「三島由紀夫について思うこと」
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三島由紀夫がニーチェに共感を覚えるのは、「真理とは幻想であり」
「芸術は真理よりも多くの価値がある」という命題である。つまり、
われわれの理性は存在の本質に的中せずに「神が死んだ」後の世界は
「ニヒリズム」に陥り、そこで芸術こそがわれわれを没落から救って
くれるとニーチェは言う。そして作家三島由紀夫もまた《芸術》、つ
まり伝統文化を失った社会は回帰すべき原点を失いニヒリズムに到る
と考えた。時あたかも東西文明の衝突であった「大東亜戦争」のあと、
日本の伝統文化は西欧合理主義に取って代わられ、伝統文化を失った
社会は「死ぬことは文化である」とは正反対の「長生きすることは文
化である」へと、ただ無為に生きることこそが「幸福」であるという
ニヒリズムが蔓延した。三島由紀夫は言う、
「私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このま
ま行ったら『日本』はなくなってしまうのではないかという感を日ま
しに深くする。日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっ
ぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的
大国が極東の一角に残るのであろう。それでもいいと思っている人た
ちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。」( 「果た
し得てゐない約束――私の中の二十五年」より一部)
(つづく)