嵐山に行く途中、苔寺(西芳寺)に寄った。苔寺は、その年が自由拝観の最後だった。
「苔が傷みやすいのよね」
と、彼女が言った。
彼女と僕は、苔に囲まれた石畳を下りて行った。
細密に整えられた自然な庭林。ここは、そんな感じの別世界に思えた。苔は、緑のつやを放って光っていた。石や土や木の根っこに貼り付き、池の水面にも緑の敷物が貼りつめているかに見えた。深緑色の表層に、それぞれ一滴のしずくが付着し、そこから太陽の光を吸い尽くして苔が輝いていた。木々の間から漏れる光は、それ自体が不思議な恵みのように感じられ、神々しかった。
それはちょうど、細かい雨が降ったせいでもある。水と光が、互いに反射し合った調和なのかもしれない。透明の、白い霧のような光がひと帯の線の集まりとなって、空気中の微粒子を浮き出させ樹の上から斜めに射し込んでいた。
僕は思わず彼女の名をつぶやいた。
――え?
彼女が立ち止まった。僕はさっと、彼女の唇に僕の唇を寄せた。
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