電話サギが来た(2019.1.22日作)
電話サギが来た
平成三十一年(2019)一月十九日
午前中 警察から と名乗った
市内で八人のサギグループが逮捕され
中に 二人の銀行員がいた その銀行員が
私の預金通帳の情報を漏らした 就いては
通帳の情報が正しいものかどうか
確認したいので 通帳に書いてある
番号を教えて下さい
警察から と 名乗った男は 言った 男は
私の これまで誰一人 読めた事のない
難しい読みの名前も知っていて その
読み方を教えてくれ と言った
私はその時まだ 「警察」 という言葉を
疑っていなかった 名前の読み方 を 教えた
男の言葉遣いは 巧みで明快 疑いを 差し挟む余地は
何処にもなかった だが 私の心の中では
通帳の番号を 教えてくれ という言葉には
なぜか 敏感に 反応した 即座に
いや それは出来ないです おっかなくて
そんな事は出来ません と 言っていた
その時 相手は 警察官 という意識は 私の内では
まだ 消えていなかった それでも何故か 即座に
拒絶反応が 働いた 相手は その言葉を聞いて
軽い笑いを漏らした それからすぐに
何かあったら すぐに警察に電話をして下さい と
それ以上の 事は聞かずに 言った 私は
はい と答えて 電話を切った
以上がサギ師 との やり取り だが
私の心の中では 何か
腑に落ちない思いがあったらしかった 私は
なんとなく 警察に改めて 確かめてみよう という
気持ちになっていた 警察に電話をすると 警察官は
そんな電話はしていない と言った それで 始めて
電話サギだったんだ と納得した
その日 たまたま 用事があって赴いた 銀行で
こういう電話があった と言うと
番号は教えてないですね と言った
番号を教えてなければ大丈夫です
安全を約束してくれた まずは
一安心 安堵した しかし 無論の事
油断は禁物 これから先も 気は抜けない
注意は充分 細心 気を付けて 小まめに
通帳チェックは するつもり
どんな不祥事 何が起こるか 分からないーー
それにしても いかにも巧みな 語り口
皆さん どうか 御注意 気を付けて 自身の身
自分を守るのは 自身が持つ 誰にも犯せない
自身の権利 たとえ 警察であったにしても
犯す事の出来ない個人の権利 安易に
他人 他者に 渡せるものではない
大切 重要 貴重な 情報 数字 番号 は
安易 安直 軽々しく 口にしないに
越した事はない
夜明けが一番哀しい(10)
数十メートルほど先の歩道に、ピンキーのパクッて来たクーガーが乗り上げ、大きなイチョウの樹に激突してメチャメチャになった姿があった。
「画伯だわ」
安子が、呑んだ息を吐き出すようにして言った。
「あの人、どうしたかしら?」
トン子が言うと、三人は早くも走り出していた。
三人が現場に着くと、前半分をメチャメチャにした社内に、画伯がハンドルにもたれてうつ伏せになっていた。
「こりゃあ、ひどい」
ノッポが思わず言った。
「画伯は生きてんの ?」
トン子が不安を抑え切れない声で言った。
「死んでるんじゃない ? 死んでるみたいよ。あんた、ちょっと見てみなよ」
安子がノッポに言った。
「やだよ、おれ」
ノッポは露骨に嫌悪と怯えの表情を見せて尻込みした。
三人は声もなく、フロントガラスの飛び散った車内を恐る恐る覗き込んだ。
ようやくピンキーが辿り着いた。
「画伯が死んでるみたいよ」
トン子がピンキーを振り返った。
ピンキーは眼を丸くして見ていたが、半開きになったドアを無理にこじ開け、体を入れると画伯の体を揺すった。
「おい ! おい !」
画伯は答えなかった。
ピンキーが肩を押さえて体を起こすと、画伯は口から血を吐き、額から頬の辺りを飛び散ったガラスで傷だらけにして事切れていた。
「完全に死んでらあ」
ピンキーは投げ遣りに言って体を離した。
「いったい、なんの心算だったのかしら ?」
安子が怯えた声で言った。
「普通、車のガラスなんて、細かく割れたって、こんなに飛び散らないもんだぜ」
ノッポが言った。
「バカだねえ」
トン子が涙声で言った。
「アンパンにラリッテるくせしやがって、車なんか運転すっからだよ」
ピンキーが軽蔑を含んだ口調で言った。
「あんただってそうよ。あたしたち来る時、何回、殺されそうになったか知れやしないわ」
安子がピンキーを非難した。
ピンキーは何処吹く風といった様子で何も答えなかった。
「どうする ? 警察に知らせる ?」
トン子が言った。
「ヤバイよ」
ノッポが怯えて言った。
「死んじゃったもん、どうしようもねえじゃねえかよう」
ピンキーは吐き出すように言った。
「行こう、行こう」
ノッポは一刻も早く、この場を立ち去りたい様子だった。
女二人は、なおも気がかりな様子で車の中を覗いていた。
ノッポはそんな二人を促すと、先に立って歩き出した。
ピンキーは一人残された。
彼はぼんやり立っていた。頭の中が思うように回転しなかった。今頃になって酔いが廻って来たようで体がぐらぐらした。急に吐き気がして来て、何度かその場でゲーゲーやった。食物の入っていない胃袋は絞り上げられるだけで、何も吐き出さなかった。
ピンキーはやがて歩き出した。冷たい水を思い切り頭から被りたかった。岸壁へ行けば海の水で顔が洗えるかも知れない。人気のない公園の中へ入って行くと、噴水が夜明けの空間に、盛んに白い水しぶきを上げているのが眼に入った。物みな総てが、ひっそりと息をひそめている中で、その噴水だけが場違いなほど活発で、華やぎに満ちていた。
ピンキーはその華やぎを、まるで何かの誘いでもあるかのように感じながら急ぎ足で近付いて行くと、噴水のそばに身を寄せて水盤の中に身を乗り出し、両手に水を救って一気に顔に浴びせかけた。
水は思いのほか冷たかった。その冷たい水の感触が、頭の中に詰まって、今にも破裂しそうなほどに膨れ上がった鬱積物を、爽快に流し去ってくれそうな気がした。
ピンキーはその心地よさに酔うように、さらにメチャクチャに同じ行為を続けた。頭の芯が痛いほどに冷え切った時、ようやく手を止めた。水盤の淵に両手を付いて、頭から水の滴り落ちるのに任せたままでうな垂れていた。
" あんな奴らに付き合っちゃいられねえや "
ピンキーは体を起こすと犬のように頭を振って、髪の水を飛び散らした。
ノッポにも安子にもトン子にも、ピンキーはイライラした。奴らなんか大っ嫌いだ !
画伯のやつが車をぶっつけてしまったおかげで、どうやって東京へ帰ったらいいのか分からなかった。フー子からせびった金はトン子が持っていってしまった。また、別の車をパクルより仕方がないようだった。
子豚のように丸っこい短足のトン子は、ともすればノッポと安子から遅れがちになった。
「あんた、早く歩きなよ。置いてくよ」
画伯が引き起こした事故の現場から一刻も早く遠ざかりたい安子は、トン子のノロさ加減にいらいらして、何度も振り返りながら剣突を食わせた。
「だってわたし、お腹が空いちゃって歩けないよ」
トン子は泣きべそをかいた。
肩から掛けたポシェットさえが重く感じられる上に、足首まである長いスカートが纏わり付いて邪魔になった。
「ちょっと、お金かしてくれよ。おれたち、先に行くからさ」
ノッポが苛立って言った。
ノッポは邪魔なトン子を除け者にして、安子と二人だけになりたかったのだ。
「あたし、キヨスクに間に合わないわ」
安子が言った。
「あんなもん 休んじゃえばいいじゃん。おれんちに来てゆっくり寝た方がいいよ」
「そんな訳にはゆかないわよ」
結局、安子とノッポはトン子を言いくるめると、彼女の手に千円を残し、自分たちは三千円を持って先に帰った。
トン子は一人になると、むしろホッとした。
" あの二人と一緒にいると、馬車馬のように急き立てられてくたびれてしまうわ "
それでいてトン子の心は妙に淋しかった。
何台かのタクシーに出会ったが、トン子は停めようとは思わなかった。心の深い所に画伯の死がこびり付いていて、なるべく人に会いたくない気持ちだった。
駅までの道がどう続いているのか、よく分からなかった。来る時に車が一瞬、国電の近くを通過した事を覚えていた。それを頼りに歩いて行った。
家へ帰ったら、何時になるのだろう ?
いつも新宿から帰る時は、両親はまだ起きていなかった。それでトン子は、用意して置いた踏み台からブロック塀をよじ登り、柿の木を伝わって少し開けておく二階の窓から、自分の部屋へ入るのだった。だけど、この時間では、いつものように旨くゆくかどうか分からない・・・・・
出来る事なら、道端へ腰を下ろして休みたかった。うるさいノッポと安子がいないと思うと 、いっぺんに疲れが出て来て、重い足を引きずり歩いた。---夢の王子様は、今日もトン子の前に現れなかった。
トン子が土曜日毎に" ディスコ・新宿うえだ "へ通うのは、踊るのが好きなわけでも、仲間達に会うのが楽しいからでもなかった。週日を母の農業を手伝ったり、家事をして過ごすトン子は、周囲に広がる田圃や畑の景色にうんざりしていた。それでトン子は、近くの工場に勤めている父が日曜日の休みのせいで、その日は母も朝が遅い土曜日の夜にだけ、安心して家を抜け出し、自分の夢を追うようにわざわざ二時間以上もかけて、新宿へ通って来るのだった。
十八歳のトン子には、新宿はいつも夢を与えてくれる街だった。きらびやかに輝くネオンサインと溢れる人の波、絶え間のない喧騒が。知らず知らずにトン子の心を浮き立たせていて、トン子は自分が夢の世界にいる気がするのだった。そして事実、トン子でさえが、当てもなく街の中を歩いている時には、何人かの若者や中年の男達にまで声を掛けられて、自分という人間の価値が認められたような気がして来て、心の華やぎを覚えるのだった。
トン子の胸がキュンとなり、緊張感を覚えるのは、そういう時だった。トン子はそんな時、一瞬、男達の誘いにのって付いて行ってもいいかな、と思う。だが、臆病なトン子の心は最後の瞬間に、そんな自分を裏切っていた。心臓が激しく高鳴って、息の詰まりそうな感じと共に、言葉が口を出て来ないのだった。そしてトン子は、鋼のような硬い表情で男達から離れていた。
トン子の心にはそんな時、いつも悔いが残った。どうして、うん、と言えなかったのだろう・・・・せっかくの機会を逃してしまったという思いのうちに、絶望的な後悔にさいなまれた。そして、最後にトン子が辿り着くのが結局 "うえだ "だった。 "うえだ "にはトン子の夢はなかったが、心の安らぎを得られる場所があった。
最初トン子は、ピンキーを夢の王子様だと思った。赤ん坊のようにピンク色の肌をした美少年のピンキーは、あらゆる女性達の眼を惹いた。ピンキーに少しでも心を惹かれた女達は、だが次には、ピンキーの口から出て来る激しい言葉の数々に必ず度肝を抜かれた。トン子もまさしくそんな一人だった。そして、トン子は思った。わたしの求める王子様は、もっと優しくなければならない・・・・
ピンキーは明らかに女性達を嫌っていた。そのためピンキーが、新宿という街に生きていながら、まだ童貞だという事もトン子は知っていた。トン子はもう、ピンキーにどんな幻想も抱いていなかった。ピンキーは決して心の通い合う事のない一人の仲間だった。
トン子は夜明けの明るさに染まった街を歩きながら、ピンキーは酒に酔ったまま、何処へ行ったのだろう、と考えた。そして、フー子は ? 画伯が事故を起こした車は、もう発見されただろうか ? 中で画伯が死んでいるのを見て、みんなは大騒ぎをするに違いない・・・・
トン子は鉄の足枷をはめられたように重い足を引きずりながら、今は一刻も早く家へ帰って眠りたいと思った。
完