12月10日(木)
昨日の似顔絵付きメッセージお守りは、描かれた先生方にも大好評だった。
なぜか、職員室の3年生のホワイトボードに原画が貼りだされ、
「この絵に向かって、3年生全員合格を祈願しましょう!」
・・・って、拝まれてもそんな御利益ないから~*(シャイ)**(汗)**(汗)*
生徒達は今日の1時間目の道徳の時間に皆で寄せ書きをし合うことになっていた。
休み時間、昨日の依頼主の先生が、
「生徒達にもウケてましたよ。『何でN先生だけがカッコイイの?』って言ってましたよ。」
とおっしゃるので、
「他の先生方は、去年の卒業アルバムを見ながらだったので、笑顔の顔になりました。N先生は今年いらした先生でお写真がなかったので、モデルになっていただいて、デッサンしたんです。そしたら、じっと私を見つめてくださっていたので、笑顔ではなく、バッチリ見開いた大真面目な顔になっちゃったんです」
と言い訳した。*(シャイ)*
さて、その3年生たちが、今取り組んでいる美術の課題が『篆刻』だ。
最初、見慣れない篆書体で石に文字を刻むなんて、良く分かっていなかった生徒たちも、デザインが決まり、彫り出したとたんに、その面白さと、難しさゆえに逆に集中して入り込む楽しさにハマったらしい。
集中力が切れると、うっかり残すべき線を削ってしまったりするのだ。
「先生~、これって、やり直し~?*(青ざめ)*」
「やり直し」
「え~?*(涙)**(汗)*」
「その傷が消えるぐらいまで紙やすりで面ごと平らに鑢をかけて、耐水ペーパーで表面をツルツルにして、再度文字をカーボン紙で転写して、もう一度彫る!」
「う~~~ん、がんばる*(びっくり2)*」
生徒達は、そうやって、失敗してもけっこう頑張って、やり直しをしている。
まあ、気にしなければいいか・・・なんて妥協するような生徒がいない。
みんな、『一生物のはんこ』作りに夢中だ。
でも、時間は非情で、45分授業なんてあっという間だ。
やっと彫るぞ!というところで、
「撤収~~~*(びっくり1)*」
の号令。
「え~~~~*(涙)*」
「先生、次の時間も美術できるように頼んでよ~!お願い*(ウインク)*」
「今止めたくない~*(涙)*
「そんなわけには行かないの。でも、冬休み前までの範囲が終わっている教科があったら、その先生に来週の時間を美術にもらえるか掛け合ってみてあげるから、今日はそこまで。」
「出来れば2時間続きになるようにお願いします」
「それは他の学年との絡みもあるから希望通りって分けには行かないかも。でも、そうなるためには、みんなが他教科の授業も一生懸命取り組まなかったらお願いしづらいんだから、頑張ってね」
そうして、生徒達は、しぶしぶ引き上げて言ったのだが・・・!
たった一人だけ、お尻に根っこが生えたように座ったまま、ひたすら印面を彫り続ける男子生徒が一人・・・。
「もしもし、次の授業が始まるよ。片付けてすぐに教室に行きなさい」
「先生お願い!俺、今ここで止めたくないんだ。これで3度目の正直なんだ。1回目は適当にやって失敗した。2回目は気をつけ方が足りなくて失敗した。3回目でやっとここまでできたんだ。今この集中力が切れると、仕上がらなくなりそうなんだ」
「皆もそうだったんだと思うよ。でも、頭切り替えて、みんな次の授業に行ったよ。あなたのは「わがまま」だよ。来週は2時間もらえるように頼んでみるからもうクラスに戻りなさい。焦ってやっても失敗するだけだよ」
「お願いだよ先生、もうちょっとなんだ。休み時間いっぱいでいいからやらせて」
「休み時間は移動や次の授業の準備なんだよ」
と言いながら、普段の彼からは見ることのない熱心さに根負けし、インターフォンで彼のクラスに連絡をした。
「今、○○君を美術室で指導中です。申し訳ありませんが次の時間少し遅れます」
何とかギリギリ間に合って、捺印してみた彼の朱文(文字が赤く出る印面)は、画数の多さにもかかわらず、立派に文字が捺印できていた。
それに満足した彼は、きちんと後片付けをし(普段はやりっぱなしで、片付けは適当*(怒り)*。時々私に向かって「ママ、後はよろしく~!」なんておどけて逃げていくようなやつだ*(激怒)*)ファイルにも反省を書きながら、
「先生は何で今年だけなんだ?何で来年もいられないわけ?」
と聞いてくるので、
「もう1年いたくても、講師は1年間しかいられないんだ。でも、去年も1年間しかいられなかったから、今年、あなた達に会うことが出来たんだよ。来年の今頃はどこにいるかわかんないけれど・・・」
「ふ~ん・・・。俺達、去年、あんな作品(CDジャケット・ゾートロープ)や1年の時、土器なんかやらなかったぞ」
「でも、別の課題やっていたでしょ。ゾートロープとかぼかしや星飛ばしなんかの手法は多分、私ぐらいしかやっていないんじゃないかな。」
「先生によって、専門が違うわけ?」
「うん。油絵とか日本画とか、彫刻科とか、デザイン科とか。私はデザイン科出身でアニメの仕事していたからね。でも、中学校3年間のうちに生徒に身につけさせなきゃいけない共通題材はあるんだよ。」
「俺、去年銅板打ち出し作品で市の文化祭で『教育長賞』取ったんだ」
「知っているよ。あなたは集中できれば、いいセンス持っているんだからそこそこいい作品ができる力を持っているもの。BOX ARTだって最初のうちふざけてばっかりけれど、最後は間に合ってけっこういいのできてたじゃない」
「最初っから丁寧にやればよかった」
「じゃあ、『篆刻』でリベンジだね。印面けっこういい感じに出来たから印ちゅうも頑張れ!」
「俺、他人と同じのは嫌なんだ。目立ちたいって言うか、オリジナルでいたいって言うか・・・」
「それってさ、他人と同じことが出来てその上に更にオリジナリティがあれば本物じゃない?他人と同じことも出来ないで目立ちたがってばかりいても、それは逃げてる言い訳でしかないよね?」
「そうなんだよなぁ・・・」
「じゃあ、逃げていないで、次の時間、ちゃんとみんなと一緒に授業受けて来なね。あなたが頑張るなら、私も頑張って、来週2時間続きで美術が出来るように掛け合ってみるから。」
「分かった。じゃあ、頼むよ」
そう言って、彼は教室に向かって行ったのだが・・・。
私は彼らとの約束を果たすべく、3年生の先生方に掛け合い、教務の先生にもお願いして、何とか冬休み前の最後の週に、3年生の2時間続きの美術を実現させた。その代わり、その時間内に全員印面を完成させ、冬休みの宿題にしないことを実行させなくてはならない。
先ほどの彼の担任と、次の授業の先生にお詫び方々、彼とのやり取りを報告した。すると、
「他人と同じことが出来た上で、更にオリジナリティがあれば本物だけど、他人と同じことも出来ないで、目立ちたがっていても、それは逃げてる言い訳でしかない。」
と言った私の言葉に、彼が素直に頷いたことに驚いていた。
彼にとっては、かなりハードルの高いきつい言葉だったのかもしれない。
実際、芸術家とか、『天才』と言われる作家が全て、人並みのことが出来、その上にオリジナリティがあるのかというとそうではない場合のほうが多い。
むしろ、ゴッホや、ロートレック、葛飾北斎、棟方志功、山下清は、『一般の人々』から見たら、かなり常識からは外れてはいるが、破天荒な生活や生涯を送っている。
でも、彼らの絵に対する姿勢は、基本に忠実に、モチーフに対して本当に低姿勢だ。そして、究極のオリジナリティを目指す情熱は誰にも負けない。何より、自分自身に妥協を許さない。
それに反して、古今東西の画家の中には、時代の寵児と謳われながら、時の権力者におもねって、己の信念を曲げて媚びた絵を描く者、テクニックは高いが、誰かの絵を真似た贋作まがいの絵しか描けない者など、たくさんいたことだろう。
ピカソは天才ゆえに生涯自分のアカデミックな絵からの脱却に苦しむ。
14歳で当時のスペインの画家達の頂点に立ってしまった彼は、自分のオリジナリティとアイデンティティを求め、『青の時代』『ばら色の時代』・・・・とさまざまな画風に挑戦し続け、独自の世界を開拓し、各方面に影響を与えながら、最後にたどり着いたのは
「やっと、子どもらしい絵を描けるようになったよ」
と言う言葉だった。
ピカソの絵を最初からああいうキュビズムのスタイルや、子どもの殴り描き見たいな絵だと思っていた生徒達は、ピカソが自分と同じ14.15歳ぐらいの絵を見るとかなりびっくりする。
まず、基礎基本があって、そこから生まれてくる説得力や影響力の強さが、『本物』のオリジナリティなのだと思う。
まさに、『天才は一分の才能と九分の努力』なのだ。エジソンも、イチローも同じだと思う。
ところで。彼の「寄せ書きお守り」の紙には、クラスメイト達はどんな応援メッセージを書いてくれたのだろう。
また、彼はクラスメイト達にどんなメッセージを送ったのだろう?
私から彼へメッセージを送るとしたら・・・。
『自分に負けるな!目指せ、本物のオリジナリティ!!』
かな。
そして、これは私自身へのエールでもある。
昨日の似顔絵付きメッセージお守りは、描かれた先生方にも大好評だった。
なぜか、職員室の3年生のホワイトボードに原画が貼りだされ、
「この絵に向かって、3年生全員合格を祈願しましょう!」
・・・って、拝まれてもそんな御利益ないから~*(シャイ)**(汗)**(汗)*
生徒達は今日の1時間目の道徳の時間に皆で寄せ書きをし合うことになっていた。
休み時間、昨日の依頼主の先生が、
「生徒達にもウケてましたよ。『何でN先生だけがカッコイイの?』って言ってましたよ。」
とおっしゃるので、
「他の先生方は、去年の卒業アルバムを見ながらだったので、笑顔の顔になりました。N先生は今年いらした先生でお写真がなかったので、モデルになっていただいて、デッサンしたんです。そしたら、じっと私を見つめてくださっていたので、笑顔ではなく、バッチリ見開いた大真面目な顔になっちゃったんです」
と言い訳した。*(シャイ)*
さて、その3年生たちが、今取り組んでいる美術の課題が『篆刻』だ。
最初、見慣れない篆書体で石に文字を刻むなんて、良く分かっていなかった生徒たちも、デザインが決まり、彫り出したとたんに、その面白さと、難しさゆえに逆に集中して入り込む楽しさにハマったらしい。
集中力が切れると、うっかり残すべき線を削ってしまったりするのだ。
「先生~、これって、やり直し~?*(青ざめ)*」
「やり直し」
「え~?*(涙)**(汗)*」
「その傷が消えるぐらいまで紙やすりで面ごと平らに鑢をかけて、耐水ペーパーで表面をツルツルにして、再度文字をカーボン紙で転写して、もう一度彫る!」
「う~~~ん、がんばる*(びっくり2)*」
生徒達は、そうやって、失敗してもけっこう頑張って、やり直しをしている。
まあ、気にしなければいいか・・・なんて妥協するような生徒がいない。
みんな、『一生物のはんこ』作りに夢中だ。
でも、時間は非情で、45分授業なんてあっという間だ。
やっと彫るぞ!というところで、
「撤収~~~*(びっくり1)*」
の号令。
「え~~~~*(涙)*」
「先生、次の時間も美術できるように頼んでよ~!お願い*(ウインク)*」
「今止めたくない~*(涙)*
「そんなわけには行かないの。でも、冬休み前までの範囲が終わっている教科があったら、その先生に来週の時間を美術にもらえるか掛け合ってみてあげるから、今日はそこまで。」
「出来れば2時間続きになるようにお願いします」
「それは他の学年との絡みもあるから希望通りって分けには行かないかも。でも、そうなるためには、みんなが他教科の授業も一生懸命取り組まなかったらお願いしづらいんだから、頑張ってね」
そうして、生徒達は、しぶしぶ引き上げて言ったのだが・・・!
たった一人だけ、お尻に根っこが生えたように座ったまま、ひたすら印面を彫り続ける男子生徒が一人・・・。
「もしもし、次の授業が始まるよ。片付けてすぐに教室に行きなさい」
「先生お願い!俺、今ここで止めたくないんだ。これで3度目の正直なんだ。1回目は適当にやって失敗した。2回目は気をつけ方が足りなくて失敗した。3回目でやっとここまでできたんだ。今この集中力が切れると、仕上がらなくなりそうなんだ」
「皆もそうだったんだと思うよ。でも、頭切り替えて、みんな次の授業に行ったよ。あなたのは「わがまま」だよ。来週は2時間もらえるように頼んでみるからもうクラスに戻りなさい。焦ってやっても失敗するだけだよ」
「お願いだよ先生、もうちょっとなんだ。休み時間いっぱいでいいからやらせて」
「休み時間は移動や次の授業の準備なんだよ」
と言いながら、普段の彼からは見ることのない熱心さに根負けし、インターフォンで彼のクラスに連絡をした。
「今、○○君を美術室で指導中です。申し訳ありませんが次の時間少し遅れます」
何とかギリギリ間に合って、捺印してみた彼の朱文(文字が赤く出る印面)は、画数の多さにもかかわらず、立派に文字が捺印できていた。
それに満足した彼は、きちんと後片付けをし(普段はやりっぱなしで、片付けは適当*(怒り)*。時々私に向かって「ママ、後はよろしく~!」なんておどけて逃げていくようなやつだ*(激怒)*)ファイルにも反省を書きながら、
「先生は何で今年だけなんだ?何で来年もいられないわけ?」
と聞いてくるので、
「もう1年いたくても、講師は1年間しかいられないんだ。でも、去年も1年間しかいられなかったから、今年、あなた達に会うことが出来たんだよ。来年の今頃はどこにいるかわかんないけれど・・・」
「ふ~ん・・・。俺達、去年、あんな作品(CDジャケット・ゾートロープ)や1年の時、土器なんかやらなかったぞ」
「でも、別の課題やっていたでしょ。ゾートロープとかぼかしや星飛ばしなんかの手法は多分、私ぐらいしかやっていないんじゃないかな。」
「先生によって、専門が違うわけ?」
「うん。油絵とか日本画とか、彫刻科とか、デザイン科とか。私はデザイン科出身でアニメの仕事していたからね。でも、中学校3年間のうちに生徒に身につけさせなきゃいけない共通題材はあるんだよ。」
「俺、去年銅板打ち出し作品で市の文化祭で『教育長賞』取ったんだ」
「知っているよ。あなたは集中できれば、いいセンス持っているんだからそこそこいい作品ができる力を持っているもの。BOX ARTだって最初のうちふざけてばっかりけれど、最後は間に合ってけっこういいのできてたじゃない」
「最初っから丁寧にやればよかった」
「じゃあ、『篆刻』でリベンジだね。印面けっこういい感じに出来たから印ちゅうも頑張れ!」
「俺、他人と同じのは嫌なんだ。目立ちたいって言うか、オリジナルでいたいって言うか・・・」
「それってさ、他人と同じことが出来てその上に更にオリジナリティがあれば本物じゃない?他人と同じことも出来ないで目立ちたがってばかりいても、それは逃げてる言い訳でしかないよね?」
「そうなんだよなぁ・・・」
「じゃあ、逃げていないで、次の時間、ちゃんとみんなと一緒に授業受けて来なね。あなたが頑張るなら、私も頑張って、来週2時間続きで美術が出来るように掛け合ってみるから。」
「分かった。じゃあ、頼むよ」
そう言って、彼は教室に向かって行ったのだが・・・。
私は彼らとの約束を果たすべく、3年生の先生方に掛け合い、教務の先生にもお願いして、何とか冬休み前の最後の週に、3年生の2時間続きの美術を実現させた。その代わり、その時間内に全員印面を完成させ、冬休みの宿題にしないことを実行させなくてはならない。
先ほどの彼の担任と、次の授業の先生にお詫び方々、彼とのやり取りを報告した。すると、
「他人と同じことが出来た上で、更にオリジナリティがあれば本物だけど、他人と同じことも出来ないで、目立ちたがっていても、それは逃げてる言い訳でしかない。」
と言った私の言葉に、彼が素直に頷いたことに驚いていた。
彼にとっては、かなりハードルの高いきつい言葉だったのかもしれない。
実際、芸術家とか、『天才』と言われる作家が全て、人並みのことが出来、その上にオリジナリティがあるのかというとそうではない場合のほうが多い。
むしろ、ゴッホや、ロートレック、葛飾北斎、棟方志功、山下清は、『一般の人々』から見たら、かなり常識からは外れてはいるが、破天荒な生活や生涯を送っている。
でも、彼らの絵に対する姿勢は、基本に忠実に、モチーフに対して本当に低姿勢だ。そして、究極のオリジナリティを目指す情熱は誰にも負けない。何より、自分自身に妥協を許さない。
それに反して、古今東西の画家の中には、時代の寵児と謳われながら、時の権力者におもねって、己の信念を曲げて媚びた絵を描く者、テクニックは高いが、誰かの絵を真似た贋作まがいの絵しか描けない者など、たくさんいたことだろう。
ピカソは天才ゆえに生涯自分のアカデミックな絵からの脱却に苦しむ。
14歳で当時のスペインの画家達の頂点に立ってしまった彼は、自分のオリジナリティとアイデンティティを求め、『青の時代』『ばら色の時代』・・・・とさまざまな画風に挑戦し続け、独自の世界を開拓し、各方面に影響を与えながら、最後にたどり着いたのは
「やっと、子どもらしい絵を描けるようになったよ」
と言う言葉だった。
ピカソの絵を最初からああいうキュビズムのスタイルや、子どもの殴り描き見たいな絵だと思っていた生徒達は、ピカソが自分と同じ14.15歳ぐらいの絵を見るとかなりびっくりする。
まず、基礎基本があって、そこから生まれてくる説得力や影響力の強さが、『本物』のオリジナリティなのだと思う。
まさに、『天才は一分の才能と九分の努力』なのだ。エジソンも、イチローも同じだと思う。
ところで。彼の「寄せ書きお守り」の紙には、クラスメイト達はどんな応援メッセージを書いてくれたのだろう。
また、彼はクラスメイト達にどんなメッセージを送ったのだろう?
私から彼へメッセージを送るとしたら・・・。
『自分に負けるな!目指せ、本物のオリジナリティ!!』
かな。
そして、これは私自身へのエールでもある。