■一括受け取りと年金受け取り、どっちが得か
「2000万円を年平均5%で運用しながら毎月取り崩していくと、20年間、毎月13万円以上取り崩せますよ。公的年金と合わせれば、老後の生活費はまったく心配ありません」
あなたがまだ30~40代にしろ、まもなく定年退職するにしろ、このようにアドバイスされたら、どう考えますか?
30代や40代の人にとっては、
「だから定年までの間に運用して2000万円の資産をつくりましょう」
と言われている気がしてくるでしょう。
定年間近や退職したばかりの人にとっては、
「そのまとまった退職金で運用しながら生活余裕費にあてましょう」
と聞こえてくるでしょう。
仮に夫婦の公的年金が25万円で何とかやっていけるとして、あと13万円ほど毎月収入の上乗せがあれば、確かに老後生活は余裕があるでしょう。上のアドバイスはそこをついています。このアドバイスに従うためには、退職金は全額一括で受け取る必要があります。
「就労条件総合調査」(厚生労働省)によると、退職金の受け取り方は一時金が約7割で、年金での分割受け取りに比べて増加しています。退職所得控除など所得税課税の面で有利であることと、一時金から住宅ローン残高を一括で繰上げ返済することが多くなっていることにもよります。年金でもらうと、予定利回りが下がっている近年では、一括受け取りより総受取額が少なくなることも挙げられています。このように受け取る額に絞って比較するならば、一時金派が増えているのも頷けます。
■目の前の現金は衝動的に使いたくなる
人は、目の前に思いのほかの大金を一度に置かれると、平常心ではいられなくなります。想像してみてください。現金でなくても、銀行通帳に「20,000,000」という入金額を見たら、誰でも一時的にせよ舞い上がってしまうでしょう。ましてや、長年この日を待ち続けてきたサラリーマンにとってはなおさらです。
目の前の現金というものは、1週間後、1ヵ月後、1年後の現金に比べれば、はるかに価値があるものです。今日中にどうしてもお金が必要な状況にある人にとっては、1週間後に100万円入るよりも、10万円割り引かれてもいいから、今、90万円欲しい。それが人間の経済的心理です。借金の返済に迫られている場合がそうでしょう。
逆に言えば、明日の現金よりも今日の現金はすぐにでも使いたい衝動に駆られます。仮に、そのお金が2000万円だとしたら、この人はどういう行動を起こすでしょうか。必要な支出(住宅ローン一括返済など)を済ませた後は、日を送るにしたがって落ち着かなくなるでしょう。通帳残高の金額が目の前にちらついて、この人の心理を乱します。
■大金を持つことは、心の中に「特別な勘定」を持つこと
「さあ、お使いなさい」
と、お金が囁くのです。いうなれば、このお金は通常ではない、どこからか来た「僥倖」(ぎょうこう)のご褒美に思えます。日本の退職金制度では、退職金は労働賃金の後払い説が有力ですから、数十年もの労働に対する正当な賃金のはずですが、心情的には、このお金は黄金の羽根を付けた特別なお金に見えるから不思議です。
このように、僥倖的に手に入った金銭を「特別な勘定」とし区別して意識することは、「メンタル・アカウンティング」(心の会計)と言われています。心の中でそれ用の勘定科目を設定して帳簿記入するわけです。たとえばギャンブルで一儲けしたお金は、毎月の給与とは別収入として心の中で勘定書きされます。このお金を手にした人は、一夜で飲み食いに使ったりして1円も残らないことがあります。なぜなら、普段手に入らない特別なお金だから使い切ってもいいのだと。
■一括受け取りの罠
高額の退職金を手にした人も同様な錯覚に陥るでしょう。まずあってはならないのが、ギャンブルと浪費です。今どきギャンブルに1000万円も2000万円も使う人がいるのかと思われるかもしれません。でも、同じようなことをしている人たちはいます。1000万円、2000万円もの退職金全額を、振り込まれた銀行窓口に行って投資に回してしまうのです。
この人は、大金を減らしたくない思いと、どう使っていいかわからない思いで窓口に相談に行きます。担当者は、冒頭の言葉のように親切にアドバイスしてくれます。
「この2000万円を年平均5%で運用しながら・・・」
「・・・老後の生活費はまったく心配ありません」
こう言われると本人は安心して、では、そのようにしてください、とお願いするでしょう。こうして退職金全額がこの銀行の投資商品に回ります。金融機関ではこれが当たり前のビジネス行為ですが、本人にとっては「ギャンブル」行為とあまり変わりません。
■不確定な運用利回りで、使うお金を固定しない
まず、「何%で運用していけば、いくらずつ取り崩せる」というのはアドバイス側の理屈です。「毎月13万円取り崩したい」という当人が確定したい希望を、「20年間、年5%で運用する」という将来の不確定へと論理のすり替えがあります。そのために、「最初に全額一括で投資」することが条件となります。そもそも「年5%の運用が20年間可能か」ということでも1つの大きな命題なのに、どうしてそれをスルーして全額投資の運用まで結びつけてしまうのか。
これにより、投資額、投資商品、手数料など自身の選択の自由をすべて相手に委ねてしまうことになります。金融機関はそれがビジネスだし、当人にとっても「相手は専門家だから安心」と思うのかもしれません。投資が悪いと言っているのではなく、第三者のアドバイスを聞けば、資産運用含め老後設計全体から見た退職金の有効な活かし方がもっと見えてくるのに、ということです。
■全額使い切ってしまいたい、という強迫観念
投資だけではありません。退職金を一括で受け取った人は、次から次へと買わなくてもいいものに浪費しないではいられなくなるかもしれません。まだお金を使いきれていない、そういう感覚が常に残っていたら要注意です。何しろ退職金は「特別な勘定」だからと、いつまでも思ってはいないでしょうか。
退職金は、老後長期にわたって計画的に取り崩していくべき必要なお金であることを忘れてはいけません。それができなければ、このお金は心の中にある「特別な勘定」に支配されてしまうものとなり、残高がなくなるまで使い込んでしまう強迫観念を生むお金になってしまいます。そのような誘惑的な意識に負けないだけの自信が持てないなら、退職金の受け取り方は、次のようにした方が無難です。
「退職時に一時的に必要な支出分を一時金としてもらい、残りは年金で毎月分割してもらう」
たとえ毎月継続的に入ってくるお金でも、それが生活費あるいは生活余裕費以外に頻繁に支出されているなら、あなたは「特別な勘定」を消費し尽くすという意識の病に侵されているかもしれません。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます