「・・・」
(2)のつづき
そこで、もう一度「人間とは何か?」に戻って考えてみようと
思いますが、そもそも時間を認識できるのは人間だけである。本
能に支配された動物たちは目の前の現実がすべてで人間のように
理性による過去の記憶も記憶から派生する未来も思い描けない。
そして理性を進化させた人間は目の前の現実から脱け出して「お
のれを『時間化』する」ことによって世界へと「超越」する。こ
うして「時間化」こそがわれわれを「存在とは何か?」を問う契
機をもたらし、たとえば、そこで神の存在が「了解」されれば、
世界は一気に宗教的世界観に支配されることになる。つまり「存
在とは何か?」の答えが「存在了解」であり、「存在了解」が世
界を作り変える。こうして「存在とは何か?」という形而上学的
疑問は人間が構築した「時間的地平」(テンポラリテ―ト)へ「企
投」されて「存在了解」がもたらされる。つまり、「存在とは何
か?」とは、人間が目の前の現実を脱け出して時間化することか
ら提起され、時間化された地平のもとに「企投」され「存在了解」
される。つまり、「存在」は人間が創り出した時間的な地平の下
で「了解」され・・・
アカン!どうしても「時間」に続けられんので(つづく)