■ 「シジフォスの神話」にみる行動経済学
新卒ならずとも中高年、定年退職の再就職者にとって、結果が見えない活動が続くのはつらいものです。
学生時代、アルベール・カミュの『シーシュポスの神話』を読んだ時、とてつもない絶望感と虚脱感を抱いたのを覚えています。ギリシャの神の怒りを買ったシジフォス(シーシュポス)は、冥界に堕とされて大岩を山頂へと押し上げていく作業を命じられます。頂上近くまでやっとの思いで行くと、頂きの一歩手前で大岩は転げ落ちていきます。大岩もろとも落ちたシジフォスは再び大岩を押し転がしていきます。苦労して頂上手前まで来るとまたも岩は落ちていきます。この作業を毎日毎日、幾月も幾年もただ果てしなく繰り返していくのです。
社会に出るということは、こういうことなのかと暗澹としました。仮に会社に就職できたとしても、延々と同じ繰り返しの日々が続いていく。ましてや、職にさえ就けないでいる人はなおさらだと思います。それでも新卒の人のように若くて将来があれば、まだ希望があります。しかし60歳前後ともなれば、再就職はかなり厳しいものです。何十通履歴書を送っても、面接までたどりつけない。書類選考なしに面接させてもらえば、自分の経歴や意欲や面接官との相性で何とか採用にこぎつけられた時代もありましたが、今はそうもいきません。これはなにも中高年だけでなく、30~40代の再就職にも言えるかもしれません。
行動経済学者、ダン・アリエリーは、その著書で「シジフォスの神話」にも触れていましたが、人は眼の前で自分の行った仕事を破棄されていくと、途端に労働意欲を失うという心理学実験を行っています(詳しくは『不合理だからうまくいく』)。同じ単純な作業でも、一人に付き添って作業した成果物を本人の眼の前に陳列していくのと、作ったそばから本人の眼の前で成果物を壊していくのとではその直後のモチベーションが格段に違うという実験結果を報告しています。また、破壊しないまでも、本人の成果物を無視して、1つ出来上がるごとに評価もせず本人の見えないところに仕舞ってしまうのも、目の前で破壊するのと同様にモチべーションの低下を招くという結果が出ています。
せっかく作ったものを眼の前で破壊されたり無視されたりしたら、心理学実験するまでもなく誰でもやる気をなくしてしまいます。しかし、これと同じようなことが日々、社会や会社の仕事でも起こっていないでしょうか。駄目なものは駄目だと結論付けてくれれば、確かにその時はショックですが、本人は納得できて、前に進めるものなのです。
■ 不採用通知より結果が来ないほうが徒労感は大きい
私も最近まで再就職活動をしていて、応募結果が来ないのは珍しくありませんでした。小さな会社だからということでもありません。従業員が数百人の会社でもそういうことがあります。応募して不採用通知を受け取るだけでも自己の人格を否定されたように思え、人間性に欠陥があるのかと一時的に卑下して落ち込むものです(書類だけで人間性の審査などできるはずはないと思いつつ)。それが会社から何の反応もないと、次第に腹立たしさと不信感を感じるようになります。不採用になるのは自分に何かが不足していたからと諦めもしますが、何の通知もないというのはどういうことでしょう。
何週間もほったらかされると、「これは落ちたな」と割り切り、早く気持ちを切り替えて次の募集を探した方が賢明です。かつて、不採用を覚悟で応募先に電話で問い合わせてみたことがあります。こういうやりとりは、かなり心理的な負担があり、双方に気分の良いものではありません。案の定、先方もいろいろと取ってつけた理由(今回は応募が多数で・・・、とか)で不採用を告げました。
現在は個人情報保護の扱いから、不採用者の応募書類は求人側で責任破棄することをあらかじめ募集に記載できます。それは納得いきますが、だからといって合否の結果を通知しなくていいというわけではありません。現に、合否にかかわらず「面接後何日以内に結果通知」と記載があるのです。応募する側も不採用通知は受け取りたくないのは当然ですが、結果が来ない行動はそれより徒労感が残り、急速にモチベーションが落ちていきます。こういうことが続くと、つくづく「ああ、シジフォスだな」と思ってしまいます。
募集要項では、結果を通知してこない会社に限って「人を大切にする会社」などとあります。自分の会社に縁のないと決まった人は無視して放っておく、そのような会社が社員を大切に扱うとは思えません。「明るい職場です」とか、業務以外のことをアピールするより、応募者一人ひとりにきちんと対応することを考えるべきです。
今まさに求職活動中の人にとっては、つらい時期が果てもなく続くような気がするかもしれません。シジフォスは、永遠に岩を運び上げて行きます。頂上から何度も転げ落とされても。でも、あれは神話の世界です。人間の世界ではいつかは結末があります。よい結末を信じて、いまは耐えて行動するしかないのです。
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