴まして
心より御礼申し上げます
わたくしも早速、hasnnohana1966様
のフォロワーとして登録者させて頂きます
以前にも拝見させて戴いておりましたが
横文字はちょっと苦手で、敬遠するようなところも
ないではありませんでしたが、深い御知識に
感嘆しておりました
これからもより良い文章をお書き下さいませ
takeziisan様
いつも御支援有難う御座います
御礼申し上げます
相変わらず見事なお写真、毎回
楽しみに拝見させて戴いております
これからも宜しくお願い致します
と申し上げては御負担をお掛けする事に
なるのでしょうか ?
漱石、「それから」いいですね
「心」「行人」など共にわたくしも好きな作品の一つです