西伯郡南部町(なんぶちょう)は鳥取県西部に位置する町です。2004年10月1日、西伯町と会見町が合併して誕生。町域は豊かな自然に恵まれるとともに、県下有数の古墳密集地帯で、大国主命の古事に由来する史跡・地名が多く見られ、律令国家以前から豊かな文化が栄えた場所です。町名は西伯郡南部の旧11か村を、南部地域と呼称してきたことに由来。「町の花:桜」「町の鳥:ブッポウソウ」を制定。
キャッチフレーズは「見てごしない、桜と蛍の舞う町」
2004年12月7日制定の町章は「南部町の「南」をモチーフに、町民がハートフルな気持ちを抱き、心豊かな町を表現。オレンジは太陽・柿、ピンクは豊かな気持ち・安心感・桜、青は澄み切った空・緑水湖を表しています。」公式HPより
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旧西伯郡西伯町(さいはくちょう)は鳥取県西部に位置し、島根県と境を接した町です。「町の花:桜」を制定。
明治22年(1889)、町村制の施行により会見郡天津村、大国村、法勝寺村、東長田村、上長田村が発足。
1896年、郡制の施行のため汗入郡・会見郡の区域をもって西伯郡が発足。
1955年、天津村・大国村・法勝寺村・上長田村・東長田村が合併、西伯郡西伯町が発足。
2004年、会見町と合併、西伯郡南部町となりました。
マンホールには「賀祥ダム」と「町の花:桜」が、美しくデザインされています。
昭和31年(1956)10月30日制定の町章は「「西伯」を円形して図案化したもの」
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旧西伯郡会見町(あいみちょう)は鳥取県西部に位置した町です。町域には多くの古墳があり、中でも標高約65mの山の頂上付近にある浅井11号墳には、山陰地方で最古の可能性がある前方後円墳が確認されています。
明治22年(1889)、町村制の施行により会見郡手間村、賀野村が発足。
1896年、郡制の施行のため汗入郡・会見郡の区域をもって西伯郡が発足。
1955年、手間村・賀野村が合併、西伯郡会見町が発足。
2004年、西伯町と合併、西伯郡南部町となりました。
マンホールには町の特産「富有柿」と、古墳より出土した「埴輪」がデザインされています。
昭和30年(1955)7月13日制定の町章は「「会」を図案化したもの」
撮影日:2012年4月22日