かわずの呟き

ヒキガエルになるかアマガエルなるか、それは定かでないが、日々思いついたことを、書きつけてみようと思う

午前5時ごろ3階へ行きそこの広い窓から国道41号線を見ました。

2017-02-11 | 気ままなる日々の記録

   昨夜来、気象情報で太平洋岸も雪、積雪も5~15センチと云っていましたので、心配になって、目覚めると直ぐ国道41号線を見に出かけたわけです。

そうしましたら、車も少なく、ゆっくりですが、確かにトラックも動いていました。よかったよかったと思い、やっと我が国も教養のある紳士の国になったか、という感じでした。気象情報によって、確かにトラックが少なく、とにかく、事故も渋滞も無いようで、ホットしました。

   明らかに沢山のトラックが計画を変更して走行を中止したようです。豊かな国、大人の国はこれでなくてはいけない、というのが、僕の考えです。それでも、名神高速道路の関ヶ原付近では路面凍結による渋滞が発生し、交通警察が出動したとか言っていました。

  こんな日はトラック輸送は延期して、世の中全体が安全第一で動くことが常識であるようなゆったりした社会になって欲しいと願っています。

   まあ、どこかの国のように大統領命令が裁判所によって「憲法違反と云う判決を受けて執行停止になるよりまだましかもしれませんが、・・・・・。これを評してあるコメンテーターが「三権分立がかくりつしていますねえ」といっていたのには、呆れてものが言えませんでしたが。(T)

   

             春先の雪   建国記念の日に

 

 

 


旧暦と立春

2017-02-10 | 気ままなる日々の記録

   数日前季語・春どなりに魅了され気配を探して歩いたが、その後明治5年以前の旧暦の時代は、立春と元日は同じ日から始まったのかと云う疑問がわいた。そして、手持ちの本”日本の72候”と”日めくり72候”とをよむことになった。

  2冊とも日本には1年を24等分した24節気と72等分した72候という季節があることが分かったが、私の疑問にははっきり答えてはくれなかった。

辞書も駄目であった。最後の頼みはネットでの検索である。

 1時間半ぐらいかかって、やっと納得のいく答えを見い出した。

 立春は春の始まりということで、旧暦1月1日と思いがちであるが、勘違いである、(30年に一度だけ重なる) 驚いたことに1年に2度立春があるときも立春が無い年もある、と記してある。

 新暦では立春は2月4日とほとんどずれないが旧暦では立春の日は毎年かなりずれることも表から読み取った。

そこで、次のような機知にとんだ短歌を読んだ人もあったのである。

 年内立春の歌 

ふる年に春たちける日よめる

”年のうちに春は来にけり 1年(ひととせ)を去年(こぞ)とやいはむ 今年とやいはむ” -在原元方ー

 実はこの歌を目にするのは初めてではない。きっと高校時代に習ったと思う。よく覚えていればこの齢になって、立春と元日は同じ日から始まったかという疑問は持たないはず。恥ずかしいかぎりである。(E)

 

 

 


「大丈夫です」に目玉白黒。

2017-02-10 | 気ままなる日々の記録

  オソマツ君には一つ違いの兄がいる。その兄が昨日見舞いに来てくれ、よもやま話に夢中になった。

 その時浄土宗のお経の話になり、兄が「このことが仏説阿弥陀経にでてくる」といいその本のことを話してくれた。

 今日になって僕のところのファックス番号の問い合わせがあったが「ここにプリンターを持ち込んでいないので此処の事務室にファックスしてくれれば事務室がプリントアウトしたものを届けてくれると思う。」と答えた。

 事務室に「僕宛のファックスが届いたら僕の部屋へ届けてください。お世話をおかけして申し訳ありません」と云に行った。

 そうしたら、事務の女の子が「分かりました。大丈夫ですと答えて僕を驚かせた。何が大丈夫なのか分からない。

 思えば最近の若い人はむやみに「大丈夫です」を使うようだ。本来「大丈夫」と云う言葉は何かの危険に対して使うべきだと思うが、この場合どんな危険があるのだろう?

 思うにこれらは漫画の読みすぎからくる、混乱ではないだろうか。最近の漫画にはすぐに喧嘩や乱闘が出てきて、片手が取れて宙を舞ったり目が飛び出したりしている。思春期にこんな漫画ばかり見ていると人格形成にひずみが出てくると思うがどうだろうか。

 いずれにしても無暗に「大丈夫」と云うことをやめてほしいと思う。(T)

 


館内散歩に出かけました。

2017-02-07 | 気ままなる日々の記録

「春はのみぞ風の冷たさ」は抒情歌「早春歌の一節ですが、丁度今の季節にピッタリである。

   夕食後すぐにベッドに寝ては体に悪いと思い「館内散歩」と称して車いすを漕いで3階に行って広い窓から夜景を見に出掛けた。眼下に国道41号線と21号線が見える。と云っても流れる車のライトと信号機の赤いランプによってそれとわかるだけである。

   ひっきりなしに走る大型トラック。終戦直後なら「逞しい復興の鎚音」とでも叫びたいところでしょうが、今ではとてもそんな気分になれず、「そんなに急ぐな、危ないじゃないか!」と叫びたくなる。

 それにしても、大型トラックで、大きな荷台の側面を赤や緑の電飾で飾り立てた車の多いこと。聴くところによると、これらは、運送会社のトラックではなく、個人所有のトラックで時に「トラック野郎」と呼ばれるトラックのようである。

大手運送会社の下請けとして、若干条件の悪い仕事も引き受け、長距離運転も頑張って生計をたてておられるということだ。

   3階の窓から流れるようなトラックのライトを見ていると、「どうか事故が起きないように!」と祈りたい気持ちになって、手を合わせてしまう。

 暫く見ていて急に寒くなり体を震わせて部屋へ戻った。(T)


昭和20年代のラジオ歌謡に嵌っています。

2017-02-07 | 気ままなる日々の記録

「アザミの歌」「桜貝の歌」「勿忘草をあなたへ」などなどです。賠償千恵子さんが歌っています。

 ユー・チュブから入りました。もう少し具体的に書きますと、

 インター・ネットで「「勿忘草をあなたへ」をユーチュウブで聴く」」として検索してたどり着き「お気に入り」登録をしておきました。

何度聞いても飽きません。老人の回顧趣味なのでしょうが、敗戦直後で何もない時代に一流の人たちに作詞。作曲を依頼し「ラジオ歌謡」と云うことで育ててくれたNHKの努力に感謝します。

 今の若い人たちが80歳になったとき、しみじみと聞き返せる思い出の曲が今あるのでしょうか?

 若かった自分を懐かしんでいるのではなく、曲そのものが内包する人生に対する情緒です。

 「恋を恋する青春」の情緒です。僕の拙い説明よりも実際に上記の歌などをお聞きいただいてその歌が呼び起こす感動を今の若い人々は共有できるだろうかと心配になってきます。

 日本語が持つ情感や情緒、それらを私たちたち世代は次の世代にキチンとバトンタッチしているでしょうか。

 敗戦直後物不足からアッパッパと呼ばれたワンピースがありました。女性の衣服から和服が消えてアッパッパばかりになってしまった、いや、アッパッパばかりにしてしまったのが私たちの世代ではないかと心配しています。ここはやはりNHKさんに頑張っていただくしかないと思います。商業主義に汚染された民放と視聴率競争などせず。堂々と「高尚」「上品」を追求して頂きたものです。NHKの公共性が議論されるとき殆ど政治的中立の視点で議論されますが、実は大衆文化の内容や伝統文化尊重などの視点も大切と思われます。国際交流が進む中ウッカリしているとあっという間に軽薄な流行の後追いに終始することになってしまいます。

 大きなテーマに踏み込んでしまって失礼しました。楽しみにしていた日曜日が雨で、少し欲求不満になっていた気配もありました。お許しください。(T)

 

 


楽しみにしていた日曜日も雨で何もまとまったことをせずに終わりました。

2017-02-05 | 気ままなる日々の記録

   雨で、、「雪にならなくてよかった」と云うのが大方の感想だ。

 ここは、小さな車で通勤しておられるご婦人が多く、スノータイヤやチエンをお持ちでない方が多い。

 雪の日は早く起きて自転車で通うという驚くべきご婦人も結構多い。

 「雪でなくても、アイスバーンも気を付けてくださいよ」というと「なにそれ?」と聞かれてしまう。

  スキーが好きで志賀高原まで車で入っていた小生は路面の色でいろいろなことを判断した。一番危険なところはトンネルを出たときのハンドル・アクセル・ブレーキの操作である。など話題は尽きない。

 まあおばさん方は可愛らしい軽自動車だから、少し様子も違うだろうとあまり教訓的な話しはやめて雪でないよう祈ることにしている。(T)


手造りジャム。

2017-02-05 | 気ままなる日々の記録

  本日は近所の知人が手造りのマーマレードを届けてくださった。毎年今頃になるとその恩恵に預かっている。マーマレードは多くの方から頂く機会が多いが全部味が違う。甘味の濃いもの、あっさりしたもの、オレンジなどをミックスしたものなどなど・・・・。

もちろん、作り方もそれぞれ違う。

 私自身が造っていた時は、砂糖の他に蜂蜜をたっぷりと入れていた。娘の婿が趣味と研究を兼ねミツバチを飼っている。其れで自家製の蜂蜜を沢山貰うので贅沢に使っていたのである。

 毎年12月の終わりに近づくころ数個の段ボールが届く。中身は全部夏みかんである。これを果物として味わったことは一度もない。毎年頑張ってジャムにしてしまうのである。最初は近所から20個から30個貰っていたが主人がマーマレイドが大好きなことを話すと次の年からだんボール数個に替わった。

 キッチンのストーブのそばで週に2~3回はジャム作りをした。いつもは楽しみながら時にはいやいやながら。マーマレイドは手間がかかる。最初はピラーと云う皮むきの道具で薄く皮をむく。次に皮の量の半分を千切りにして実に加えジャムにする。其れが大変なのである。皮は思いの他硬くていつも苦労した。人差し指の根元に硬い硬い豆ができてしまうのだ。一度に夏みかんを10個ずつ使っていたので、実の薄皮を剥くのも飽きてしまう作業だった。これらを一緒にして砂糖や蜂蜜を加えて煮込むのである。

 年によってはお歳暮として林檎を戴くことがあった。やはり全部ジャムにしてしまった。これらは、皮を剥いて細かく刻むだけなので、マーマレイドに比べたらとても簡単である。手作りの林檎ジャムもとてもおいしい。甘酸っぱい酸味が特によい。

 かくして、我が家の冷凍室には1年分のジャムが貯蔵されることになるのであった。(E)

    

           散歩道で見かけた夏みかん


連日昭和抒情歌に嵌っています。

2017-02-05 | 気ままなる日々の記録

  インタ^-ネットから「賠償千恵子さんの「さくら貝の歌をユーチュウブで聴く」として検索をかけ、たどり着き気に入った曲が多いとき「お気に入り登録」をしましたのですぐにアクセスできます。

 真空管やラジオのことは高校時代嵌っていたことがありますので詳しいつもりですが、ユーチュウブまで来るともうサッパリわかりません。

 それにしても科学技術の進歩には目を見張るものがあります。量子力学の世界だと何かが一定な状態でいますが定かではありません。原子核の周りをまわっている電子に働きかけいろいろ記憶させるのだと聞いたような気もしますがもうここまで来るとサッパリわかりません。

 現代ならもう高校の物理で触れていると思いますが今ではもガイドブックも分からない状態です。

 既に十分「時代遅れの老人として、必要十分条件を満たしているようです。(T)

        立春の夕日


「名言」について」

2017-02-03 | 気ままなる日々の記録

「奪い合えば足りない」

「譲り合えば余る」

「幸はすでにあなたの心の中にある」

などの言葉が色紙に書かれ廊下の壁などに貼ってある。書も決して達筆ではなく、ドボドボとした癖のある太字である。

 最後に署名らしき名前もあるが、聞いたたことにない人である。

これがお世話になっている「住宅型有料老人ホーム××の風景である。

オソマツ君はこれらの言葉が好きになれない。多分、このホームの理事長とか院長とかの偉い人の中に、これらの言葉が好きな人がおられるのだろう。

オソマツ君は、自分が偏屈な性格だから好きになれないのだろうかと、反省を込めて自問自答してみる。

どうやらこれらの言葉の中にある「上から目線と云うか訓示的色彩に反発を感じているようである。

(T)

 


春どなり。

2017-02-02 | 気ままなる日々の記録

 先週のある日主人が「俳句教室に入ろうかと思う」と云い出した。俳句とか短歌と云うのとは、縁遠い人だと思っていたので、びっくりした。

 聴けばお茶会でいつも一緒になる人が入居以来3年間この教室に出席されているという。この方は書の方も熱心で、草書まで書かれるそうだ。主人は一度だけ試に出席したが言葉が出てこないからダメだとあきらめ気味。

 次の日だったと思う。3年間出席された人が、筆で書いた巻紙を届けてくださった。自分の作った句を全部見て欲しいと。小筆で書かれたきれいな字が並んでいた。

 読んでいると、一つの句が私の心に残った。水仙の花を見て春を待ちわびる句だったと思う。私はその句の中の”春どなり”と云う言葉に強く魅かれたのだった。今まで一度も聞いたことのない言葉であるが、何故か心に沁みた。

「春はそこまできている」「春の足音が聞こえる」という意味に取れたが自信がないので広辞苑で調べてみた。「春が近くまで来ていること。」と書いてあり<季・冬〉となっていた。冬の季語であるらしいことを、初めて知った。それ以後心がざわつきだした。何故なら「すぐ近くまできていること」になると今頃の時期を云うのではなかろうかと気付いたからだ。

 早速”春どなり”の気配を肌で耳で目で探し、確かめたい衝動に駆られて蓮池に出てみた。1週間前までは氷が張っていた池の表面もなごみ、心なしか水音まで違って聞こえる。肌に当たる風も冷たさがあるものの、大寒の始めの頃のような、凍てた冷たさではない。こともあろうか、数匹の鯉たちまでも見かけた。何気なく見ているとあまり感じないが、よく見ると確実に季節の移ろいがある。

 考えてみると数日で立春だ。

 何だか少しだけ”春隣り”の気配を感じ取れたような気がして、陽だまりの中しばらくベンチに腰かけていた。(E)

      

       夕日と並木

 

 

 

 

 

 


賠償千恵子さんの歌に嵌っています。

2017-02-01 | 気ままなる日々の記録

   日本人のj情緒が失われてNHKまでドタバタしたステージを放映している。このどたばたは下品な国アメリカの影響だと嘆いていましたら友人から「老人の回顧趣味だ。それより、お薦めのステージを紹介せよというアドバイスを頂いた。

   確かに今はインターネットと、ユウーチューブでどんなステージも探し出せる。そこで、たどり着いたのが、賠償千恵子さんの「学生時代」や「桜貝の歌」だ。時間の許すときご鑑賞ください。僕の云う昭和の情緒満載です。僕はもう、お気に入り登録を済ませ、寛ごうとするとき何時でもアクセスできるようにしています。(T)