日常

読書

2014-07-10 22:25:30 | 考え

自分は読書をする前に、目次を熟読する。 
目次を無心で読んでいると、自分の物語が勝手に浮かんでくるので、自分の「仮想の物語」を勝手に作る。 
その後で本を読み、自分の仮想の物語と書き手との照合をはかる。  
自分のイマジネーションを遥かに超えたものを(それは自分の内的世界を広く深くしてくれたものだ)、自分にとって学びの多かった本と位置付け、ふと目に入る範囲の本棚に配置していく。神棚に奉納するような意識で。  
そういうことを日々繰り返していると、読書自体が、かなり創造的で対話的な営みになる。


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毎日、仕事に行く前の5分くらいを使い、家の中に散在している本を直観的にひらき、その短文を頭の片隅に浮遊させた上で、仕事に向かっている。
そういうことを10年以上続けていると、なぜかよく開けてしまう一節があり、それはおそらく自分の人生における一つの預言、黙示のようなものなのかとも思う。


村上春樹「タイランド」
『これから先、生きることだけに多くの力を割いてしまうと、うまく死ぬることができなきなります。少しずつシフトを変えていかなくてはなりません。生きることと死ぬるここととは、ある意味では等価なのです、ドクター』


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村上春樹「かえるくん、東京を救う」
『正直に申し上げますが、ぼくだって暗闇の中でみみずくんと闘うのは怖いのです。長いあいだぼくは芸術を愛し、自然とともに生きる平和主義者として生きてきました。闘うのはぜんぜん好きじゃありません。でもやらなくてはいけないことだからやるんです。』


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家を出る前、家の中の本をランダムに意識へ取り込むのは、これが最後かもしれないと、毎日思っているからだ。
それはこんにちわであり、さよならであり、ありがとうである。  
眠りは死のメタファー。
僕らは日々眠ることで日々死に、起きることで日々生まれ変わっている。


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ピカソ(Pablo Picasso)
『回教徒が寺院に入るとき靴を脱ぐように、私は仕事中、ドアの外に肉体を置いてくる。』