旅の始まりはこちらから 1 イタリア ローマ
旅のスケジュールは こちら
1ローマ・コロッセオ・フォロロマーノ・トレビの泉
2 バチカン市国・サン・ピエトロ大聖堂
3シエナ・カンポ広場 4ピサの斜塔
5 フィレンツェ 6ベネティア
7ベネツィアゴンドラ 8ミラノ
9 フランスモンサンミッシェル 10メトロ・エッフェル塔
11パリ市内観光 12ベルサイユ宮殿~帰国
2004年 7月5日(月)
エッフェル塔・メトロ事件
半日観光のモンサンミッシェルから帰り、(モンサンミッシェルはこちら)
私達はエッフェル塔に登りに行く事にしました。
ところが、ユーローの現金の持ち合わせがあまりない事に
気づいた私達は、タクシーではなく、メトロでエッフェル塔まで
行く事に決定。
このときすでに、時刻は夜の8時近くになっていたのですが、
周りはとても明るくて、その事に私達は全く気づきませんでした。
エッフェル塔までの乗り換えを、
パリ在住らしい親切な日本女性に教えてもらい、
初めて乗るパリのメトロに、わくわくだった二人。
エッフェル塔までの乗換えを、
ノートに丁寧に書いて下さいました。
こちらは、メトロのチケット。
私も、主人も、モンサンミッシェルのお土産を片手に持ち、
それぞれもう片手には、カメラとビデオカメラを持っています。
モンサンミッシェルのプーラールおばさんの家で、
こんなクッキーの缶を4つも買って持っていたのです。
歩きつかれ、メトロの椅子に腰掛けて、ほっとくつろぐ二人。
主人は、
「メトロもビデオに撮っておこか。。」なんてのん気な事を言って、
ビデオカメラを回し始めます。
これ以上ないというほどの、完全に観光旅行客の
いでたちそのものの私達。。
そんな、全く無防備な御のぼりさん二人を、パリのスリ軍団が
見逃すはずはなかったのです。
メトロが着いて私達が乗り込んだ後、ちょうど扉が閉まる直前に
飛び込んできた若い二人の女性がいたのです。
勢いづいて、主人にぶつかった時も、まだスリだとは気づかずに
いた私達。
でも、主人の顔色がさっと変わって、
「鞄が開いている。。。手を突っ込まれた気がする。。」と。
びっくりして、鞄の中をチェックしました。
よかった。。。なんとか財布は無事で。。
もちろん、パスポートや大きなお金はホテルのセフティーボックスに
預けてあり、財布の中の現金はたいした金額ではないのですが、
それでも、カード類を盗まれても面倒な事になります。
と、そんな私達を見ていた若者が、彼の携帯を差し出します。
どうも、どこかへ連絡しろと言っているような。。
そんな、フランス語なんて全くしゃべれないのに。。
「いいです。いいです。」と、日本語でかたくなに断り続け、
乗り換えの駅で降りました。
と、先ほどの女性と、携帯を差し出した男性がいっしょに降り、
私達の後を、付いて来るではありませんか。
やっぱり、グルだったんだ。。
もう、怖くて、怖くて。。。
二人きっりにならないように、できるだけ他の人といっしょに
地下道を歩き、なんとか乗り換えました。
スリの軍団は、諦めたのか、
乗り換えた電車にまでは、乗ってきませんでしたが、
私達の鼓動はどきどきしたまま。。
改めて車内を見渡すと、黒人男性、白人男性、ジプシー風の女の子。。
なんだか、どの人もが怖くなってしまって。。
しっかりと、鞄とお土産を抱きしめて、
ひたすら目的の駅に到着するのを待ちました。
こうしてなんとか、エッフェル塔に着いたわけですが、
これは、明らかに私達のミスでもありました。
メトロには夜の6時以降は乗らないようにと
添乗員さんから、言われていたのですから。。
6時どころか、私達が乗ったのは夜の8時ごろ。
でも、見てくださいよ。
これは、夜8時半頃のエッフェル塔。
これだけ明るいと時間の感覚が狂ってしまって。。
これじゃぁ、間違えても仕方ない。。と思いませんか。。
エッフェル塔
なにはともあれ、無事にエッフェル塔に着いたわけですが、
ここで、エッフェル塔に登るのに約1時間並ぶ事になってしまいます。
そして、これが第3の事件へのきっかけとなる訳です。
。。って、まぁ事件なんていうほど大層なものではありませんが。。
エッフェル塔は、夜1時間ごとに10分間、
2万個のフラッシュライトがきらきらと点滅するのですが、
時刻はちょうど夜9時。
きらめく光のショータイムのはじまりです。
そして、エッフェル塔からの眺め。。
セーヌ川も見えてよかった~。
主人お腹痛事件
さぁ、遅くなったけど、これから夕食を食べて帰りましょう~
という時、主人が、今度は
「お腹が痛い。。」と、言い出しました。
そういえば、エッフェル塔に並んでいる時、
結構寒かったんですよね。お腹が冷えてしまったのかもしれません。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫。ちょっとトイレへ。。」
「じゃ、お土産コーナー、見てるね。」
ということで、私はエッッフェル塔のオブジェを買おうと
お土産コーナーを物色。
お気に入りのエッッフェル塔を見つけて、
初老の紳士の店員さんにそれをさし出し、
カードで支払いをしようとしていました。
その時、主人が、
「やっぱり、だめや。。」と言って戻ってきたのです。
顔色も少し悪いようで、すぐにホテルに帰ろうと
急いでカードのサインをし、その場を離れました。
しばらくして、エスカレーターに乗ろうとしたら
「○○子~」。。「○○子~」。。と、私の名前を呼ぶ声がします。
しかも、呼び捨て。。
何々。。?フランスに知り合いもいないのに。。と、
気になって声のするほうに戻って見ると、
先ほどの、初老の紳士が、手に袋を持って、
私の名を叫んでいたのでした。
そうです。。。急ぎすぎて、私は品物を貰うのを忘れて
帰ろうとしていたのです。
初老の紳士は、私のサインを見て、
大声で、私の名前を叫んでくれていたのでした。
「メルシーボク。メルシーボク。。」
品物を受けとって、お礼を言う私に紳士はにっこりとウィンク。
お~、さすがフランス。。と、ちょっとドキッとして
あ~あ、よかった~と、ほっとしましたが、
主人のお腹痛は治っていません。。
これが、手元に戻ってきたエッフェル塔のミニチュアです。
あと、エッフェル塔の入場券もいっしょに。。
エッフェル塔を出て、急いでタクシーを拾い、
ホテルまで帰ってきました。
夕食は、ホテルのすぐそばのカフェテラスで買った、
サンドウィッチと、日本から持ってきていたカップのおうどんです。
それに、あったかいほうじ茶も入れて。。
その後、主人は、お腹のお薬を飲み、ホッカロンでお腹を暖め、
すぐ寝る事に。
私は、明後日の帰国へ向けて、荷物の下準備です。
もう、本当に今日は一日中色々な事があった日でした。
でも、結局はみんな無事にすり抜ける事ができ、本当に感謝です。
あとは、なんとか主人のお腹が治ってくれれば。。
(11 フランス パリ市内観光へと続きます。)
*しんどくて、怖くて、大変だったけど、
なぜか、私はこの日の事を一番よく覚えています。
今となれば懐かしい思い出に変わっていますしね。。
*メトロで、若い男性が携帯を渡そうとしたのは、携帯を持たせて
両手を完全に使えなくさせるためだそうです。
これから、メトロに乗られる方、発車直前と携帯には御注意を。
*お腹痛は、1年前の中国旅行では私がひどい腹痛をおこしています。
中国上海9 → 上海10 → 烏鎮(ウーチン)の旅
私たちはどちらかが、お腹痛をおこすようになっているのかな。。
(ちょっと一言)
7月12、13日と次男が京都に帰ってきていて、
7月13日(日)には、私達も次男の大学野球の応援に
行ってきました。
気温は34℃の炎天下。。。5時間半。。
もちろん日陰で、うちわ、日傘も用意して、
水分も取って。。と、充分に注意していたつもりが、
軽い熱中症を起こしたみたいで、
主人も私も、家に帰ってからは、クーラーの効いた部屋で
氷を頭に当てて、ソファーに倒れこむようにして寝て。。
でも、このせいで風邪をひいたのか?
私は、熱が出て。。喉も痛いし。。
今も体調が復活していません。
やっぱり、無理はしていけない年になっていたということで
しょうか。。
このところパソコンも開けていませんでしたが、
コメント下さっていた方、本当にありがとうございます。
なかなか、お返事が書けずにすみません。
また、ゆっくりとお返事や、御訪問をしていきますね。