鮮魚が手に入りにくい京都では、若狭から甘鯛(グジ、という)とか、鯖を調達
した歴史がある。その道を鯖街道といい、その名を冠にしたマラソンもある。いつか走りたいと思う。
小浜ではよく「京は遠ても十八里」と言われ、「遠ても」という言葉には「京は近い」という意味なんだろうけど、人が魚を
かかえて走るのは大変だったろう。先日そこでコンサートをやったかよちゃんが、お土産に「大きな鯖を焼いたん」
をくれた。お店のかたずけを終えて、竹にさした鯖をほおばりながら、酒を飲んだ。焼いた魚が生き帰って
冬の日本海を泳ぐのではないか、と思うくらい元気になる美味。その海で溺れるくらい酒が飲めそうだ。
浅草の骨董屋が不思議な昔の「こたつ」を持ってきた。電気ではなく炭を使っていたころのものだ。
その炭を入れる部分を、二階の囲炉裏に使っては・・・という提案だったけど、少し小さいので、持ち帰ってもらった。
帯に短し、襷にながし、である。「ほどほど」のもが見つかった時のうれしさといったら、なにものにも代えがたい。
今日の夜は「インヨガ」。カッポレとインヨガやお茶お花のお稽古は二階でやる。その時に、囲炉裏を移動
せんとあかん。狭いところで生活したりするのは大変だけど、工夫しだいで無限の楽しみもある。
粗衣粗食を旨とし、小さなあばらやに住んでいても、こころの置きどころ、もののおきどころにより、
そこが独房にもなれば、天守閣にもなる。「居」が肝心。
早川駅前の「ながや」の主人・長屋くんから開店の案内書が届いた。
早川漁港から徒歩2分の地に、カウンター5席、ぜんぶで9席の小さなお店を開きました。
新鮮な魚料理と、フランスの「YEN」で培った縁を大切に締めに蕎麦を供するスタイルでスタート、
みたいなことが、自然体の気持ちが伝わる文章で書いてある。先日いった時に忘れた「うな坊」も
同封されていた。「ながや」のシンボルマークは「鯛」。彼が修行した吉兆の湯木翁は、鯛茶づけ
からスタートした。「ながや」も夢がかなってメデタイ。そのうち、「見知らぬ」あたりが見つけるやろうけど、
知らぬ顔して、自分の道を歩いていってもらいたい。あまり人に教えたくないお店だけど、もらった名刺を
縁ある人に手渡しながら、「よろしく」と頭を下げる今日このごろ。