二見と言うと反射的に「二見浦」、二見浦とくれば「夫婦岩」となるのですが、それだけで二見を紹介してしまうのは、いささか勿体無い気がします。訪れる人を収容する宿、記念の品や土産を並べる店、土地の名物を食べさせる店等々・・なんでもない風景の筈なのに思わず足を止めてしまう非日常が、二見のそこかしこに存在しています。
例えば「伊勢」と言えば「伊勢海老」。ちなみにイセエビは学名で決して伊勢市の伊勢では有りません。ですがイセエビ三大産地の一つで全国水揚げ量1位を誇っているのも事実。別名「志摩海老」とも呼ばれています。
海産物つながりで、伊勢志摩の海女さんが採って来た新鮮な貝料理を食べさせてくれるお店も沢山あります。捨てられるはずの貝殻も、工夫一つでりっぱな看板に😲
二見の代表駅である「参宮線:二見浦駅」。全面ガラス張りの駅舎は夫婦岩をモチーフとしており、1993年に建てられたそうです。
駅前の句碑は【宿日傘 借里てみやげの もの買ひに】冬嶺星
二見浦に向う途中の山の上に、えらく派手な建物を見かけたので、お安いコンデジさんに頑張ってもらって目一杯ズーム!。多分「伊勢・安土桃山文化村」の建物だと思う👀
路地から不意に現れる小さなお社は「茶屋庚申堂」。庚申様は農作・風邪などの神様。堂内には、江戸後期に茶屋組中により建てられた、緑色片岩の自然石の塔とニ体の石地蔵が収めらされています。
幾つかの家の軒先に、「蘇民将来子孫家門(そみんしょうらいしそんかもん)」と書かれたお札が下げられた注連飾りを見かけます。意味する物は、昔話とか佛説法などで説かれる、貧者の施し的な内容ですが「蘇民将来」が人の名前だった事にちょっと驚きでした。
人の気配が少しずつ消えていく町歩き。歩きやすくては良いのですが、殆どのお店が店じまいをしており、それはそれで物足りないのも事実😅
茶屋地区から二見浦に向かって歩いていると、打ち寄せる波の音が聞こえてきます。子供の頃に慣れ親しんだ潮の香りは、幾つになっても懐かしく、センチな気分にさせてくれます。今日は少々風が強く、そのせいで波音もたかく聞こえるのでしょう。
遊歩道に沿って歩いていると、右手に「賓日館」の入り口が見えてきました。皇族や要人の宿泊施設として明治20年(1887)に建設。現在は資料館として公開されています。建物は2004年3月に、三重県指定有形文化財に、2010年6月に、国重要文化財に指定されました。
おや、こちらの唐破風の正面玄関にも「蘇民将来子孫家門」の注連飾り。
二見興玉神社、参道入り口近くに建立されていた「中村九一」氏の献歌碑
【いつみても かわらぬ伊勢の二見岩 夫婦は仲良く くらせとゆふらん】
「契りの松」の側、寛政12年に二見浦の絵の賛として詠まれた本居宣長歌碑。
【かはらじな 波はこゆとも 二見がた 妹背の岩の かたき契りは】
【月と日の 間の二見の あさぼらけ 松島十湖】
最後は大好きな芭蕉さん【うたがふな 潮の花も 浦の春】
訪問日:2010年4月3日