田中雄二の「映画の王様」

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『カラーパープル』

2023-12-23 00:05:48 | 映画いろいろ

2024年2月9日からミュージカル版が公開される。

『カラーパープル』(85)(1986.9.18.丸の内ピカデリー1)

 スピルバーグが作り出すほとんどの映画が面白いということは認めるにしても、最近の彼はSFXに頼り過ぎていると思っていたのは自分だけではあるまい。もちろん並の監督なら、面白い映画を作っていれば文句を言われる筋合いはないのだが、スピルバーグともなれば、見る側が面白さの上にさらなるプラスアルファを求めてしまうのは仕方のないところだ。

 また、彼なら一つの形にとらわれず、さまざまなジャンルに名作が残せるのではないのかという期待もある。そこには、SF映画の中での日常描写のうまさを見るにつけ、スピルバーグ=SFアクションの監督という世評に対するこちらの反発やいら立ちも含まれている。

 そんなこちらの一方的な思いをスピルバーグが知るはずもないが、彼自身も自分の作品の傾向に対する疑問や、ピーターパンシンドロームなどと批判されることへの反発を感じていたのかもしれない。この映画では、これまでの彼の作品群からは一変し、SFX抜きでシリアスな題材に取り組んでいるからだ。 

 これは大きな賭けであり(こちらとしては喜ばしいのだが)、一歩間違えれば、見る側が彼に対して抱いているイメージを一変させかかねない。彼が不慣れなコメディに挑んで失敗した『1941』(79)のことが思い出された。

 ところが、今回は描き方を一つ間違えれば、単なる通俗的な女の一生記になりかねない難しい題材を、ある黒人女性の年代史、成長、自立の記録として描き切っていたし、白人の彼が黒人女性であるアリス・ウォーカーの原作をこうして見事に映画にしたのを見るにつけ、やはりスピルバーグはただ者ではないと改めて思った。

 考えてみれば、この題材のテーマは“愛の発見”であり、スピルバーグが描いてきた世界とも通じなくはない。だが、これまでは甘い愛が目立っていたが、この映画では愛の持つ苦さやつらさや厳しさが前面に押し出され、映画監督としての成長や幅広さが証明された。

 ただ問題は、こうしたシリアスものも撮れることを証明した後の彼の方向性だ。果たして得意のファンタジーに戻るのか、これからはシリアス路線に移行するのか…。本当に興味が尽きない監督である。

 ヒロインのセリーを演じたウーピー・ゴールドバーグ、ソフィア役のオプラ・ウィンフリー、シャグ役のマーガレット・エイブリー…。こんなすごい女優たちがごろごろいるのだから、やはりアメリカのショウビズ界はすごい。そして、アルバート=ミスター役のダニー・グローバーがまたやってくれた。『プレイス・イン・ザ・ハート』(84)とは正反対の敵役でありながら、人間味あふれる演技を披露してくれたのだ。

 それにしても、この映画がアカデミー賞で『愛と哀しみの果て』(85)に大敗し、無冠に終わったことは、裏で作為的な何かがあったとしか思えない。この結果は明らかに不当だ。

【今の一言】この後、スピルバーグは本分のSFアクションファンタジー作を撮るのと並行して、『太陽の帝国』(87)『シンドラーのリスト』(93)『アミスタッド』(97)『プライベート・ライアン』(98)『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』(02)『ターミナル』(04)『ミュンヘン』(05)『戦火の馬』(11)『リンカーン』(12)『ブリッジ・オブ・スパイ』(15)『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(17)『ウエスト・サイド・ストーリー」(21)、そして『フェイブルマンズ』(22)とシリアス物の名作をものにしている。その流れはこの映画から始まったのだ。


 


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