「尾崎豊、再び」②

2012-01-16 03:51:12 | インポート



              「尾崎豊、再び」②


 年の瀬に尾崎豊の遺書が二十年ぶりに月刊誌に公開されて、俄か

に尾崎豊が甦って来たような感があるが、朝日新聞の社説に彼のこ

とを取り上げた人物も、もしかするとそれがきっかけだったのかも

しれない。前にも記したように、私は「尾崎豊」世代ではないので、

彼の歌が流行っている頃も所謂「青春の葛藤」は卒業していたので、

それに彼の歌にも少なからず「ズレ」を感じていたので、心を奪わ

れるということはなかった。

 私が小説を書こうと思ったのは、この国に根付いた差別的な序列

道徳をぶっ壊さなければならないと想ったからで、その根底には未

だに儒教思想が色濃く残っている。だから私は、その小説の中でひ

とりのストリートミュージシャンを主人公にして、その男の反儒教

的思想の拠り所を尾崎豊の歌に求めたことが彼と関わるきっかけに

なった。それと言うのも、尾崎豊亡き後、失われた二十年と謂われ

ながらも閉塞的な社会と真面に向き合ったミュージシャンは終ぞ

誰一人としてその「歌声」を発しなかったからだ。朝日新聞の社説

によると、社会学者、古市憲寿さんの近著「絶望の国の幸福な若者

たち」では、20代の7割が現在の生活に満足している、との調査

結果が紹介されていて過去40年で最高らしい。

 もしも、人間がただ安楽のためだけに生きているのなら何の文句

もない。我々は文明社会が与えてくれる安楽な生活を享受して一生

幸せに暮らせばいいし、何も、「身近な幸せをかみしめる」者に「も

っと怒れ」などと言っても詮ないことである。「いいじゃないの、幸せ

ならば」だ。文明社会の檻の中で生まれ育った者を「自由に生きろ」

と言って野に放しても、すでに我々は空の飛び方を忘れてしまったの

だ。たとえ自由であっても、自然の中で飢えや襲われる恐怖に苛まれ

て生きるよりも、その自由と引き換えに、飢えや恐怖のない檻の中で

管理されて生きることの方が安楽であることは言を俟たない。自立し

て生きることや権力に抗うことは決して安楽な生き方ではないのだか

ら。つまり、我々は家畜化してしまったのだ。しかし、そもそも家畜に

はただ安楽だけが与えられるわけではない。受けた恩は身を以って

報いなければならない。我々が奪われた自由は、我々を縛る者の自

由になることを忘れてはいけない。

 かつて、福沢諭吉は「学問のすゝめ」の中で、「もとこの国の人

民、主客の二様に分かれ、主人たる者は千人の智者にして、よきよ

うに国を支配し、その余の者は悉皆何も知らざる客分なり。」と記

している。主人の持て成しに口を挟むことは客人として「余計なこ

と」として厳に戒められてきたのだ。しかし、我々が客分であるうち

は未だしも主人は持て成しを気遣うこともあるだろうが、やがて、

我々は客扱いされなくなり、主客が主従へと推移してその憤りさえ

失い物言わぬ家畜へと堕落した時、主人は家畜を蔑ろに遇うよう

になるだろう。

 朝日新聞の社説を物した執筆者にしても、自身はマスコミという

一方の権力(檻)の中に居ながら、檻の外で震えている若者たちを高

見から嗾(けしか)けているだけなのだ。そして、それはその社説に

反論する有識者でさえも同じではないのか。彼らの反論は、「若者

よ、当事者意識を持て」と呼び掛ける朝日新聞の社説には直接答え

ていない。彼が抗った過去の学校教育や、彼の音楽的評価を持ち出

しても、何か「ズレ」ている。厳しい時代状況の中で日本の大人た

ちは必死で生きているのだから、若い者は黙ってろというのは、家

畜を管理する者の言葉である。どんな時代であれ自分の意見を言え

る社会でなければならない。憤りは声に出さないと伝わらない。更

に言うなら、新しい時代は「抗い」の中から生まれるのだ。彼らは

まるでこう言っているように思える、つまり、「自由になりたけれ

ば服従しろ」と。

 ところで、私は、安楽に生きるために生まれてきたのなら、寧ろ、

生まれて来なかった方が遥かに安楽だったと思っている。ただ安

楽を求めて生きることは、何か大きな意義を見失った生き方では

ないか。他人が与えてくれる安楽に縋るほど精神は堕落していな

い、とやせ我慢を張っている。