遺す言葉

つぶやき日記

遺す言葉(453)  小説 いつか来た道 また行く道(13) 他 有難う そして感謝 同窓会

2023-06-25 12:37:10 | つぶやき
           有難う そして感謝 同窓会(2016.8.9日作) 



 昭和二十九年(1954)三月
 千葉県匝瑳郡白浜村中学校卒業生
 卒業写真に写る まだ
 幼さを残す面影 総勢六十六名
 あれから既に六十年余
 ほぼ二年に一度の割合で行われた
 同窓会が今 最終局面 終わりの時を
 迎えようとしている 有り難う
 今日まで幹事を務めてくれた
 地元の皆さん 有り難う
 良くぞ今日まで続いた同窓会
 地元の皆さん 幹事の皆さん方の
 努力と骨折りがあったればこその成果
「同窓会なんか一度も開かれた事がないよ」
 そんな声も聴かれる中
 昭和二十九年白浜村中学校卒業生は
 二年に一度の顔合わせ 同窓会で あの
 卒業写真に写る まだ 幼さを残す面影の
 あの時代 あの頃に 何時でも還る事が出来た
 幸せなひと時 しかし その時も今
 終わりを迎えようとしている 過ぎ逝く時
 移ろう時の 如何ともし難い現実 人は
 若さを失い 老いを迎える
 昭和二十九年白浜村中学校卒業生もまた 皆
 老いた あの卒業写真に写る 幼い頃のみんなの
 未来を見つめる眼 希望に輝く頬の色は もはや
 見る事は出来ない 失われた未来
 迫り来る 人生の終わりの時 その足音だけが
 日々刻刻 高くなり 身近になる現実 今日この頃
 さよなら さよなら 
 遠く旅立ち 還らぬ人となった あの人 この人
 さよなら さよなら
 耳に 眼に 届いて来るのは その声 現実
「また 来年」
「また 会いましょう」
 次第にか細く 影を薄くしてゆく
 明日への約束 未来への誓い
  閉ざされた未来 現実が滅入る気持ち
 絶望の暗鬱だけを運んで来る
 さよなら さよなら
 さよならだけが 残された人生
 今一度の青春
 昭和二十九年白浜村中学校卒業生 あの当時の
 若さへの立ち返り 僅かに残る可能性
 あと幾度かの同窓会に せめてもの
 希望を託し 人生の終わりの時の今を生きる
 慰めとしながら か細い命の糸に掴まり
 今日という日を生きてゆこう
 さよなら さよなら もう 再び 会う事は出来ない 
 必ず訪れるその時 その日を前に
 あの時 この時 豊かだった同窓会の記憶 
 その時々の思い出を胸に 今
 深い感謝の気持ちと共に 地元の皆さん
 幹事を務めてくれた皆さんに 心よりの
 御礼を申し上げます
 長い間 有難う御座いました そして
 御苦労様でした これから後(のち) ふたたび
 顔を合わせる事 会う事は出来なくなっても どうか
 皆さん お元気で 豊かな時 人生の終わりの日々を
 悔いなく生きて下さい
 地元の皆さん 幹事の皆さん そして 
 何時も元気な顔を見せてくれた 遠方からの出席者の皆さん
 楽しい思い出 豊かな記憶の数々を 本当に
 有難う御座いました では
 永遠(とわ)のさよならを
 今ここに




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             いつか来た道 また行く道(13)



 
 わたしは言葉もなかった。
 確かに彼はわたしの生活を邪魔する心算は無いのかも知れなかった。純粋に金だけが欲しいのかも知れなかった。
 しかし、こうしてしつこくわたしに纏わり付いて来る事自体が既に、わたしに取ってはわたしの生活の邪魔以外の何ものでもなかった。
 わたしは彼の鈍感とも思える神経の鈍さに苛々した。
 車は既に駒場を過ぎていた。
 北沢に入って間もなくわたしは、苛立つ気持ちのままに路上の暗がりで車を停めた。
 中沢は急にわたしが車を停めた事にふと、不可解そうな表情を見せてわたしを見た。
 わたしは彼のその視線など無視して車内灯を点けるとハンドバッグを手に取り、中から財布を取り出した。
 中沢は不可解気な表情のままわたしの手元を見ていた。
 わたしは財布の中から五枚の一万円札を抜き取り彼の前に突き出した。
「取り敢えずこれをあげるから、今夜はこれで帰って頂戴」
 中沢は一瞬、驚いた様子だったが黙ったまま手を出した。
 わたしは言った。
「あなた、さっき、わたしと商売をしてるって言ったわね」
「ああ、言ったよ」
 居直ったように中沢は答えた。
「それなら、相談があるんだけど、どう、乗ってみない ?」
 腹を据えた心をそのまま声に滲ませてわたしは言った。
「どんな相談 ?」
 中沢は幾分、警戒する様にわたしを見つめて言った。
「ちよっと、まとまった売掛金があるのよ。それを回収して貰いたいの。相手は何時でも都合のいい時に来てくれって言ってるんだけど、このところ、なんだかんだ忙しくて行ってられないのよ。どう ? 行ってくれない ?」
「まとまった金って、幾らぐらいなんだ ?」
 中沢は興味を見せて言った。
「一千万近くあるわ。どう ? もしそのお金を回収してくれたら六十パーセント、あなたにあげてもいいわ。勿論、写真のネガとは交換だけど」
「相手は ?」
「普通の洋装店よ」
「まさか、暴力団の店なんかじゃないだろうな ?」
 わたしの示した金額に興味を見せるのと同時に警戒感をも抱いているようで、中沢は言った。
「暴力団なんかじゃないわよ。なぜ、わたしが暴力団なんかと付き合わなければならないの ?」
 強い怒りを滲ませてわたしは言った。
 中沢は黙っていた。
「あなたって、悪のくせに案外、臆病なのね」
 嘲笑する様にわたしは言った。
「冗談じゃない ! こっちは真面(まとも)に生きてんだ」
  中沢はわたしの口調に侮辱でもされたかの様に強い口調で言い返した。
「まあ、よくもぬけぬけとそんな事が言えたわね。わたしをさんざん罠に嵌めて脅迫しておいて」
 わたしは腹立たしさと共にさらに強い蔑みの色合いを込めて言い返した。
 その言葉に返すように中沢は、
「あんたが悪いんだよ。人に隠れて、陰でいい思いをしようなんてすっからだよ。世の中、そんなに甘くはないよ」
 と、嘲笑的に言った。
「大したものだわ。わたしにお説教が出来るなんて」
 わたしも嘲笑的に言い返した。
「これでも俺は、いろんな苦労してるからね。あんたみたいに華やかな表通りを歩いているような人間とは訳が違うんだ」
 中沢は言った。
「バカな事を言わないでよ。わたしが今みたいになるまでに、どんな苦労をして来たか、あんたみたいな遊び人なんかには分かりはしないわよ。わたしは真面目に一生懸命働いて、ようやくこれまでになったのよ。あんたみたいにふわふわしながら今のようになった訳じゃないわ。それをあんたみたいな薄汚い人間に引っ掻き回されたんじゃ、たまったものじゃあないわ」
「俺の事を薄汚いって言ったな !」
 中沢は突然、激怒した。紅潮した顔で今にも襲い掛かって来かねない様子だった。
 わたしはそれでも負けてはいなかった。
「そうよ、薄汚いわよ。ーーやれるものなら、やってみなさい。こんな所で暴れて警察に捕まれば、クスリの事もすぐバレちゃうわよ」
 中沢は警察という言葉に敏感に反応した。体中を怒りで震わせながらもわたしに襲い掛かって来る事だけはしなかった。
「そんなに悔しかったら、わたしを殺してもいいわよ。どう ? 殺すなら殺してみなさい」
 わたしは静かに言った。
 中沢は怒りを滲ませたまま黙っていた。
 わたしはそんな彼を見て静かに言った。
「どう ? わたしの相談に乗ってみる ?」
 わたしは中沢の返事を待たずに言葉を続けた。
「もし、あなたが出来ないって言うんならそれまでよ。ただ、わたしにはもう、何百万だっていうお金を出す気はないから、その心算でいてよ。写真はバラ撒くんならバラ撒いてもいいわ。わたしはそれで世間に顔向けが出来なくなるけど、仕方がないわ。自分で撒いた種なんだから。でも、あなたに窮迫されているよりはずっといいわ。それに、もし、そうした時にはあなただって、無事でいられると思ったら大間違いよ。わたしは警察へクスリの事も含めて全部を正直に話すから。そうすれば結局は一蓮托生という事になるのだから」
 中沢は怒りを堪えた不機嫌な表情のまま黙っていた。
「あなた、お金が欲しいんでしょう。借金があるんでしょう。もし、あなたにさっき言った話しを受ける気があるんなら、わたしの別荘へ来なさい。あなも知ってるあの別荘よ。わたしはあの近くでお仕事があって行ってるから。お金を取りに行くお店もちょっと離れているけど、あっちにあるのでちょうどいいわ」
「何時、別荘へ行けばいいんだ」
 わたしの説得にようやく怒りを収めた中沢はぶすりと言った。
「いつ ?」
 わたしは戸惑った。そこまでは考えていなかった。
「ちょっと待って。今、予定表を見てみるわ」
 ハンドバッグから取り出した手帳には、びっしりと予定が詰まっていた。
 わたしは比較的重要ではない、変更も可能な日を選んで中沢に言った。
「二十八日ではどう ?」
「この二十八日か ?」
「そうよ。今日は二十日だから。来月になると年末だし、忙しくなるから」
「二十八日に行けばいいのか ?」
「そうじゃないわよ。二十八日に相手の方へ行くんだから、二十七日にわたしの別荘へ来なさい。どう ?」
「行けるよ」
「一人で来るの、誰か、仲間と一緒にくるの ?」
「なんで ?」
「だって、食事の支度があるでしょう。別荘番のおばさんに頼んでおかなければ」 
「俺一人で行くよ」
 大方は予想していた事だったが、一人で来るという彼の言葉にわたしは安堵した。
 邪魔者に来られてはまずい !
「じゃあ、今日はこれで帰ってちょうだい」 
 わたしは彼を車から降ろすと、
「二十七日には夜、七時過ぎに来てよ。あんまり早く来られても誰も居ないから」
 と言い添えた。
 中沢は全く見知らぬ場所で放り出されて途方に暮れているようだった。
 彼がこれから何処へ行くのか分からなかったが、わたしの知った事ではなかった。
 わたしは中沢を歩道に残したまま一気に車を発進させてその場所を後にした。

 その夜、わたしは自宅へ帰ると極度の疲労感で居間のソファーにへたり込んだ。
 自分の背負い込んだ荷物の重さを改めて実感した。
 本当にそれを遣るのか ?



 
           ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 



             桂蓮様
            
            
            新作 拝見しました  
           AI は正確であっても感情がない
           いろいろ読書をして知識を詰め込んだ知識人のようなものですね
           でも わたくしは知識人というものをあまり信用していないのです
           いざという時 実践の場に於いて大切なものは感覚です 経験です
           身に付いた知識 感覚です 感覚の伴わない知識など結局は
           絵空事にしか過ぎません
           例えば農作業 知識でああだこうだと分かっていても
           雨の量 風の吹く様子 日の照り具合い それぞれ幾百 幾千もの組み合わせがあります          
           それを理解出来るのは長年積み重ねて来た経験と勘です
           単なる知識は中身のない人形にしか過ぎません
            以前 当時も此処に書いたのですが 日本に於ける福島原発事故
           あの事故も単なる理論や知識の積み重ねだけではなく
           経験により積み重ねた知識を持つ人がいたら あの事故は防げたのではないか・・・・
           あの当時も書いた事です     
           日本が世界に誇る新幹線 あの先頭 頭の部分のあのしなやかなフォルム
           あれはいちいち作業員の方々が手の平でその感触を調べて造っているという事です
           作業員の手の感覚があの見事なフォルムを生み出しているという事です
           知識はあったに越した事はありません でも
             知識だけでは実際の役に立たない事はままあります
            AIも同じ事 AIは 考えない事 が出来ません
           知識の詰め込みにしか過ぎません
            コメント 有難う御座います
            御夫婦間の日常 何時もながらにお羨ましい限りです 
           どうぞ一日も早く健康体を取り戻して またの日の溌溂としたバレーの練習風景を
           お届け戴ける事を願っております
            有難う御座いました



             takeziisan様


              有難う御座います
             今回も美しい花の数々 堪能させて戴きました
             どの花を見ても色鮮やか 心が洗われる思いです
             それにしても数々の花々 よく見付けられます
             感服です それだけに自然が身近にあるという事でしょうか
              平岩弓枝さん 亡くなりましたね
             新聞記事を眼にして咄嗟にtakeziisanブログが頭に浮かびました
             わたくしはこの方の本を読んでいませんし ドラマなども見ていないので
             もっぱらブログ記事が頼りでしたので咄嗟に頭に浮かんだという事です
             全盛を過ぎていたとはいえ やはり一つの巨星が落ちたという感があります
              南国の夜 並木の雨 共に懐かしく聴きました
             あの当時の音楽は郷愁ばかりでは無く真実 良いですね
             情緒があり 感情が豊かです 今の無意味な言葉を並べ立て
             ガチャガチャ騒ぐような音楽はわたくしには雑音としか聞こえません
             並木の雨には幼い頃 小学校の教室から雨の降るのを見ながら
             友達がこの歌を小さな声で口ずさんでいた事などを思い出し
             目頭が熱くなりました
             南国の夜では 何故かふと 南かおるの名前が浮んで来ました
             早くに亡くなったハワイアンの歌手ですね
              今週もいろいろ楽しませて戴きました
             わが家の屋上でもプランター菜園のキュウリとピーマンが収穫されました
             勿論 ブログ上の立派なキュウリなどとは桁違いですが
             それでもなんとなく嬉しいものです
              わが家は金木犀です 年々木は大きくなるし 自身の体力は落ちて来るしで
             手入れが大変になります
              ナメクジとカタツムリ ナメクジには毎年 今の時期
             悩まされます 何処から湧いて来るのか 至る所に居るので
             不思議な気がします
              今回も楽しいブログ 有難う御座いました でも
             くれぐれも御無理をなさらぬ様に細く長く無事で
             続けて下さい


遺す言葉(452) 小説 いつか来た道 また行く道(12) 他 幕引きー同窓会

2023-06-18 12:55:55 | つぶやき
             幕引きー同窓会(2015.7.28日作)



 今年 平成二十七年(2015)
 わたしは七十七歳
 取り立てての病状もない
 比較的 元気だ まだまだ
 生きる意欲 生への執着心は
 失っていない 胸に抱く希望も
 失くしてはいない
 何も 変わっていない 
 あの頃 遠い昔に生きた日常 日々が 
 今を生きるわたしの意識の中で
 そのまま生きている 何も
 変わってはいない 真実
 絶対的真実 変わらぬ意識
 絶対的真実 変わるもの 肉体 その
 明らかな衰え 眼に見えての衰退
 豊かな頭髪 髪の減少
 堅固 柔軟な筋肉 その喪失
 色つや 張りを失くした皮膚の
 眼に見える現実
 おととし 去年 半年前に可能だった
 あの動き この動作 困難 不可能
 時々刻々 移りゆく時が 削り取り 
 侵蝕して来る
 存在 個が 重さと厚さを失くし
 次第に稀薄化する 時が
 七十七歳の命を生き急がせる
 昭和二十九年 千九百五十四年
 千葉県匝瑳郡白浜村中学校卒業生
 卒業以来続いて来た
 二年に一度の同窓会 その同窓会も
 一年に一度となって 今
 幕引き 終焉が話題となり
 間近となる
 抗い得ぬ現実 老い 人の世の運命(さだめ)
 憂愁が胸を塞ぐ



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            いつか来た道 また行く道(12)




「いや、少し前まで上にいたんだけど、あんたが事務所を出るのが見えたんで、急いで先回りして来たんだ」
 わたしは運転席に腰を下ろすと中沢の眼の前でドアを閉めた。
 すぐにキイを差してエンジンを掛けた。
 中沢は慌てた様子でドアのガラスを叩くと、
「向こうを開けてよ」
 と言った。
 口の動きと身振りで分かった。
 わたしは構わず車を出した。
 中沢は咄嗟に車の前へ廻ると立ちはだかった。
 わたしは怒りに充ちた視線を彼に向けた。
 彼はそれでもひるまなかった。
「ドアを開けなよ」
 と、また言った。
 わたしはドアを開けた。
 彼はすぐに乗り込んで来た。
「俺を轢き殺そうっていうの ?」
 彼は冗談交じりに言った。
「そうよ」
 わたしは彼の顔も見ずに言った。
「おっかないね。よっぽど気を付けないと危ないね」
 彼はわたしに語り掛けるように言った。
「気を付けた方がいいわよ」
 わたしは車を動かしながら前方を見詰めたまま言った。
 中沢はそれでも上機嫌だった。わたしの言葉など気にする様子もなかった。
 わたしは無言のままハンドルを握っていた。
 いつかの夜、鏡の中を見つめるわたしの意識の中を走り抜けた殺意への記憶が蘇った。
 わたしはそれでも冷静に車のハンドルを操作していた。
 地上へ出ると夜の街はすっかりネオンサインの光りと深い闇に包まれていた。
「何処へ行くつもりなの ?」
 わたしは言った。
「あんたの行く所さ。金が無くなっちゃったんだ」
 彼は言った。
「それがどうしてわたしと関係があるの ?」
「写真を買って貰おうと思ってさ」
「今、持ってるの ?」
「持ってるよ」
「まだ、いっぱいあるの ?」
「焼き増しすれば幾らでもあるよ」
「卑怯ね、あなたは」
 わたしは冷たく言った。
「卑怯なわけじゃないけど、これも世間を生きる為の知恵なんだ。出来ればあんたに迷惑を掛けたくなかったんだけど、仕方がなかったんだ」
「他に好いカモは見付からなかったの ?」
「まあ、そんなとこだけどね」
「菅原さんはどうしてるの ? 菅原さんに頼めばいいじゃない」
「知らないよ、あの人の事なんか」
 怒ったように彼は言った。
「あなたとは関係ないの ?」
「関係ないよ、あんなおばあちゃん」
「どうしてクスリ(麻薬)をやめないの。やめなさいよ、そうすればお金をあげるから」
「やめられれば、とっくにやめてるさ」
 嘲るように彼は言った。
 その嘲りが彼自身に向けたものなのか、わたしの無知に向けられたものなのかは分からなかった。
「仲間は居るの ?」
「なんの仲間 ?」
 訝し気に彼は言った。
「クスリをやる仲間よ」
「そんなもの、居る訳ないだろう」
「でも、クスリを買う相手は居るでしょう」
「それは居るよ」
「暴力団なの ?」
「暴力団なんかじゃないよ」
 吐き捨てるように彼は言った。
「クスリを買う相手は何人居るの ?」
「一人さ」
「じゃあ、お金の都合が付かないから、少し待ってくれって頼めばいいじゃない」
「そうはゆかないさ。向こうだって遊びで商売してる訳じゃないんだから」
「ずいぶん、物分かりがいいのね」
「物分かりがいい訳じゃないけど、しょうがないよ。これまでにも借金があるんだから」
「わたしが上げたお金は、全部、使っちゃったの ?」
「使っちゃったから、くれって言ってるんだ」
「そんなにしてまで、どうしてクスリなんかやめようとしないの ?」
「あんたには関係ないだろう」
「関係ないわよ。だからもう、わたしには纏わり付かないでよ」
「纏わり付いている訳じゃないよ。俺はあんたと商売してるんだ」
 中沢はふてぶてしく言った。
「そう、好い商売相手を見付けたわね」
 不機嫌そうに彼は黙っていた。
「警察に訴えるわよ」
「訴えればいいだろう。だけど、前にも言ったように、訴えればあんただって麻薬常習者と寝た女って週刊誌に書き立てられて、世間からああだこうだって言われて信用はがた落ちだよ。俺なんかはどうでもいいけど、あんたの方は大事になるよ」
「あなたのお仲間がどうにかするって言う訳け ?」
「そんな事、関係ないよ」
「じゃあ、あなたが捕まれば、写真も無駄になっちゃうじゃない」
「だけど、喋ることは幾らでも出来るよ。警察である事ない事、あんたの悪口を喋れば警察だって、あんたに手を廻さない訳にはゆかなくなるよ。そうすればこれまでの事がみんなバレてしまって、あんたは週刊誌の好い餌食だよ」
 以前にも彼が口にした言葉だった。
 わたしは彼のその言葉を再び耳にして、思わず彼への激しい憎悪を搔き立てられ、危うく赤信号の手前で停車している車にぶつかりそうになって、慌てて急ブレーキを掛けた。
「おうッ、危ないなあ」
 シートベルトをしていない中沢は大きく体を揺すられて座席の前に顔をぶつけそうになった。
 わたしは赤信号の前方を見詰めたまま、
「で、今度は幾ら出せって言うの ?」
 と、静かに聞いた。
「三百万」
 彼は言った。
「ふざけないでよ。そんなお金、二度も三度も、誰が出すと思ってるの」
 わたしは野放図な彼の要求に思わず熱くなって言い放った。
「しょうがないよ。借りてる分も払わなければなんないんだから」
「それがわたしに、なんの関係があるのよ。冗談じゃないわよ。あなただって働いているんだから、お客さんから搾り取ればいいじゃない」
「あんな店、辞めちゃったよ」
「辞めたの ? じゃあ、今は何もしてないの ?」
「してないさ」
「それじゃあ、カモだって捕まるはずがないわ」
「だから、写真を買ってくれって言ってるんだ」
「わたしが上げたお金で遊んでいたのね」
 中沢は何も言わなかった。
「あなた、自分の顔を鏡で見た事がある ? その土気色の皮膚や引っ込んだ眼、まるで骸骨だわ」
「俺がどうしょうと俺の勝手だろう」
 彼は怒りを滲ませた口調で言った。
「そうよ、あなたがどうしょうとあなたの勝手よ。だから、さっきも言ったように、わたしにしつこく纏わり付かないでよ。わたしにはわたしの生活があるんだから」
「あんたが金さえ出せば、それでいいんだよ。俺は何にも、あんたの生活を邪魔しようなんて思ってないよ」
 中沢は凄味を利かせた口調で言った。




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            takeziisan様

            有難う御座います
           方言 おっかない
           もはや 一地方都市の方言とは言えないようです
           わたくしの方でも使いますし 東京などでも一般的に使われていますね
           関西地方や九州などではどうなのでしょう   
            雨に歩けば ジョニー レイ
           彼が長い下積みを経て ようやくブレイクした歌ですね
           冒頭の歌声 頭に浮かびます
            雨に唄えば これもまたいいですね あのタップダンス
           思わず心が浮き立ちます 今の時代 かってのハリウッドを盛り立てた
           各分野の名手達に比肩するような人達はいるのでしょうか 
           寡聞にしてあまり耳に眼にしないのですが
            パペーテの夜明け この音楽は耳にしたような記憶がありますが 
           曲自体は知りませんでした
            採り立てのキュウリで一杯 至福の時ですね 贅沢な時間
           このような時間が何時までも続いて欲しいものです
            足が攣る 老化の現象でしょうか
           わたくしも最近 ひょっとした調子に足が攣ります
           あの痛さときたら・・・願い下げです 
           どうぞ 細く長く無理をせず
           この楽しいブログが何時までも続く事を願っております
           有難う御座いました         





           桂蓮様

            新作 拝見しました
           健康な体に健康な感情
           肉体が不調だと確かに心に影響します
           肉体は心だと言えるかも知れませんね
           マイナスを呑み込んで流す 克服しようとするのではなく
           そのまま受け入れる ここでも禅の世界が役立ちます
           禅は否定しない あるがままに受け入れている これが現実なら
           その現実を受け入れて今 最善の道を選ぶ 人には
           それしか出来る事はありません 現実に不満を並べ
           ああだこうだと言っても 現実は変わるものではありません
            今を生きる 今の自分を精一杯生きる
           人に出来る事はそれだけです どうぞ より良い明日に向けて
           日々 充実した時をお過ごし下さい
            苦痛の多い中 記事を書き 拙文にお眼をお通し戴く事に
           感謝 御礼申し上げます
           有難う御座いました

























遺す言葉(451) 小説 いつか来た道 また行く道(11) 他 雑感四題

2023-06-11 13:01:19 | つぶやき
            雑感四題(2020年.1.20日作)


      偉大な道   

 世俗的に名が知られた人が 偉いとは言えない
 世間的に名の通る人が 偉いとは言えない
 真に価値ある事は
 人が人としての本道を歩む 
 人が人として幸福に生きる
 人の世界が目差す究極の目的 頂点
 無名であっても 隠れていても その
 本道に向き合い 真摯に生きる その
 実践者こそが 真に
 偉い人

       金    

 金を汚いものだと思うな
 金があれば相当の事が出来る
 金のない人 貧しい人を
 哀れ 不幸だと思うな
 人にはそれぞれの事情がある
 事情を無視し 知らずに
 物事 人を判断するのは
 傲慢 愚か

       鏡

 自身の姿を鏡に映して見る事の出来ない人間の
 哀れさ 滑稽さ

       優れたもの

 真に優れたものには それぞれの
 美しさがある
 美しさのないものは
 優れたものとは言えない




          ーーーーーーーーーーーーーーーーー




          いつか来た道 また行く道(11)



 
 マンションの部屋へ帰って一人になるとむしゃくしゃした気分を払拭したくて風呂に浸かった。
 頭からシャワーを浴びてずぶ濡れになった。
 風呂から上がって鏡に向かい、初めて中沢栄二との交渉に思いを馳せた。
 沈み込むような暗い気分の中に浮かんで来る一つの思いがあった。
 わたしは鏡の中のバスローブ姿のわたしに向かって、それが可能だろうか ? と呟いていた。
 あいつは世間からはみ出したような麻薬常習者の、落ちこぼれにも等しい人間だ。あいつが居なくなっても大袈裟に騒ぎ立てる人間達は居ないのではないか ?
 おそらく、麻薬売買に係わる人間は居るだろう。
 それでも、その人間達が大袈裟に騒ぎ立てる可能性は少ないのではないか。
 彼等にしてみれば自分の身を守る事が先決で、麻薬中毒患者の一人が居なくなったぐらいで大袈裟に騒ぎ立てる事はないのでは・・・・
 わたしは <ブラック・ホース>の事も考えた。
 なん日も顔を出さない中沢を不審に思って、訪ねて行く人間は居るのだろうか ?
 無論、経営者か店長かは分からないが、中沢が店に顔を出さない事を不審に思う人間は居るに違いない。
 その者達が果たして、どれ位深く中沢に関心を寄せているのか ? 
 中沢が店に借金をしていれば別だが・・・・。
 恐らく、中沢の店に対する借金は、ないに違いない、とわたしは思った。
 もし、店に借金があればあれ程しつこく、何度もわたしに金銭を要求して来ないはずだ ?
 それとも、店自体が麻薬と係わりを持っているのだろうか ?
 店と中沢との関係はどうなっているのだろう ?
 わたしには分からない事ばっかりだったが、幸い、わたしと店との関係は深くはなかった。二度だったか、三度だったか顔を出しただけで、あとは店の外で中沢に会っていた。中沢とわたしの関係を知る人間はそれ程多くはないはずだった.
 ーーあるいは、中沢は誰かにわたしとの関係を話していたのだろうか ?
 いいカモが見っかったよ・・・
 中沢が店べったりの模範店員でない事だけは確かっだった。
 日頃の彼の言動から察しが付いた。
 親しい友人が店内にいたらしい形跡もなかった。
 しかし だからと言って、思惑通りに総てが運ぶだろうか ?
  ーーわたしは思わず我に返った。
  いったい、わたしは何を考えていたのだろう ?
 知らず知らずに、わたし自身驚くような暗い想念に没頭していた自分に気付いてわたしは狼狽した。
 中沢を殺(や)る !
 何時の間にか深く染み込んでいた無意識の意識がわたしを怯えさた。
 わたしは言い知れぬ恐怖の感情に突き動かされたまま鏡の前の椅子から立ち上がった。
 鏡の前を離れると居間に入ってテレビを付けた。
 傍にある戸棚からブランデーの瓶とグラスを取り出して丸テーブルの上でグラスに満たすと、そのまま沈み込むようにソファーに腰を下ろした。
 テレビでは遅い夜の時間のニュースを伝えていた。
 わたしはブランデーの入ったグラスを口元に運びながらニュースの画面に視線を向けていた。

 中沢には五日間も電話を掛けずに放って置いた。
 中沢はしびれを切らして自分から掛けて来た。
「ちっとも電話をくれないじゃないか、何時くれるんだよ !」
 彼の言葉は激していた。
「わたしにだって都合があるのよ。あなたの思い通りばかりにはゆかないわよ」
 わたしも突然に怒声を投げ付けて来た中沢に返すように強い口調で言っていた。
「いったい、話しをする気があんのかよう」
「あるから待ってなさいって言うのよ」
「いつまで待つんだよう !」
「とにかく、わたしの方で都合が付いたら電話をするから、それまで待ってなさいよ。わたしだって、そんなものを世間にばら撒かれたりしたんじゃたまらないから、なんとかするわよ」
「金が要るんだよう」
 中沢は切迫感を滲ませて言った。
「わたしの知った事じゃないわ」
「いいか、やたらに時間を引き延ばしたりしたら何をすっか分からないぞ」
 わたしは彼の言葉を脅迫と受け取りながらも、自ら電話を切った。
 ーーこうも度々、おかしな電話をして来られたのではたまらない !
 わたしの耳の中には中沢が最後に言った、何をするか分からないぞ、という言葉が残っていた。
 わたしは受話器を置いた手をそのままに暫くは、放心したようにその言葉を頭の中で繰り返し反芻していた。
 わたしは思った。
 この前のように金を渡して暫くの間、大人しくさせて置こうか ?
 わたしに取って、不可能な事ではなかった。
 しかし、問題はそこにあるのではなかった。
 彼が麻薬常習者だという事が、最大の問題点だった。
 世の中の暗部に係わっていた女 !
 中沢が警察に捕まった時の事を思うと体が震えた。
 わたしが今、係わりを持つ取り引き相手はほとんどが高級ブランド品を扱う業者だった。彼等の格式から言って一度、黒い噂が立ってしまえば潮が引くように、みんながわたしの前から去って行くだろう。
 わたし自身、今日まで必死に働いて築いて来た自分の城だった。それを失う事の苦痛を思うと絶えられない気がした。
 
 中沢から電話のあった翌日、わたしが事務所を出たのは午後十一時を過ぎていた。
 高級ハンドバックの輸入品の選定に手間取って、思わぬ時間を費やしていた。
 専務も秘書も三人の担当者もわたしより早く事務所を出ていた。わたしが最後になった。
 わたしが地下の駐車場に降りた時には知らない車が三台あるだけになっていた。
 わたしはハンドバックを開けてキイを取り出しながら車に急いだ。
 車に近付き、ドアを開けようとした時、不意に車の陰から立ち上がる人影があった。
 その唐突さにわたしは息を呑んだが、人影は中沢だった。
 すぐに判別出来た。
「何 ? なんでこんな所に居るの ?」
 わたしは驚きと共に思わず言っていた。
「ずいぶん待ったよ」
 中沢は人懐こい笑顔で言った。
「わたしの帰りを待っていたの ?」
 わたしは言った。
「そうさ」
 中沢は相変わらず、馴れ馴れしい口調で言った。
 暗い灯りの下で見るせいか、彼の顔が以前会った時より、幾分、やつれているように見える気がした。その、どす黒くも見える気がする顔を意識するとわたしは、麻薬のせいか、という思いに捉われて彼への強い拒否感が働いた。
 わたしは車の扉を開けると助手席にハンドバッグと資料の入った紙袋を置いて、
「ずっと、ここで待ってたの ?」
 と聞いた。





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           takeziisan様


            有難う御座います
           今週も楽しませて戴きました
           山々の風景 色とりどりの花々
           心が洗われるようです 登山好きの人間の
           山に魅かれる気が分かります
           ネジバナ 懐かしく思い出しました 
           山小屋の灯 ラジオ歌謡が昨日の事のように脳裡に浮かんで来ます
           思い掛けない山の湯での会話 いいですね
           人の心の通い合う暖かさが心を満たします
           都会に居ては知る事の出来ない人と人との心の交流
           それが少しも不自然ではない 不思議です
           都会に於ける日常でもこう出来たら素晴らしいでしょうがとても無理
           やはり自然環境のせいでしょうか
            畑仕事 無理は禁物 
           ツクバイが奏でるショパンは 「雨だれ」ですかね
           欲しかった スマホにしたが 電話だけ
            入選 おめでとう御座います
           川柳 楽しませて戴きました
           これからも頑張って下さい
           有難う御座いまし


遺す言葉(450) 小説 いつか来た道 また行く道(10) 他 あなたへ

2023-06-04 12:08:49 | つぶやき
            あなたへ(2023.4.24日作)


もし 人生に
生きる事に 目的
目標が持てない 見い出せない
そういう あなた 日々
眠って過ごしなさい
眠って 眠って 眠って 眠る
眠りは人に取っての仮相の死 
眠っているその間 人は
夢を見る事はあっても 何も
眼にする事はない
仮相の死 その死 眠りに
総てを託し 眠り 眠りなさい
仮相の死 死者は何も思い煩う事がない
そして もし あなたがその死
仮相の死 眠りに疲れたら
あなたはただ 歩いて 歩いて
歩きなさい 何も考えず 何にも
心を留めず ただ歩きなさい
歩いて 歩いて 歩いて行く
何処までも 何時までも
あの道 この道
あの村 この町
あの川 あの森
あの山 あの谷
あの景色 ただただ 何も考えず
何も見ないで歩いて行く 歩いて行く
歩いて行く事は あなたの日常
あなたの人生 あなたの人生そのもの
あなの日々は ただ 同じように過ぎて行く
朝が来て 夜が来る その繰り返し
日々 あなたは
時間の中を歩いている
歩いている その時間の中 あなたの意識は
あなたの脳裡は確実 着実に 無意識裡 きっと
何かを掴み取っている
ただ歩く 歩いて行く 日々 あなたは眠り
眠りーー仮相の死に疲れたら 歩いて行く
何処までも 何時までも 歩いて行く 
歩いて 歩いて 歩いて行く 歩いて行くその中で
あの道 この道
あの村 この町
あの川 あの森
あの山 あの谷
あの景色 あなたが眼にする
野に咲く花々 小川のせせらぎ  鳥の声
家々 各 家々 おのおの過ごす家庭の灯り
そのたたずまい 町の様子 それらの景色
見たもの総てが あなたの心に灯りを点し
あなたの心に何かを生み出し
あなたが掴み取った何かはやがて あなたの心に
何時の日か あなたが気付かぬままに きっと
何かの花を咲かせてくれるだろう
何時かはきっと 何かの実を稔らせてくれるだろう
眠って 眠って 眠って 眠る
歩いて 歩いて 歩いて 歩く
何処までも 何時までも
何時までも 何処までも
歩いて 歩いて 歩いて 歩く
眠って 眠って 眠って 眠る
あなたの人生あなたのもの




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           いつか来た道 また行く道(10)



 
宮本俊介は今度もまた、わたしを信用して一任してくれた。
秋も深まったこの季節、来年に向けての準備で忙しい、と宮本俊介は言った。
わたしは早速、交渉に入ると伝えた。
中沢栄二からの電話が来たのは二日後だった。
彼からの電話だと分かるとわたしは即座に受話器を置いた。
彼は何度も掛け直して来た。
わたしは受話器を取らなかった。
翌日も彼は掛けて来た。
彼だと分かった後は受話器を取らなかった。
電話はしつこく鳴り続けた。
頭の芯に突き刺さるようなその音に耐え切れなくなってわたしは受話器を取った。商談電話が何時、掛かって来るかも知れない事から受話器を外して置く訳にはゆかなかったのだ。
「なによ ! 煩いわね。電話もしない約束よ」
 彼の声を聞くとわたしは受話器に向かって怒鳴り返していた。
「いゃ、ちょっとだけ会って貰いたいんだ。その事とは違うんだ」
 わたしの気迫にたじろいだかのように中沢は言い訳がましい言葉をしどろもどろに並べた。
「その事もこの事もないわよ。もう、あなたとは関係ないはずよ」
「いゃ、ちょっとだけ話しを聞いて貰いたいんだ」
「聞く話しなんてないわ」
 わたしは投げ捨てるように言って受話器を置いた。
 怒りに満ちた声が外に漏れなかったか心配した。
 その日はそれで電話がなかった。
 翌日もなかった。
 わたしはそれでも落ち着かなかった。
 中沢栄二が一年以上も過ぎた今になって、改めて電話を掛けて来た事がわたしの不安を誘った。
 これからも同じ事が繰り返されるのではないか ?
 最初の金を渡す時、わたしは今日の日のある事を想像していなかった訳ではなかった。それでいて彼との交渉に応じたのは、あるいは、という微かな可能性に望みを託してのすがる思いからだった。そして今、その思いが打ち砕かれていた。
 わたしは、宮本俊介の依頼を受けて本格的な店舗造りが始まろうという矢先の、中沢栄二からの電話に苛立った。古傷をえぐられるような心の痛みと共に、彼の存在が障害物のように眼の前に立ち塞がって来るのを意識した。
 わたしの心は晴れなかった。憂鬱な日々が続いた。
 中沢はあの翌日から電話を掛けて来る事はなかった。
 それが一週間程続いた。
 だが、わたしの不安は不安に留まらなかった。彼からの封書がまたわたしの事務所に届いた。前回と全く同じ手口だった。
 中身は違っていた。
 ベッドの上の写真である事と、下手な文字の手紙が添えられている事だけは違っていなかった。
" どこかにかくれていた箱の中からこの写真が出てきたので送ります。たぶんこれでおしまいだと思うので買ってください "
 わたしは下手な文字の書かれた一枚の紙切れと数枚の写真を掴み取ると、誰がこんなものを相手にするもんか、と怒りに任せて呟きながら手の中で破り裂いた。
 残った写真も次々に破り捨てた。
 遣れるんなら、遣ってみるがいい !
 わたしは煮えたぎる怒りの感情と共に、眼の前にはいない中沢に向かって言っていた。
 中沢栄二は翌々日に前回と同じように電話を掛けて来た。
「写真、見てくれた ?」
「ええ、見たわ」
 わたしは煮えたぎる怒りを抑えて静かな声で冷静に答えた。
「今度は何が欲しいの ?」
「会って貰える ?」
 中沢は言った。
「ええ、いいわ。何を条件に会うの ?」。
「細かい事は会って話せば分かると思うんだ」
「バカな事を言わないでよ。あなたの話しなんて百年経ったって分かりっこないわよ」
「ずいぶん手厳しいんだね」
 感情を昂ぶらせたわたしをからかうかのように中沢は言った。
「当たり前でしょう。こんな卑怯な事をされて好い顔が出来ると思ってるの。で、何時会うの ?」
「会って貰えるんなら、今日でも明日でもいいんだ」
「駄目よ、今日や明日だなんて。あんたみたいな暇人じゃないのよ」
「じゃあ、何時がいい ? なるべく早い方がいいんだ」
「相変わらず身勝手ね。なるべく早くって言ったって、わたしにはわたしの都合があるのよ」
「じゃあ、何時がいいんだよお」
 中沢はしびれを切らしたように声を荒らげた。
「とにかく、二、三日待ってみなさいよ。わたしの方から電話をするから。電話番号はこれまで通りでいいんでしょう」
「うん。じゃあ、待ってる」
「でも、電話番号、忘れちゃったわ。教えて頂戴」
 中沢栄二の電話番号を改めてメモをするとわたしは受話器を置いた。と同時に一気に湧き上がる怒りの感情に捉われて、書き留めた電話番号の上に大きく力を込めて✕印を書き込んだ。
 誰が、あいつなんかの思い通りにさせるもんか !
 心の内で呟いた。
 その日、わたしは一日中、仕事が手に付かなかった。中沢栄二の影があらゆるものの上に絡み付いて来てわたしの気持ちを乱した。わたしは早目に事務所を出た。気分がすぐれないので、と秘書には言い残した。




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         桂蓮様

          お身体の悪い中 有難う御座います
          新作 拝見しました
          良い言葉が並んでいます
         長いトンネルは通ってゆくより出る方法がない
          目先の危ない橋もわたらないと向こうへゆけない       
         好悪ないまぜそれが人生ですね 人は死ぬ その死を意識した時
         人生の素晴らしさが見えて来る 人間の深みも増す
         それでもなんでも 人生 悪運の無い事が何よりも一番の望みですが
         人の運命だけはどうする事も出来ません ただ 一日一日を精一杯生きる   
         人に出来る事はそれだけですね
         長いトンネルも抜ければ明るい空が開ける
         危ない橋も渡れば大地がしっかりと支えてくれる
         暗いトンネルを抜ける 危ない橋を渡る 人の努力以外
         達成できるものはありません
         どうぞ 長いトンネルの中を通過中だと思い 日々 頑張って再び
         明るい日々をお迎えになられる事を願っております
         それにしても くれぐれも御無理をなさらない様にして下さい
         何事に於いても無理強いは禁物です
         冒頭の写真 相変わらず心洗われる風景です
         こんな良い環境にお住まい 羨ましい限りです
          有難う御座いました




           takeziisan様
           

            美しい花々 写真 堪能致しました
          なにやら梅雨の気配 鬱陶しい日が続いたりしますが
          花々は一層鮮やかにその色彩を増しているように拝見出来ます
          それにしてもこれだけの花々 カメラに収めるのも並大抵ではないと思います
          感服です
           内臓脂肪 御本人に取っては意外や意外 という結果でしょうか
          日々の散歩 水泳 畑仕事 身体を動かしているはずなのに・・・・
          分からないものですね
          わたくしはほとんど自己流体操が習慣のようになっていますので
          事改まって体操教室に通ったりはしませんが おおむね検査結果は毎年
          合格点が出ます 病院通いもしていません
          毎年 六月十五日を検査の日と決めていますので 今年もその予定です
           うつらうつら 眠くなったら即 眠る それが一番良いようです
          やはり年齢には勝てません 無理は禁物と自戒しています
           おたいらに・・・良い響きですね 以前 何処かで耳にしたような記憶があります
          柔らかい響きに感銘した覚えがあります
          それにしても東北地方始め 北国の言葉はなぜ こうも優しく心に沁みて来るのでしょう
          寒さの厳しい中 お互いに労わり合う心が芽生えるせいでしょうか
          なぜか北の国々 新潟 秋田 青森 岩手等々 北の国々には心惹かれます 
          以前にも書きましたが暖かい地方で育った者の無いものねだりかも知れません 
           今回も楽しい時間を過ごさせて戴きました
           有難う御座いました