昔から日本人は、家や地域の四方を青龍、朱雀、百虎、玄武という神使が
守っていると信じてきました
境内案内板よりこの彫刻も、当社の東北(表鬼門)を守護する青龍の姿を
名工左甚五郎が社殿彫刻に施したもの
左甚五郎。
岸和田のだんじり、岸和田の隣接の貝塚の生まれ、
彫刻師「岸上」一族の一人であるという説があるけど、
初代・岸上甚五郎左義信は1504年に誕生し、
66歳で没したとされている。
一族は、途絶えており、真説は判らない。
龍にまつわる伝えを楽しみたい。
秩父神社東側本殿の彫刻の龍。
近くの小林寺、「天ヶ池」に住み着いた龍が暴れた時、
必ず、この竜の下が、水たまりになる。
そこで、龍を鎖で縛った。
以後、「天ヶ池」には龍は現れなくなったという。
桶川市の龍は、もっと物語っぽい、
泉福寺の正門にある竜の彫刻も左甚五郎の作らしい。
むかしこの村は非常な旱魃(ひでり)にあって、
田畑の作物が枯死寸前となり、村人たちは困った。
すると村の長老が、
「長いこと門に閉じこめられていて、さぞ退屈だったろう、
どうじゃ寺の池にでも出して泳がせてみるとしたら」と、言った。
どんな雨乞いもきかなかったときのことだけに、
村人たちもそろって賛成し、さっそく竜を門からおろして、池にはなしてやった。
彫刻の竜は、雨乞いの村人たちの目の前で、
まるで生きもののように泳ぎ出した。
雨乞いの祈りも忘れて、目を見張る村人たちの頭上が、
にわかに曇って、その黒雲の流れの早いこと、
見る間にあたりはうす暗く、風雨も強く降った。
雷鳴がとどろき、大暴風雨となり、池はあふれ、
たちまちのうちに荒川もいっぱい、大洪水となってしまった。
驚いた村人たちは、雨乞いもやたらと出来ないと語り合い、
あの竜をどうしたものかと相談した。
竜を放そうと言った長老が、
「この先、暴れすぎて、何が起こるか知れん。
すぐにでもあの竜を動けないようにしなくてはならない」
それには、どうしたらよいか知恵をしぼった。
そこで、村人たちが総出で、竜の爪を切りおとして、今まで納まっていた寺の門へ、
かねの鎖で、しっかりと縛りつけることにした。
それからは、村に大洪水はなくなったという。
雨は農作物にはいいけど、洪水はもっと困りますネ!
参考書・桶川観光協会
程よい秋晴れでした。軽く食事の時間です!
柚木結羽と言います
いつも楽しみにブログ拝見させていただいています
神社仏閣が大好きです
御朱印を集めるのも好きで、それぞれ特徴があり見飽きません
青龍の彫刻、鎖で縛られていて興味深かったです
彫刻や絵画の細かい所を見るのが好きで
色鮮やかな青龍と物語。とてもステキでした
自分ではなかなか出掛けられない所を
こうして紹介していただけるのは、とても楽しみです
これからもどうぞよろしくお願いいたします
ご出版おめでとうございます。
その後が気になりますよネ!
判ります!
出掛けたときは、好奇心がにょき、にょ~ぅき!
あっちへ行ったり、こっちへ来たり、
幸いに、仲間は情報はくれますが、
互いに行動は、共にしません!
が、これからも、細かいところに気付き、
ファイルにしたいと思っています。
今後もよろしくお願いいたします。