岩田亨の短歌工房 -斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・短歌・日本語-

短歌・日本語・斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・社会・歴史について考える

独房の中の歌:大塚金之助の短歌

2010年12月17日 23時59分59秒 | 私が選んだ近現代の短歌
先ず大塚金之助の紹介を。

「大塚金之助が遠見一郎の名で短歌を発表しだしたのは、大正11年の< アララギ >8月号からである。・・・島木赤彦が選んだものである。」

「遠見一郎は大正13年(ドイツより)帰朝、東京商大(現一橋大学)教授となり、< ヴァルガ世界経済年報 >の監修、< 日本資本主義発達史講座 >の編集に関係した。」

「昭和8年1月、大塚金之助は< 日本共産党 >のシンパ(同調者)として検挙され、東京商大の教職を追われる苦境に立たされた。」(坪野哲久「昭和秀歌」)

 大学教授がその学問研究の内容ゆえに検挙されるなど現在では思いもよらないが、当時の治安維持法下では当然とされた。その検挙後の独房のなかで詠んだのが次の歌である。

・編笠をかぶれば肩もうづもれてあたらしき笠の草の香すなり。・

・枕もとにやもりのうごくけはいにも生きもののゐる親しさのあり・(他3首)

 坪野哲久の同書は次のように解説する。

「アララギで鍛えられた表現技術が、新しい角度から生かされている。不要なものを一切きりすてて対象の中心をえぐり取るやり方。つまりは省略と単純化の技法である。」(「同書」)

 アララギの「写生・写実」の技法が様々な可能性に道を開いているとは言えまいか。坪野哲久は同書のなかで、プロレタリア短歌の作品が詩的魅力に乏しくスローガンや概念表白に膠着したことを述べ、次の様に言う。

「(大塚金之助の作品は)当時のプロレタリア短歌にきびしい反省の機会をあたえた。これまでの観念的な労働者気取りや概念的スローガン的な怒号を克服するものとして、これらの作品が学びとられたのである。」(同書)

 この坪野哲久の言葉と斎藤茂吉の次の言葉にぼくは、ある種の共通したニュアンスを感じるのである。

「(石榑茂の歌論は)おぼえ立ての語彙、社会意識、階級性、世界資本主義の没落、封建的イデオロギー、小ブルジョア的、プレハーノフ、ブハーリン、こんなものをこてこてと並べて、歌論に革をかぶせてゐるものであった。」(斎藤茂吉「歌壇万華鏡・模倣餓鬼」)

「君が真にプロレタリアートとして生を終はらうとするなら、なまくらでなしに、真のプロレタリアートとして実相観入を実行するがよい。」(「同書・石榑茂君に教ふ」)

 斎藤茂吉のほうがかなり辛辣だが、論争は攻撃に近いかたちで石榑茂のほうから仕掛けられたものだったので、こういう表現になったのであろう。





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