田中雄二の「映画の王様」

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『居酒屋吟月の物語』(太田和彦)

2016-06-28 08:00:51 | ブックレビュー

 居酒屋探訪で有名な太田和彦による、映画を題材にしたファンタジー。『黄金座の物語』(01)を文庫化に際して改題したもの。



 主人公の“私”が迷い込んだ時間が止まったような街。そこには、古い日本映画ばかり上映する「黄金座」という映画館があり、加東大介そっくりの大将が経営する「吟月」という居酒屋があった。店の常連で“平山先生”と呼ばれる笠智衆に似た父親とその娘の“紀子”(もちろん原節子そっくり)と親しくなる私。さらに三船敏郎そっくりの“松永”というやくざや田中春男そっくりの編集者、中村伸郎そっくりのバーのマスターも絡んできて…。

 冒頭に「『酔いどれ天使』(黒澤明)『晩春』(小津安二郎)『おかあさん』(成瀬巳喜男)に捧ぐ」とある通り、筆者の分身の“私”が現実を超えて、3本の映画が交錯するような世界に入っていくという話。読み始めは、現実描写とのギャップに少々面食らうが、慣れてくると、これはジャック・フィニイや広瀬正が好んだノスタルジーに満ちたファンタジーの世界なのだと気づき、読み進めるうちに登場人物たちの行く末が気になりはじめる。そして、最後は気持ちいいぐらいにこの不思議で魅力的な世界にはまり込んでいる自分がいた。間に“私”が黄金座で見た映画のあらすじと批評が入るのも面白い構成。筆者が後に著した『シネマ大吟醸』の姉妹作と言ってもいい。

 ちなみに「黄金座」で上映され“私”が見た映画は
『歌女おぼえ書』『按摩と女』『花形選手』『家庭日記』『簪』『小原庄助さん』(清水宏)
『お絹と番頭』『絹代の初恋』(野村浩将)
『花籠の歌』(五所平之助)
『化粧雪』(石田民三)
『樋口一葉』(並木鏡太郎)
『鶴八鶴次郎』『妻よ薔薇のやうに』『噂の娘』(成瀬巳喜男)
『兄とその妹』『隣の八重ちゃん』『婚約三羽烏』『男性対女性』(島津保次郎)
『晩春』(小津安二郎)

 この中の映画はほとんど見ていない。もっと映画を見なくちゃと反省させられた。

コメント
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