じいの徒然日記

内野聖陽さんにfall in loveしたじいのおバカな毎日を綴った日記

風林火山 第25回「非情の掟」

2007-06-24 23:57:31 | 風林火山
風林火山、毎週楽しみ……ではあるんですけど、実は見るのが辛くなってきてるんですよね お屋方さまはどんどん黒くなってるし、勘助サマ は変わりないんですけど諸手を挙げて応援 というわけにもいかなくて……ま、そういう一筋縄ではいかない役を演じる内野さんだから、そんな内野さんに惚れてしまったんだから仕方ないんですけど。。。やっぱり辛いです

今回は跡目争いの気配が見え隠れする話。頼重の忘れ形見の寅王丸の処遇についての画策……由布姫は「諏訪の跡目は寅王丸に。四郎はその支えになればよい」って言ってましたけど、親としては子の平穏な日々を望む気持ち半分、実は四郎を諏訪の跡取りにしたい気持ち半分って感じなのでは 姫の複雑な心境が表れてる言葉だなぁ~と思いました。でも、その言葉によって勘助サマの心が蠢き始めるんですよね~~ もしかしたらゆくゆくは武田家を継ぐ存在にしたいとまで思ってたのかもしれないけれど、「積極的に」意識はしてなかったと思うんですよね。だけど姫の一言で実際に行動を起こし始める。。。何だか皮肉だなぁ~と思って見てました。勘助サマもその昔、身体が不自由&次男で跡取りにもなれなければ立派な武士にはなれないんだから出家しろって言われてたわけで……そんな勘助サマが今度は「邪魔になった」寅王丸を出家させる。無常/無情な世の中でございますなぁ。。。

で、寅王丸を駿河に預けて出家させるべくお屋方様に進言(お屋方様も勘助サマに多くを聞かずにその真意を悟るところは聡明ですなぁ~)して、その旨を伝えるために駿河へ 義元、相変わらず嫌な奴ですわ 今回は寿桂尼サマが義元の言葉を遮って諌めてくれたおかげで怒り過ぎずに済みましたけど……そう言えば寿桂尼サマが言った「武田が裏切った時は寅王丸を大将として諏訪に乗り込むことができる」じいの勝手な勘ぐり!もしそうなっても寅王丸=何の同情もなく始末できる存在ってこと?!ちょいと考えすぎか???でも、ステラにも書いてありましたけど、数年後に寅王丸が武田家を揺るがすことをするって どうなるんでしょうね~~

それにしても……やっぱりムカつきますわ、義元 ま、義元が言った勘助サマを嫌いな理由は一理あると思いましたけど、「醜さ」こそが人間らしさに繋がると思うんですけどね。人間、“本当に”生きていくためには黒い部分も必要なわけで(まさに「人は皆生きるために、もがいて罪を背負う」ですわなぁ~)のうのうと生きてきた義元には理解できるわけもなく……じいは、そんな「人間味溢れる」勘助サマが大好きなのです(←萌え萌えじゃなくってマジメに)それにしても、、、今川館での三分割な演出&効果音、だ~か~らぁ~~~何度も言ってますけど奇抜な 無駄に凝った演出は止めてほしいんですよ NHK、お屋方様と同じ 何か勘違いしてませんか?と言いたいですっ

敵情視察 影から太郎の剣術稽古の様子を偵察してる勘助サマ。飯部さんに寅王丸のことで追及され、三条夫人には冷酷な視線&言葉を浴びせられ……キレ者!油断も隙もない小山田さんでしたなぁ~~ でも、画策を悟られまいと必死の勘助サマ……不敵な笑み&いかにも腹黒そうな策略を感じさせる目。役の心模様を目の表情だけで表現するなんて さすが内野さんですわ

駒井さん、有名な「甲州法度」作成に奮闘してました 小さい頃からずっと傍にいたからこそお屋方様を理解している部分があって……「弱いところも強いところも知っている。そのどちらも失くしてほしくはない」お屋方様の周りには素敵な人たちがいますよね~~さればこそ 早く黒々した姿を脱してもらいたいんですけどねぇ。。。素敵な人と言えば他にもたくさん。大井夫人の晴信への忠告、親心が溢れてました。「幼き頃に学んだことを忘れてはなりませんぞ」と言われて「は?」と何のことか分からない晴信さん。自覚してないんでしょうね~~信虎さんに似てきてること。早く目覚めなさいよっと往復ビンタしちゃいたい それに板垣さん 勘助サマに「四郎様に肩入れし過ぎる」って……しかもその後に「傳役」としての心構えや心情を吐露……「傳役はいずれその役を終えるのじゃ。その日のためにお仕えするのが傳役なのじゃ」泣かせますなぁ~~ 板垣さんの溢れんばかりの愛情。ふと、信虎さんに疎まれてた頃の晴信さんを支えてた頃を思い出しましたね~~で、今の晴信さん!どんな気持ちで見ているのかと思うだけで胸が痛くなってしまいました。

それを聞いた勘助サマの雨のシーン。太吉の前だから本音を言えたのかもしれないですけど、勘助サマの生き方を改めて実感しましたね~~「あの和子様にお屋方様の跡を堂々と継いでもらいたい。天下を取らせてみたい。そのためなら自分はどんなに醜くてもいい」なんて 私利私欲ではないと思うんですよ。四郎に自分の未来を(もしかしたら生まれて来れなかった自分の子供の未来を)託したいと思ってたのかもしれない……雨に濡れた勘助サマの表情が清々しくも哀しく感じられて、これまた胸が痛みました でも……この場面があって勘助サマの気持ちが分かったからこそ四郎に傾倒する流れが分かりやすくやると思いました。原作だと「四郎様、四郎様」と行動する真意の多くが書かれていないので「なんでそこまで?」と思ったり勘助自身の野望を達成させるための「道具」ではないか?とまで思うこともあったので。

それにしても……大井夫人の何も得るものがないところを得るという……う~~ん、外国の神様を信じてるじいには??なところもあるんですけど、何だか晴信さんや勘助サマに当てはまるのかも~とは思いました。今後、どうなるんでしょうねぇ~~辛くても見続けないと 内野さんも「毎週ちゃんと見てね」って言ってるし←結局はコレ 頑張りまっす。
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長野研修~じい的には“メイン”!遊び編

2007-06-24 19:44:04 | その他いろいろ
    

翌朝は前日の大雨が嘘のように快晴 気持ちのよい青空に心地よい風~~普段は自然に触れる生活とは縁遠いので、朝食後に周辺を散歩してきました。昔は通学路でよく見ていた春の草花。自然を満喫って感じで気持ち良かったです。

昼前にバスにて長野駅へ 到着後すぐに解散となったので、じいと秘密を知る同僚はさっさと「お疲れさま~」と別れを告げて松代に行くべくバス乗り場へ(迷わず一目散に行けるところが凄い 魔女ですから) 大多数は「今からどうする?」「どこに観光に行く?」と群がっていましたわ。速攻バイバイした二人を見てベルばら係長は目が点 だったそうです。あはは~~月曜日に追求されそう

松代到着後、同行した同僚の希望 象山神社に行きました。幕末の指導者で勝海舟や吉田松陰に教えを説いた佐久間象山 その彼を祭った神社で学問・知恵のご利益があるとのこと。昔行った松陰神社@萩の佇まいに似ているような 落ち着いたイイ感じの雰囲気でした 同僚は象山の絵が描かれた絵馬とお守りをお買い上げ~♪じいはおみくじを引いてみました。吉!男女の事柄に気をつけろとのことでした 当分色恋沙汰には縁なし…か

お次はじいの希望地・典厩寺へ……と、その前にお昼 どこで食べる~?と前日に相談してたんですけど、ふと「そういえば近くの交差点に峠の釜飯or信州そばのお店があったはず」と思い出し……地元の人間ではないんですよ なのに妙に詳しいじい 前回の川中島訪問の成果です そこでそば天定食を堪能。最初は釜飯希望だったんですけど、テーブルで食べられるのはツアー等の予約のみ入れる2階の食堂しかなくて、一般客はフードコートっぽいところだったんですよね 中に勘助サマポスター(赤ポスター&「生きた愛した」ポスター)がいっぱい貼ってあったのは嬉しかったけど ポスター前を通る度に張り付いて萌え萌えしてる じいを見て同僚は呆れてました おそばをいただいたお店、実は同じ敷地内に胴合橋(勘助の首を繋いだと言われる場所)があって、前回来た時にじいも見てるんですけど、そういう場所が目の前に見えるところで食事 するのはいかがなものか、とは思ったんですよね。ちょっぴり切なかったなぁ~~胸を痛めつつ、食欲にも勝てず。。。難しい生き物ですね~人間って

食後は典厩寺へ 前回来た時はゆっくり見れなかったのですが、今回は宝物館もゆっくりと見学できたので良かったです。信繁の使ったと言われる兜や甲冑、その他関係する文や掛け軸、川中島合戦を描いた絵巻などが展示されてました。勘助を描いた掛け軸もあって、激戦だった川中島の戦いが偲ばれて……信繁さん、ドラマの中でも聡明で分をわきまえた人ですけど、本当にそうだったみたいで、敵将・謙信も褒める程だったそうです。展示物を見ていて一人胸がキュウ~~ンとしてしまって 見守ってくれた同僚には感謝でございます。

お寺を出てから八幡原史跡公園へ 公園内にある佐久間象山の銅像の前で記念撮影(←同僚が)その後は土手をひたすら歩くこと約40分、山本勘助の墓へ(今回の長野訪問のメインイベント……じいにとっては…ね)かな~~り歩くことになるので、長野に来る前に「ホントにいいの?」って同僚には確認したんですけど無問題 とのこと。後から思い出したんですけど、そういえば彼女は京都を旅行した時に10キロ歩いた人だったわ 龍馬ゆかりの地を巡ったり、八坂神社から哲学の道を全部歩いて銀閣寺に行ったり……聞く相手を間違っておりました(笑)

お墓の周囲は旗が立ってるし、勘助の名を借りた土産物だの農産物だの売ってたりして、かな~り観光地化されてたのには思いっきり引いちゃいましたね(前に来た時は夕方遅い時間だったので人はいなかったので)町おこしのチャンス 分からなくはないですけど、ミーハーで訪れる人ばかりじゃなくて、ちゃんとした史跡周りで来る人もいるんですから。派手派手しく祀り上げられてるのも勘助という人物には似合わない気がするんですけどね。。。

じいはまずお参り。お願いすることはもちろん内野さんのこと。勘助を一生懸命演じられている内野さんを応援してあげてくださいって あとは風林火山が良い作品に仕上がりますように、撮影が無事に進みますように、ともお願いしてきました その後お墓の周りをウロウロしてたら案内のお兄さんが説明してくれました。墓石に刻まれている文字、超見えにくかったんですけど、それを書き留めたスケッチブックを手に説明してくれました。じい、説明の合間に質問攻め~~信玄の他に一緒に出家した人のこととか、啄木鳥戦法が破れた理由とか、勘助のお骨の在り処とか色々。。。お兄さん、「詳しいですね~」なんて言ってましたけどお恥ずかしい じいなんてまだまだですから そんな姿を見てた同僚は「日本史得意だったっけ?」と容赦ないツッコミ すぐ近くにお宮があったことや信玄が八幡原に出陣した時に通った渡しのある場所は、その昔 善光寺へ向かう参拝道でその証拠に今でも掘り返すと道祖神が見つかるって話は興味深かったです

でもね~~やっぱりバレてしまいましたわ。じい=魔女ってこと 3月24日の大河講演会の時にお墓参りにいらっしゃった時の内野さん&柴本さんの写真が5枚(だったと思います)貼ってあるファイルが置いてあるんですよ。撮影禁止だったので見たい方は現地に行ってください、なんですけど、ホント素敵で 手を後ろに組んでちょいと身を乗り出した感じで写っていらっしゃる笑顔の内野さん。あはは~~この笑顔にじいはノックアウト 更には、手を合わせてお参りされいている内野さんの横顔……勘助に対する内野さんの思いや演じていく上での決意みたいなものを感じましたね~~こういう姿を見るたびに好きになってよかった と思うんですよね~~

で、写真に張り付いてたら「好きなの?」「ドラマ見てるの?」って……今更隠しようがないと変な肝が据わってしまい、前にここに来たことがあって、あの写真の翌日だったんですよ~~って そしたらお兄さん、訪問数時間前にコッソリ「行くかもしれないから」と連絡が入ったこと、参拝後NHK側はさっさと車に乗って移動したかったみたいだけど、内野さんはわざわざ車を降りてきて握手をしてくれたこと等など当日のことをチラリと話してくれました。ま、じいがネホリ~ナハホリ~ナ聞いちゃったせいもあるんですけど 一緒に記念撮影したおじさん(羨ましい~~)も大きい写真を持ってきてくれたりして「内野さん、いい人だったよ~」と言ってくれて……こういう褒め言葉を聞くのが、これまたたまらないんですよね~~好きな人を褒められるのは嬉しいものなんですよね そうそう、案内のお兄さん「あとはGacktが来てくれたら…」なんて言ってました 大騒ぎになるだろうなぁ~~きっと。

こんな感じで研修よりも充実した一日でした(爆!) でもぉぉ~~帰宅後に大変な事態になってることが発覚 曇りの予報 だったので日焼け対策のものを何も持っていってなかったんですよ。快晴でやばいかな~と思ってたんですけど、今更どうしようもないと思って諦めて炎天下を歩き続けたところ。。。腕は真っ赤で着ていたパーカーの袖に合わせてラインがくっきり、頭皮まで日焼け、顔は頬と鼻の頭が真っ赤 日頃はありがたいパパ似の色白もこういう時は災難なんですよね~~腕はともかく顔は何とかしなくては すぐにローズウォーターを塗りこんだ後に美容液パック、再びローズウォーターを塗りこんでクリームを付けて……あと、これまた日焼けしまくってヤバイ状態になってると思われる髪の毛にもたっぷり水分&栄養補給 おかげでだいぶ見られる顔にはなったんですけどこれからは完全防備で外出ですね~~ちょっとの距離も日傘&サングラスで防備決定です
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長野研修~“いちおう”仕事編

2007-06-24 19:00:28 | その他いろいろ
6月22日~23日、前々からここでも不満タラタラ書いてた 研修という名の懇親会に参加すべく1泊2日@長野に行ってきました。行きの新幹線、大変でしたわ じいは幸い間に合ったんですけど(といっても発車10分前に到着)例の高崎線&宇都宮線の架線断絶&停電の影響で電車に乗れない人続出 ホント、5分、10分の差で明暗を分けたみたいで、じいの最寄り駅の一つ先に住んでる同僚は思いっきり途中で足止めをくらってたし、到着のほんの数十メートル手前で1時間閉じ込められた後輩は遅れてきてヘロヘロになってたし。もう、こんな日に勘弁してよ~~って感じでした。

長野駅到着後、タクシーにて関連会社2社へ 駅では訪問先の会社の人…じゃなくて愛しの君がお出迎え じい、頑張ったんですよ~~平常心平常心 ま、秘密を知る同僚は「目が泳いでたよ~」と言ってましたけど。染み付いてるんですよね 関係する土地に来たら探しちゃうんですよ、ポスターとかチラシとか。この垂れ幕も見慣れた勘助サマの姿だし、前回長野に来た時に見てるんですけどねぇ。。。

会社訪問、社歴の長い人たちは行ったことがある人も何人かいたんですけど、じいはもちろん初めて ま、業務内容はほとんど一緒なので特に説明云々はなくて挨拶に来ました~って感じ。今回の研修を企画したハゲ専務としては若い人たちに昔ながらのやり方や社風が残る会社を見せたい、少人数で夜遅くまでやってる職場を知らせたい(車通勤がほとんどなので帰る時間を気にせず仕事をやってる)ってのが本音みたいでしたけど。ま、最近社屋を改築したらしくてとても綺麗だったし、都内の建物がひしめき合った中で勤務しているのと違って広々とした土地に立っているので、すっごく環境は良さそうでしたけどね。あと、2社を訪問して思ったんですけど、、、机周りが超シンプル 別室に立派な食堂&休憩室があるせい 机上にカップ は皆無!パソ本体の上にぬいぐるみやキャラ置物はないし……うちの職場は飲食物が溢れてる随所に可愛い&意味不明な(ガンダムとか匍匐前進してるフィギュアとか)置物満載 ←見学しに来て何を見てるの?って感じですけど、こういうちょっとしたところも違いがあって面白い…よう……な

昼ごはんは訪問先の会社の食堂でお弁当をいただきました 美味しかったんですけど、めちゃめちゃ量があってお腹いっぱい 普段は春雨&サラダ生活ので 後で元上司に「こんなに食べたら研修会眠くなっちゃうかも」って言ったら「いーのいーの……聞いたフリで」とのこと さすがじいを育ててくれた上司 あと……食堂で付いてたテレビ お昼のニュースで朝の停電のことを言ってて大注目 口々に「大変だったね~~」って言ってましたわ。でも、その後に三笠宮のアル中ニュースが流れて大失笑 「人の金で生活して、どんだけ飲み食いしてたの~?」なんてツッコミまくり。どんな事情があるのかしらないけど、いい加減にしろって感じですわ ニュースの後は「いいとも」をやってましたね~~久々に見ましたわ。しかもテレホンゲストは神田沙也加。ちょうどこの日は「ウーマン・イン・ホワイト」の一般発売日だったんですよね。じいも一応観劇予定に入れてますけど、チケ余りまくりのようなので検討中。(お目当ては主役の玲奈ちゃんです)お祝いの花でべっしーや玲奈ちゃんのを発見。周りの人とは明らかに違う視点でした

昼食後は菅平高原のプチホテルへ 建物が複数に分かれてて、女性陣が泊まる建物は“離れ”にあるような状態だったので(全館貸切&むさ苦しい男とは隔離って感じで気を遣ったみたいなんですけど)大雨の中を移動するのは大変でした(写真は翌日撮影)。内装も微妙 木造でハイジの家っぽくて暖炉もあって可愛い雰囲気……ではあるんですけど、なぜか南米風の図柄のタペストリーや椅子があり~の、昔の階段風の和箪笥やぼんぼりがあり~の、結局どーしたいの って言いたくなるような意味不明な建物でした。照明も暗いし、「見えてはいけないもの」が出てきそうな雰囲気だったので積極的には泊まりたくない…か

午後から3時間余りの研修会。といっても、各社の現状と春の仕事量ピーク時の体勢について報告&意見交換しただけ。こんなことなら高原まで来る必要なんてないと思いません こういうところからも夜の懇親会がメインってことが窺い知れるんですけど ベルばら係長も報告者の一人に選ばれてて、うちの部署の話をツラツラ……何だか担当業務のあらゆるところにじいの名前が それなりに必要とされてる人材と思ってていいのかな でも、合間に「そうでしたよね?」と確認するのは勘弁 じいは地味に出席希望なんですから

夜は懇親会。炉辺焼きを囲んで親睦を深める…なんですけど、関連会社の人たちは全員男(しかもアピールしたいのはゼロ)なので、特にいつもの飲み会と変わりませんでしたわ。でも、途中から関連会社の某男性(31歳独身・阿部サダヲ似)が女性のテーブルに乱入。めちゃめちゃ酔ってて陽気になってて学生感覚でノリノリ~~はっきり言って超迷惑。喋り方も だし、無理矢理のせて飲ませようとする態度も じいは心底怒ってて、地酒が入ってた竹筒で殴ってやろうかと思った程。ここまで傍若無人な態度を取るなんて、うちの職場ではありえませんよ ましてや じいにここまで無茶な態度で飲ませるとは……うちの職場でそんな「冒険」をする奴はおりません マジ、二度と顔を見たくはありません

そういうわけで女性はみんな早々に退散。男共は明け方まで飲んでたみたいで、一部それに付いていけなくなった男性数名が女の園に避難 しばし暖炉のある広間で日頃の愚痴を兼ねて平和に団欒してました。0時過ぎに解散~~部屋に戻って就寝でした
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