かわずの呟き

ヒキガエルになるかアマガエルなるか、それは定かでないが、日々思いついたことを、書きつけてみようと思う

幸福への鍵

2016-01-12 | 気ままなる日々の記録

  1月12日の「毎日新聞」の「余禄」にハットさせられました。「アメリカの名門女子大学の卒業アルバムで笑顔の人としかめっ面の人を分けて30年後に追跡調査をしたところ、微笑んでいる人の方がしかめっ面をしている人より断然多く幸福に暮らしておられることが分かったそうです。この調査をした心理学者は微笑んでいる人は何か好ましくない事態に遭遇してもそこに、何か良いことはないかと積極的に探す傾向があり反対にしかめっ面をしている人は好ましい事態に対しても否定的な側面を探す傾向がみられるのだそうです。

 ここで、わが身を振り返ると100%しかめっ面派であることに気が付きます。確かに半身不随になってしまって好ましくない事態に遭遇している訳ですが、3食昼寝付きの施設に入れて貰って、好きな本を読み好きなだけ昼寝をし週3日は午前中からお風呂に入り、心底有り難いことだと思わなかったら、上記のしかめっ面派の代表のようなものだ。罰当たり間違いなしだと反省すること頻りです。「余禄」さんありがとう!(T)


孫から電話がかかつて・・・。

2016-01-11 | 気ままなる日々の記録

  数日前、冬休みの最後の日何度も孫から電話が入っていた。新年のあいさつの電話もして来た。上の孫が熱を出したのでお年玉を送った。そのお礼のメール も受け取った。どうしたのかと思いながら折り返しの電話をするとなんと冬休みの宿題に追われている様子がひしひしと伝わってきた。

 小さいころ、どんなだったのかを聞いて来たのだった。たしかにねん3、4回しか会わないので親よりも祖父母は印象が強いかもしれないと思いながら2歳と3歳の頃のことについて話してあげた。

 親に抱かれていたので2歳になりたての頃だったと思う。母屋の玄関を入った途端大声で泣き出したのだ。モダンなマンションと築100年近い古い家の雰囲気があまりにもかけ離れていて不安を感じたに違いない。オレンジジュースにつられてやっと泣き止んだこと。

 3歳の頃近くの公園へ行った。上の子の後を追い池で遊んでいて滑って転びびしょ濡れになったこと。その日は子供の日で特別のイベントがあり、高い塔の展望台まで外階段を頑張って登ったこと。などなど、ついつい多めに話してしまい上手にまとめられたか心配している。

 上の子の場合はアゲハチョウの卵が街中では見つからないので宅急便で送ったこともあった。友達にあげられるよう多めに送ったことも今思いだした。

 3年になって、昔の暮らしについて聞いてきた。このときは二階にねむっていた古い家具など写真に撮り急いで送った。ついつい孫のことになると張り切りすぎてやりすぎではないかと反省している。

 もしかすると、潜在意識として自分の子どもにはできなかった償いの気持ちが有るのかも知れないと思う。(E)

 

 


眠られぬ夜のために。《相対性理論と量子論)

2016-01-10 | 気ままなる日々の記録

しゃれた偉そうなタイトルを付けましたが,本の通販サイトアマゾンを渉猟中に

◎[図解]{相対性理論と量子論](物理の二大理論が1冊で分かる本)

 

 

.PHP研究所発行定価476円を見つけ購入、続いて

◎図解量子論が見る見る分かる本、PHP研究所刊定価476円更に

◎「量子論のすべてがわかる本」定価580円と手を伸ばし今夢中で読んでいます。

監修は佐藤勝彦と云う偉い先生ですから漫画チックな図やイラストが多くても内容は信頼していいと思っています。

 さわりの部分を少し紹介しますと「相対性理論の方はかの有名なアインシュタインによって確立された今世紀最大の発見と云われている理論です。

 平たく言うと過去から未来へ同じ早さで進む時間と云うものはなく速く動く空間では時間はゆっくり進みゆっくり動く空間では時間は早く進むという理論です。

 地球は太陽の周りを大きな楕円状に相当早く公転していますので地球上の時間は太陽表面で進んでいる時間よりゆっくり進んでいるのだそうです。

 量子力学の方は光は波か粒子かと云う論争の中でドイツの物理学者マックス・プランクによって提唱された理論でした。平たく言えば1ミリの100万分の1ぐらいの小さいところで物質はどうなっているかと云う問題で答えは粒であると同時に波であるというのだそうです。

 ある説明によると誰も見ていないときには波であり誰かが見ると見られた瞬間に粒になるのだそうです。何だか恥ずかしがり屋のお嬢さんのようですね。

 昔我々の世代が学校で教えて貰った物理では最小単位は原子で、原子は原子核とその周りをまわっている電子からできているということでしたね。

 ところでその電子ですがこれが粒か波かということがはっきりしないようです。誰も見ていないと波で誰かが見ると粒になるそうです。この量子論はプランクによってある数式で示されていて、その式の中にはプランク定数と呼ばれる定数が含まれていますが、その定数たるや、小数点以下にゼロが33個も並ぶ数だそうです。思っただけで気が遠くなるような数です。

 詳しく知りたいと思われるお方は上記の本をお求めいただくとして、リハビリで絞られた後、部屋に戻って不覚にもぐっすりお昼寝をしてしまった日など夜の11時になろうと12時になろうと眠くなりません、そんなとき、相対性の理論のことを考えていたり自分自身が小さくなって1ミリの100万分の1の世界を彷徨っていることを想像していると何時の間にか寝てしまいます。今世紀最大の発見と云われている二つの理論もオソマツ君にとっては最良の睡眠薬2錠になっています。(T)

(追記》①相対性理論について述べて例のE=m×C×C(Cノ2乗:Cは光速)(例の原子爆弾の原理)について触れていないことに気が付き上記の本を再度点検しましたが発見できずいましばらくお持ち頂いていつか触れたいと思います。合わせて太陽で行われているという核融合反応についても触れるべきでしょう.

  ②アインシュタインは宇宙を3次元空間として捉えず「時空」と云う言葉で4次元空間として捉えていたことを追記します。当然複素数を駆使し関係式は複素変数関数論の世界で表現されます。

③相対性理論には特殊相対性理論と一般相対性理論があり最初特殊を発表したアインシュタインは一般に拡張したくて猛研究を開始します。その時友人の数学者に相談して猛勉強したのがヒルベルト空間論でこの勉強によって一般化に成功したと云われています。オソマツ君が大学4年の時卒論に代わるゼミナールとして猛勉強したのがハルモスと云う人が書いたヒルベルト空間論入門(英文)でした。当時はそんなことも知らず毎週4時間ぐらい担当を決められた章や節を予習しておいて先生の前で友人に講義し友人の質問に答えるという勉強の仕方で1冊読みました。予習が大変で内緒でリハーサルなどもして本当に熱心にヒルベルト空間のイメージ造りに励みました。ニュートンは微分積分を造りながら運動法則を明らかにし、アインシュタインはヒルベルト空間論を駆使して相対性理論を確立しました。「神は数学と云う言葉を使って宇宙を設計された」という言葉があります。天才と云われる人の頭脳には驚嘆するばかりです。(T)

 


1年前のブログが届きました。

2016-01-09 | 気ままなる日々の記録

白銀の山並みを見て思い出すこと

(gooブログから1年前の僕のブログが届きました。進歩がないと云いますか、よんでいると、言葉にできない恥ずかしさがこみあげてきます。思い出すのはさらに昔の高校生時代友人と気に入った詩や文章を暗記するという遊びに夢中になっていたころの楽しかった日々ばかりです。今書いているブログを後日読んだとき今の生活を思い出すだろうか、いや決して思いださないだろう。何にも夢中になっていないから、と思え反省しきりです。(T)

2015-01-08 | 気ままなる日々の記録


            

正月三が日雪雲に覆われていた我が国の山々は

見事な雪化粧を終えて美しい山並みを見せてくれている。この白銀の山並みを見ていて突然思い出したのが高校2年の頃暗記したカールプッセ作上田敏訳の次の詩である。

『山のあなたの空遠く

幸い住むと人のいう 

ああ我人と 尋(と)めゆきて

涙さしぐみ帰りきぬ 

山のあなたのなお遠く

幸い住むと人の言う』

カールプッセは1872年《明治4年か?》生まれのドイツの詩人だったと思う。江戸末期から明治の初めに生まれた人でこんな詩を書く人がいたのかとドイツとヨーロッパをいたく尊敬したことを覚えている。その頃私の友人で、「いい詩や言葉に出会ったら全部覚えてしまおうと友人を誘う人がいた。暗記しておけば何かの折にそれを思い出し、そのことがきっと人生を豊かにしてくれると思うんだと彼は言った。私は「そんなに、覚えられないよ」と云ったものだ。でも彼は「心を込めて3回も読めば覚えられるよ」と笑っていた。上の詩もそのような会話の中で覚えた詩だ。

「ああロッテさんさようなら。時計が12時を打ちます」というセリフも文庫本半ページは暗記し合っていた。これはゲーテ作の小説「若きヴェルテルの悩み」の主人公が自殺寸前に恋人ロッテに贈った言葉(日記に書かれていた)である。詩や小説の名文を片っ端から覚えていた友人は大学卒業後地元新聞の記者になり晩年はその新聞の文芸欄を担当していた。

 蛇足ながら寒さには2種類あると思われることを記しておこう。幸田露伴の娘の幸田あやが酒飲みの父の夕食の献立を考えるエッセーで書いている。気象情報で今夜は寒いと云っているとつい鍋物にしようかと考えがちだが、私はそこで思いとどまって、吹雪の夜は鍋物、しんしんと冷えそうな夜は逆にパリッとした野菜の浅漬けを出して、熱燗にして貰う。しんしんと冷える時は丹前を着てもらい熱燗にした方が料理もお酒も美味しいと思うからだという。さすがである。寒さには「吹雪」と「しんしん」の二種類あって「しんしん」の方が御しやすい。白銀の山並みの寒さは勝手ながら「しんしん]の方に思われる。

ところで、当時「山のあなたの空遠く」とセットになって友人と競って覚えたのが次のヴィオロンの溜息や島崎藤村の「初恋」だった。何とか思い出せた感じだが少し怪しい。オソマツ君のオソマツな青春の一コマではある。(一部ヤフーによる検索を含む)

上田敏 『海潮音』より

秋の日の
ヰ゛オロンの
ためいきの
ひたぶるに
身にしみて
うら悲し。

鐘のおとに
胸ふたぎ
色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもひでや。

げにわれは
うらぶれて
ここかしこ
さだめなく
とび散らふ

落ち葉かな

島崎藤村「初恋」

まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて


1月8日は「正月事納め」の日とか。

2016-01-08 | 気ままなる日々の記録

  門松やしめ縄を外す日だそうです。門松やしめ縄をしておく間を「松の内」といい家にお招きした年神様をおもてなしする期間だそうです。関西では15日まで松の内と云う地方もあるとか。わが尾張は松の内は1月7日までだと思います。でも、もうそうした伝統的生活習慣はどこかへ消えてしまったようです。残念なことです。

  そういえば昨日は「七草粥の日」でした。せり、なずな、ごぎょう、はこべ、ほとけのざ、すずな、すずしろ。が春の七草。これを朝粥に入れるわけだが面白いのはこの七草をまな板で細かく切るとき、トントンと大きな音を立てて刻んだ方がご利益があるとか、ならば、すりこ木か何かを左手に持ち右手は包丁で太鼓を叩くようにまな板を叩き七草を刻む。こうした音があちこちの家から聞こえてくる集落があったといいます。どうして太鼓を叩くような音を出したか?もちろんお迎えしていたお正月の神様への感謝やお送りの儀式としてのお囃子だったと思います。これで心がすっきりして爽やかに新年を迎えることができたと思われます。これ等は、当時の人々の生活の知恵で大切にしたい風物詩だと思われます。(T)


ショパンコンクール

2016-01-06 | 気ままなる日々の記録

  私はクラシツク音楽に詳しいわけではない。楽器はエレクトーンを少し習ったくらいでピアノはほとんど弾けない。しかし、音楽のなかではピアノ曲が大好きで何時も夕食の時はショパンの幻想即興曲を聴いている。

  そのショパンの国際ピアノコンクールが2015年10月ポーランドのワルシャワで開催されたということは新聞で読んで知っていた。5年に1度と云うことは知らなかった。年齢制限があることも。ところが偶然、本当に偶然であるがそれに関するテレビ番組に行き当った。タイトル「もうひとつのショパンコンクール」と云う番組の題が私の興味をそそったのだ。

  2時間のドキュメンタリーであったが、近頃にはない見応えがあった。コンクールと云うと出演者ばかりに目が行くが、この番組は裏で支えている調律師に視点を当てて1か月間の足跡を追ったものである。調律師と云うと正しい音に調節するのが仕事と思いきやコンクールともなるとそうではないらしい。

 会場での音の響かせ方、ピアノの個性の出し方、弾き手の平均的な好みの探究などに加えファイナルではオーケストラがつくので、それに合うかどうかまで配慮しなければならない。連日連夜データーを駆使して夜遅くまで調節が続くらしい。

 今回はアメリカのスタインウエイ、日本のヤマハ、河合、イタリアのファツオリのピアノがステージに上がった。それぞれ好みがあり、何時でも曲に合わせてピアノをかえられるらしい。紹介の時は演奏者名 出身国 それにピアノ名が発表される。

 調律師にとってはすごいプレッシャーになることだろうと思う。イタリアのファツオリのピアノを選んだのは78人中1人であッたが、調律師は100万人に一人と云う耳を持つ日本人であった。

 結局ファイナルで使われたのはスタインウエイ、5台 ヤマハ5台ということであった。これからも、5年先を見越して年間売上3000台のスタインウエイ、売上高世界一のヤマハ、新しいピアノメーカーが加わって熾烈な戦いが繰り広げられることでしょう。見知らぬ世界をのぞき見した感じである。(E)

 


1月4日は「帳祝い」(ちょういわい)だそうです。

2016-01-04 | 気ままなる日々の記録

  世間では今日は「仕事始め」で現役の方々は今日から日常に戻られたことでしょう。ご苦労様です。健康にご注意いただき程々に頑張って戴きたいと僭越ながら

祈っております。

 江戸時代商家では、当主が新しい帳簿用の和紙を綴じて表に『大福帳』などと墨書して新しい帳簿で一年の商売繁盛を祈ったといいます。

 半身不随の私に取ってはこのブロブが大福帳のようなもの、愚痴を書いたり嬉しかったことを書かせて貰ったりしながら、心の平衡を保ち何とか辛い毎日を前向きに過ごさせて貰おうと思っています。拙いことですが本年もどうかよろしくお願い申し上げます。

 今日は11時から、もう嫌なリハビリが始まります。贅沢を云っていると罰《罰》が当たると思いますが、罰《罰》はもう当たった、と云いたいし、それにしては、発病前のどんな行いに対してバチがあたったか一向に分からない。いい行いも少なかったが、悪い方については全く人並と云いますか平均的な生活だったと思います。

 繰り言はこのくらいにして、江戸時代大阪で発達した大福帳ですが、彼らは実質株式会社や先物取引まで行える規則を作り明治政府が開国して東京にやってきたイギリス商人を驚かせたといいます。大したものです。我が国の株式会社のスタートは「輸入業」だったようです。

 中国からの輸入で確実に売れ、利益も硬いと思われる商品の輸入でも船が遭難して沈むと莫大な損害となります。大手の商社も其れだけで倒産する恐れがあるとき、ある企画に対して公平な利益分配を約束して出資者を募るという形で株式会社が育ったときいたことがあります。

 先物取引は小さな大名が生活が派手になり3か月後に米を○○俵届けるからその権利を買ってくれと商家に泣きこんだことから始まったようです。明治になってアジアで日本だけが西洋型資本主義の国として栄えたのも大阪商人のこうした土台があったからこそと思われます。

 日本以外のアジアの国はイギリス式の貿易に耐え切れず戦争になり植民地化されていきました。昭和時代も大阪商人にご活躍願っておればあんな戦争をせずに、更なる発展ができたかも知れません。

 そろそろリハビリへ向かいます。(T)


筝(こと)と尺八の演奏会

2016-01-03 | 気ままなる日々の記録

  新年に入り、此処のところBGMはズーット筝の演奏曲が流れている。新年らしい雰囲気があって、まことにいいものである。

  2日の午後は本物の筝と尺八の演奏会があった。「春の海」から始まって「キヨシのズンドコ節」まで演奏者も10歳ぐらいから94歳までとバラエティーに富んでいた。

 圧巻はやはり「春の海」で筝の演奏者は迫力があり珍しい音色や技法もたくさん聞いたり見たりした。尺八の奏者も古典から軽い曲まで渋い音色で対応され自信を持って演奏されているように見えた。小学校高学年と思しき少年も独奏で将来有望な何かを感じさせるなど、近頃にない良いコンサートであった。

 筝の演奏と云うと決まって思いだすのがさる知人から招待された筝とフルートのコラボコンサートのこと。会場は何と名古屋城近くの能楽堂。杉本画伯の若松の絵も初めて目にすることができると少しおしゃれをしていそいそと出かけた。名古屋駅から能楽堂までは見栄を張ってタクシーにした。観客も礼儀正しいし、演奏者も超一流だったと思う。ステージには数台の筝が置いてあり、数人のフルート奏者が現れた。和楽器と洋楽器と云う斬新な組み合わせ。悪くはないが、何と言っても私の中には筝と尺八と云うイメージが強すぎてとても感動とまでいかなかったと思う。

 もう一つ残念なことがある。終了は9時ごろだったと思うが、家への終バスには十分間に合うと考え急いで帰宅の途に就いたのだ。だぜ余韻を楽しみながら名古屋のホテルで一泊しなかったのか。60歳前後と云う年齢のせいか、9時10時と云うのは今と違ってまだ宵の口と思っていたのだろうか。返す返すも残念ことをしたと今になって思う。(E)(註;1月3日「琴」を「筝」に改めました)、

 

 


淑気(しゅくき)

2016-01-03 | 気ままなる日々の記録

  アマゾンで「美しい日本の季語」金子兜太監修を手に入れた。ペラペラ見ていて驚いた。知らない言葉ばかりだったからだ。確かに美しい言葉が多い。

  俳句を勉強している人たちが美しい心で自然を見ておられることがよくわかった。自然の中にある美しさも言葉をよく知っている人には良く見えるが、言葉を知らないと気付かないことが多い。

  淑気もその一つである。淑気は、正月や新春のすがすがしくおおらかで吉兆に満ちた気配や空気、景色のことだそうだ。淑には水が清らかに澄むという意味があり、漢詩に用いられてきた言葉が、日本の季語として定着したのだそうです。

  「衣擦れの袴より立つ淑気かな」新たな年を迎えると今まで親しんだ身の回りの何気ないものにも、洗い清められたようなあらたまっ た感をうけます。この言葉を覚えるとお正月が一層楽しくなります。幼稚園ぐらいから、高校生までくらいは、沢山いい言葉を覚えるようにすると人生がゆたかになるのではないでしょうか。皆様お孫さんには、道端の小さな草花にも目を止めて「綺麗だね」と話しかけたり、夕焼雲を指差して「幸せを呼ぶ龍が泳いでいるようだね」と話しかけるようにしようではありませんか。(T)


元旦も無事終わりました。

2016-01-01 | 気ままなる日々の記録

  紅白をぼんやりみていて、そのうえさだまさしのトークライブまで見てそれでも8時頃には車いすでゴソゴソ動きだし元旦を体感しました。体をはっきり目覚めさせるには初日の出を浴びるに限ると考え5階南側の廊下の突き当たりにある陽が差し込む展望所へ行きました。ガラス越しに日光浴しながら白銀に輝く御嶽山を眺め、神々しく見えた田圃や畑、長閑な民家を眺め自然に手を合わせていました。1枚も書かなかった年賀状でしたが、やはり数十枚頂いてしまい、発病前まで大変お世話になっていた人や発病をご存じなさそうなお方への返礼を書きました。ハガキを家内にオサえていてもらい、忘れてしまった漢字を確かめながらチビた筆跡の賀状を書くのに一苦労。あっという間に夕食になってしまいました。いつも運動不足のため胃がもたれ、おかゆを希望しているので今日はお赤飯のおかゆ。これが美味しくなく折角のおせちもだいなし。それでも日本酒をコンビニで買ってきてくれてこれを常温で楽しみました。これが元旦らしい最大のお祝いとなり今日からは晩酌が日本酒になりそうです。夕食後千葉県にいる息子や孫たちと電話で話したこともやはり正月ならではのビックイベントでした。

夕食後「量子論入門」を読みながら就寝。いい元旦でした。(T)


明けましておめでとうございます。

2016-01-01 | 気ままなる日々の記録

  今年は年賀状を1枚もかきませんでした。ここ数年は賀状の裏も表もパソコンで作っていましたが、この施設へプリンターを持ち込んでいませんので上記のていたらくと相成りました。合わせて高齢者の仲間入りをして、若いときに比べて格段と、正月に対する感慨が薄くなったせいもあります。昨夜も惚けたーんと「紅白」を見ていましたが、何も感動するところがなく以下のような愚痴を言っていたのみでした。

 ①ガチャガチャした歌ばかりになったなあ。

 ②まったく情緒と云うものが亡くなったなあ

 ③若い人は運動不足になっていて歌いながら体をデタラメ動かしたいのかなあ僕らが若いときは昼間疲労困憊するほど働いていたので歌を聴く時ぐらいゆったりしたいと思ったものです。最近の若い人は昼間筋肉労働をしていないので、歌を聴きながらか、歌いながらも激しく体を動かしたいらしいですね。おしあわせなことです。

 ③長崎からのライブは良かったけど、突然三輪明宏さんの「よいとまけ」は頂けないなあ。この歌で視聴者の母親への応援にと云うあこぎな配慮がNHKのオソマツなところではないでしょうか。

 ④総予算はいくらぐらいだろう?

 ⑤黒柳さんの総合司会も御粗末。場違いの語り方で、雰囲気を壊していましたし「私の声大きすぎますか?なんて、放送用のマイクに向かって訊いたりして、もうお粗末そのものでしたね。

などで、以前のようにいい歌謡曲に酔いしれた感動はゼロでした。もう「紅白」は終わりだなあ。来年はモット情に訴えるいい企画でやってもらいたいものだなあ。などでした。

 思うに若い人の心もとらえていなかったのではないだろうか。昭和の時代と違って平成になって一段と個別化が進み若い人と云っても多様化していてひとまとめにできなくなってきています。

 合わせて最近の日本は自国の伝統文化に対する畏敬の念を失い、軽薄なアメリカの流行を追いすぎているようなきがします。アメリカの黒人街をつぶさに見たことがあるオソマツ君は今の日本の在り様に背筋が寒くなります。とんだ新年のご挨拶になってしまいました。お許しください。本年が貴兄にとっていい年でありますように祈っています。(T)