【 2017年3月20日 】 京都シネマ
イギリスにはサッチャーがいて、日本には中曽根がいて小泉が続いた。アメリカではレーガンが旗をあげ、その旗のもと、規制緩和で、小さな政府は福祉予算を極限まで削り、自己責任論で庶民を追い詰め、苦しめた。
「保育所落ちた、日本死ね!」はどうやら今のイギリスにもそのまま当てはまりそうだ。そして、今やアメリカはトランプのむちゃくちゃぶりで、最後の救いである「フードスタンプ」も取り上げられようとしている。
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ケン・ローチ監督の映画で印象深いのは、「リフ・ラフ」「マイネーム・イズ・ジョー」「麦の穂を揺らす風」「天使の分け前」「ルート・アイリッシュ」があった。庶民の日常生活に寄り添ったものと、「戦場・争い」がテーマになっているものに分けられるが、いずれも「権力」=力のある者の側でなく、民衆の側・虐げられている者の視点からのものだ。
この映画は、「フルモンティー」や「ブラス」「リトル・ダンサー」と同じく、イギリス労働者階級がサッチャリズムによって苦境に追い詰められつつも、その希望を失わない庶民の姿をリアルに描いている。
主演=ダニエル・ブレイク役のデイヴ・ジョーンズが圧倒的にいい。まさに適役だ。
心臓病で働けなくなり「再認定調査」を受けるところの杓子定規なやり取りは「介護保険の認定調査」を思い浮かべる。
たまたま、出向いた「職業安定所」で居合わせた女性が、時間に遅れたために給付金を取り上げられそうになるのをみたダニエル・ブレイクはそれに加勢する。
再審査で「就労可」の判定が出て、形式的な就労活動をするが心臓病で実際働けず、「雇用支援手当」も削られる。一方、知り合った女性・ケイティは、アルバイトも見つからずますます生活に困窮し、フードバンクを利用し、その場で空腹のあまり缶詰をあけて食べてしまう。
「君は何も悪くない」と声をかけるダニエル。
官僚的な制度と情け容赦のない対応で追い詰められていく二人。
「尊厳を失ったら終わりだ」といい、職業安定所を出ていくダニエル。藁をもつかむ思いで、出口を見つけようとするケイティ。
最後の、飾らない挨拶が良い。
現実を克明に描写しつつ、ジーンと心に沁みる映画だ。
『わたしは、ダニエル・ブレイク』-公式サイト