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こーじ苑
大島康徳氏を偲んで
gooニュース
https://news.goo.ne.jp/article/jiji/sports/jiji-210705F469
ドラゴンズ&ファイターズでプレーしファイターズでは監督も務
めた大島康徳氏が、大腸がんのため70歳で亡くなったというニュー
スが昨日からネットで流れていた。
先月のMLB中継でLAエンゼルス戦を解説していたのが結果的に最
後の仕事になったわけで‘今日の解説者やけに声がかすれているな’と
思って聞いていて放送データで解説者を調べると大島氏だったわけ
で、ちょうど3年前の18年4月に衣笠祥雄氏が解説をしていたものの
声が別人のようにかすれており驚いていたら4日後に亡くなったので
‘ひょっとしたら’と嫌な予感がしていたのだが・・・
そういう意味で正しく氏の生前の言葉‘オレの寿命を生ききった’
感じだし、ガンの発覚からよく頑張ったと思う。
大島康徳の名前を最初に知ったのは侍ジャイアンツで73年が舞台
の時代に主役の番場蛮がハイジャンプ大回転を投げた相手にドラゴ
ンズの大島がいたわけだが、実際には翌74年は外野を守ったりサー
ドを守ったりしているイメージで9月28日の名古屋でのジャイアン
ツとの天王山で5-6とリードされた8回に高橋一三か小林繁から引
き分けに持ち込む同点HRを放った事で名前を覚えた。
もっともこの引き分けも効いてジャイアンツのV10を阻むのだが
オリオンズとの日本シリーズでは1-2でリードされた6回に村田兆
次から同点HRを打つものの、延長10回に自らの悪送球で出たラン
ナーが還る形で決勝点を奪われ敗退したわけで1試合で天国と地獄
を見たのが印象的だった。
その後はレフトを守って谷沢健一と中軸を打っていたし、84年の
オールスターでは山本浩二に代わってセ・リーグのクリーンアップ
を打つなど強打者として活躍していた。
引退後はNHK解説者で活躍したのだがMLB中継ではNYヤンキー
ス戦で3番ジェイソン・ジオンビー、4番バーニー・ウイリアムスと
いう打順を‘なぜホームラン打者のジオンビーが3番で、好打者系の
ウイリアムスが4番なのか?打順が逆だろう’とか、1アウトランナー
3塁で3塁正面の強いゴロで平然と1塁送球するのを見て‘バックホー
ムしないのか’などと日本的な解説をしていたのだが、徐々にMLB
のセオリーを勉強してしっかりした解説をしていたのには感心した
覚えがある。
基本的に選手上がりの解説者は自分の経験則を基準に解説する
わけで持論を曲げない人が多い中、大島氏は持論をアップデート
できるタイプだったわけだ。
プライベートでは家のトラブルなどが紹介されるなど気苦労も
多かったようだが、人柄の良さは多くの人達から慕われていたエ
ピソードには事欠かないわけで月並みだが惜しい人を亡くしたと
}いう言葉しか浮かばない。
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大島氏の人柄がうかがえますね。
ただ、監督としては、このような部分は優しすぎてかならずしもプラスではないかもしれません。
たしかに人格者というのは冷徹になれずに失敗する事もありますよね。
大島監督は熱は素晴らしかったけど、冷徹の部分が不足していたかもしれませんね。
それが魅力ではあるのですが