遺す言葉

つぶやき日記

遺す言葉309 小説 その夏(4) 他 雑感七題

2020-08-30 12:35:12 | つぶやき
          雑感七題(2010~2020.8.30日作)
            (この中には既に発表済の文章も
            幾つか含まれているかも知れません)


   Ⅰ 闇は人の内面を自己存在の内部に向かわせ
     光りは人の内面を開放させる

   2 人は高みに昇れば昇る程 孤独になる

   3 権威はまず疑ってかかれ
    全く実力もないのに 世渡り上手だけで
    地位を築く人間の如何に多い事か

   4 人間は自分の思いを伝えようとする時
    その思いが強ければ強い程 
    多くの言葉を口にしがちだ しかし
    多くの言葉はかえって
    伝えたい事の核心から離れ
    焦点のぼやけたものになってしまう危険性がある
    核心を衝いた簡素な言葉 それこそが
    より良く人の心に響くものだ

   5 人間は宿命を背負った存在 
    この世に生まれた事自体が一つの宿命
    自身の力ではどうにもし得ない

   6 極限に於いて人間は
    神を見るか 虚無を見るか
    それ以外にない

   7 偶然はまた 必然でもある
    偶然 その場所に居た事が
    偶然の出来事に巻き込まれ
    結局それは
    その場所に居た事による
    必然的結果だという事になる



          ----------------


          その夏(4)

 雪辱は信次の意識の中で怨念と化していた。負けた相手に対しての、敵意にも近い感情を抱いて激しく練習に打ち込んだ。
「スタートにやられたんだ。相手のあの、天才的とも言えるようなスタートを思い出してみろ。いいか、五十メートルからの加速では、断然、おまえの方が勝っているんだから。その加速を過信してスタートを疎かにしたのがいけなかったんだ」
 岡島先生は口癖のように言った。
 そのスタートダッシュに練習の三分の二程を費やした。
「見てみろ。あの惣造さんのスタート。腰があんな高い位置から出ている。まるで頭から突っ込んでゆくような感じだ」
 岡島先生は青年団の代表選手の一人を指して言った。
 水野惣造はオリンピックの候補選手に選ばれた事もあった。
「しかも、走っている時の腰の位置があんなに高い。空中を飛んでいるようだ。と言う事は、脚がピチッと伸び切っているっていう事だ。あの走りを盗まなくちゃいけない」
 信次には、その夏の激しい練習も苦にはならなかった。

          五

 秋本つね代が事件後、初めて村の若者達の前に姿を見せたのは三日目の午後だった。
 校庭では練習の真っ最中だった。青年団も交えて選手がそれぞれ、思い思いに自分の種目に取り組んでいた。
 秋本つね代は日傘を差し、校庭の土手に沿った県道を歩いて行った。
 しゃんと背筋を伸ばして、人々の視線を意識しての事か、恥じ入る様子など微塵も無くて、むしろ、得意気であるようにさえ見えた。
 青年団の選手達は、それが秋本つね代だと知ると練習を止め、露骨な視線をつね代に送った。
 秋本つね代がその視線を意識している事が明らかだ、と分かった時、信次は途端に、何か厭なものを見てしまったような気がして、いたたまれない気持ちになった。
 秋本つね代に激しい敵意を抱くと同時に、憎しみさえをも感じた。
 秋本つね代が校舎の陰に消えて行くと青年団の者達は口々に、
「いい女でねえが」
「あんな事などねがったみでえに、平気な面ばしてだなあ」
「少しは恥ずかしがってもよがっぺによお」
「けえって、得意気だったでねえが」
 などと言い合った。 
 その日、秋本つね代は駐在所へ行った帰りだった。
 駐在所でつね代は広田巡査に事件の進行状況を聞いた。
「うーん」
 と、広田巡査は困惑したように言った。
「あんたには気の毒だが、あに一つはっきりした証拠が掴めなぐてねえ」
「だけっど、事ば起こすような人間がわざわざ、証拠どなるようなもんば残す事などねえでねえですが」
 つね代は巡査に詰め寄った。
「まあ、それはそうだがなあ」
 広田巡査は煮え切らなかった。
 現場には乱暴されたという芝生の上にも、それらしい跡は何一つ見当たらなかった。芝生が踏まれたらしい跡さえなかった。広田巡査は調査の最初に直観した事件の曖昧さを改めて感じるばかりだった。
「あんたは助けば呼んだっつうが、その声ば聞いだ者もいねえだよ」
 広田巡査は言い訳がましく言った。
「それは、わだしには関係ねえですよ」
 つね代は不満気に言った。
「まあ、そういうこったが、あの夜は学校でも陸上競技の選手達が合宿していだもんで、その中の一人でも、あんたの声ぱ聞いでいれば一つの証拠になるんだけっども。文房具屋のかみさんも聞いでねえって言うし」
 学校は前面と右手を田圃と畑に囲まれていて、左手の県道沿いには文房具屋に続いて、二、三軒の農家が槙塀に囲まれて点在していた。文房具屋は学校の裏門に近い位置にあって、叫び声の聞こえない距離ではなかった。
「そっじゃあ、わだしがデマば言ってるってんですが」
 つね代は色をなして言った。
「いやいや、そういう訳ではねえ」
 広田巡査は内心に抱く胡散臭い思いを隠しながら、慌てて言った。
「あにしろ、真夜中の事ですがらねえ」
 つね代は不貞腐れたように言った。
「それも考えではみだが・・・・。まあ、とにがぐ捜査は続げるけっども、はあ(もう)、少し待ってみでくれ」
 広田巡査はなだめるように言った。
「早ぐ犯人ば捕まえで貰わねえど、悔しくてしょうがありませんよ」
「それは、そうだなあ」
 広田巡査はなだめるに言ってから、
「どうだね ?」
 と言って、向き合って坐っていたつね代に、ポケットから取り出した煙草をテーブル越しに差し出した。
「わたしは煙草は吸いません。不良じゃないがら」
 つね代のツンとした真面目腐った言い方が可笑しくて、広田巡査は思わず笑った。
 広田巡査は箱の中から自分用の一本を抜き出すと口に咥えて火をつけた。
 取りあえず、つね代と話し込んでみる気になった。
「世間の噂じゃあ、あんたは、ながなが持でるってこっでねえが」
 つね代の機嫌を取るように言った。
「そんな事ありませんよ」
 つね代は満更でもないように言った。
「亭主はあんにも言わねえのがね」
「うちの人には、今度の事は言ってませんよ」
「世間の噂が耳に入るべえによお」
「入ったって構いませんよ。怒ったって、わたしば追い出すなんて出来っこねえですがらね」
「そうがい。大した自信だね」
「あの人、わたしに惚れてんですよ」
 つね代は意味ありげな眼差しで言った。
「あんたが、あんまり持てで、焼きもちば焼かねえのがい」
「そりゃあ、男ですがら、わたしばぶつ事もありますけど、でも、一晩寝れば元の木阿弥ですよ」
 つね代は事も無げに言った。
「あんで、他にも男はいっぺえ居だだべえに、見合い結婚なんかしただね」
「親がうるさぐ言うもんで、そっで、面倒臭ぐなって結婚したんですよ。わたしはどうでも良がったんでけっどね」
「いっべえ持てで、好きな男はいながったのがね」
「そんな人、居ませんよ」
 つね代は素っ気なく言った。
 何か、心の乾ききった気配が感じ取れた。
「兄妹は‥‥何人 ?」
「七人兄妹で、わたしは上から四番目ですよ」
「学校は ? 高校 ?」
「ええ。高校を卒業して、少し、近所のみりん干し工場で働いていたんですけど、そん時、好きな男が出来て深い仲になったんですけど、なんとなく、それが詰まんねえ事に思えで来て、すぐに別れちまったですよ。それからずっと、あにばしても面白くねえもんで、はあ、どうでもいいや、って思うようになって、親がうるさく言うもんで、今の亭主と結婚したんですよ」
「なる程。あにがそんなにつまんねえのがねえ」
「そんな事、わたしにも分がりませんよ」
「子供は ?」
「まだです」
「出来ねえ ? それとも、造らねえのがね」
「造らねえ訳ではねえですけど、出来ねえですよ」
「欲しいとは思わねえのがね」
「別に、欲しいとも思いませんね」
「あんたも、ちょっと、変わってるね」
 広田巡査はずばりと言った。
「ええ、昔がら親によぐ言われました。おめえは変わったガギ(子供)だよおって」
 つね代は悪びれる事もなく言った。

          六

「つね代。おめえ、今日、何処さ行っただあ」
 その日の夕方、良一郎は流しで米を研いでいるつね代の後ろ姿に向かって言った。
「あんでがね。あんで、そんな事ば聞ぐだい ?」 
 つね代は背中を見せたまま、振り向きもしないで言った。
「世間では、おめえの事ば、あんて噂してんのが知ってんのが ?」
 良一郎は怒りを含んだ声で言った。



          ----------------



          takeziisan様

          何時もお眼をお通し戴き
          有難う御座います
          御礼申し上げます
          連日の猛暑 屋上のプランターの水やりでさえ
          毎日 億劫になり いやいやながら実行しています
          御苦労が実感出来ます
          土の状態 ひどいものですね
          でも井戸水があるとの事
          自然の恵みですね
          栗の木の木陰 何かしら懐かしさを感じます
          かって 田舎の家にもありました しかし
          現在は太陽光発電パネルが設置されています
          自然の有難さは乾き切った都会の中では
          いかにも豊かな恵みに感じられます
          もうしばらくの熱さ くれぐれも
          お体にご注意の程を
          有難う御座いました


          hasunohana1966様

          有難う御座います 
          「心のドアの取っ手」和文 英訳
          それぞれ 読ませて戴きました
          人それぞれ 簡単に他者を非難しては
          いけない という事ですね
          各人 人はそれぞれ個性を持っています
          その個性はその人一人のものです
          他の何処にもないものですね
          尊重しなければいれけません
          個人の尊重 それを忘れた所に
          現在アメリカで起きている様々な
          醜い事件も発生するのではないでしょうか
          いろいろなお写真 とても 楽しく 
          拝見させて戴いております
          それにしても広大な土地 羨ましい限りです
          御苦労も多い事でしょうが
          ブログ 折々に拝見させて戴いております
          今後も宜しくお願い致します
          
          

 

遺す言葉308 小説 その夏(3) 他 失われてゆくもの

2020-08-23 13:08:58 | つぶやき
          失われてゆくもの(2010.10.30日作)
             この文章は平成二十二年(2010)に
             書かれたものですが 現在の状況にも
             合致するものと思い掲載します

   かつて この国は国民の生活を豊かにする という   
   政治的判断の下
   四季に恵まれ 様々な彩りを見せる
   豊かなこの国の自然を惜しげもなく 破壊して来た
   海も山も川も 自然が自然らしさを失い  
   不自然な建造物が自然の中のあちこちに姿を見せ
   この国の国土を荒廃させた それでも人々は
   不自然な自然の中で 幾ばくかの
   生活上の豊かさを手に入れ それなりに
   豊かさを享受した そんな時代もあった

   しかし 既に
   不自然な自然の中に創り出した そんな豊かさも
   様々な問題をはらみながら 今では底を衝き
   自然な自然を不自然な自然に変えた代償に  
   人々が気付き始めた今 この国は
   新たな道を歩き始めなければならない時に来ている

   この国が新たに歩き始めなければならない歩み
   その歩く姿は 今もって
   この国の人々の眼には見えて来ない

   見えて来ないその姿の前で この国の人々は戸惑い
   立ち竦んでいる 善し悪しは措くにしても
   この国の国土を荒廃に導きながらも
   この国の人々に生活上の豊かさをもたらした かつてのように
   政治的判断を下す機能も今 この国からは失われて
   無能な国政担当者達の下 人々は この国の行く末に
   漠然とした不安を抱き 怯えにも似た感情を抱いている

   この無能な この国を治める者達の下
   かつて この国が失って今ようやく その必要性
   重要性に気付き始めた自然な自然 豊かな自然のように
   今 この国からは
   この国の人々が長い歴史の中で 積み上げ 蓄積して来た
   この国が世界に誇り得る 
   この国の豊かさを築く礎となった工業技術
   精巧 精密 繊細さを誇る この国の人々が持つ優れた技術が
   失われてゆこうとしている

   すべてのものが 瞬時に地球上を駆け巡る この時代
   世界各地に沸き起こる変革の波
   どの国もが自国の豊かさ その為の優位な立ち位置を求めて
   懸命に努力をし 競い合っているこの時代
   この国を治める この国の為政者達は
   思考停止の状態に陥ったまま 茫然とし 立ち竦んでいる
   この国の人々が持つ優れた技術 それが今
   沸き起こる変革の波の中で翻弄され 揉みくちゃにされ
   この国で この国が持つ優れた技術を守り抜く事さえ
   困難な状況が今 訪れている時に
   この国を治める者達は
   この国の人々が持つ優れた技術を守り抜く為には
   何が必要なのか その為の有効な手段 方策さえも
   見い出せないままでいる
   
   その間にも 世界各地に起こる変革の激しい波は
   この国にも容赦なく襲い掛かり この国を呑み込もうとしている
   
   もはや 立ち止まっている時ではない
   速やかな行動が求められ それが実行されるべき
   今のこの時に だが この国を治める者達は
   かつての豊かな自然が失われてゆく代償としてもたらした
   生活上の豊かさとなり代わるような
   この国の技術が失われてゆく事への代償物も見い出せないままに
   この国の今を生きる人々に ただ
   苦悩と不安 苦痛と困難な状況を強いたまま
   手をこまぬいている
   平成二十二年 2010年 十月現在
   それが この国の置かれた状況なのだ
   
   失われたあとに 失われた物の大切さを認識しても
   もう 遅い 原状回復
   その道程には長い困難 苦闘が待ち受けている



          ------------------



         その夏(3)

 事実、初めの頃のつね代は、近所の人達が見た花嫁姿のままの嫁だった。いつも笑顔を湛え、誰にも愛想よく言葉を掛けた。特に人々が印象深く思ったのが、その声の美しさだった。透き通るような透明さの中に、人を包み込むような丸みを帯びた柔らかさがあって、誰もが魅せられた。
「鍛冶屋の嫁は器量もいいけっど、あんて、きれいな声ばしてっだや」
 近所の人達は噂し合った。
「そっだけっど、猫なで声の女つうのには、昔から性悪女が多いもんだ」
 皮肉屋で通る宗右衛門の大旦那は言った。
「まあ、爺ちゃんってば。怒られるっがらね」
 つね代の愛想の良さを知っている女たちは口々に言った。

 つね代の夫の良一郎は、優男の、何処かひ弱な感じのする男だった。お人好しで気が弱かった。村祭りの日の芝居などではよく女形を演じた。独身だった何年か前に演じた「孕み女」は、一世一代の快演としてその後もしばしば、人々の口の端に上った。座布団を着物の下に押し込んで腹を膨らませた姿が、その見事さと共に人々の笑いを誘った。そして、それは、良一郎から拭い去る事の出来ない印象として定着した。
 夫婦には一年が過ぎても子供が出来なかった。その頃になると、つね代がしばしば、嫁ぎ先の家を空けて、実家に帰る姿が見られるようになっていた。
「あら、婆ちゃん。つね代さんはまだ、里帰りがい ?」
 井戸端で仕事をしている、たね婆さんを見て近所の人達は声を掛けた。
「あんだが知んねえけっど、よぐけえる(帰る)こっだよう。やれ、あんだかんだって言いながら、けえればけえったで、四日も五日も音沙汰なしだもんで、はあ、どうにもしょうねえだよぅ」
 たね婆さんは曲がった腰を伸ばし伸ばし愚痴った。
「子供はねえし、まだ、本当のおっかさんの乳っこが恋しいんだべえよう」
 近所の人達はたね婆さんを慰めた。
 この頃から既に、夫婦についての噂が頻繁に、人々の口に上るようになっていた。
「良一郎さんは、よぐ、黙ってるよお」
「ああに、嫁の尻に敷がれでだっもん、しょうがねえべよ」
 つね代には外見に似合わず、気の強いところがあった。畑の仕事でも、田仕事でも、人に負ける事を嫌った。
「まったぐ、仕事ばやらせだら、男顔負げの仕事ばすっもんなあ」
 近所の手伝いなどに出向いた折りの、つね代の仕事振りを知っている男達は言った。
「良一郎じゃあ、とてもあの女には勝でねえよ」
 長年、親しんで来た自分の家の仕事でも良一郎は、しばしば、つね代に引き摺られるような所があった。
 つね代がいない間、良一郎の一人でもそもそ、鍬や鎌をふるう姿が見られた。
 つね代が手に負えない女だと評判を取るようになったのは、それから更に、半年余りが過ぎてからだった。
 中里の若い者達がしばしば、横田町で鷺沼の男達といる、つね代の姿を眼にするようになっていた。
 何人かの男達と一緒の時もあれば、一人の男の時もあった。
 人々は当然、つね代を尻軽女と断定した。
 つね代は中里の顔見知りの男達と顔を合わせても悪びれるところがなかった。みんなと冗談を交わして、その、あっけらかんとした様子に、かえって、顔を合わせた男達の方が戸惑った。
 つね代の噂は、つね代を秋本家の嫁だとは知らない他の村の者達の間では評判になった。
 良一郎が陰で囁かれるその噂を知っていたのかどうかは分からなかった。いわゆる一人息子の世間に疎い男でもあった。ただ、その頃になると、二人の間でもしばしば諍いが起こるようになっていた。
 そんな時、つね代は、ぷい、と家を出てしまい、ひと月もふた月も帰らなかった。その後、これで離婚も決定的かと思われる頃になって、何事もなかったかのように帰って来た。
 良一郎は、そんなつね代を責める事もしなかった。
「よぐ、婆ちゃんは、我慢してるねえ」
 かつて、つね代を褒め讃えた近所の者達は、たね婆さんに同情した。
「だって、良が入れでしまうだもん、しょうがあんめえ」
 たね婆さんは、諦め切ったような口調で言った。
「まったぐ、良一郎さんにも呆れだもんだねえ。追ん出す事も出来ねえんだがらよお」
「よっぽど、女房の持ち物がいいんだべえよう」
 男達は噂をし合って笑った。

         四

 中学生になったばかりの信次の耳にも、つね代の噂は何処からともなく入って来た。
 信次は美しいつね代の中に、ある種の退廃の美を見るような気がして心をかき乱された。毒花が誘う魅惑の魅力だった。その面影が様々な形で信次を翻弄した。その頃覚えた、"その行為" の中にも、つね代の面影が影を落として来て、微妙な深みを与えた。
 だが、信次は、世間のみんなが言うように、単純につね代を、軽薄な尻軽女、と見る事が出来なかった。つね代に対する好意的な気持ちは変わらなかった。路上などで出会えば、今までと変わりなくお互いが笑顔で挨拶を交わした。そんな時つね代は「今、帰り ?」とか「何処さ行ったい ?」などと、親しく言葉を掛けて来る事もあった。信次はそんな時、他の大人達に対するのと同じように、少しの恥じらいを含んだ口調で言葉を返すのだったが、つね代に対する時には、常に軽いトキメキのようなものを覚えていた。

 信次は奥手だったのかもしれなかった。あるいは、中学生では、そんなものかも知れなかった。それ程に激しく、性の懊悩に苦しむ事はなかった。同級生の中にも何人か、関心をそそられる女生徒がいないではなかったが、特別に踏み込んだ感情を抱く事はなかった。スポーツ、陸上競技が彼に取っての目下の所の、最大の関心事であり、熱中出来る事柄だった。
 信次の学業は、可もなく不可もなく、だった。信次自身、学業に力をそそぐよりは、より多くの力を陸上競技にそそいでいた。毎日の放課後の二時間ほどの練習には、水を得た魚のように溌剌としていた。指導の教師達の眼もまた、他の生徒達に対するよりは一段上に置かれていて、それだけに、その指導には熱が入った。伊藤信次は近在を代表する中学生短距離界のホープという位置付けだった。
 信次は中学一年の時に、郡の中学生選手権大会の百メートル競技を制していた。勝った時には、普段の練習タイムから見て、当然の結果だという思いがあった。その他にも、様々な対抗試合などでは、他を寄せ付けない圧倒的強さを見せ付けていた。それだけに、二年での選手権大会の思わぬ敗北には、茫然とするのと同時に、後になってからの沸き起こる口惜しさに身の置き所も無かった。明日にでも、もう一度やりたい、という思いに気持ちが逸った。翌年の選手権が限りなく長く遠い果てにあるように思えてもどかしかった。一年という歳月が、一気に明日に縮まってしまえばいい、と思った。   



          -----------------



          takeziisan様

          「河は呼んでる」 
          記憶の底に埋もれていました
          拝見して懐かしく思い出しました
          中原美沙緒 かつて一世を風靡した
          中原淳一の姪御さんですよね
          わたくしも歌はよく耳にしましたが
          映画は観なかったですね
          四十年代の家計簿
          懐かしい風景です
          あの頃はこんな風景が当たり前でしたね
          お写真を拝見して 当時の様々な記憶が
          甦りました
          あの当時はあの当時でまた 素朴な
          良い時代でした
          わたしはいろいろな事に興味を抱く性質ですが
          何故か 山歩きだけは余り興味を持つ事が
          ありませんでした 生来の出不精のせいかも
          知れません
          でも テレビ画面などで眼にする
          山野の野草や花々にはとても心を惹かれます
          バラやダリアなど豪華さを競う花々より はるかに
          心を惹かれ感動したりします
          名もなき(名も知られぬ花)の美しさですかね
          有難う御座いました
      
          
        




 
 
 
 
 

 

 



   
 
   
   
  

    
             

遺す言葉307 小説 その夏(2) 他 雲 流れる果てに

2020-08-16 13:09:35 | つぶやき
          雲 流れる果てに(2020.8.15日作)

   一人 窓から見える 
   夏の日の雲を見ていると
   数々の出来事が想い出される
   戦後七十五年の今日 八月十五日
   第七十五回終戦記念日
   かつての日々 あの
   雲の流れる果てに消えて逝った
   多くの若者達の命「神風特攻隊」
   あの日 1945年8月15日
   七歳だったわたしも今 八十二歳
   かつての日々
   「雲 流るる果てに」消えて逝った若者達も すでに
   九十年余の歳月を過ごす事になる2020年8月15日
   あの若者達もたとえ 無事 何事もなく
   この日を迎える事が出来ていたにしても果たして
   何人の人が今日という日の あの
   空の雲を見る事が出来ているだろう ?
   あの日々からすでに 遠い歳月が
   過ぎ去ってしまった 2020年8月15日
   戦後の混乱期 困窮 困難 苦境の中で
   必死に生きた まだ若かった わたしの父と母も
   すてにこの世に居ない そして わたしも今
   父と母が過ごした人生の最後の数年間に
   向き合っている令和二年 2020年 8月15日
   第七十五回終戦記念日
   時は流れ 流れ逝く時の中で人 人々の
   遠く過ぎ去った日々の記憶 あの出来事 この事 あの事
   その面影は少しずつ薄れ おぼろになり やがて
   それも何時か消え失せ 記憶する人々の消滅と共に
   総ては消え去って行く事になるだろう



        ----------------


        その夏(2)

 朝食を済ませたばかりの広田巡査は「お早うございます」の声に、身支度もそこそこに詰め所に出た。
 そこには打ちひしがれたように肩を落として立っている秋本つね代の姿があった。
「あじょうしました ?」
 広田巡査は、つね代の様子にいささかの驚きを覚えながら声を掛けた。
 つね代は打ちひしがれた様子のまま、涙を流しながら、
「ゆんべ(昨夜)、男達に乱暴されたんです」
 と言った。
「えっ、乱暴された ?」
 広田巡査は自分の耳を疑った。
 この静かな、他のの者の顔までがお互いに知れ渡っているような村の中では、起こり得ようもないような事件だった。
 広田巡査は、話が家族の耳に届く事を恐れて、慌てて奥に通じる詰め所のガラス戸を閉めた。奥の部屋には、高校三年の息子と中学二年の娘がまだ、食卓に着いたままでいた。
 広田巡査自身、この予想だにもし得ない突飛な出来事に、多少の狼狽を覚えていた。
「まあ、とにがく、そごさ掛げて。詳しく話しば聞くべえ」
 つね代に土間に置かれたテーブルの前の椅子を勧め、自分も向かい合った椅子に腰を下ろした。
 つね代がすすり泣きながら話したところによると、事件は八月十七日午前二時頃に起きたという。三人の男達に襲われ、校庭に連れ込まれて、代わる代わる何回も乱暴された、という事だった。
 つね代は握りしめたハンカチで涙を拭きながら、少しの淀みもなく総ての状況を事細かに話した。その真実味の溢れる話しぶりに広田巡査は、つね代に対しての少なからぬ同情を覚えるのと共に、また、ある種の不自然さをも感じ取っていた。まず第一に、そんな夜の夜中に、人妻がなんの為にそんな所を歩いていたのか、という疑問だった。広田巡査はその事をつね代に質した。
「実家からの帰りだったんですよ」
 つね代はためらいなく言った。
「実家は何処がね ?」
「隣りの鷺沼です」
「実家がらのけえり(帰り)にしても、あんで、そんな夜道ば歩いでいたりしたんだね。もっと早くけえったらよがっぺによお」
「乗り物がねえんで、歩いでけえって来たもんですがら」
「だけっど、鷺沼がらは歩いでけえっても、そんな夜中になる事はねえのではねえがい。二時間もあればけえれるど思うがなあ」
「途中、寄り道ばしたもんで遅ぐなっちまったんですよ」
「何処さ ?」
「友達の所ですよ」
 広田巡査にはそれでもなお、納得出来ないものがあった。
「相手の特徴は少しでも覚えでるがね ?」
「暗がりだったもんで、よぐ分がんねがったんです」
「三人だっつう話しだね」
「はい」
「体の大きさなんがは ?」
「二人は中肉で、背もあんまり高ぐねがったですけど、一人はひょろっとしていて背は高がったです」
「村内の者だと思うがね」
「分がりません」
「そんな時間に、よそもん(者)が)村ん中ばほっつき歩いでいる訳もあんめえしなあ」
 広田巡査は調書を取りながら独り言を呟いた。それから、村の者達の誰彼を頭に思い浮かべてみた。既に十年近くをこの村で過ごしている広田巡査には、三百戸にも満たない村全体はほぼ把握出来ていた。村はその小ささゆえに、自ずと自浄作用のようなものが働いて、極悪人のはびこる余地はなかった。非道の噂が立てば誰もが居辛くなって、この村を出て行かざるを得なかったのだ。
 現在、青年団の中にも悪党呼ばわりされるような人物はいなかった。明け透けで猥雑であっても、誰もが好人物だった。村中の青年男女が顔見知りとも言えるような間柄で、言わば親戚関係にも似たような親しさが保たれていた。突飛な出来事など、起こる余地はないように思えた。村の若者達のその方面の捌け口は、四キロ程離れた駅のある町の繁華街にあった。青年達はよく、その街での歓楽の一夜を如何にも自慢げに口にしたりしていた。そしてそれは、駐在所の広田巡査に取っては管轄外の事であった。
 その日、広田巡査は事情聴取の後、一応の現場検証を済ませ、事件の詳しい調査を約束してつね代を帰してから、相変わらず、割り切れない思いを抱いたまま、取りあえずは本署に連絡して詳しい事件の解明を依頼した。



          三



 信次に取って秋本つね代は、近所の若い娘や人妻の中でも気になる一人だった。
 つね代が秋本家に嫁いで来たのは、四年前だった。
 当時、六年生だった信次は、秋本家で行われたその結婚式を見に行った。
 村では何処の家でも、結婚式は嫁をとるその家で行われるのが常だった。
 近所の人達はお披露目も兼ねて客として、その宴に招かれた。
 午後になって花嫁が到着すると、客達の前で三々九度の盃が交わされた。
 宴は夜の九時過ぎまでも続けられ、みんなが御機嫌になっていた。
 招待されない女や子供達は、庭先でその模様を眺め、祝儀の御馳走が振舞われた。
 結婚式は単調な村の生活の中では、年中行事の祭りを除いて最大の催し物だった。
 見物人達は口々に嫁の噂をし、評価を下した。
 つね代の評判はまず "器量よし" だという事だった。大柄な姿に白無垢の花嫁衣装がよく似合った。
 ふくよかな顔には優しい和やかさが満ちていた。
 信次は、こんなきれいな人は見た事がねえ、と思った。その花嫁姿に見惚れるのと共に、憧れにも近いような気持ちが湧き起こるのを無意識裡に意識していた。自分も将来はこんな人と結婚したいとさえ思った。
 
 
 





          -----------------



          takeziisan様

          有難う御座います
          野菜 花々の写真 新鮮でいいですね
          野菜のみずみずしさ このような物を
          口に出来る事の羨ましさをつくづく感じます
          スーパーの萎れかけたような物とは雲泥の差です
          花々の写真 相変わらず お見事です
          新鮮さ 清々しさが直に伝わって来ます
          拡大された美しさがいいですね
          水泳 日頃の鍛錬とは言え 現在
          よくそれだけの距離を泳げますね
          わたくしも九十九里の海近くで少年時代を   
          過ごしましたので 泳ぎには自信を持っていましたが
          二、三年前 温泉に行った時 夜中の広い浴槽に
          誰もいない事を幸い 少し泳いでみましたが
          全く泳ぐ力がなくなっていましてぴっくりした事が
          あります どうぞお元気でそのままお続け下さい


          桂蓮様

          有難う御座います
          自信と己惚れ
          面白い問題ですね
          自信過剰の人間には己惚れ屋が多いのでは
          ないでしょうか
          本当に自信のある人は そんなに大騒ぎを
          しないのではないでしょうか 本人に取っては
          それが当たり前の事に思われるので
          人の魅力 これもまた様々ですね 
          見た目は美しくても内面的には
          全く魅力のない人もいますし
          外見上は全く魅力の感じられない人でも
          一度 何かをすると途端に輝くように
          光りを 魅力を発揮する人もいますし
          実に人さまざま 人間って面白いですね
          いじめなのか拒絶なのか
          人は誰でも 他人を批判する時には
          ある種の快感を無意識裡に
          感じ取っているものなのではないでしょうか
          批判をする事で自分が優位性を抱く事が
          出来ますから
          人の批判など余り気にしない事です
          自分は自分の道を往く それで良いのでは
          自分をしっかり確立する事
          最も大切な事だと思うのですが
          現在の宗教界など 余り当てにしない方が
          良いですよ 生臭い人間ばかりが  
          多い気がします 何々師 何々僧などという言葉に
          惑わされない事です まず自身の心をしっかりと
          それ以外に頼る所はないのではないでしょうか
      
          
 
          
 
 
 
 
 

      
 

遺す言葉306 小説 その夏(1) 他 神経回路(練習) 

2020-08-09 12:31:54 | つぶやき
          神経回路(練習)(2020.8.1日作)

   習う という事は
   神経回路を 繋ぐ作業
   神経回路が繋がれば
   無意識裡にも 事は運ぶ
   失敗に失敗を重ね 
   如何にしても出来なかった事が ある日
   突然 出来るようになる
   その日まで 見えなかったものが ある日
   突然 見えるようになる
   失敗に失敗を重ねている その間
   神経回路は少しずつ 伸びている
   ある日 突然 それが一つに繋がる
   作業は完成する 後の作業は
   回路の保全 補強 強靭堅固な
   地盤を築く事
   作業を怠れば
   神経回路は錆び付いて来る



          ------------------



          その夏(1) 


          一


 太陽は暑かった。炎天下に雲の影一つなかった。八月の校庭の白い砂が眩しかった。
 百メートルのスタートダッシュを繰り返す伊藤信次の額に、頬に、首筋に、汗が流れた。焦げ茶の練習用パンツも、ブルーのランニングシャツも汗に濡れて、褐色の肌に張り付いた。
「もっと腰を高く、頭から突っ込むように出るんだ。おまえのはヨッコラショって、肥えたご(肥桶)でも担いで出てゆくようなもんだ」
 体育主任の清水先生の声も熱を帯びた。
 伊藤信次、中学生生活、最後の夏だった。
 信次の胸には燃えたぎるものがあった。
 信次に取ってこれは、復讐だった。今年十月に行われる郡の中学校対抗陸上競技大会、この機会を逃せば、永久に汚名を雪ぐ機会はないのだ。
 信次には、なんとしても勝ちたいという思いが強かった。
 相手は彗星のように信次の前に現れた。
 今年、五月初め、春の中学生選抜陸上競技大会で信次はこの相手に、思わぬ不覚を取っていた。信次は暫くは自分の敗北が信じられなくて茫然としていた。
 白浜中学、伊藤信次、中学一年当時から郡内に知れ渡った名前だった。
 一年生の春の大会で信次は三年生をも破って、まず最初の陸上競技大会の優勝を果たしていた。以来、年二回の競技大会で今年の春まで、その栄冠を他人に渡した事は一度もはなかった。それが今年の春、自分にも信じ兼ねる敗北を帰していた。
 信次は悔し涙を流す事さえ忘れていた。総てが夢の中の一瞬の出来事でしかなかったような気がしていてならなかった。しかし、それは紛れもない事実だった。
 
 その年の夏休み、陸上競技部合宿には男子十二名の生徒が参加していた。

 午前十一時過ぎ、間もなく午前の練習が終わろうかという頃になって、三人の警官が校庭に入って来た。
 警官達は校門を入った左手隅で三十分以上も何かを調べていた。
 警官達が帰り、練習が終わった後、清水先生が教員室に戻るとみんなは、興味津々、そこへ行ってみた。そこには "姦 "とらしく読める字が砂の上に残されていた。
「あにが、あっただべえがなあ」
 少年達はその字の意味が分からなくて口々に言った。
 その日、午後一時過ぎになると、村の駐在所の巡査が教員室を訪れた。
 教員室には清水先生と理科の木崎先生がいた。
「昨夜(ゆんべ)校庭で、あにが変わったような事があったのには、気が付かながったですかねえ」
 初老の黒縁メガネをかけた巡査は言った。
「さあ、別に・・・・」
 合宿の責任者の清水先生は言った。
「女の人の悲鳴とが、人の騒ぐような声とが」 
 巡査は聞きづらい事を口にする口調だった。
「いや、何も・・・・何かあったんですか ?」
 清水先生は、何故、そんな事を聞くのか、と訝し気な表情で聞いた。
「いや、てえした事ではねえんだけどもね」
 巡査は言葉を濁した後、協力を得るためには真相を打ち明けた方が良いと判断したらしかった。
「実はね、ゆんべ二時過ぎに、校庭の門の脇で三人の男達に襲われたっつう女がいでね。そっで、ちっと、調べでるような訳なんですよ」
 巡査は言った。
 清水先生はその言葉で、午前中からの出来事の一切を理解したらしかった。だが、先生に取っては不快な話しには違いなかった。
「それが、うちの生徒達だって言うんですか」
 と、些か気色ばんで先生は言った。
「いやいや、そういう事ではねえ。何しろ、相手は三人の " 若者 "だっつう事だがら。そっだもんで、そういう騒ぎがあった事に合宿ばしていて気が付かなかったがどうが、あにが、裏付げが欲しいど思ってね」
 巡査は言い訳がましく言った。
「でも、そんな事には全く気付きませんでしたね。なにしろ生徒達は昼間の練習で疲れていますんで、ぐつすり寝込んじゃいますから」
 清水先生も機嫌を直して穏やかに言った。
「そうりぁ、そうでしょうな」
 巡査は納得したように言ってから、その事件が、被害者自身からの届け出に依るものだと説明した。そして、本署に連絡すると三人の係官が来て、今、その裏付け調査中なのだ、とも言った。
 噂が村中に広がるのは速かった。
 合宿を伴った競技の練習は午後三時からも行われた。その練習には、村の青年団の選手達も参加した。青年団には青年団で、また別の競技大会が控えていたのだ。
 青年団の連中は、早くも広まった噂をもとに、信次達、中学生の前でも臆面もなく前夜の出来事を口にした。
「" やられだ "っつうのは、どごのアマッ子(女)だ ?」
「ほら、あの中里の鍛冶屋の嫁だっつう話しだ」
「ああ、あのアマが」  
 青年団の連中は手に負えない事を話す時の口調で言った。
「やった者達の見当は付いたのが ?」
「いや、ぜんぜん見当が付かねえらしい。第一、そんな夜中に県道ばうろうろしてる人間なんていねがったっつうもん」
「村の内の事だもん、すぐに見当は付くはな」
「そうだよ」
 中学生達は、静かな村には珍しい出来事に興味をそそられたまま、聞くともなく聞き耳をたてていた。
 その夜、保健室を急改造した合宿部屋で、中学生達は噂に夢中になった。性への好奇心と、潜在意識の中にうごめく欲望が彼等を眠らせなかった。
 清水先生は九時の消灯時間と共に、宿直室に引き上げていた。
「中里の鍛冶屋の嫁って、どんな女だ ?」
 少年達は信次に聞いた。
 合宿仲間の少年達の中では信次だけが中里だった。
「知んねえよ。そんな女」
 信次は電燈の消された部屋の中で布団の上に転がったまま、面倒くさそうに言った。
「あんだって、人の嫁が夜中になんがほっつぎ歩いでいだのがなあ」
「親父ど寝でりゃあいいのになあ」
 一人がませた冗談を言って、みんなが笑った。
 信次の心には動揺するものがあった。
 " 鍛冶屋の嫁 " と呼ばれる女を信次はよく知っていた。
 県道沿いの、お寺の前の家が" 鍛冶屋 "だった。信次が朝、学校へ行く時にはその家の横を通らなければならなかった。昔、鍛冶屋をやっていたという事で、今でもそう呼ばれていた。三十歳の一人息子と、その母親、嫁の三人暮らしだった。そして、その嫁のある種の評判は、中里にかかわらず、村の中でも若い者達の間では話題になっていた。
 信次もその評判は耳にしていた。近所ゆえに顔を合わせれば挨拶もした。大柄で男好きのする丸顔の美人だった。
 信次は他の皆んなが明かりの消された部屋の中で布団に横たわったまま、騒々しく騒いでいる中で一人、黙りこくり、その女の顔を思い浮かべていた。


          二


 秋本つね代が駐在所に駆け込んだのは、その日の朝、七時過ぎだった。





          ------------------


          takeziisan様

          いつもお褒めのお言葉を戴きまして
          恐縮しきりです 
          有難う御座います
          読み巧者のtakeziisan様であるからこそ
          嬉しさも倍増します
          小説の背景 そうです
          疎開していた当時の記憶を基にしています
          大きな背景は借りていますが 細部は創作です
          祖母の家の描写は事実です
          祖母は豪農で近所にも一目置かれていた家に
          嫁いだのですが その相手が酒で身代を潰してしまい
          一気にどん底に突き落とされてしまいました
          家も祖母が自分一人が住めればという思いで
          近所の手伝いをしながら自力で建てたものです
          昔の人で字は読めなかったのですが
          とても聡明な人でした
          紅孔雀 懐かしい曲ですが
          井口小夜子が唄っていたんですね
          知りませんでした
          井口小夜子と言えば戦前の歌謡曲ばかりが
          思い出されますので
          カラス瓜の花 きれいな花ですね
          こういう花が咲くとは知っていましたが 
          こんなにじっくり見るのは初めてです
          昨夜、家では月下美人が開きました
          御存知の通り 今朝はもうしぼんでいます
          白馬三山 相変わらずのお写真
          その美しさを充分 堪能出来ます
          登山靴の破れ
          わたくしは旅行中にやはり普通の靴の底が
          剥がれてしまい 雨の中で難渋した経験があります
          その時の事を思い出しました
          まあ 歳を重ねて来ると色々の事がありますね 
          くれぐれもお体を大切に
          少しでも元気でいたいものですね
       


   

遺す言葉305 小説 逃亡者(完) 他 今という時間 見えないものに 

2020-08-02 11:52:07 | つぶやき
          今という時間(2020.7.22日作)

   今 という時間はない
   時間は 一瞬の滞りなく流れ
   未来 過去を 形成する
   一瞬の滞りなく流れ 
   未来と過去を形成する時間を繋ぐもの 私
   私が 今
   今は 時間ではない 私 という存在
   私 という存在が 今
   私が居て 過去がある
   私が居て 未来がある
   私 という存在がなければ 
   未来はない
   私 という存在がなければ
   過去はない
   ここに私が居る それが
   今

          見えないものに(2020.7.20日作)

   眼に 
   見えないものに向き合っている時
   人は
   最も強く生きられる
   心に描いた 
   神仏 父母 恋人 友人 子供や孫
   真摯に向き合う一つの姿を 心の内に
   見い出し得た時 人は
   その姿と共に
   生きてゆける


          -----------------


          逃亡者(完)   

          三

 雨戸を開けてもいいのかどうか、ためらわれた。兵士が居る事を知られるのは、それがの人であってもまずかった。もし、告げ口でもされたら・・・・・・
 かと言って、一日中、雨戸を閉め切って置くわけにもゆかなかった。この、早くもまぶしい朝の光りが雨戸の透き間から射し込んで来るような日の中では、かえって近所の人達の注意を引いてしまうだろう。その上、なお続いている巡回の兵隊達の眼を引く危険性も多分にあった。八畳と六畳の二間だけの家では隠れる場所もない。
 祖母は思案の末、
「仕方がねえ、押入れの中に入っていなせえ。中の物ば出して、そごさ布団ば敷いで寝でるどいい」
 と言った。
 若い兵士にはまだ、自分の考えを実行するだけの気力も体力もなかった。昨夜の疲労困憊した様子こそなかったものの、相変わらずの高熱と傷の痛みとで起き上がる力もなかった。
 祖母は押入れの中の物を引っ張り出すと予備の布団を敷いた。その後、高熱に浮かされている兵士を助け起こし、引き摺るようにして押入れの中に導いた。
 唐紙の戸は三分の一程を開け、外からは中が見えないようにした。それで、気付かれる恐れはなかった。
 午前八時頃に最初の兵隊達の姿が、の中央を走る県道に見られた。
 昨日と同じように、もし、何かの手懸りが得られたら、直ちに本部に知らせるように、と触れ廻っていた。
 付近の松林の捜索も一斉に行われた。銃を持った兵隊達が軍用犬と共に、総ての松林という松林に入って行った。馬に乗った将校らしい男達の姿も見られた。
 晩秋の初冬に近い季節で、格別の農作業もない村人達はただ、息を呑むような思いでその捜索を見守っていた。
 昭和十九年も終わりに近い頃、この九十九里の沿岸には米国軍の敵前上陸があるとい噂の下、急遽、何個師団かの軍隊が派遣されて来た。海岸線には監視所が建てられ、米軍の敵前上陸に備えての、万全の体制が整えられつつあった。村人達は米国軍敵前上陸の噂の中で、誰もが派遣されて来た軍隊を見て大きな安心感を抱くと共に、一人一人の兵隊達には親近感に近い感情をも抱くようになっていた。
 そんな中での軍隊の規律を破っての上官射殺事件だった。誰もが逃亡した兵士を極悪非道のと見ても不思議はなかった。村人達の軍隊に対する協力的態度は当然の事であった。無論、祖母にしても、そんな考えに変わりはなかった。一地方の農村で素朴に生きて来た祖母にしてみれば、何事であれ、人々の規律を乱し、罪を犯した人間は当然の事ながら、断罪されて然るべきだという考えを持っていた。少なくとも、当の張本人が眼の前に現れるまではーー。 
 密告するのは容易い事であった。若い、傷を負った兵士にしても、密告される事への恐れは当然ながらに抱いていたに違いなかった。表面は優しくされていても、いつ、どんな時に何が起こるか分からない。
 ただ、兵士の負った深い傷が彼に心のままの充分な行動を取らせなかった。取り得なかった。高熱と体力の消耗がそれを阻んでいた。
 祖母は若い兵士に同情したのではなかった。兵士の姿の余りの痛ましさに心を動かされた、それだけの事にしか過ぎなかった。善人も悪人もなかった。人の痛みに感応する人間らしい心がそこにあった、というだけの事だった。
 若い兵士の看病と保護が祖母の重要な仕事となった。近所の農家の仕事を手伝いながら生計を立てている祖母にしてみれば、農作業のないこの季節、手内職の藁草履を作る仕事だけの毎日で、格別に手のかかる仕事もなかった。
 祖母はその手内職と、若い兵士の看病の間には毎日、覗き見するような形で、依然として巡回を解かない兵隊達の動向に気を配っていた。
 若い兵士の傷が快方に向かい始めたのは、四日目になった辺りからだった。
 ほとんど手当という手当てもしないままに、ヨードチンキでの消毒だけの治療でも兵士の傷は格別の悪化も見せなかった。
 傷の快方と共に若者はよく眠るようにもなった。ほとんど取る事もなかった食事も僅かではあったが口にするようになった。それと共に感情も落ち着いて来たかのように、折々に柔らかい表情を見せるようにもなっていた。
 それでも若い兵士はよく眠った。食事を済ますとそのまま何時の間にか深い眠りに入っていた。まだ、体力の回復の完全ではない事の証のようでもあった。
 そんな折り、ある夜、思わぬ緊張の場面があった。
 祖母と少年は一日置きに近くの農家へ風呂を貰いに行くのが常だった。その夜も兵士が眠っている間に出掛けた。帰って来て土間の板戸を開けて中に入るといきなり兵士が、二人がこれまで気付く事もなかった拳銃を手にして祖母の胸倉を掴み、突き付けて来た。その眼には憎悪の色がたぎっていた。
 呆気に取られ、狼狽する祖母に兵士は言った。
「何処へ行った。何処へ行って俺の居るのを喋って来た」
 祖母は呆気に取られたまま、それでも気丈だった。
「あにば言うだ。馬鹿な事ばすっでねえ。わし等は風呂ば貰いに行って来ただ。ほら、見なせえ」
 祖母は濡れた手拭を差し出して見せた。
「俺が居るのを喋っただろう」
 兵士はなおも祖母の胸倉を掴んだまま離さなかった。
「喋りゃあしねえ。喋ったりしねえ。喋るぐれえなら、あんでおめえさんば匿ったりすっだ。匿った事が知れれば、わし等が咎めを受けるだ。ろぐでもねえ事ば言うもんでねえ」
 祖母はこれまでの親切を無にされた事への腹立ちを、顔中一杯に漲らせて兵士に食って掛かった。
 兵士は途端に息を呑んだように口を噤んだ。まるで人形が崩れるように、祖母の胸倉を掴んでいた手を離すと、そのまま傷付いた足を引き摺りながら上がり框へ戻り、力の抜けたように座り込んだ。
「済まない。申し訳ない」 
 兵士はそう言って泣き出した。声を殺して必死に涙を抑えるようにしてすすり泣いた。
「いいだ、いいだ。分かればいいだ。いいだがら布団さいって寝みなせえ。早ぐ体ば治してしまわねえ事には、どうにもなんねえだ。あんたの告げ口ばするような事など、決してしねえがら安心しなせえ」
 祖母は言った。

          四


 上官射殺犯人への追及はかなり執拗なものがあった。祖母が近所の店へ買い物に行った折りに耳にした噂によると、捜索の手はこの村ばかりではなく、隣り村、或いは、その向こうの駅のある町にも及んでいると言う事であった。駅周辺には絶えず二、三人の兵隊の見張りが出でいて、逃亡兵が高飛びをするのを防いでいるという事であった。
 若い兵士は祖母の言葉を聞くと顔を引きつらせ、緊張の表情を見せた。
 恐らく、ありとあらゆる所に、手配の手続きは取られているに違いない。
 自分の逃亡の不可能性を兵士は、敏感に感じ取っていたに違いなく、重く口を閉ざしたまま何も言わなかった。
 兵士の体力は七日程して回復した。傷そのものも完治した訳ではなかったが、脚を引き摺りながらでも歩く事が出来るようになった。熱の出る事もなくなった。
 しかし、若い兵士の行動の自由が許された訳ではなかった。依然として密告への恐れは消えていなかった。一目でも村人達の眼に若い兵士の姿が触れれば、立ちどころに軍本部への報告がなされる事は疑いがなかった。
 若い兵士は回復した体力を持て余しながら、相変わらず昼の間は押入れの中で過ごさなければならなかった。夜になり、雨戸が建てられるとようやく押入れから出て来た。
 少年に取っても、その兵士と過ごす夜の時間は、これまでにない楽しい時間となった。
 兵士は、兵隊という名が呼び起こす厳めしさはなく、時折り、信じられない程に幼い素顔をのぞかせる事もあった。
 その兵士は、なぜ祖母と少年が二人だけで暮らしているのか、聞いた。そしてまた、自分の身の上も話した。
 この若い兵士は新潟の農家の出であった。冬になると雪に埋もれて暮らす話しや、やはり今では祖母と同じように年老いた両親が、炉端でちょうど祖母がしているように、藁仕事をしていた事、針仕事をしていた事などを話した。
 兵士は五人兄弟の末っ子で、三人の姉は嫁ぎ、たった一人の兄は兵隊で外地に赴いているという事だった。
 兵士は概して人懐こく、話し好きのようだった。ただ一つ、何故、上官を射殺したのかという事になると、祖母の問い掛けにもその言葉が聞こえなかったかのように、耳を閉ざしたまま、答えようとはしなかった。
 祖母は再び、聞く事はなかった。
 少年は兵士の話しを聞くのが好きだった。少年の、やはり戦争に出ている父と、三歳の妹を抱えて東京の家を守る母とも離れて暮らす毎日の中で、兵士は少年には、気持ちの優しい実の兄のように感じられた。大きな魚を釣った時の話しや、雪を屋根から降ろすのだなどという兵士の話しを少年は、まるで昔話のように聞いた。こんなにも長く氷柱が伸びて陽に光るのだ、と大きく手を広げて見せた時の表情には思わず胸を躍らせていた。若い兵士は少年に取っては未知の夢に溢れた存在だった。
 兵士はまた、ナイフを使う手仕事が上手かった。少年が切って来た竹などで器用に鳥籠や竹とんぼなどを作ってくれたりした。
 少年には、兵士が何時かは、この家を出て行くのだ、という事は分かっていた。出て行かざるを得ないのだと。しかし、少年には、その限られた時間の中であるからこそ、一層、兵士と過ごす時間が大切なものに思えて来て、兵士に対する思慕の念と愛着の度合いが増すばかりだった。一日一日が少年に取っては掛けがえのない貴重な時間となった。
 そしてある夜、兵士は遂に少年と祖母にこの家を出て行く決意を打ち明けた。
 兵士が緊急に出て行かなければならない理由はなかった。今までと同じ様に暮らして行くのも不可能ではなかった。だが、兵士は上官を射殺した逃亡兵であり、追われる身であるという事実は如何ともし難かった。永遠にこの家に留まる事は出来なかった。
「何処へいきなさる ?」
 と、祖母は聞いた。
「両親の傍へ帰りたい」
 兵士は言った。
 祖母は黙った。
 暫くしてから祖母は独り言のように言った。
「だけっど、戻れるだろうかよう」
 若い兵士の顔に不安が浮かんだ。
 戻れそうにない事を察知しているようだった。
 村の中を巡回する兵隊の姿は、この頃には既に見られなくなっていたが、それなりの手配態勢の取られている事は周知の事実だった。それでも、若い兵士の決意は変わらないようだった。
「汽車に乗る事は出来めえ」
 祖母は言った。
 兵士は頷いただけだった。


 翌年、八月、戦争が終わった。
 あの若い兵士がその後、どうしたのか、祖母も少年も、その消息を知る事は出来なかった。


         完



          -------------------


          takeziisan様

          有難う御座います
          今回もブログ 大変楽しく
          拝見させて戴きました
          畑の雑草 まあ 凄いですねえ
          不謹慎ながら 今回も笑い出してしまいました
          やっぱり 物を収穫するとなると
          それなりの苦労が要るものですね
          「ウィ ア ザ ワールド」
          大変いい画面を見せて戴きました
          一時 盛んに歌われた唄ですが  
          改めて聞き直しても感動的です
          多分にアーチストの存在によるものでしょうが
          心のこもった感情が伝わって来ます
          日本のアーチスト達では 軽さばかりが目立って
          このような感動は無理だと思います
          「スーザン ボイル」
          何回見てもいいですね 
          最初は嘲笑的 軽蔑的視線で見ていた者達の
          驚きに変わる表情 涙ぐんでいる者もいました
          事実 わたくしも涙ぐみました
          人は 見た眼で軽々しく判断してはいけない  
          という事ですね
          何時も楽しい画面 これからも
          宜しくお願いします と 
          言いたい所ですが 以前も申しました通り
          御負担をお掛けする事になるのでしょうか