車泊で「ご当地マンホール」

北は山形から南は大分まで、10年間の車泊旅はマンホールに名所・旧跡・寺社・狛犬・・思い出の旅、ご一緒しませんか。

ご当地マンホール in 島根県旧大東町(雲南市)

2018年08月10日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・島根県

旧大原郡大東町(だいとうちょう)は島根県の東部、内陸部に位置した町です。赤川沿いに町域が開け、大正3年に採掘を開始した「大東鉱山」ではモリブデン鉱、銅が採掘され、昭和後期に閉山されまで継続されていました。また古事記・日本書紀に記載される「須賀宮(すがのみや)」は、須佐之男命が初めて造ったと云われる事から「日本初之宮」と称され、和歌発祥の地としても知られています。「町の木:イチョウ」「町の花:桜」を制定。

立ち寄ったJR西日本木次線:大東駅に一両電車が入ってきました。

明治22年(1889)、町村制の施行により、大原郡大東村・阿用(あよう)村・佐世村・幡屋村・春殖(はるえ)村・海潮(うしお)村が発足。

1903年、大東村が町制を施行、大原郡大東町となります。

1951年、大原郡阿用村・佐世村・幡屋村・春殖村と合併、改めて大東町が発足。

1956年、大原郡大東町が、海潮村を編入。

2004年、大原郡加茂町・木次町・飯石郡三刀屋町・掛合町・吉田村と合併、雲南市が発足しました。

マンホールには「素戔男尊と稲田姫・八岐大蛇」、周囲には「赤川ほたる」がデザインされています。

明治36年(1903)11月6日制定の町章は「桜の花の真ん中に「大」を配したもので、旧・大東町制時から使用され、新制施行後に継承されました。」

撮影日:2011年5月16日&2015年4月22日

 

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ご当地マンホール in 島根県旧加茂町(雲南市)

2018年08月10日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・島根県

旧大原郡加茂町(かもまち)は島根県の東部、出雲地方のほぼ中央に位置した町です。加茂町岩倉には、弥生時代の遺跡「加茂岩倉遺跡」があり、史上最多の銅鐸・39個が出土しました。遺跡付近の小川に架かる「加茂岩倉橋」親柱は、鮮やかに再現された銅鐸。「町の木:ケヤキ」「町の花:ツツジ」を制定。

旧キャッチフレーズは「遊学の郷・加茂」

明治22年(1889)、町村制の施行により大原郡加茂村・神原村・屋裏村が発足。

1934年、大原郡加茂村、神原村、屋裏村が合併、町制を施行し大原郡加茂町が発足。
2004年-大原郡木次町・大東町・飯石郡三刀屋町・掛合町・吉田村と合併、雲南市が発足しました。

マンホールには「加茂岩倉遺跡から出土した銅鐸」と、「町の花:ツツジ」が描かれています。

カラーマンホールには「町章」を大きく象り、全体に「町の花:ツツジ」が描かれています。

昭和49年5月1日制定の町章は「加茂町の頭文字「カ」を力強く表現して加茂町の融和と飛躍・発展の姿を象徴したものです。個々の図形については、上部の左右の鋭角は、新しく生々発展せんとする加茂町の将来を象徴し、円は町民の融和と団結を象徴するものです。」旧加茂町HPより

撮影日:2011年5月16日&2015年4月22日

 

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ご当地マンホール in 島根県旧三刀屋町(雲南市)

2018年08月08日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・島根県

旧飯石郡三刀屋町(みとやちょう)は、島根県の東部に位置していた町です。町域にある給下には、出雲国風土記に「御門屋社」として記される古社があり、また島根県内でもっとも古い古墳の一つ「松本1号古墳」を有しています。「町の木&花:梅」を制定。

通りがかりに見かけた「栗谷横穴古墳群」

明治22年(1889)、町村制の施行により飯石郡三刀屋村・飯石村・鍋山村・中野村が発足。

1928年、三刀屋村が町制を施行、飯石郡三刀屋町となる。

1954年、飯石郡飯石村・鍋山村・中野村と合併し、改めて三刀屋町が発足。

2004年、飯石郡掛合町・吉田村・大原郡加茂町・木次町・大東町と合併、雲南市が発足しました。

マンホールには町章を中心に、「町の木・花:ウメ」が、大小に描かれています。

「木三水企」のマンホールには、「八岐大蛇」の背に乗る「須佐之男命・チェリーちゃん」。足元には「木次町の木:桜」と「三刀屋町の花木:梅」がデザインされています。

同じく「木三水企」のマンホールで、「木次町の木:桜」と「三刀屋町の:花木・梅」がデザインされています。

昭和29年1月制定の町章は「全体を亀の形にし、三つの「ト」と「Y」を表したものです。」

「木三水企」と書かれた仕切弁。

「木三水企」は木次町と三刀屋町の公共下水を担当する「木次三刀屋水道企業団」の略。木次町にも同じマンホールが設置されていますが、旧三刀屋町ご当地マンホールとして掲載しました。

撮影日:2011年5月16日&2015年4月22日

 

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ご当地マンホール in 島根県旧木次町(雲南市)

2018年08月07日 07時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・島根県

旧大原郡木次町(きすきちょう)は島根県出雲部の中央に位置し、中国山地から宍道湖へ注ぐ斐伊川中流部に開けていた町です。斐伊川の川底から湧出していた温泉を発見したと伝えられる「出雲湯村温泉」を擁し、『出雲国風土記』に「漆仁の川辺の薬湯」として紹介されていることから、奈良時代にはすでに湯治場としてその存在を知られていたことが窺えます。

また、雲南市の代表駅「木次駅」の堤防には日本桜名所百選の「斐伊川堤防桜並木」があり、季節には多くの花見客でにぎわいます。「町の木:桜」「町の花:ツツジ」を制定。

旧キャッチフレーズは「神話と桜といで湯の町 さくら咲く健康の町」

明治22年(1889)、町村制の施行により、大原郡木次村・日登村、仁多郡温泉村が発足。

1891年、木次村大字里方・山方が分立して斐伊村が発足。残部が町制を施行し木次町となる。

1951年、斐伊村と合併、改めて大原郡木次町が発足。

1955年、大原郡日登村、仁多郡温泉村と合併、大原郡雲南木次町が発足。

1957年、雲南木次町が改称、再び大原郡木次町となる。

1957年、飯石郡三刀屋町上熊谷・下熊谷の各一部を編入。

2004年、大原郡大東町・加茂町、飯石郡三刀屋町・掛合町・吉田村と合併、雲南市が発足しました。

マンホールには「八岐大蛇」と、大蛇に抱きかかえられるように「町の木:桜」が描かれています。

「木次大橋」の上を飛ぶ「八岐大蛇」。周囲に「町の木:桜」がデザインされています。

「木次大橋」

木次町湯村地区のマンホールには、「町の木:桜」と、水面から姿を現す「八岐(二岐)大蛇」が描かれています。

昭和33年10月制定の町章は「木次町の「木」の字を図案化したもので、輪(和)と輪(和)が重なり合ったところに鋭く天をつく意欲あふれる町の姿、そして全体として平和を象徴する鳩に似せてかたどったもの。」旧公式HPより

「木次三刀屋水道企業団」のマンホールは旧三刀屋町に掲載しました。

木次町マスコットキャラクター『チェリーちゃん』。木次町の町の木「桜」から生まれた女の子です。

撮影日:2011年5月16日&2015年4月22日

 

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ご当地マンホールとマンホールカード in 島根県雲南市

2018年08月07日 06時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・島根県

雲南市(うんなんし)は島根県の東部に位置し、県内で唯一、海に面していない内陸の市です。2004年11月1日に大原郡大東町、加茂町、木次町、飯石郡三刀屋町、掛合町、吉田村が新設合併して誕生しました。松江市、出雲市、安来市、飯南町、奥出雲町と隣接し、南部は広島県庄原市に隣接。市名の雲南は、令制国の出雲国南部に位置することに由来しています。「市の木:イチョウ」「市の花:桜」を制定。

キャッチフレーズは「生命(いのち)と神話が息づく新しい日本のふるさとづくり」

2009年2月16日制定の市章は「雲南市の「U」をモチーフに、「いきいきとした自然・人・街(ふるさと)」「生命(いのち)と神話が息づく新しい日本のふるさと」をイメージし、全体として、未来に向かって躍動・発展する雲南市を力強く表現しています。」公式HPより

秘密結社「鷹の爪」のメンバーで、吉田村出身の『雲南吉田くん』。雲南市観光PRキャラクターとして各地に出張って頑張っています。

撮影日:2015年4月22日

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マンホールカード、頂きました。

2020年6月1日、第12弾として全国53自治体で62種類(累計535自治体667種類)の マンホールカードの配布が 開始されました。雲南市のマンホールカードは「【平日】雲南市水道局 【休日】雲南市観光協会」で頂けます。

1999年に設置開始されたマンホールには、ヤマタノオロチに乗った旧木次町のマスコット「チェリーちゃん」と、旧三刀屋町マスコット「みこと君」がデザインされています。

「雲南市誕生前の木次町・三刀屋町公共下水道事務組合で採用したデザインです。 旧木次町、旧三刀屋町のマスコット、チェリーちゃん(桜をイメージ)とみこと君(スサノオノミコトをイメージ)がヤマタノオロチに乗り雄大に泳いでいます。 ヤマタノオロチは出雲神話に登場する大蛇で、スサノオノミコトが退治し建造したとされる日本初之宮須我神社を始め市内には伝承地が数多く残っています。 また、雲南市の花、桜は、日本さくら名所100選に選定された斐伊川堤防桜並木が有名で、約800本の桜が咲き誇り2kmに渡って続く桜のトンネルは中国地方随一の桜の名所としてその名を馳せています。」

 

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ご当地マンホール in 島根県旧東出雲町(松江市)

2018年07月26日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・島根県

旧八束郡東出雲町(ひがしいずもちょう)は島根県の北東、中海の南側に位置した町です。揖屋町平賀地内には古代出雲神話に登場する「黄泉比良坂(よもつひらさか)」のこの世側の半分、「伊賦夜坂(いぶやざか)」があり「神蹟黄泉比良坂伊賦夜伝説地」の碑があります。町域にはトヨタ・日産・日野等の自動車部品工場も多く企業城下町として、また松江市のベッドタウンとして知られています。「町の木:柿」「町の花:ツツジ」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により意宇郡揖屋町・出雲郷村・意東村が発足。

1896年、郡制の施行のため、島根郡・秋鹿郡・意宇郡の区域をもって八束郡が発足。

1954年、八束郡揖屋町、出雲郷村、意東村が合併、八束郡東出雲町が発足。

2011年、松江市に編入され、松江市東出雲町となりました。

マンホールには企業城下町らしく、町章を中心に「歯車」と、町の特産「干し柿」、「町の花:ツツジ」が描かれています。

昭和38年11月5日制定の町章は「「ヒ」・「雲」を図案化したものです。」

撮影日:2011年5月18日

 

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ご当地マンホール in 島根県旧八雲村&旧八束町(松江市)

2018年07月25日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・島根県

旧八束郡八雲村(やくもむら)は島根県の東部、松江市の南に接した村です。村域の意宇(いう)川上流には、火の発祥の神社として「日本火出初之社(ひのもとひでぞめのやしろ)」とも称される意宇六社の「出雲国一宮:熊野大社」が鎮座されます。「村の木:しい」「村の花:ミツバツツジ」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により意宇郡岩坂村・熊野村・大庭村が発足。

1896年、郡制の施行のため、島根郡・秋鹿郡・意宇郡の区域をもって八束郡が発足。

1951年、八束郡岩坂村、熊野村、大庭村平原地区が合併、八束郡八雲村が発足。

2005年、旧松江市、鹿島町、島根町、美保関町、玉湯町、宍道町、八束町と合併、松江市八雲町となりました。

マンホールには「ホタル」と「村の花:ミツバツツジ」、それに村章が描デザインされています。

昭和29年3月10日制定の村章は「旧岩坂村・旧熊野村・旧大庭村を円満な形にして象徴したものです。」

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旧八束郡八束町(やつかちょう)は、中海中央部にある大根島と江島を町域とする町です。 松江市とは県道338号線で、また鳥取県境港市とは江島大橋で結ばれ、「日本一のぼたんの里」として知られています。「町の花:ボタン」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により意宇郡波入村・二子村が発足。

1896年、郡制の施行のため、島根郡・秋鹿郡・意宇郡の区域をもって八束郡が発足。

1929年、八束郡波入村、二子村が合併、八束郡八束村が発足。

1970年、八束村が町制を施行、八束郡八束町が発足。

2005年、旧松江市・島根町・美保関町・八雲村・玉湯町・宍道町と合併、松江市八束町となりました。

急ぎ足で駆け抜けた旧自治体、町章がある規格蓋を一枚見つけただけです。

昭和45年4月1日制定の町章は「八つの「カ」を円周で組み合わせたもので「八カ」=「八束」と読むことが出来、町内の八大字(江島・遅江・亀尻・寺津・入江・波入・二子・馬渡)を表したものです。」

撮影日:2011年5月18日

 

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ご当地マンホール in 島根県旧宍道町(松江市)

2018年07月23日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・島根県

旧八束郡宍道町(しんじちょう)は島根県の東部、宍道湖に面した町です。出雲風土記の時代から今日まで、交通の要所・流通の中心として栄えてきました。広大な宍道湖で採れるしじみは「大和しじみ」と呼ぱれ、真しじみに比べてコクのあるのが特徴です。早朝から湖に小舟を出し、クマデにカゴを付けたような独特の鋤簾(じょれん)で獲るしじみ漁の光景は、朝の風物詩としても知られています。

明治22年(1889)、町村制の施行により意宇郡宍道村・来待村が発足。

1896年、郡制の施行のため、島根郡・秋鹿郡・意宇郡の区域をもって八束郡が発足。

1927年、宍道村が町制施行して八束郡宍道町が発足。

1955年、八束郡来待村と合併、改めて宍道町が発足。

2005年、旧松江市・鹿島町・島根町・美保関町・八雲村・玉湯町・八束町と合併し、松江市宍道町となりました。

マンホールには、来待地区周辺でしか産出されない「来待石の採石場」が描かれています。

「来待石」の採石場は「来待ストーン ミュージアム」として開放されています。

昭和50年11月14日制定の町章は「「宍」を曲がった形にして発展を意味し図案化したものです。」

「来待ストーン 」マスコット『バレちゃん』。モデルは約1,300万年前に絶滅した哺乳動物の「パレオパラドキシア」。学名の由来は「古代の不思議なもの」という意味ですが、まさに不思議なモノ(笑)

「パレオパラドキシア」

撮影日:2011年5月18日

 

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ご当地マンホール in 島根県旧玉湯町(松江市)

2018年07月19日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・島根県

旧八束郡玉湯町(たまゆちょう)は島根県の北東に位置し、古湯「玉造温泉」で知られていた町です。温泉街近くの「花仙山」からは良質の青瑪瑙が今も採掘され、「勾玉の里」とも呼ばれています。「町の木:桜」「町の花:花仙椿」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により意宇郡玉造村・湯町村が発足。

1896年、郡制の施行のため、島根郡・秋鹿郡・意宇郡の区域をもって八束郡が発足。

1905年、八束郡玉造村、湯町村が合併、八束郡玉湯村が発足。

1959年、玉湯村が町制を施行、八束郡玉湯町となります。

2005年、旧松江市・鹿島町・島根町・美保関町・八雲村・宍道町・八束町と合併、松江市玉湯町となりました。

マンホールには、玉湯町で今も作られている「勾玉(まがたま)・管玉」が描かれています。

玉造温泉街の中心、玉湯川に架けられた「勾玉橋」は、撮影スポットとしても有名でパンフレットなどにもよく登場します。

もう一種類のマンホールには「竪穴式住居」と、それを取り巻くように「勾玉の首飾り」が描かれています。

「出雲玉作史跡公園」には復元された「竪穴式住居」が展示されており、自由に見学できます。

昭和54年6月制定の町章は「玉(勾玉)を中央にして外郭に湯(ユ)を湾曲させ、町民の融和と団結を表し、併せて町勢の発展向上を単純明解に図案化したものです。」旧公式HPより

玉造温泉公式キャラクター『しじみジョージ・しじみシスターズ』。ステキなカップルの頭は「シジミ」・・・帽子じゃなくて、頭です(笑)

同じく玉造温泉公式キャラクター『玉ニャン』。でも今は単純に『玉』で活躍中(笑) 多分、熊本県玉名市のマスコットが『タマにゃん』なので、混同しないように縮めてしまったのでしょう。

撮影日:2011年5月18日&2013年5月27日

 

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ご当地マンホール in 島根県旧美保関町(松江市)

2018年07月15日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・島根県

旧八束郡美保関町(みほのせきちょう)は島根半島の中央から東端にかけて位置した町です。漁業と観光の町として知られており、釣りの名所としても有名です。町域には『恵比寿様』の総本宮「美保神社」が鎮座され、山陰最古の石造灯台や、男女(めおと)岩、港町に敷き詰めた「青石畳通り」など、多くの見所を擁しています。

明治22年(1889)、町村制の施行により、島根郡美保関村・千酌村・片江村・森山村が発足。

1896年、郡制の施行により、島根郡・秋鹿郡・意宇郡の区域をもって八束郡が発足。

1924年、美保関村が町制を施行、八束郡美保関町となります。

1955年、八束郡千酌村・片江村・森山村と合併、改めて美保関町が発足。

2005年、旧松江市・鹿島町・島根町・八雲村・玉湯町・宍道町・八束町と合併、松江市美保関町となりました。

マンホールには、「関の五本松」「美保関灯台」美保湾を跳ねる「鯛」と町章がデザインされています。

マンホールに描かれた「美保関灯台」。

釣りの名所としても知られる美保関。美保湾を飛び跳ねる「鯛」と町章がデザインされています。

美保関町菅浦地区も同じデザインですが、こちらは自治体章が松江市に変わっています。 

笹子地区

森山地区

福浦地区

「福浦港」

旧千酌(ちくみ)地区のマンホールには「美保湾をいく魚釣り漁船」と、「大山」がデザインされています。

波一つ無い穏やかな千酌の漁港、初夏の日差しの下でまどろむ数艘の漁船。

万原地区のマンホールには「大山」「美保関総合運動公園」と町章がデザインされています。

七類(しちるい)地区のマンホールには「七類港から発着する隠岐行きのフェリー」がデザインされています。

昭和32年(1957)5月31日制定の町章は「「美」を図案化したもので、合併前の四町村(美保関町、千酌村、片江村、森山村)を結び、円満団結と飛躍を表します。」

撮影日:2011年5月19日

 

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