三つの不思議な出来事(2010.7.31日作)
(そのⅠ)
戦後 この国が まだ貧しく
わたしが 中学校卒業後間もなくの 少年だった頃
仕事の関係で 父と二人 東京 池袋で
小さな木造アパートの四畳半 一間の部屋に
暮らしていた
父は 十日に一度の休日には 前日
仕事が終わったあとで
母たち 家族がいる千葉県の田舎へ帰り
翌日また 戻って来るという
生活が続いていた
わたしはいつも一人 東京での休日を
楽しんでいた
そんな生活の中で ある時
いつもの休日を過ごして帰宅した夕方
部屋へ入ったわたしは
いつになく 部屋の中に漂う寂寥感を
意識した
普段にはない 妙に寂しい感覚だった
無論 それが何なのか 何故なのか
分かるはずもなく わたしは
あまり 気にもしなかった
父の帰宅はいつも 午後九時過ぎだった
部屋の中にある目覚まし時計の針は
午後七時過ぎを差していた
その時 電報の知らせが入った
電報を受け取ったわたしは
なんの電報か 不審に思いながら開くと
「チチ クワイワルイ カエレナイ」と
カタカナ文字で書かれていた
(濁点の一つは一文字に数えられるため
電報では濁点は省略されるのが慣わしだった)
まだ 電話の少なかった時代
わたしの不安は一気に高まった
と 同時に 部屋に入った瞬間 感じた あの
異様な寂寥感は
この事を事前に予告していたのだ と 初めて
気が付いた・・・・・
この 不思議な感覚 寂寥感
わたしは父や母の 少年のわたしが一人
東京での生活をしなければならない事への
心配 そのわたしを思う心が この感覚となって
わたしに伝わって来たのだ と 理解して
遠く 何百キロと離れても通い合う
人の心の不思議を思わずにはいられなかった
幸い 父の具合は 三日程で良くなり
また 以前の生活に戻った
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海辺の宿(3)
「分からないわ。まだ、そこまで考えていないわ。当分、何も考えないで、一人の時間をゆっくり過ごしてみたいと思うの。しばらく行かなかった、お芝居や音楽会などにも行ってみるつもりよ」
「それも、いいだろうな」
男は熱意のない声で言った。
「もう、わたし、何年ぐらいそうやって外へ出る事がなかったのかしら ? 二年 ? 三年 ?」
男は答えなかった。
「わたし、自分がすっかり歳を取ってしまったような気がするわ。でも、よく考えてみると、ようやく三十一歳になったばかりなんだわ。まだ、老け込むのには早いと思うの」
「きみは若いよ。まだ、若いよ」
男は虚ろな声で言った。
「そうでもないわ。あなたと結婚した当時から比べると・・・・。まだ、五年と少ししか経っていないのに」
男は黙っていた。
「わたし、もう一度、やり直しだわ。若返って・・・・。なにかこう、自分の好きなものを活かせる洋服のデザインとか、そういうものをやってみたいと思っているの」
「お父さんに頼んでみればいいじゃないか。店を出すぐらいは援助してくれるだろう」
「駄目よ。父には頼めないわ。父の会社とはまた別に、自分一人の力でやってみるつもりよ。学生時代のお友達にそういう関係の仕事をしている人がいるから、泣き込むつもりよ」
「そうか、おれ達の結婚生活は五年か・・・・」
男は改めて歳月を思い返すかのように言った。
「そうでしょう。だって、みんなで北海道旅行へ行った翌年だから」
「ああ、八木厚子や唐沢文江なんかと一緒だった、あの旅行の翌年だったからなあ」
「そうよ、あれから、もう五年よ」
「なんだか、つい、この間だったような気がする」
「でも、わたしたち、絶えず喧嘩をしていたわね」
「そうかも知れない」
「なぜ、うまくゆかなかったのかしら ?」
「わがままだったのさ」
男が言った。
「お互いにね」
女も言った。
「いっそ、別れた方がすっきりするかも知れない」
男が言った。
「そうね」
と、女は言った。それから、
「でも、わたし・・・・」と言うと言葉が途切れた。
しばらくは口を噤んだままで二人は歩いた。
男には女の泣いている気配が察しられた。
「宿の葬儀は明日出るのかなあ」
男がポツリと言った。
「そうらしいわ」
女が落ち着きを取り戻した静かな声で答えた。
「きみは、どうするつもりだったの ?」
「お部屋にじっとしていて、外に出ないようにしていようと思ったの。なんだか、心細くて・・・・。あなたが来てくれて良かったわ」
女は心底、安心したように言った。
男は何も言わなかった。
「あれ、なんだか分かる ?」
突然、女が闇の中で遠い彼方を指差して言った。
「何が・・・・ ?」
男は女の指差す方を見ながら言った。
「ほら、あの沖の方で光っているもの」
男は闇の中で眼を凝らし、女の指差す彼方を見つめた。
「漁火だろう」
「そうじゃないわよ。ほら、もっと右側の」
男には分からないようだった。
「灯台の明かりよ。岬の灯台の明かり。ほら、時々、キラッ、キラッって光ってるでしょう」
「うん」
今度は男にも分かったようだった。
「灯台の明かりなの。岬の灯台の明かりよ」
「ずいぶん遠いなあ」
男は言った。
「遠いわ。わたし初め、なんだか分からなくて不思議に思い、宿の人に聞いてみたの。そうしたら、灯台の明かりだって教えてくれたの。ずいぶん遠いわ」
女も言った。
「--帰ろうか ? 寒くなって来た」
「わたし、初めてあの明かりを見た時、びっくりしちゃった。海の中にあんな明かりが見えるなんて」
「帰ろう」
と、男は言った。
「そうね、本当に寒くなって来たわ」
「明日、葬儀は何時ごろ出るんだろう」
「午後になるらしいわよ」
二
翌日は朝から霧のような雨が降っていた。
宿では葬儀の準備で忙しかった。
二人は二階の部屋にこもったままでいた。
女将が挨拶に来た。
「御迷惑をお掛けして申し訳御座いません」
二人は気持ちとしての香典をちり紙(し)に包んで女将に渡した。
窓から眺める景色は一面、灰色の雨に濡れていた。
女は午前中、ソファーに掛け、編み物の針を動かし続けていた。
男は所在無げに窓辺に立ってタバコばかりを吹かしていた。
宿の庭では喪服姿の人々の出入りが慌しかった。
霧のような雨はなお止み間なく続いていた。窓から見下ろせる松林も、その向こうに見える海も砂浜も、総てが灰色の世界に塗り込められていた。
葬儀は午後一時に宿を出た。灰色の雨に濡れて黒い行列となり、ゆっくりと門を出て行った。
白い覆いを付けた柩を大きな大八車に載せ、村の消防団の半纏を着た男達がその前後に付いて運んで行った。
従者が柄の長い大きな赤い傘を差し掛ける紫衣の僧侶を先頭に、黒い喪服の参列者たちがそれぞれに傘を差し、黙ったままあとに続いた。
念仏を唱える年寄りたちの打ち鳴らす鉦の音が、霧のような雨の中に物憂く響いていた。男も女も窓辺に立ったまま、無言でその光景を見詰めていた。
黒い行列はやがて松林の陰に見えなくなっていった。
「人がひとり、死んだんだなあ」
男が呟くように言った。
女は黙って松林の陰に消えていった葬列を、なお見続けるかのように窓辺に立っていた。
年寄りたちの打ち鳴らす鉦の音が次第に小さくなり、雨の中に溶け込むかのように聞こえなくなっていった。
「土葬なのかしら ?」
女が言った。
「そうらしいね」
男が言った。
「嫌だわ、人が死んだのを見るなんて」
「仕方がないさ」
男も女もそれっきり黙っていた。
男はまた、タバコを取り出すと口元に運んだ。
女はソファーに戻って編み物の針を取り上げた。
慌しかった宿の中が急にひっそりと静まり返って、雨の音だけが小さく聞こえていた。
1時ごろに雨が上がった。
急速に雲が動いて空が晴れた。
秋の日差しが戻ると、男が女を振り返って、
「散歩に行かないか ?」
と言った。
それまで二人はずっと黙ったままでいた。
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takeziisan様
いつも有難う御座います
御礼申し上げます
「秋の歌」お馴染みブェルレーヌですね
写真がいいですね 銀杏の並木道
わたくしは秋の銀杏を見ると 昔
奈良光枝が歌った「白いランプの灯る道」
丘 灯至夫 作詞 古関 祐而 作曲
この歌をいつも思い出します
ちょっとロマンティックないい歌ですよ
イチゴ植え付け 野菜などの写真を
拝見するたびに羨ましさを覚えます
本当の豊かさとは何か 考えさせられます
宮田輝 天地真佐雄 なんと懐かしい名前な事か
あの頃のNHKの番組には 落ち着きと
品の良さがありました 藤倉修一 青木一雄
高橋敬三 スポーツの志村正順 数々の
名アナウンサーの名前が甦ります
今のNHKアナに昔の人たちの実力を望むのは
無理な事なのですかね
諸田玲子 この作家にそのような経緯があったとは
時代小説にはまったく疎い者ですが 以前
日経新聞にこの作家が小説を連載していた事があり
退屈した折りなど 時々 読んでみたりしていて
ああ いい文章を書く人だな と思った事があります
サルスベリ 性の強い木です
わたくしの家の田舎の墓地にこの木が
覆いかぶさるように生えていて邪魔になるので
植木屋に頼み 掘り出して貰いました ところが
それから何年かしてまた生えて来て 今では昔の木と
全く同じ形の木になっています
この木には別の逸話がありまして
掘り起こしてこの木を運ぶ途中でその車が
大きな事故を起こしてしまいました それで
墓地にあった木ゆえ 何かの祟りなのではなどと
要らぬ心配をして今の木はそのままにしてあります
お陰で落葉で掃除が大変です
いつもお眼をお通し戴きまして
有難う御座います