教念寺さんを後に一時、国道に出て旧道を目指します 途中の酒蔵の「秋あがり」の幟を見ながら・・
見落としそうな入り口
脇には石仏が立ち並ぶ ん?あれか?
山門でした 諏訪地方には多いのだろうか石でできた仁王様
え?! 凄い彫り物なんだが・・・ 意外と凄い場所なのかもしれない
成程!と納得
御詠歌 あらとうとあまねきことを品々に
岩くぼむほど歩み運ばん
余りの見事さに見惚れているとご近所の方だろうかお散歩?に来られたので
「御朱印を頂ける観音世話人の方はご存知ですか?」と伺うと「解らない」と・・
諏訪百番観世音霊場 中三十一番 岩久保・観音堂 長野県諏訪市四賀 普門寺
本尊 馬頭観世音
石仏 100基以上 仁王 念仏供養
名号碑 大国主之神 天照皇大神宮
刀利天狗 通力不動尊 不動明王
二十三夜7基 馬頭観音50基以上
参考資料 諏訪百番観世音霊場 巡礼ハンドブックを参照させて頂いています
参道入り口に「南無阿弥陀仏」の碑が有るが思っていたよりも小さく見落としてしまいそうになりました
観音世話人は今でも、いらっしゃる様なので又、機会があったら探して見たいと思います
相変わらず詳しいですね。 感心してしまいます
この旧道はちょこちょこ通っているのですがこの様に
立派な観音堂があるとは思いませんでした
参道も少し解り辛かったのですが目に飛び込んで
来た彫り物は余りにも立派で写真がおおくなりました
fukurou様いづれ茅野においでになりお話してみれば面白いと思いますよ
こんばんは。
山門と言い観音堂の彫刻と言い、立派すぎますね。
そんなお寺が無住とは?!
地元の方が順番でお世話されているのでしょうが、もったいないですね。
Akikoさん!
説明もっと聞きたいです!(笑)
当時は側室 です
徳川家康は正室が二人
側室はわかっているだけで16人以上
豊臣秀吉は分かっているだけで11人
実際には二人とも何百人との事
大変ですね
登り竜 下り竜 で有名です
近くに桑原城があると思うのですか桑原城の鬼門よけと
してたてられたと聞いていますどちらかというと神道系 どこかにかじのはの紋もあると思う
この桑原城諏訪頼重が武田信玄公に攻められ最後に逃げ込んだお城
甲府に連行され切腹
その娘が武田のおめかけでゆうひめ
父のかたきの子供がかつより
いろいろなドラマがあるのです
ゆうひめの母親が私の実家 麻績城の娘
かつよりのおめかけです