★真夜中のひとりごと★

二児の母「たっちー」のひとりごとです。

「ゆとり決別」を宣言 学習指導要領改訂と教育のゆくえ

2017年03月21日 | ★育児
「ゆとり決別」を宣言 学習指導要領改訂と教育のゆくえ
(3/17(金) 12:48 配信)


私がずっと思っていること。

フィンランドの教育政策に詳しい
都留文科大学(山梨県)の福田誠治学長(66)

「テストの点はいいけど、その知識を使えない、ということ。
 原因はテスト自体にある。『この知識はテストに出るかどうか』で 学びが終わってしまうのです。先生が『出るぞ』と言って、それを生徒が学ぶ。それで、本当に出すわけですよ。
 そこで学びが閉じちゃう。それより上に行こう、飛び越えようとしない。これではクリエイティビティが育ちません。」

そうそう。
テストの点数がいいだけの使えない大人ができあがる。
さまざまな問題を自分のこととして考えない大人。
人任せの考えない大人。

私は、子どもたちのテストの点数は
あまり重要だと思っていない。
テストでどんなに良い点を取っていても
それでは、ただの知識バカになってしまうからだ。

知識は知っているだけではなく、
生かしていかないと意味がない。

私は子どもたちに「考える力」を付けさせたい。


福田学長「テストは子どもの自信を奪う」
テストが両国の差異を生んでいる、と福田学長は指摘する。「フィンランドは、基本的に16歳まで学校でのテストを無くしました。
 テストがあることで能力が伸びなくなる、と考えたからです。
 日本は、点数が良くても自信や意欲が低い。
 テストをやると半数は平均以下ですから、やればやるほど自信を失う子どもが出るのです」


うん、うん。
それ、わかる気がする。
学校の点数の付け方でもそう。

ケンが理科のテストの結果を持って帰ってきた。
表は100点なのだけど
(親バカだけど、発達性ディスレクシアなのにスゴイ…と思った)
裏の100点が消されて、90点になっていた。
なんでなのか見てみると…。

× ねっこ

○ ね 

となっている。

「根っこ」も、「根」も意味は同じじゃん!
合ってるのに、表現が違うだけで×で
マイナス10点って……

せんせ~い。
どうしてそんな杓子定規な点数の付け方するの?

日本の教育が、
子どもの自信を奪うのはこういうところだよね。

私はケンに言った。

「お母さんが点をつけるなら、これは100点だよ!!
 どうして、先生はこういう点の付け方するのかな~。
 先生も、先生の学校でそう教わってきたからなのかもね。」

ってね。
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第7回LDDXの会

2017年03月13日 | ★育児
3月12日(日)にLDディスレクシアセンター主催の
LDDXの会に初めて参加してきました。



そこで、発達性読み書き障害(発達性ディスレクシア)の
息子さんを持つマンガ家:千葉リョウコさんの
Webマンガの紹介がありました。

うちの子は字が書けない
~発達性読み書き障害の息子がいます
作:千葉リョウコ 監修:宇野彰



http://www.webasta.jp/serial/uchinokohajigakakenai/


本日午前7時より配信開始
毎週月曜:午前7時更新



発達性読み書き障害(発達性ディスレクシア)のお子さんと
ご両親(主に母)の実話に基づく物語(マンガ)です。
LDディスレクシアセンターの理事長の
宇野彰先生が監修されています。

このWebマンガは
アクセス数により出版化されます。
発達性読み書き障害(発達性ディスレクシア)」を
たくさんの方に知ってもらいたいので
ぜひご一読下さい。
また拡散のご協力をお願い致します


このマンガを多くの人に読んでもらい、
発達性ディスレクシアの理解を深めてもらいたいと思います。
出版化して、特に学校の特別支援学級や通級指導教室の先生に
読んでいただきたいですね~。

ちなみにマンガの最初に登場する男性が宇野先生ですね


         


発達性読み書き障害は、やはり「障害」なので、
一生治ることはなく付き合っていかなければいけませんが
宇野先生や研究に携わる先生方が考えて下さった
LDディスレクシアセンターのトレーニングで
ある程度改善されるそうです。
その子のディスレクシアの重症度にもよりますがね。

気づいてあげるのに早いに超したことはないけれど
どんな年齢になっても
読み書きで困っていることに気がついてあげて
改善できる方法が少しでもあるなら
あきらめずに挑戦してみることが大切かなと感じました。

ケンは昨年の6月からトレーニングを開始して
ひらがな、カタカナ、
最近では、漢字を書けるようになりました。
あれだけ、学校の漢字練習が大っ嫌いだったのに
すごい成長ぶりです。

先日、夕飯のお手伝いをお願いしたら
メニューを書くと行って、まだ習ったこともない漢字を
パッケージを見ながら書きました。



ケン、すげー
「麻婆豆腐」なんて、難しい字を書いたよ。

LDディスレクシアセンターのトレーニングのおかげです。
本当に有り難い。
ケンの改善が早いのは本人のがんばりと、
もしかしたら重症度が軽いのかもしれませんけどね。
それと、パピーいしがみメゾットのおかげもあるかも

千葉県市川市のセンターだけでなく、
このトレーニングが全国どこでも、
障害で困っている人が誰でも受けられるように
行政で改善してくれればいいのにな~って思いました。

やっぱり宇野先生にぜひとも
発達性読み書き障害の子の学校を作って欲しい

どこかで要望が出せれば
行政や教育委員会に働きかけようかなと思いました。

LDDXの会では、
発達性読み書き障害を持つ保護者とご本人から
直接、今までのことをお話ししていただきました。

高校3年生で、これから介護職の正職員で就職する男性とお父様。
高校2年生の女性とお母様。
高校1年生の息子さんのお母様。

の3組のご家族がお話しをしてくれました。

この春から介護職に就職する男性は、
「障害が受け入れられなくて、
 勉強も嫌いだったから、あまりしなかったけど
 もっと勉強しておけば良かったと思った。」
と言っていました。
ケンにはその先輩の言葉を伝えました。

今やっている勉強はその時しかできないものね。
私もそう思います。

本人がトレーニングをがんばれるかどうかは
障害を持つ本人のことを理解してくれる人がいるかどうか。
理解してくれる人がいることが心の支えになるそうです。

そういう理解者がこれから
たくさん増えて欲しいと私は願っています。

なんでもいい。
働きかける、発信すれば、私は社会が少しずつでも
良い方に変わってくれると信じて、進んでいこうと思います。
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アドラー心理学に向いている人、向いてない人とは? ―アドラー心理学の危険性

2017年03月07日 | ★道をひらく
アドラー心理学に向いている人、向いてない人とは?
―アドラー心理学の危険性
<宇樹義子(そらき・よしこ)さん>



アドラー心理学が今、注目を浴びていますね。
私も、アドラー心理学に興味を持ち、岸見一郎著の
「アドラー心理学」「嫌われる勇気」「幸せになる勇気」など
色々なアドラー心理学の本を読みました。

アドラーは、
原因を追及するのではなく、目的を追求する。
「これからどうするか」ということ。

確かに、過去をいくら悔やんだり、
恨んだりしても過去に戻ってやり直すことはできない。

そういう意味では前向きな考え方をできる心理学ですが
トラウマに関してはちょっと疑問を感じています。

「トラウマは存在しない、
 自分自身が周りの注目を集めるために作り出しているものだ」
と、アドラー心理学では言われているけど
私はずっとそれが引っかかっていました。

何か違う。
そう感じていました。

「トラウマは存在する」
と私は思います。

アドラー心理学は万能ではないと感じています。
魔法の杖でもないとも思います。
やみくもに信じて、この心理学“だけ”に頼るのは
とても危険な気がしました。

私には、アドラー心理学の考え方が合わない部分があります。
この心理学は「冷たい」と感じます。
「見放されている」「仲間だと思えない」とも。

苦しんでもがいて、誰か助けてと言っても
「私の課題ではなく、それはあなたの課題だから
 自分でなんとかしなさい。」
と言われているみたいだなと。

どんなぶざまな姿になっても見捨てずに、
側で見守ってくれているようには感じない。

パピーいしがみさんの理論の
「認める、褒める、包む」の方が
ずっと温かくて、優しくて、筋が通った
万人に対して通用する考え方で
最後の「包む」というのが、とても温かい感じがします。
ボロボロになったとしても
きっと包んでくれそうな気がします。

人は一人きりじゃ立ち上がれない。
誰かがいてくれるから立ち上がる勇気が持てる。

ベイマックスの主題歌になった「STORY」の歌詞にあるように

「ひとりじゃないから、私が君を守るから」

という風に寄り添って、
無条件で味方になってくれる、
支えてくれる人が必要なのだと思う。

上記のリンクのライターの
宇樹義子(そらき・よしこ)さんが書いているように
アドラー心理学は、時と場合、その人の状態によって
危険な考え方になると感じました。

アドラー心理学を元にした「クラス会議」のように
みんなで何かを解決していくためにはとてもいい考え方だけれど、
過去にものすごく辛いことがあって、
それを消化しきれないで苦しんで生きている人にとっては
存在を消されそうなくらい、危険な心理学だなと私も感じました。

そして、アドラー心理学の考え方は
私を改善するには合わないなと最近感じました。

アドラー心理学を読めば読むほど、
「課題の分離」や「目的論」という考え方で
自分を責められているように感じて
一歩を踏み出す勇気が持てなくなるからです。

でも、パピーさんの「認める、褒める、包む」は
けして見捨てることはしない、
ずっとあなたの側で応援しているよ、
あなたが自分の力で進めるようにサポートするよ、
という温かく熱いメッセージに思えます。

パピーさんのテキストを、
もう一度学び直そうと思いました。
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女のくせに

2017年03月06日 | ★道をひらく
女の子を拘束する「呪い」、親が解かねば 駒崎弘樹さん
(朝日デジタル・2017年2月24日06時52分)



私もこの「呪い」の言葉に疑問を感じていた。
小学生の時からずっと。


女は…

化粧をすべき
おしゃれをすべき
スカートをはくべき
おしとやかであるべき
良妻賢母であるべき
家事は上手であるべき
気遣いがあるべき(=女子力)
男を立てるべき
男の半歩下がるべき
結婚したら苗字を変えるべき


なんで????

「べきべき思想」で、ある枠にはめるような教育は
今、話題の森友学園の教育みたいだよね。

男だけではない。
女たち自身もこの価値観に縛られている。

化粧をしない、おしゃれをしない女を
見下すような顔をする女性がいる。

どうして女だからとそうしなければいけないのか?

私はこの呪いのせいで
ブルゾンちえみがネタで言うような

「女に生まれてよかった!!」

と思ったことはない。

私は化粧が嫌い。
肌の上に異物がのっているのが耐えられない。

おしゃれも嫌い。
身だしなみが他人に不快な思いをさせないように
それなり清潔ならそれでよくない?

スカートも嫌い。
スースーして気持ち悪い。
痴漢にも狙われやすいし。

「女」や「男」というくくりでまとめないで欲しい。
私は私でありたい。

息子たちには
「長男だから」「次男だから」
というくくりはしない。

家制度、大嫌い!
子どもをそういう生まれ順で縛って、
自分で選択する自由を奪って、身動きが取れないようにするのは嫌い。

「男のくせに」ということもほぼ言わない。

新世紀エヴァンゲリオンを見ていたら
当時は気にならなかった、アスカがシンジに言っている
「男のくせに!」
という言葉が散々出てきて、すごく気になった。

時代は変わってきているんだな~。
昭和時代では当たり前だったことが、当たり前ではなくなった。
浮気は男の甲斐性みたいに言われていたけど、
不倫をすると男性も社会的に制裁を受けるようになった。

そして、自分の感じ方も変わってきているんだな~と思った。

私が性差別について、疑問を持つような考え方になったのは
私の母の

「『女の子だから』ではなく一人の人間として育てる。」

という考え方のおかげかもしれないと最近感じるようになりました。
だから、私が小学1年生の時に
理不尽なことを担任の先生に言われたとき

「先生は間違っている!私に謝らない限り、この木から下りない!」

と怒ったんだんだなと思いました。
他人から侮辱されたら、例え相手が大人だったとしても怒っていいんだよ
それは、自分自身を守ることだから
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☆ママ助産師の「親子でまなぶ☆いのちのおはなし」

2017年03月03日 | ★育児
2016年8月26日(金)に開催されたののはな自然育児の会分科会で
ここからいふ広場・和ごころ助産院 主宰/院長:上田美和さん
お話を聴きました。

同年5月11日のおはなし会
「おうちでできる生(いのち)と性のおはなし
 ~ちいさいからこそできること~」
を聴かせていただいたのですが、
これはぜひとも息子二人にも聴かせたいと思いました。

私は二人の息子がいます。
小学3年生(9歳)と小学1年生(6歳)です。

最近の事件で、俳優の強姦事件や、
東大生の卑劣な強制わいせつと暴行事件がありましたね。
息子を持つ母親としては他人事ではなく
「うちの子にかぎってそんなことはしないだろう」
と簡単に考えるのは浅はかな気がします。

さらに性感染症の梅毒感染者が2016年に過去最高になったとの
ネット記事もありました。

そして、2月9日には、キャンプ旅行を装い、
168人もの被害があったとされる事件がありましたね。
男児にわいせつな行為をしたうえ、その様子を撮影したなどとして、
小学校教諭や子ども向けキャンプ旅行の元添乗員ら6人を
強制わいせつや児童買春・児童ポルノ禁止法違反(提供目的製造)
などの疑いで逮捕し、起訴されたと報道されました。

もはや性被害は、女の子だけではない時代になりました。

こうした事件を起こさないような男性にするにはどう育てたらいいのか。
性感染症や性被害から身を守るにはどうしたらいいのか。

親はみんな悩み、不安に思い、
考えさせられているのではないかと思います。
だけど私は逆に、これは「性」について考える
とても良い機会だとも思いました。

そういう男性にならないように、
そして、性感染症や性被害から身を守れるように育てるには
やはり早い時期に正しい性知識を持つことではないかと私は思います。

さらに私は以前から、女性の幸せは出会った男性で
ほとんど決まるのではないかと感じていました。
お嫁さんであるママ友の愚痴を聞いているとすごくそれを感じます。
私は自分の息子が結婚したら、お母さんではなく、
パートナーの女性を大切にする人であってほしいと考えていました。
そして、私の息子を育てる目標は
息子のお嫁さんにこう言われることだと思いました。

「あなたの息子さんと結婚できて、本当によかった。」

そういう風に言われるような男性に育てれば、結婚した女性はもちろん、
息子本人も自分の力で好きな女性を幸せにできていると思うから、
きっとどちらも幸せを感じることができると思ったのです。

そう考えた私は普段から息子たちに、
女性の体のしくみについて教えていました。
私が生理になれば、

「この血はね、君たちがおなかにいた場所から出ているんだよ。
 女の人は毎月1回こうして赤ちゃんのベッドを作り替えているんだ。
 女の子は将来、赤ちゃんをおなかの中で育てる大切な体だから
 優しくしてね。」

という感じで息子たちに言っていました。

それから、男性が女性の体のことをよく知らないで、
性交渉をすることは私は違うのではないかと感じていました。
男性が女性に横暴なのは、アダルト雑誌やビデオからの間違った情報と、
女性の体をよく理解していないからではないかとも感じました。

女性は妊娠することでかなりの体の負担があります。
妊娠出産は命に関わることだってあります。
だから、男性が女性を妊娠させることは、
女性の命に関わることになること、
新しい命を育む責任が伴うことだと
理解していなければならないと考えました。

私が小学生の時の性教育は、男女わけられて、
女の子だけが簡単な性教育を受けました。
生理というものが将来くるということと、
ナプキンの使い方くらいしか教えてくれず、うすっぺらの小冊子を渡し、
先生からそれを読んでおいてと言われました。
教室から追い出された男の子たちは、
どんなあやしいことを話しているのだろうと興味津々で、
きっとあれだろうな、と想像しながらニヤニヤしながら、
うろついていました。

その時、私は思いました。

男女をわけて、しかも女の子だけに説明するのはおかしいし、
まるではしたないモノのように隠すのは、なんだかとても嫌だなと。

大切な命を生み出す性教育を、
どうして隠す必要があるのだろうと疑問に思っています。
変に隠されると、その性交渉で生み出された自分の命さえ
「はしたないモノ」
と言われているように感じます。
こう考えると日本人の自己肯定感の低さは、
男尊女卑の思想から来ているように思いました。

新しい命を生み出す女「性」を尊重しないから、
自分の命を大切に思えない。

それなら子どもたちに教えるときにはどうしたらいいのか、私は考えました。

子どもたちが間違った性情報を知る前に、
男の子と女の子が一緒に正しい「性」の知識を
早いうちに知ることが大切だと思いました。
それを恥ずかしいとか、はしたないとか思わないで、
堂々と語ることだと思いました。

上田さんも私の考えと同じように、

・ウソをつかないこと
・真摯に向き合うこと
・必ず答えてあげること
・いつでもあなたの味方であると伝えること

とおっしゃっていました。

しかし、私が息子たちに性器の説明や
赤ちゃんがどうやって産まれてくるかの説明はできるものの、
肝心なところ、「性交渉(セックス)」については、
さすがになかなか説明しづらかったです。

そこで上田さんのお話を聴いて、そのヒントをいただけました。

「大好き同士の男の人と女の人がぎゅ~っとぴったり抱き合いたくなる」

という表現があり、さすがいい表現を使われるなぁと思いました。
ただ、私も過去そうだったのですが、
具体的に絵で説明しないとわからないだろうなと思いました。

そこで、参考図書でおいてあった「ぼくのはなし」の絵本の中に、
男女の合体の絵があり、それを見せて説明しました。
二人は特に嫌な印象も受けず、さらっと理解したようです。
以前、カブトムシの交尾をみたことがあるし、
すでに「おちんちんのえほん」を読んでいたから、
なんとなくはわかっていたみたいです。

大人が思っているほど、子どもは恥ずかしがったりしませんでした。
それは年齢もあるのかもしれませんが…。
さすがに10歳くらいになるとだんだん恥ずかしさがでてくるので、
それより前に教えてあげると、
特に抵抗もなくすんなり理解してくれるのかなと思いました。

男の子に性の知識を教えるときのわかりやすい本としてオススメは


「おちんちんのえほん:やまもと なおひで (著), さとう まきこ (イラスト)




「ぼくのはなし:山本 直英 監修/和歌山 静子 さく


の2点セットがいいと思います。
「おちんちんのえほん」はとても良くできています。
・性犯罪から身を守る心得
・プライベートゾーンのこと
・おちんちんの洗い方
・下着を汚したときの洗い方
・自分が生まれてきたときのこと
・いのちの尊さ

が描かれています。
自然分娩だけでなく、帝王切開のこともさりげなく書かれています。

私の息子たちは、兄は帝王切開で、弟は自然分娩で出産しました。
それぞれ、兄には「いのちの窓」をお医者さんに開いてもらって生まれてきた、
弟には「いのちの道」を通って生まれてきたという表現を使っています。

「おちんちんのえほん」は、
息子たちが寝る前の絵本読みで時々本人が選んできます。
ちょっと照れながら。
この絵本の赤ちゃんが生まれてきたところの表現がいいんですよ。

「きみも、きみの友達も、誰もがこんな風に生まれてきたんだ。
 大切な「いのち」としてね。
 だから、きみはとても大切な子なんだ。
 きみが生まれてきたことで、みんなが幸せな気持ちになったんだよ。
 本当に、きみが生まれてきてくれて「ありがとう」と思っているのさ。」

子どもの存在をまるごと肯定してくれる言葉ですよね。
息子たちはこの言葉が好きで、「おちんちんのえほん」を
何度も読みたくなるんだろうなって思います。

女の子にも「おちんちんのえほん」はオススメです。
さらに10才前後の女の子には
この本を読んでもらうといいかなって思います。


13歳までに伝えたい女の子の心と体のこと
やまがた てるえ (著)


上田さんが用意して下さった布で作られた
子宮と膣を通ってくる「生まれ直し」も、とても感動的でした。
上の子が帝王切開で産まれたので、
自然分娩できなかったことが悲しかったのですが
私も息子と一緒に産み直しができた感じがしました。
みんな産まれてきた瞬間、
お母さんも子どももとてもいい笑顔になっていました。

男女の性差を言うときの言葉として、
「おちんちん」の「ある」・「ない」ではなく
男の子は「おちんちんがある」
女の子は「おちょんちょんがある」
という言い方はとてもいいなと感じました。
「おちょんちょん」と言い方がとてもかわいいです。

上田さんが講師の今回の分科会は、
子どもたちを産んだ時の気持ちを思い出させてくれるものでした。
「性」と「生」は切っても切れないものだと改めて思いました。

本当は小学校で必須で教えてくれる方がいいですが、
今はそれもなかなか難しいので
性教育が大切だとわかっている親自身が自分の子どもに
正しい知識を教えてあげるといいのかなと思います。
それでもなかなか思い通りにはいかないのが子育てですが、
少しでもそういう正しい知識が子どもの将来の役に立てば良いなと思います。
とても有意義な時間を親子で過ごすことができて、本当によかったです。
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