![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/b9/f59e8993e1f0fd37dc40bc536d5faae4.jpg)
今夜は、節分。
巻き寿司を、歳の数だけ食べるんでしたよね~。
って、違う、違う。
お豆さんでしたね、歳の数だけ食べるのは。
車の中で、ラジオを聴いていたら、
「我が家の今夜の鬼役は、妻がやります」
っていうコメントが届いていました。
こわいぞ~!!!
上の写真の巻き寿司は別府駅市場の野田商店さんので~す。
卵焼きがとっても大きくて美味しいです。(地元ネタ)
昨日の室井祐月さんの言葉に刺激を受けて(単純)、仕事の帰りに図書館に寄ってきました。
数多く並ぶ蔵書を眺めていたら、宇野千代さんの
「幸福を知る才能」
という題が目に飛び込んできました。
「小さな幸せ」をブログタイトルにしているわたしは、幸福という字に、ピピッと反応。
幸福は幸福を呼ぶ
幸福のかけらは、幾つでもある。
ただ、それを見つけ出すことが上手な人と、下手な人とがある。
幸福とは、人が生きて行く力のもとになることだ、と私は思っているけれど、世の中には、幸福になるのが嫌いな人がいる。
不幸でないと、落ち着かない人がいる。
「まあ、聞いて下さい。私はこんなに不仕合わせなのよ」
と話す人がいる。
私は、そう言う人の話を聞くのが、苦手である。
聞いている間に、その人の不幸が伝染して、私まで、不幸になるような気がするからである。
・・・・
幸福も不幸も、ひょっとしたら、その人が作るものではないか。
そして、人の心に忽ち伝染するものではないか。
とすると、自分にも他人にも、幸福だけ伝染させて、生きて行こう、と私は思う。
・・・・
幸福は幸福を呼ぶ。
幸福は自分の心にも反射するが、また、多くの人々の心にも反射する。
インフルエンザは人にうつしちゃいけない。
でも、幸せは周りの人にどんどん感染、伝染させちゃいましょう!!
と、言っても、
どうやって伝染させるかっていうのがポイントですよね。
確かに、不幸オーラを出している人のそばに行くと
「やば!」
うつりそうっていうのは、よくわかります。
でも、幸せいっぱい、胸いっぱいと人にしゃべっているのを聞くと、これまた聞いた方は、
「けっ!」
と思うわけです。
嬉しい話=自慢話
これが問題なんですね。
女は人の自慢話は、妬ましくなります。
これは、男性には、あまり理解できないのでしょうが。
だって、嫉妬は女の専売特許ですからね~。
嫉妬っていう漢字、どちらにも女がついてますもの。
わたしが思うには、自慢したいような幸せは、それを聞いてもらうのは、夫か親か本当に気心の知れた友人だけ!
これに限りますね。
では、宇野千代さんがいう、
「他人にも幸福を伝染させる」
にはどうしたらいいか?
これは、幸せの内容(自慢話になりそうな話の時)は、語らなくていいんですね。
ううん、語っちゃいけないんですね。
胸の内に秘めて、笑ってだけいればいいと思うんです。
馬鹿みたいだけど。
かっこよく書けば、モナリザの微笑みを浮かべるってことですね。
その笑顔がまわりを幸せにするんです!
これは絶対です。
会社に、ヤクルトおばさんがきます。(ごめんなさい、おばさんなんて言って)
その女性、体格もいいのですが、声も大きいし、いつも笑顔です。
「こんにちは~、今日はいいですか~」
って、事務所の中に入ってきます。
その笑顔につられて、つい
「あ、じゃあ、一本お願いします!」
なんて言ってしまいます。
その女性が、私用で1か月、お休みをしたことがありました。
代わりの女性が、大人しくて、声も小さくて、ピンチヒッターで、慣れない職域を回っているせいもあって、笑顔もでません。
「あの~きょうは・・・・」
「あ、今日はいいです」
と、なります。
たぶん、ヤクルトが欲しいわけじゃなくて、彼女の元気オーラが欲しくて、買うんですね。
こういうのが、千代さんのいう幸福の伝染かな?なんて思います。
いつも何かいいことがあってそうな顔をしている人のそばには、人が寄ってきます。
人が寄ってくるような女性になりたいですね~。
でも、自慢話じゃない幸せ話は、語ってもいいでしょ?
わたし、毎日書いてますものね。ハハハハ
↓
え、時々、自慢してるって?
それは、それは・・・。
今日の私の小さな幸せ
キミハ・ブレイク
さだまさしの「償い」
この歌のもとになったお話は知っていましたが、やっぱり泣けました。